できそこないの幸せ

さくら怜音

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第四章 カミングアウト

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「……盗聴……?」

背中に嫌な汗が滲んだ。いくらなんでも、あいつがそんなことするはずが。

ない――と言いたいけれど、あの性格が父に似て凶暴な方の《勝行》なら、もしかしたら――。過る不安はそのまま顔に出たらしく、晴樹は光の手首を掴んで顔から避けながら「もしこの音を聴いていたら、今頃授業どころじゃないだろうね」とにんまり微笑んだ。

「だって光くんってばこんなにあっさり、僕を信用して。組み敷かれて」
「……ぅんっ」

チュッ、ジュルジュルゥと音を立て、ピアスの周りを執拗に舐める。ぞわっとくる悪寒で変な声が出そうだ。堪らず光は歯を食いしばった。

「……可愛い泣き顔晒して」

抵抗しようにも、光より身長も体重も勝る大柄な晴樹はびくともしない。頭上から両腕を抑え込む彼の襟元からは、厚い胸板が透けて見えた。成人男性の逞しい芳香をたっぷり放ちながら、晴樹は光の顎を厭らしく舐ぶる。まるで濃厚なキスでもしているような水音が、顔周りで鳴り響く。

「や、め……っ」

音が漏れているかもしれない、勝行に聴かれているかもしれない……。考えるたび、光の鼓動は逸る。晴樹の吐息がふぅと首筋にかかるだけで、ビクンと身を跳ねてしまう。
光の身体は知っている。この教師――自称バリタチで置鮎保の恋人、村上春樹。そのセックスは甘く優しく、感じやすい場所を的確に愛撫してくる経験豊富なテクニシャンだということを――。

(こないだ二人でセックスしてるとこ、見た……。保がすっげえ気持ちよさそうで、羨ましくて、俺もあんな風にされたくて……)

「ふふっ。相変わらずえっちな性感帯。本当に勝行くんとセックス、したことないの?」
「う……うっせえ……あるわけ、ねえだろ……離せ……っ」
「こんなに物欲しそうな顔させておいて、手を出さないなんて。堅物のノンケか、勃たない不能か」

そう言いながら晴樹は片方の手のひらを身体のラインに沿ってするすると降ろし、期待に震える敏感な胸に狙いを定める。やんわりと弧を描きながら蕾の周囲を撫でまわし、時々先端をツンと指で弾いては摘まむ。その刺激に負けた光は「んぁあっ」と情けない声を漏らし、やがてがくがくと痙攣する。

「ほぉら、光くんなら乳首だけですーぐイケちゃうこと、僕は知ってるよ。勝行くんはこういうこと、してくれないの? 君たち、付き合ってるんだろ」
「ふぅ……っ、あ……や……さわ、……んな、ぁ、あ……っ」
「それとも、勝行くん以外の恋人がいたりした? 開発したのはその人なのかな。……僕の予想では……相手は結構な大人だね?」

なんでこいつ、そんなことがわかるんだ!?

乳の甘い刺激から一転、突然の的を射た指摘にぞくっと悪寒が走る。そして次の瞬間、保健室の扉がノックなしにがらりと開いた。

「……!」

カーテンを閉めているせいで、誰が入ってきたのかはわからない。けれど光と晴樹は思わず顔を見合わせ、息を呑んだ。

(か、勝行……?)

「失礼します。光さん、お休み中でしょうか」

よく通る落ち着いた男性声が室内に響く。それは勝行ではなかった。けれど勝行がその気になれば、二十四時間いつでもどこにでも駆け付けさせる使用人。

「か……かたおか……」
「お声が震えていらっしゃいますね、大丈夫ですか。体調がよくないので付き添うようにと勝行さんからご連絡いただき、参りました」
「ああ、相羽くんの付き人さんですね」

晴樹は何食わぬ顔ですっと立ち上がり、カーテンを開けながら教師として応対し始めた。服は脱がされていないが、さっきまでの余韻で光の身体は火照ったままだ。光はドクンドクンと激しく高鳴る心臓を抑えつけながら、二人に背を向ける形で寝返りを打った。冷や汗がたらり、額から零れ落ちる。

(なんで……いっつも学校の時間は外にいる片岡が……ここに来るんだ……?)

もしかして本当に、さっきのやりとりを全部聞かれていたのだろうか。自分が授業で動けないから、代わりに片岡に出動させた可能性も否めない。

「少し熱があるそうで、様子を診ているところでした」
「そうですか……ああ、お可哀そうに。汗もかかれて、苦しそうですね」
「早退させますか? もう午後は自習と補講のみですし、彼の出席状況には影響しませんよ。今日は養護教諭が出張で留守してるので、あまり学校では十分な対応が取れないかと」
「ええ、そのようですね。それで勝行さんから様子見するよう連絡が入りまして、急ぎ伺ったのですが」
「なるほど。優しいお兄さんだ」

一見普通の保護者と教師――だがまるで腹の探り合いをしているような二人の会話が、何もかも白々しく聴こえてくる。それに片岡は明らか勝行側の人間だからだろうか、晴樹に返す言葉の端々が光と話す時と違って威圧的に感じられてしまう。それを気のせいだと笑い飛ばせる余裕もなかった。

光はピアスのついた左耳と暴れる心臓をシーツに押し付け、何度も唾を飲み込んだ。
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