9 / 165
第一章 四つ葉のクローバーを君に
7
しおりを挟む
**
寝落ちる前に勝行とキスしていたら、滅入った気分を削ぎ落とせるので夢見がいい。
昨夜は久しぶりになんの夢も見ないまま、十時間以上も爆睡していた。睡眠がきちんと取れたおかげか、身体の調子もいい感じだ。
朝、登校前に立ち寄ってくれた勝行も、ほっとしたように笑っていた。
「熱もなし。食欲も戻ったし、やっと先日の脱走事件前に戻ったね」
「蒸し返すなよ……ていうか脱走ってなんだよ」
「時々思い出してもらわないと、反省したこと忘れるからな。元気になったらすぐ病院から抜け出したがるし」
「ぐっ……違うし。ちょっと昼寝してただけだし!」
「はいはい。とにかく退院したければ、もう少し大人しくしててね」
まだベッドに縛り付ける気満々なのだろう。愛用の電子キーボードとヘッドホンを持ってきてくれた勝行は、そう言って今日も一人で学校に向かった。
(俺、一学期だけで何日休んだかな……ほんとに今度こそ、留年すっかもなー)
登校したところでほとんどずっと保健室で寝ている方が多いが、そろそろ勝行と一緒に学校に行きたい。外の空気を吸いたいし、早く勝行の傍で普通に生活したい。そのためにはとにかく退院できる体調に持っていくことが先決だ。
光は朝からキーボードをノンストップで弾き鳴らし、退屈な時間をベッドでやり過ごした。完全復活前の練習にはもってこいだし、日々の鬱憤晴らしには最適だった。
あの日を境に、勝行はあまり病室に来ない。来ても片手には常に参考書を持ち歩いているか、光が発作を起こして寝込んでいる最中が多く、会話がまともにできていない。
光に対して怒っていたり避けているわけではなく、高校三年生の前半は最後の受験前勝負だから仕方ないのだと教えてもらった。
相羽勝行といえば常に学年首位キープ。推薦枠もよりどりみどり、学内でも一目置かれる優等生だと教師から聞いている。「お前も少しは見習え」と散々比較され、卒業すら危うい光にしてみれば、これ以上勉強しなくても十分なのではと思うのだが、高校のレベルが低いのでこの程度ではダメなのだと言う。
彼は天才肌でもなんでもなく、真の努力家だ。サボると顕著に結果に出ると嘆き、ギターや歌練習、筋トレすらも毎日欠かさない。おまけに普段から作曲活動に夢中で睡眠が少ない。さらにここ最近は病室にいても家に帰っても勉強しているようで、目の下にクマができている。
自分に余裕ができると他人の様子が気になるもので、勝行もかなり寝不足を拗らせているように見えた。
(なあ勝行……お前は今、幸せか?)
行ってきますと言って一人病室を出ていく背中の音が、どこか澱んで聴こえたのは気のせいだろうか。
主治医に「ちょっとだけ!」とごねて中庭に出る許可をもらった光は、すっかり土の乾いた芝生に転がり込んだ。
いつもなら一人で来るのだが、今日は念のためにと付き添いがいる。
「あっ光さん、そんなところに寝転がったら泥まみれに」
「いいんだよ、これがしたくて来たんだから」
煩い小姑がもう一人――。夏でも暑苦しいスーツ姿で光を見守る相羽家専属のSP・片岡荘介が、垂れた眉尻をさらに下げて苦笑した。
この男は勝行と光の父親・相羽修行の付き人だったはずなのだが、光が拉致監禁事件に何度となく巻き込まれたせいか、いつの間にかWINGSの専属護衛として常に背後にいるようになった。とはいえ、警察や医師のように、質問攻めや説教はしてこない。何を考えているかはわからないが、終始にこにこした顔をこちらに向け、ただ黙って見守っている。ずいぶん変わった大人だ。
「気持ちわりぃな。笑うなよ」
「すみません、これが素面でして」
「なんか、護衛ってもっと厳つくて怖そうなもんなのに……」
「見た目怖そうな方がいいですか? ではこうしておきますね」
にっこり笑って胸元から分厚いサングラスを出すと、スチャリと装着して再び仁王立ちになる。身長も筋肉もそれなりにあって身体は厳ついから、確かにサングラスをかけたらまるでヤクザの付き人のようだ。
彼は相羽家で最も腕っぷしが強いらしい。だが光はまだ一度も片岡が誰かと戦闘している姿を見たことがない。普段はほわんとした顔で車を運転したり、勝行に頼まれた書類や珈琲を届けにくる。最初はただのパシリかなと思っていたぐらいだ。
石像並みに動かない片岡を無視して、光は本来の目的を果たそうとシロツメクサの群生地に手を伸ばした。ごろんとうつぶせになり、横着しながら周囲の雑草に目線を集中させる。
(やっぱ……四つ葉ってそう簡単には見つからないな。あの日はたまたま運がよかったのか)
けれどやはり、あのアイテムが欲しい。
一度は見つかったのだ、きっともう一度チャンスはあるはず。
奇跡を信じるくらいなら、自分で偶然の機会を増やす努力くらいはしておきたい。時折ほふく前進のような姿勢で場所移動しつつ、光は許される限りの時間を使ってひたすら四つ葉のクローバーを探し続けた。最中、片岡や医師に何度か話しかけられていることにも気づかないほどに、真剣に。
寝落ちる前に勝行とキスしていたら、滅入った気分を削ぎ落とせるので夢見がいい。
昨夜は久しぶりになんの夢も見ないまま、十時間以上も爆睡していた。睡眠がきちんと取れたおかげか、身体の調子もいい感じだ。
朝、登校前に立ち寄ってくれた勝行も、ほっとしたように笑っていた。
「熱もなし。食欲も戻ったし、やっと先日の脱走事件前に戻ったね」
「蒸し返すなよ……ていうか脱走ってなんだよ」
「時々思い出してもらわないと、反省したこと忘れるからな。元気になったらすぐ病院から抜け出したがるし」
「ぐっ……違うし。ちょっと昼寝してただけだし!」
「はいはい。とにかく退院したければ、もう少し大人しくしててね」
まだベッドに縛り付ける気満々なのだろう。愛用の電子キーボードとヘッドホンを持ってきてくれた勝行は、そう言って今日も一人で学校に向かった。
(俺、一学期だけで何日休んだかな……ほんとに今度こそ、留年すっかもなー)
登校したところでほとんどずっと保健室で寝ている方が多いが、そろそろ勝行と一緒に学校に行きたい。外の空気を吸いたいし、早く勝行の傍で普通に生活したい。そのためにはとにかく退院できる体調に持っていくことが先決だ。
光は朝からキーボードをノンストップで弾き鳴らし、退屈な時間をベッドでやり過ごした。完全復活前の練習にはもってこいだし、日々の鬱憤晴らしには最適だった。
あの日を境に、勝行はあまり病室に来ない。来ても片手には常に参考書を持ち歩いているか、光が発作を起こして寝込んでいる最中が多く、会話がまともにできていない。
光に対して怒っていたり避けているわけではなく、高校三年生の前半は最後の受験前勝負だから仕方ないのだと教えてもらった。
相羽勝行といえば常に学年首位キープ。推薦枠もよりどりみどり、学内でも一目置かれる優等生だと教師から聞いている。「お前も少しは見習え」と散々比較され、卒業すら危うい光にしてみれば、これ以上勉強しなくても十分なのではと思うのだが、高校のレベルが低いのでこの程度ではダメなのだと言う。
彼は天才肌でもなんでもなく、真の努力家だ。サボると顕著に結果に出ると嘆き、ギターや歌練習、筋トレすらも毎日欠かさない。おまけに普段から作曲活動に夢中で睡眠が少ない。さらにここ最近は病室にいても家に帰っても勉強しているようで、目の下にクマができている。
自分に余裕ができると他人の様子が気になるもので、勝行もかなり寝不足を拗らせているように見えた。
(なあ勝行……お前は今、幸せか?)
行ってきますと言って一人病室を出ていく背中の音が、どこか澱んで聴こえたのは気のせいだろうか。
主治医に「ちょっとだけ!」とごねて中庭に出る許可をもらった光は、すっかり土の乾いた芝生に転がり込んだ。
いつもなら一人で来るのだが、今日は念のためにと付き添いがいる。
「あっ光さん、そんなところに寝転がったら泥まみれに」
「いいんだよ、これがしたくて来たんだから」
煩い小姑がもう一人――。夏でも暑苦しいスーツ姿で光を見守る相羽家専属のSP・片岡荘介が、垂れた眉尻をさらに下げて苦笑した。
この男は勝行と光の父親・相羽修行の付き人だったはずなのだが、光が拉致監禁事件に何度となく巻き込まれたせいか、いつの間にかWINGSの専属護衛として常に背後にいるようになった。とはいえ、警察や医師のように、質問攻めや説教はしてこない。何を考えているかはわからないが、終始にこにこした顔をこちらに向け、ただ黙って見守っている。ずいぶん変わった大人だ。
「気持ちわりぃな。笑うなよ」
「すみません、これが素面でして」
「なんか、護衛ってもっと厳つくて怖そうなもんなのに……」
「見た目怖そうな方がいいですか? ではこうしておきますね」
にっこり笑って胸元から分厚いサングラスを出すと、スチャリと装着して再び仁王立ちになる。身長も筋肉もそれなりにあって身体は厳ついから、確かにサングラスをかけたらまるでヤクザの付き人のようだ。
彼は相羽家で最も腕っぷしが強いらしい。だが光はまだ一度も片岡が誰かと戦闘している姿を見たことがない。普段はほわんとした顔で車を運転したり、勝行に頼まれた書類や珈琲を届けにくる。最初はただのパシリかなと思っていたぐらいだ。
石像並みに動かない片岡を無視して、光は本来の目的を果たそうとシロツメクサの群生地に手を伸ばした。ごろんとうつぶせになり、横着しながら周囲の雑草に目線を集中させる。
(やっぱ……四つ葉ってそう簡単には見つからないな。あの日はたまたま運がよかったのか)
けれどやはり、あのアイテムが欲しい。
一度は見つかったのだ、きっともう一度チャンスはあるはず。
奇跡を信じるくらいなら、自分で偶然の機会を増やす努力くらいはしておきたい。時折ほふく前進のような姿勢で場所移動しつつ、光は許される限りの時間を使ってひたすら四つ葉のクローバーを探し続けた。最中、片岡や医師に何度か話しかけられていることにも気づかないほどに、真剣に。
0
お気に入りに追加
218
あなたにおすすめの小説
両翼少年協奏曲~WINGS Concerto~【腐女子のためのうすい本】
さくら/黒桜
BL
優等生ヤンデレS×俺様強気わんこ【音楽×青春ラブコメディ】
//高校生Jロックバンド「WINGS」の勝行と光は、義兄弟であり、親友であり、お互い大切なパートナー。
仲良すぎる過多なスキンシップのせいで腐女子ファンが絶えない。
恋愛感情と家族愛と友情、そして音楽活動で次々生まれる「夢」と「壁」
時にすれ違いつつ、なんだかんだで終始いちゃつく平和モードなの両片思いラブコメ。
『ていうかこの二人、いつくっつくの?え?付き合ってる?付き合ってないの?はよ結婚しろ』
短編ばっかり集めたオムニバス形式ですが、時系列に並べています。
攻めがヘタレの残念王子だが性格が豹変するタイプ。
受けはおばかビッチわんこ。ヤンデレ要素は後半戦。えちシーンは♡表記
まだ、言えない
怜虎
BL
学生×芸能系、ストーリーメインのソフトBL
XXXXXXXXX
あらすじ
高校3年、クラスでもグループが固まりつつある梅雨の時期。まだクラスに馴染みきれない人見知りの吉澤蛍(よしざわけい)と、クラスメイトの雨野秋良(あまのあきら)。
“TRAP” というアーティストがきっかけで仲良くなった彼の狙いは別にあった。
吉澤蛍を中心に、恋が、才能が動き出す。
「まだ、言えない」気持ちが交差する。
“全てを打ち明けられるのは、いつになるだろうか”
注1:本作品はBLに分類される作品です。苦手な方はご遠慮くださいm(_ _)m
注2:ソフトな表現、ストーリーメインです。苦手な方は⋯ (省略)
僕はただの妖精だから執着しないで
ふわりんしず。
BL
BLゲームの世界に迷い込んだ桜
役割は…ストーリーにもあまり出てこないただの妖精。主人公、攻略対象者の恋をこっそり応援するはずが…気付いたら皆に執着されてました。
お願いそっとしてて下さい。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
多分短編予定
僕の兄は◯◯です。
山猫
BL
容姿端麗、才色兼備で周囲に愛される兄と、両親に出来損ない扱いされ、疫病除けだと存在を消された弟。
兄の監視役兼影のお守りとして両親に無理やり決定づけられた有名男子校でも、異性同性関係なく堕としていく兄を遠目から見守って(鼻ほじりながら)いた弟に、急な転機が。
「僕の弟を知らないか?」
「はい?」
これは王道BL街道を爆走中の兄を躱しつつ、時には巻き込まれ、時にはシリアス(?)になる弟の観察ストーリーである。
文章力ゼロの思いつきで更新しまくっているので、誤字脱字多し。広い心で閲覧推奨。
ちゃんとした小説を望まれる方は辞めた方が良いかも。
ちょっとした笑い、息抜きにBLを好む方向けです!
ーーーーーーーー✂︎
この作品は以前、エブリスタで連載していたものです。エブリスタの投稿システムに慣れることが出来ず、此方に移行しました。
今後、こちらで更新再開致しますのでエブリスタで見たことあるよ!って方は、今後ともよろしくお願い致します。
配信ボタン切り忘れて…苦手だった歌い手に囲われました!?お、俺は彼女が欲しいかな!!
ふわりんしず。
BL
晒し系配信者が配信ボタンを切り忘れて
素の性格がリスナー全員にバレてしまう
しかも苦手な歌い手に外堀を埋められて…
■
□
■
歌い手配信者(中身は腹黒)
×
晒し系配信者(中身は不憫系男子)
保険でR15付けてます
虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメンアルファ辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる