できそこないの幸せ

さくら怜音

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第三章 たまにはお前も休めばいい

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作業に没頭している時は百時間以上スタジオに籠るせいか、外に出たら季節が変わっている——なんてこともあり得る。
すっかり虫の音色が変わり、日中の空気もからりとしていた。置鮎保は久しぶりに愛車に乗り込み、横浜まで足を延ばした。真っ赤なボディのツ―シータークーペ。カーステレオからはJポップロックの旧新名曲を紹介するFMラジオを流し、時折口ずさむ。待ち合せ先の駐車場に着くと、高校の夏服に身を包んだ勝行と光が、車止めに腰掛け、肩寄せ合いながら紙きれ一枚共有して何か話している姿を見かけた。きっと新曲の歌詞を相談しているのだろう。まだまだ暑いのに、よくもまあゼロ距離で居られるわねと思わず苦笑した。

「かっちゃん、免許取ったんだって?」
「はい。受験の息抜きにチャレンジしてみました」
「教習所行かずに一発試験で息抜き、ねえ」

とんでもない秀才というか、器用というか。普通の受験生はそんなチャレンジしないよ、と鼻で笑っておく。そんな自分をまったく自慢することもない勝行は「運転、けっこう楽しかったんです」と朗らかに笑う。本当に勉強の息抜きとして、ドライブを楽しんでいるようだ。新しい趣味を手に入れたといわんばかりの様子に、保は少しばかり安心する。
その隣でひとり我関せずと鼻歌を歌い続け、身体をリズムに合わせて揺らしていた光は、一点の何かに目を付け「あっ」と一時停止した。

「どうした?」
「バッタ、みっけ」

紙もスクールバッグも放り投げ、光は飛び跳ねる虫を追いかけ始める。なかなかうまく捕獲できないようで、何度も手を伸ばしては逃げられ、苦戦しているようだ。すると反対側から黒スーツ姿の片岡がのっそりと現れ、バッタの進路をわざと邪魔して光の捕獲作戦を支援し始めていた。

「ガキンチョは相変わらずね」
「でも、体調はいい感じに戻ってきました。INFINITYにも謝罪と挨拶に行ったら、オーナーからプロテインとか健康食品沢山もらっちゃって」
「あははは」
「あっ、そうそう。先日の旅行帰りに、新曲もできたんですよ」
「そうみたいね。どんな曲?」

光が落としていった殴り書きだらけのレポート用紙を拾い上げ、勝行は「あのバッタみたいな曲です」と真面目に回答した。

「バッタの曲……?」
「彼らはどんなに困難な状況になっても、進路を変えることはあっても後ろに下がらない、下がれない」
「そうね」
「俺たちも、失敗した過去をやり直すことはできませんから……。着地に失敗した場所が、次のスタート地点で。思い描いた理想には遠回りしていても、次の着地点めがけて進むしかないっていう、けっこう前向きな歌です」
「まさに等身大のWINGSって感じじゃない。青春ソング、いいね」
「そうですね。俺もあいつが作ってくる曲には、毎回脱帽します。タイムリー過ぎて本音を見抜かれてる感、ある」

今の勝行の心には思いっきり刺さる曲だったのだろう。いつだってそうだ。
光の生み出した抽象的な原曲をリアルに受け止め、勝行は自分の本音を吐き出す歌に変えていく。
WINGSの曲はまさに、相羽勝行の等身大の感情を語る歌ばかりだ。今夏発売したアルバムの楽曲も、殆どすべて勝行の素直な気持ちそのままなのだろうと、保は受け止めている。

「今日は朗報を持ってきたのよ。その新曲、スタジオじゃなくて別の場所で聴きたいわ」
「別の場所……ですか?」

意図が読み取れず、きょとんと目を丸くする勝行は年相応の幼さがあって本当にかわいい。これから発表することを聞いたら、虫捕りに夢中な相方共々、もっと子どもっぽい反応をくれるに違いない。
保はそんな二人をまるで可愛い弟を見守るような目で見つめ、にっこり笑った。
ちょうど駐車場の奥で「捕った!」と叫ぶ光と、「素晴らしいです」と拍手する片岡の声が聴こえていた。


エンジンかけっぱなしのカーステレオから流れるラジオで、DJがリクエストメールを紹介している。

『リスナーネーム・シオンから。最近アルバムを出したばかりの高校生ロックバンド・WINGSが大好きです。特にライブで盛り上がるこの曲は、ドライブ中に聴くとテンションあがります……ぜひ流してください。へえ、いいね! 彼らは確かまだ高校生だっけ? 最近何かとネットで話題になっているようで――』
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