できそこないの幸せ

さくら怜音

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第四章 カミングアウト

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「じゃあ、行ってきます」
「おう、テストがんばれよ。……あの、えっと」

台風情報がラジオからひっきりなしに流れてくる週末。二日間かけて大学で行われる模擬試験を受ける勝行を玄関まで見送りながら、光は何度も言いたい言葉を飲み込んだ。誤魔化すように「ハンカチもったか」「傘は」「おにぎり、忘れるなよ」などと、くだらない確認ばかりが口をつく。

「光。お願いひとつ、していい?」
「ん?」

運転手の片岡を先に追い出し玄関で姿見を確認していた勝行は、エプロン姿の光に手を伸ばした。

「充電、しときたい」
「……ああ、なんだそんなの。いっぱいしていけ」

久しぶりに甘えてくれたことが嬉しい。光は満面の笑みを浮かべ、ぎゅっと勝行に抱き着いた。本当なら自分も充電したい。腰が砕けるほどのキスでいっぱい満たされて――でもそんなことをしている時間も余裕もないだろう。腕の中では、勝行が照れくさそうにはにかみながら光の体温を貪っている。青リンゴのような甘い香りが漂ってきて、いつもの雰囲気と少し違う。

「なんか今日の勝行、いい匂いする」
「そう? ……ああ、夜中にシャワー浴びて寝落ちたから、へんな寝癖ついちゃってさ。ワックスで強引に直したから。それの匂いかな」

くんくんと身体中に鼻を利かせていたら、勝行はくすぐったそうに笑った。

「こういうの好きなら、今度光の髪にもつけてあげるよ」
「セットすんのか? 俺の髪の毛、弱っちいからすぐ崩れるって保に文句言われたけど」
「いいじゃないか。光の髪の毛はサラサラで気持ちよくて、触ってると落ち着くんだよ」
「ふうん……じゃあどうぞ」

光は首を傾げ、ひょこっと頭を突き出す。すると勝行は遠慮なくわしゃわしゃと髪を掻き回し「ああーもう、何これズルいかわいい」と心の声のようなデレ文句を声に出してきつく抱きしめてきた。その腕力は思った以上に強くて、ぐえええ……と絞られた雑巾のような声が出る。

「こんなに無防備な光を一人で留守番させるなんて……やっぱ心配で」
「まぁた始まった。お前、何のために発信機つけたんだ。俺が甘んじて許してやってるってのに! 外すぞこの野郎」

プライバシーの侵害云々と晴樹に言われたけれど、以前どうしてもつけてほしいと頼まれたので、身辺警護のための発信機をつけることは許可しているのだ。盗聴までしているかどうかは流石に確認していないが、相羽家の要人は全員付けていると聞いて、嫌だと言える状況ではなかった。
それに自分も、相羽家の一員として認めてもらえた気がして悪い気はしなかった。

「一応、監視カメラも部屋につけた」
「は? そんなもん、いつの間に!」
「不審者がきたり、撮影中に何かあったら、迷わずスマホのこのボタンを長押しするんだぞ。そうすると護衛がすぐ助けに来るし、同時に警備会社に通報も入る。あと監視カメラの録画データが、十五秒前から遡って保存されるようになってるんだ。悪い奴を捕まえるための証拠作りであって、普通にしていれば誰も見ないし、録画も残らないから……」
「んーなんかよくわかんねえけどわかった。とりまカメラつけといてやるから、ちゃんとテストに集中しろって」
「あ、万が一発作が出た時もこのスマホで……」
「わーったってば!」

本当に心配し過ぎで、逆に不安になる。とはいえ、以前初めて一人で留守番した時に桐吾と出会い、事件が勃発したことを思い出せば、致し方ないのかもしれない。充電と言いつつ、いつまでも光を抱きしめて離さない勝行の方こそ、玄関から一歩出た瞬間階段から転げ落ちそうな雰囲気だ。

「お前そんなんでテスト大丈夫なのか? 落っこちても知らないぞ」
「今日のは模擬だから。テストの練習だよ。ダメだったらそれが俺の実力ってことさ」
「なんだよ……そんな気楽なもんなんだったら、大層にあれこれ準備しなくてもよかったのに」
「でも光が作ってくれたご褒美のおにぎりは食べたいから、頑張る」

ありがとう、と心底嬉しそうな笑顔を零しながら、勝行は頬にちゅっと口づけた。

「行ってきます」

二度目のその言葉を聞きながら、光は「早く行け」と追い立てた。
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