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三冊目 眠れない夜のジュークボックス ~不器用な少年を見守る大人たち

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ライブハウスと銘打っているも、ここは音楽が好きな人間が集うなんでもありな空間である。料理を楽しむもの、ライブ演奏を楽しむものもあれば、タオルを振り回して推しのバンドマンを追いかける熱狂的ファンも来るし、バーテンダーに惚れこんで酒をしこたま飲むだけの客もいる。
もちろん、音楽業界の重鎮がめぼしい新人を漁りにもやってくるのも珍しくはない。WINGSの二人は、ここでプロデューサーの置鮎保に出会ってスカウトされ、とんとん拍子にCDデビューを果たすことができた。

「やっほー、かっちゃん。調子はどう」
「ああ、保さん。いらっしゃいませ」

ステージ隅でギターのチューニングをしていた勝行は、顔なじみの客で自身の上司にあたる置鮎保にやんわり会釈した。

「いつもなら光のピアノが聴こえるのに、今日はいないのね。あいつ休み?」
「あ、いえ、今日は……」

本人は至って元気なんだが、いつも夢中で遊んでいる玩具とは違うもので遊んでいる。
苦笑しながら勝行は保を光の元へと案内した。
大きなジュークボックスのスピーカーの傍で、古いジャズミュージックに身を委ねたまま、床に寝転がって就寝している光の姿がそこにある。その身体にはご丁寧にも数人の上着がかけられていた。

「は!? なんでこんなところで寝てるの」
「なんででしょうねえ……。困ったことに、ここのスタッフはみんな光に甘いんで、こいつが何してようと咎めないんですよね」

時折音割れのする古いレコードの雑音は、彼にとって心地いい子守歌だったのかもしれない。何を言ってもこの機械から離れない光に、いっぱい聴いていいぞと甘やかすオーナーやバックバンドのメンバーが百円玉を何枚もプレゼントしていた。
ワンコイン二十分間だけの小さな音楽鑑賞会。そこから流れる、聴いたこともない新しい楽曲を片っ端から聴いて楽しんでいた光は、ふと気づけばスピーカーにくっつくような姿勢で寝ていた。

「ジュークボックスか。なんでこんなのが此処にあるの、珍しい」
「期間限定で預かってるんですって。オーナーのご友人がオークションで買ったものらしくて、船便を調達するまでの間、代わりに引き取ってきたそうです」
「へーえ。結構年季入ってそうなアンティーク物だねえ、でもちゃんと動いてる」
「ですね、俺もこういうのは初めて見ましたよ。光はレコードも見たことなかったらしくて、CDとどう違うんだって散々質問攻めにあいました。まあ、俺もいい勉強になりましたけど」

明日の夜までは、うちのお客さんです。

くすっと苦笑しながら語る勝行も、いつも以上に饒舌だ。こんな珍しいミュージックマシンを目のあたりにして、スタッフの大人たちがわいわい騒いでいた気持ちも何となくわかる。同じ穴のムジナにいる保も、それをやんわり汲み取ってくれたようだ。
常連客は皆、ここで一度は存在感の大きなゲストに目を奪われ、話題にし、そのすぐ傍に纏わりついたまま動かない金髪高校生を見て苦笑いしていった。

「ピアノ小僧は、今日は素人DJだったのかしら」

すやすやと眠る光の傍にすとんと座り込み、頬をするりと撫で、いい曲聴いてるわねえと穏やかな笑みを零す。

彼の中身は立派な男性であるが、その見た目は女性にしか見えないナイススタイルの中性美人だ。母親に似たらしい美少年の光と雰囲気がどことなく似ていて、眠る光を見つめる姿はまるで姉のように見えなくもない。


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