できそこないの幸せ

さくら怜音

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第三章 たまにはお前も休めばいい

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「兄弟って言うけど、絶対怪しいよねあの二人」
「もうあの光くんがべったりくっついて離れないの、可愛すぎて」
「あの子、すぐ一人でふらっとどこか行くから困ってたけど、お兄さんが来てからは随分大人しくなったわね」
「日向ぼっことか好きよねえ、丸まって寝てる姿は猫みたいだった」
「「「ほんと、かわいいよねー!」」」

ナースステーションは外科病棟の美少年アイドル・今西光の話でもちきりだった。数人の看護師が担当を取り合い、交代で用事もなく病室に様子を伺いに行っては勉強中のイケメン兄に笑顔を振りまかれ、ハアハアと息を荒げて戻ってくる。やれ検温タイムだの、点滴の様子を確認だのと無駄に部屋を行き来するあまり、ついには
「あの……次の検温時間はいつですか。その時までに起こしておきます」
とイケメン兄に気を遣われる始末。

「検温できてないんだって? 次は僕が巡回の時に測っておくから、看護師さんたちは他の患者さんをよろしく」

主治医にの心臓外科医・星野にも遠回しに咎められ、女子看護師たちは揃ってうぐぐと地団駄を踏んだ。前からあの問題児・今西光が入院するたび、誰が担当するかで揉めていたのだが——どうやら面倒ばかりで我儘だから嫌なのではなく、彼の麗しい姿を拝みたい看護師がポジション争いばかりしているらしい。しまいには「サインもらいたい」と騒ぐメンバーまで現れる始末。

「あの子はそうやって、誰かに追いかけ回されるのが一番苦手だと思いますよ」
「そ、そうですよね」
「そもそも、特定の患者さんばかり贔屓するような行為、看護主任にバレたら大変でしょう」

しょげる看護師たちを説教しながら、星野は「罪作りな子ですねえ」と苦笑した。

「けれどお兄さんの勝行くんがずっと付き添ってくれるおかげで、トラブルもなくなって助かっています」
「そうですか」

きっと相当仲のいい兄弟なのだろう。先日も部屋に様子を伺いに行った時、あの狭いシングルベッドに二人で眠っている姿を見かけた。

「彼のご家族は忙しいから、きっと寂しかったんだろうね。前の主治医の稲葉先生からも、小さい頃から一人で闘病がんばっていたと聞きました」
「そうだったんですね。夜お兄さんがいない時は、私たちが代わりに抱きしめてあげます!」
「——それは明らかに看護の範疇を超えている気がするけど。まあ……いざという時はよろしくお願いします」

小児科病棟のような患者対策ネタに花を咲かせるナースステーションから離れ、星野は病棟の廊下を一人歩き出す。するとばったり噂の人物に出くわした。

「あ、せんせー」
「やあ光くん、今からどこかに行くのかい」

素直にこくんと首を振る金髪少年・光の隣には、背丈の変わらぬ黒髪の義兄・勝行が手を繋いで立っていた。星野に深々と頭を下げ、綺麗な声で「こんにちは」と挨拶を交わす。後ろから「あらやだ、デートかしら」と女性看護師たちの下世話な噂話が聴こえてくるが、聞かなかったことにした。

「これから巡回診察ですか。病室に戻った方が……」
「いや、ここでいいよ。どうだい調子は。よく眠れてるかい」
「うん」
「目を見せて」

大人しく廊下で棒立ちする光のおでこに手を当て、髪をかき上げながら表情をよく観察する。
目の下のクマもない。頬の血色もいい。首筋には相変わらず虫刺されを掻き壊したようなうっ血跡が点在しているけれど、心配するレベルのものではないだろう。ついでに立ったまま聴診器を当て、心雑音の有無も確認しておく。ちらりと隣をみれば、心配そうな表情でじっとこちらの様子を伺う勝行の姿が見えた。

「元気そうで何よりだ。血液検査の結果も悪くなかったから、中庭に遊びに行ってもいいよ。熱中症にならないように、出る時間を守ってくれたら」
「マジで?」

ぱっと花が咲いたような笑顔を見せ、光は「早く行こうぜ」と勝行の手を強引に引っ張った。どうやら退屈のあまり、散歩に出かけるところだったようだ。

「えーと……勝行くんだっけ。光くんをよろしくね」
「はい、わかりました」
「夏休みはお兄さんが毎日いてくれてよかったね、光くん」

すると光は鼻をふふんと繋いだ手を持ち上げ、「ちげーよ、俺がこいつの面倒みてんの」と自慢気に言ってのけた。

「え、そうなのかい?」
「コイツ、ほっといたらずーっと勉強ばっかで休憩も取らねえから、たまには運動させねーと」

まるでペットの散歩にでも出かけているような物言いだ。勝行に視線をずらすと、「すみません」と目を細めて苦笑いしていた。その頬は少し赤らんでいる。

「いいね。息抜きは大事だよ」
「あっそうだ先生。屋上あがってもいい?」
「この時間の屋上はまだ暑いと思うが……」
「ちょっとだけ! コイツに見せるだけだから!」
「ま、待てって、光っ」
「光くんっ、もうすぐ夕食の時間だからね?」
「わーってる!」

引き止める余裕も与えないまま、光は勝行の手を引いて楽しそうに非常階段を駆けあがっていった。あまりに体調と機嫌が悪かったせいで一時期は起き上がることもできなかったというのに。すっかり元気にはしゃぐ様子に星野は苦笑するしかなかった。今度は興奮しすぎて熱を出さなければよいのだが。

「ああ、検温忘れてた」
「もう~星野先生ってばあ!」
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