62 / 165
第四章 カミングアウト
10
しおりを挟む
**
「じゃあ、行ってきます」
「おう、テストがんばれよ。……あの、えっと」
台風情報がラジオからひっきりなしに流れてくる週末。二日間かけて大学で行われる模擬試験を受ける勝行を玄関まで見送りながら、光は何度も言いたい言葉を飲み込んだ。誤魔化すように「ハンカチもったか」「傘は」「おにぎり、忘れるなよ」などと、くだらない確認ばかりが口をつく。
「光。お願いひとつ、していい?」
「ん?」
運転手の片岡を先に追い出し玄関で姿見を確認していた勝行は、エプロン姿の光に手を伸ばした。
「充電、しときたい」
「……ああ、なんだそんなの。いっぱいしていけ」
久しぶりに甘えてくれたことが嬉しい。光は満面の笑みを浮かべ、ぎゅっと勝行に抱き着いた。本当なら自分も充電したい。腰が砕けるほどのキスでいっぱい満たされて――でもそんなことをしている時間も余裕もないだろう。腕の中では、勝行が照れくさそうにはにかみながら光の体温を貪っている。青リンゴのような甘い香りが漂ってきて、いつもの雰囲気と少し違う。
「なんか今日の勝行、いい匂いする」
「そう? ……ああ、夜中にシャワー浴びて寝落ちたから、へんな寝癖ついちゃってさ。ワックスで強引に直したから。それの匂いかな」
くんくんと身体中に鼻を利かせていたら、勝行はくすぐったそうに笑った。
「こういうの好きなら、今度光の髪にもつけてあげるよ」
「セットすんのか? 俺の髪の毛、弱っちいからすぐ崩れるって保に文句言われたけど」
「いいじゃないか。光の髪の毛はサラサラで気持ちよくて、触ってると落ち着くんだよ」
「ふうん……じゃあどうぞ」
光は首を傾げ、ひょこっと頭を突き出す。すると勝行は遠慮なくわしゃわしゃと髪を掻き回し「ああーもう、何これズルいかわいい」と心の声のようなデレ文句を声に出してきつく抱きしめてきた。その腕力は思った以上に強くて、ぐえええ……と絞られた雑巾のような声が出る。
「こんなに無防備な光を一人で留守番させるなんて……やっぱ心配で」
「まぁた始まった。お前、何のために発信機つけたんだ。俺が甘んじて許してやってるってのに! 外すぞこの野郎」
プライバシーの侵害云々と晴樹に言われたけれど、以前どうしてもつけてほしいと頼まれたので、身辺警護のための発信機をつけることは許可しているのだ。盗聴までしているかどうかは流石に確認していないが、相羽家の要人は全員付けていると聞いて、嫌だと言える状況ではなかった。
それに自分も、相羽家の一員として認めてもらえた気がして悪い気はしなかった。
「一応、監視カメラも部屋につけた」
「は? そんなもん、いつの間に!」
「不審者がきたり、撮影中に何かあったら、迷わずスマホのこのボタンを長押しするんだぞ。そうすると護衛がすぐ助けに来るし、同時に警備会社に通報も入る。あと監視カメラの録画データが、十五秒前から遡って保存されるようになってるんだ。悪い奴を捕まえるための証拠作りであって、普通にしていれば誰も見ないし、録画も残らないから……」
「んーなんかよくわかんねえけどわかった。とりまカメラつけといてやるから、ちゃんとテストに集中しろって」
「あ、万が一発作が出た時もこのスマホで……」
「わーったってば!」
本当に心配し過ぎで、逆に不安になる。とはいえ、以前初めて一人で留守番した時に桐吾と出会い、事件が勃発したことを思い出せば、致し方ないのかもしれない。充電と言いつつ、いつまでも光を抱きしめて離さない勝行の方こそ、玄関から一歩出た瞬間階段から転げ落ちそうな雰囲気だ。
「お前そんなんでテスト大丈夫なのか? 落っこちても知らないぞ」
「今日のは模擬だから。テストの練習だよ。ダメだったらそれが俺の実力ってことさ」
「なんだよ……そんな気楽なもんなんだったら、大層にあれこれ準備しなくてもよかったのに」
「でも光が作ってくれたご褒美のおにぎりは食べたいから、頑張る」
ありがとう、と心底嬉しそうな笑顔を零しながら、勝行は頬にちゅっと口づけた。
「行ってきます」
二度目のその言葉を聞きながら、光は「早く行け」と追い立てた。
「じゃあ、行ってきます」
「おう、テストがんばれよ。……あの、えっと」
台風情報がラジオからひっきりなしに流れてくる週末。二日間かけて大学で行われる模擬試験を受ける勝行を玄関まで見送りながら、光は何度も言いたい言葉を飲み込んだ。誤魔化すように「ハンカチもったか」「傘は」「おにぎり、忘れるなよ」などと、くだらない確認ばかりが口をつく。
「光。お願いひとつ、していい?」
「ん?」
運転手の片岡を先に追い出し玄関で姿見を確認していた勝行は、エプロン姿の光に手を伸ばした。
「充電、しときたい」
「……ああ、なんだそんなの。いっぱいしていけ」
久しぶりに甘えてくれたことが嬉しい。光は満面の笑みを浮かべ、ぎゅっと勝行に抱き着いた。本当なら自分も充電したい。腰が砕けるほどのキスでいっぱい満たされて――でもそんなことをしている時間も余裕もないだろう。腕の中では、勝行が照れくさそうにはにかみながら光の体温を貪っている。青リンゴのような甘い香りが漂ってきて、いつもの雰囲気と少し違う。
「なんか今日の勝行、いい匂いする」
「そう? ……ああ、夜中にシャワー浴びて寝落ちたから、へんな寝癖ついちゃってさ。ワックスで強引に直したから。それの匂いかな」
くんくんと身体中に鼻を利かせていたら、勝行はくすぐったそうに笑った。
「こういうの好きなら、今度光の髪にもつけてあげるよ」
「セットすんのか? 俺の髪の毛、弱っちいからすぐ崩れるって保に文句言われたけど」
「いいじゃないか。光の髪の毛はサラサラで気持ちよくて、触ってると落ち着くんだよ」
「ふうん……じゃあどうぞ」
光は首を傾げ、ひょこっと頭を突き出す。すると勝行は遠慮なくわしゃわしゃと髪を掻き回し「ああーもう、何これズルいかわいい」と心の声のようなデレ文句を声に出してきつく抱きしめてきた。その腕力は思った以上に強くて、ぐえええ……と絞られた雑巾のような声が出る。
「こんなに無防備な光を一人で留守番させるなんて……やっぱ心配で」
「まぁた始まった。お前、何のために発信機つけたんだ。俺が甘んじて許してやってるってのに! 外すぞこの野郎」
プライバシーの侵害云々と晴樹に言われたけれど、以前どうしてもつけてほしいと頼まれたので、身辺警護のための発信機をつけることは許可しているのだ。盗聴までしているかどうかは流石に確認していないが、相羽家の要人は全員付けていると聞いて、嫌だと言える状況ではなかった。
それに自分も、相羽家の一員として認めてもらえた気がして悪い気はしなかった。
「一応、監視カメラも部屋につけた」
「は? そんなもん、いつの間に!」
「不審者がきたり、撮影中に何かあったら、迷わずスマホのこのボタンを長押しするんだぞ。そうすると護衛がすぐ助けに来るし、同時に警備会社に通報も入る。あと監視カメラの録画データが、十五秒前から遡って保存されるようになってるんだ。悪い奴を捕まえるための証拠作りであって、普通にしていれば誰も見ないし、録画も残らないから……」
「んーなんかよくわかんねえけどわかった。とりまカメラつけといてやるから、ちゃんとテストに集中しろって」
「あ、万が一発作が出た時もこのスマホで……」
「わーったってば!」
本当に心配し過ぎで、逆に不安になる。とはいえ、以前初めて一人で留守番した時に桐吾と出会い、事件が勃発したことを思い出せば、致し方ないのかもしれない。充電と言いつつ、いつまでも光を抱きしめて離さない勝行の方こそ、玄関から一歩出た瞬間階段から転げ落ちそうな雰囲気だ。
「お前そんなんでテスト大丈夫なのか? 落っこちても知らないぞ」
「今日のは模擬だから。テストの練習だよ。ダメだったらそれが俺の実力ってことさ」
「なんだよ……そんな気楽なもんなんだったら、大層にあれこれ準備しなくてもよかったのに」
「でも光が作ってくれたご褒美のおにぎりは食べたいから、頑張る」
ありがとう、と心底嬉しそうな笑顔を零しながら、勝行は頬にちゅっと口づけた。
「行ってきます」
二度目のその言葉を聞きながら、光は「早く行け」と追い立てた。
0
お気に入りに追加
214
あなたにおすすめの小説
両翼少年協奏曲~WINGS Concerto~【腐女子のためのうすい本】
さくら怜音
BL
優等生ヤンデレS×俺様強気わんこ【音楽×青春ラブコメディ】
//高校生Jロックバンド「WINGS」の勝行と光は、義兄弟であり、親友であり、お互い大切なパートナー。
仲良すぎる過多なスキンシップのせいで腐女子ファンが絶えない。
恋愛感情と家族愛と友情、そして音楽活動で次々生まれる「夢」と「壁」
時にすれ違いつつ、なんだかんだで終始いちゃつく平和モードなの両片思いラブコメ。
『ていうかこの二人、いつくっつくの?え?付き合ってる?付き合ってないの?はよ結婚しろ』
短編ばっかり集めたオムニバス形式ですが、時系列に並べています。
攻めがヘタレの残念王子だが性格が豹変するタイプ。
受けはおばかビッチわんこ。ヤンデレ要素は後半戦。えちシーンは♡表記
まだ、言えない
怜虎
BL
学生×芸能系、ストーリーメインのソフトBL
XXXXXXXXX
あらすじ
高校3年、クラスでもグループが固まりつつある梅雨の時期。まだクラスに馴染みきれない人見知りの吉澤蛍(よしざわけい)と、クラスメイトの雨野秋良(あまのあきら)。
“TRAP” というアーティストがきっかけで仲良くなった彼の狙いは別にあった。
吉澤蛍を中心に、恋が、才能が動き出す。
「まだ、言えない」気持ちが交差する。
“全てを打ち明けられるのは、いつになるだろうか”
注1:本作品はBLに分類される作品です。苦手な方はご遠慮くださいm(_ _)m
注2:ソフトな表現、ストーリーメインです。苦手な方は⋯ (省略)
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
花宮くんは天使さま
るて
BL
花宮くんは学園の天使さま
あまり話さないけど、天然無自覚で取り敢えず可愛い!!
そんな花宮くんに懐かれた学園の王子様と花宮くんのほわほわストーリーです〜
時々、花宮くんの過去を書きます
本当は上手く話せないのにも理由があって...
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる