できそこないの幸せ

さくら/黒桜

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第三章 たまにはお前も休めばいい

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「プロデュースって……保のやってる仕事のこと?」
「それだけが全てじゃないけどね。とりあえず直近の目標は、置鮎保プロデューサーからお前の全権利を奪い取ることかな」
「お……おま、タモツと仲いいんじゃなかったの?」
「仲はいい方だと思うよ。でも俺はあの人のこと、最強のライバルだと思ってるんだ」

勝行は驚き茫然とする光の頬をするりと撫で、耳をやわやわと摘まみながら、甘ったるい言葉をいくつも零していく。

「初めてピアノを聴いた時、この世にこんな音楽があるのかって本当に感動したんだ。同時に……光の身も心も全部欲しくなった。この綺麗な肌や澄んだ心と同じ、不思議で無色透明な、今西光の世界」

何色にも染まらないそれはある日、勝行のボーカルとギターが合わさって色付いた。誰にも気づかれなかったその姿が、克明に浮かび上がった。

「俺は欲張りだからさ。全部俺が管理して、お前の魅力を全部引き出して、世界中に自慢したい。俺は本当に好きになったものは、自分で創り上げてうんと飾り立てたい」
「自分で……創り上げる? 俺を?」
「お前の立つステージ。衣装。照明。セットリストにバックバンド。何もかもすべて、俺が考えて、俺の色に染めてしまう。けれどそれは確かに光の音楽で、俺がアレンジした天才ピアニスト・今西光なんだ」

想像もつかない壮大なストーリーだ。だがそれは確かに、ステージ音響や演出にこだわる勝行の普段の様子からありありと目に浮かぶ。

「俺にとってお前は、なんの夢も持てなかった凡人な俺をどんどん変えていく、最高のパートナーなんだよ。今ここにいる相羽勝行は、お前に育てられたようなもんだって、前に言っただろ?」
「……あ、ああ……」

ついさっき不思議なことを言うと突っ込まれたけれど、勝行も相当不思議なことを平然と言う非凡な男だと思う。光は思わず己の手のひらを見つめた。この指が懸命に主張してきたあのピアノ曲のおかげで、勝行は人生すら変えられたと言う。
ただの蝉の啼き声以上の過大評価っぷりだ。

「でもさすがに舞台演出とかそういう専門的なことはわからないから。ちゃんと勉強したいんだ、芸術大学に行って、WINGSの活動しながら裏方の仕事も現場で学んで……」
「すっげえな……」

そのための受験勉強なのかと尋ねると、勝行は少しだけ曇った笑みを浮かべる。

「ホントはその大学に行きたいんだけど。相羽家のしきたりで、違う大学に進学しなきゃいけないし、将来の職業もうっすら決まってる……父との約束があるんだ」
「違う学校?」
「相羽本家の子どもは全員、T大の法学部を卒業して、いずれは政界か法界に入らなきゃいけない。だから夢を持ったところで、政治家以外の道は諦めなきゃいけなくて……俺には長いこと、夢がなかったって。WINGS結成の時に、少し話したっけ?」
「なんか、うっすら聞いた。親に勝手に決められた人生をぶっ壊したいって」

以前、それが理由で、光とバンドがやりたいと言っていた。親の言いなりばかりの人生はつまらない、自分でやりたいと思ったことに挑戦してみたいと。一人では難しいから、パートナーとして光を選んだこと。

「そっか。バンドやるって夢だけじゃなくなったんだな」
「うん。光とずっと一緒にいて、前以上にお前に惹かれていって……そうだな、保さんに出会った頃くらいから、そういう夢を描いていた。でも舞台芸術の理論は、T大に行っても学べないから……ホントは、違う大学に行きたいんだ。それを三者面談で言ったら、頭ごなしに怒られちゃって」
「あのいっつもニコニコ顔の親父さんが? 怒るんだ」
「怒るよ。静かに、真向勝負で論破される。頑固者だし。俺はあの人にまだ勝てない」

血のつながりを感じるその愚痴を聞いて、光は思わずぷぷっと肩をすくめた。

「十月になれば共通一次の受験申し込みが始まる。その頃までに、どっちを受けるかもある程度決めておかなきゃいけないんだけど……いずれにしても高校の推薦枠は使わないから、一月と二月が本試験で、最悪は三月までがっつり勉強することになる。その間はたとえ復活したとしても、WINGSの活動は制限されると思う……ごめんね」
「何言ってんだ。もちろん全力で応援してやるよ。俺はお前の充電器なんだから」
「ありがとう。……この夏休みの間に、俺はたくさん充電できたよ」

今度こそ、無敵になる。父親、そして上司の置鮎保。彼のライバルは思った以上に手ごわいラインナップばかりだけど、それがすべて光と自分の将来のための戦いだと知って、光は思わず頬を緩ませた。

「勝行はマジでかっけえな……ちゃんと未来を考えてて、ブレなくて。俺なんかがお前の役に立てるのかどうかは、今でもよくわかんねえけど」
「でも俺、お前がいないと生きていけない、お前ぬきの俺は、この前以上にただの抜け殻だよ」
「ははっ……」
「病院の先生に言ってたじゃないか。光が俺の面倒みてるって」
「……ん?」
「あれも否定できなかったよね。真実だし」

未来を見つめる強い眼差しの勝行も。情けない顔で甘える子どもみたいな勝行も。
全ては、光がそばにがいるから見られるのだ。
真夏の蝉の大合唱と、揺るがぬ青い空が、「よかったね」と二人を祝福しているような、そんな気がした。
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