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八冊目 黄金色のクリスマスキャロル

……⑤

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「今日はライブに来てくれてありがとう! シークレットなのに、みんなよく知ってたね。もうそろそろ、俺たちの行動パターンばれてる?」

最後の曲を前にMCを挟みながら勝行が給水していると、会場からはどっと山のような返事が返ってくる。
いつもは最大二百人程度の観客を受け入れる所だが、WINGSが出ると知るや否や三百人以上の入場希望者が現れ、入りきれずに通路や会場の外で入場待ちしている者までいるという。ドリンクスタンドも全く見えないくらい、本当の箱詰め状態になった観客席を見て、勝行は思わず「みんな無茶して倒れないでよ、酸素足りてる?」と声をかけた。

「ラジオ聴いて、もっと好きになったよー!」
「カツユキ、かわいいー!」

観客席からはそんな声もあがる。ありがとうと回答するものの、勝行の顔は思わずひきつった。余計なことを思い出させやがって……と心の中だけで愚痴り、再び水を含みながら客席の声援に手を振った。

それにしても、いつも以上に男性の観客が多い気がする。
何か言うたびに、きゃああっと上がる甲高い声に負けない勢いでウオオオッと低い歓声が響き渡るのだ。
額から零れる汗をシャツの袖で拭っていた光は、珍しくヘッドセットマイクのスイッチをオンにした。

「なあおまえら、クリスマスだけど俺たちとライブか、カノジョいねえのか!」

滅多に叫ばない光のとんでもない煽りに、勝行はぎょっとして振り返った。が、会場からはくだけた笑いと共に切ない「オオオッ」という返答が返ってくる。

「マジか。まーでも別にいいよな、俺たちだって毎年男だらけのクリスマスだけど、今日もめちゃくちゃ楽しい。あー、今日はひとりぼっちじゃなくてよかった!」

「そうだそうだ!」
「クリぼっちじゃねえ!」
「楽しいぞ! ヒカルのライブめちゃくちゃ楽しい!」

「だよな⁉」

返ってきた男性客からの反響がうれしくて、光は思わず勝行の方を振り返った。そして悪戯っぽい笑顔を見せた。
「な? 別にいいじゃねえか」

さっきさらっと零した誤魔化しの一言など全く聞いていないと思っていたのに。クリスマスだろうが男同士で何が不毛だよ、といわんばかりの無茶ぶりに、勝行は苦笑するしかなかった。

――もう、しょうがないなあ!

光に気を遣われたままではカッコ悪くて終われない。勝行は観客席に向き直ると、自分のヘッドセットマイクの先を持って叫んだ。

「女の子たちだって、今日めちゃくちゃ楽しんでるよね! 彼氏はおいてきたの?」

最高の王子様スマイルで、悪戯っぽく質問すると、黄色い声がより高く響き渡る。

「きゃあああ!」
「おいてきたー!」
「そんなのいないよぉ! カツユキが好きだからああぁ!」

「ありがとう! みんな、大好きだよ」

手を振り、はにかんだ笑顔を見せるだけで、女の子たちからの喜びの声があちこちでこだまする。中には男性特有の低い声で「カツユキぃいい!」と叫ぶ熱いコールも。嬉しいのだが、何やら男にまでモテた気分で複雑な心境になる。
隣からは「なんでそういうチャラいセリフだけはすらっと出てくるんだよてめえはよ」と呆れた声が聞こえてきたが、聞かなかったことにしよう。
ここまで散々連続で歌い終わったあとなので、もう気分は最高に盛り上がっていて、何を口走ったかなんて覚えていない。

「次の曲はみんなで一緒に歌おうぜ」
「それいいな。クリスマスキャロルの代わりに、大合唱しよう」

光の提案に、観客もサポートメンバーも一体となって賛成コールを上げる。そこには確かに、男も女も年齢も血縁も、障害になるものは何もない。興奮に身体を委ね、頭のネジが吹き飛ぶほどに高揚した音楽好きの集まりだ。

「じゃあもう最後なんだけど、あとちょっとだけ、俺たちと一緒のクリスマス、楽しんでってくれよな!」

一度振り返り、光とバックバンドメンバーに軽く目くばせすると、勝行は鳴りやまぬコール音の中で一人大きく息を吸った。


その腕は白銀のピックを持ったまま、天高く空を指す。


「ラストいくぞぉおお!」
「おおおおおお!」

会場中割れんばかりの歓声と、ギュイイインと鳴り出すギター音が、お互いの鼓膜を震わす振動になっていつまでも鳴り響いた。

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