3 / 13
サラリーマン天使と転生希望調査 2
しおりを挟む「制限条件があります」
「おう」
揺るがない良一の相槌を聞いて、天使はパンフレットのようなものを取り出し、業務的に説明を続ける。
「胎児に直接魂を宿らせる手法を使えば、元いた世界にすぐ転生できます。ただし以前の記憶が一部残ってしまう副作用が確認されています。ですが別の人間として生きる以上、【小池良一】であったことを他人に口外してはいけません」
「大丈夫だ、俺は口は堅い」
「それと、お連れ様と無事再会はできますが、絶対に恋人にはなれません」
「え……?」
その言葉に一瞬怯んだ姿を天使は見逃さなかった。天使は羽ペンとパンフレットを分厚いファイルに挟んでパタンと閉じ、シルバーの美しい瞳を伏せた。
「まだお相手を深く愛していらっしゃるのなら、あなたは相当傷つくでしょう。愛すればするほど、悲しみが増します。生まれ変わっても、その恋は最初から絶対に実らない。いずれ新しい身体が気に入らなくなって生き辛くなるかもしれません」
「……う……」
「――やはりおやめになりますか」
「……」
「なお、万が一自殺されてしまいましたら、寿命操作罪として地獄での強制労働百年のペナルティを別途科されます」
「ひっ、百年労働」
自ら命を絶つことへの恐怖心は、生前にここで警告を食らうからなのかもしれない。気楽に選べるものではないと、魂が覚えているのだろう。
(それにしても……事務的っぽい割には意外と気遣ってくれるんだな、この天使)
気づけば良一の目の前には、契約書らしき石板書類が二枚、空中に浮かび上がっていた。
「恋人になれなくても元恋人の近くに生まれ変わるか。何もかも忘れリセットした上で新世界(おまかせコース)に旅立つか。貴方の場合はどちらか二択ですね。どうされますか」
「……悩むわけない」
少し前まで、あの甲斐性なしで性欲旺盛な享幸を支えて生きていくのは自分しかいないと自惚れていた。傍にさえいられるならば、恋人でなくてもいい。
「いいんだ。どうせ恋人になれないことは、死ぬ前からわかっていたことだから」
「……もしやそれが原因で、あなたわざと車道に飛び出し……」
「違うよ、違う! 完全なもらい事故だぜ、俺のは。そりゃ確かにぼんやりしてたかもしれないけど……コンビニ出てすぐ、猛スピードで店に突っ込んできた車にぶっ潰されたんだ。俺以外にも店にいた人とか、ヤバかったんじゃないのかなあ。全然覚えてないから、俺はきっと即死だったんだろうな」
「そうですかー、じゃあ元の身体は木っ端微塵で見れたもんじゃないでしょうね」
「て、テメエ……他人事だと思って」
「でもそういうのも、見てしまうかもしれませんよ」
天使が言いたいことは、その時の良一にはまだよくわからなかった。
「ボロい綿布団でさ、あいつに抱かれて眠るのが好きだったんだ。普通の時間だったけど、寝心地よくて幸せだった。あいつだけはいつでも俺を受け入れてくれて……心の拠り所だった」
次の生でもう一度彼に会えるのならば、今度は自分なりの恩返しがしたいと良一は願った。
「享幸って奴は、ほんとはふわふわのベッドで寝たかったくせに、俺に付き合ってずっと我慢してたお人よしの大馬鹿野郎だからさ。できれば今度は、ベッドでも文句言わない身体になりたいなあ」
「……では腰と姿勢に注意して過ごされては。目が覚めたらまずはベビーベッドからですよ」
「そっか。俺、赤ちゃんからやり直しか」
「ええ。あなたの次の人生に幸あらんことを」
こうして記憶をわずかに握りしめたまま、かつて《良一》だった魂は産声をあげた。
ようしよし、と抱き上げる男の顔は、ぼやけていても誰よりも見覚えがあるものだった。
「うわあ滝沢さんのパパさん、赤ちゃんをだっこするのすごく上手」
「小さい子のお世話とか、慣れてらっしゃるの?」
「いいえ、赤ちゃんを抱くのも世話するのも初めてです」
泣きやんだ赤子に頬を摺り寄せ、看護師にそう答えながら男は戸惑いがちに答えた。その隣では、母親と思しき女性が寝間着姿で二人を見守っている。
「赤ちゃんってすごいな、こんなに小さいのに、命の強さを感じる。身体も温かい」
「そうね、これから疲れた貴方に生きる力をくれる、可愛い天使よ」
「うん、そうだといいなあ。男の子だよね、名前は……」
コウイチ。
幸せ一番とかいて、コウイチだよ。
元恋人・良一の魂がここにいることなど知りもしない彼は、赤子に向けて嬉しそうにそう告げる。
(タカユキとオレの名前がくっついてる……!)
その名を聴いただけで嬉しくなった幸一は、一生懸命笑おうとした。が、赤子の身体はどうにもうまく動かず、ふにゃと泣き声をあげてしまう。
男は腕の中でぐずる幸一のもみじの手に指を添え、頬にキスをした。
「大丈夫。必ず君を幸せにしてあげるからね」
「享幸さん、それは奥さんの私に言うべき言葉じゃ?」
「あ……あれ、そうかな。間違ってた?」
「うふふ、親ばかさん確定ねー」
「素敵な親子の誕生、おめでとうございます」
まだよく見えない世界。うまく動かない身体。かつて良一だった時の記憶は明瞭に残っている。リーマン天使に引率されて、転生の門をくぐったことも忘れていない。
大人たちのにぎやかな声を聴きながら、幸一はゆっくりと生まれ落ちた世界の状況を理解した。
(そうか……俺は……結婚した享幸の子どもに生まれ変わったんだな)
大好きだったあたたかな笑顔。愛する人を癒す慈愛の言葉。それを受け取る相手は自分ではなく、別の女。
――あなたの恋は絶対に実らない。
(ああ……知ってたよ。それでも……)
天使にそう告げられた言葉を噛みしめながら、幸一は彼の腕の中で目を閉じた。
11
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。
柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。
そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。
すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。
「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」
そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。
魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。
甘々ハピエン。
魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。
柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。
頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。
誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。
さくっと読める短編です。
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
完結•枯れおじ隊長は冷徹な副隊長に最後の恋をする
禅
BL
赤の騎士隊長でありαのランドルは恋愛感情が枯れていた。過去の経験から、恋愛も政略結婚も面倒くさくなり、35歳になっても独身。
だが、優秀な副隊長であるフリオには自分のようになってはいけないと見合いを勧めるが全滅。頭を悩ませているところに、とある事件が発生。
そこでαだと思っていたフリオからΩのフェロモンの香りがして……
※オメガバースがある世界
ムーンライトノベルズにも投稿中
尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話
天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。
レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。
ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。
リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
裏切られた腹いせで自殺しようとしたのに隣国の王子に溺愛されてるの、なぁぜなぁぜ?
柴傘
BL
「俺の新しい婚約者は、フランシスだ」
輝かしい美貌を振りまきながら堂々と宣言する彼は、僕の恋人。その隣には、彼とはまた違う美しさを持つ青年が立っていた。
あぁやっぱり、僕は捨てられたんだ。分かってはいたけど、やっぱり心はずきりと痛む。
今でもやっぱり君が好き。だから、僕の所為で一生苦しんでね。
挨拶周りのとき、僕は彼の目の前で毒を飲み血を吐いた。薄れ行く意識の中で、彼の怯えた顔がはっきりと見える。
ざまぁみろ、君が僕を殺したんだ。ふふ、だぁいすきだよ。
「アレックス…!」
最後に聞こえてきた声は、見知らぬ誰かのものだった。
スパダリ溺愛攻め×死にたがり不憫受け
最初だけ暗めだけど中盤からただのラブコメ、シリアス要素ほぼ皆無。
誰でも妊娠できる世界、頭よわよわハピエン万歳。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる