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序章 きみが灰になったとしても
第40話 僕らと星の
しおりを挟む鋭い呼気と共に吐き出しながら、ノウトは床を蹴った。それと同時に不死王も壇上から滑るように踊りかかる。
ノウトの放った横薙ぎに繰り出した剣技を、不死王が難なく受け止める。
火花が散り、二人の顔を一瞬明るく照らした。
次に不死王が剣撃を放つ。力強いその一撃を、ノウトは黒刃の剣に殺陣を纏わせて防ぐ。
「これを受け流すか……っ! はははっ!! 面白い! 面白いぞ!! ノウト!!」
不死王は笑いながら次々に剣を振るう。
金属のぶつかり合うその衝撃音が辺りに響き渡る。二人の剣戟がその場の空気を制圧した。
アヤメの宿る黒刃の剣はノウトの身体の一部とも言える。だからこそ、剣にも神技を影響を与えることが出来る。弑逆も、暗殺も、殺陣も。全て剣に付与出来る。
アヤメ……! アヤメ、返事をしてくれ…!
名前を心の中で呼ぶ。しかし、声は返ってこない。
以前の戦いで、力を酷使し過ぎたのだ。神技の作成にはそれだけ莫大な力を使う。
アヤメの力がなくては、完全に不死王を倒すことは出来ない。《半殺し》を使えば意識を失わせることは出来るが、それでは不死王の殺戮を止めることは出来ない。これ以上犠牲を増やさない為にも、ここでノウトが止めなくてはいけないのだ。
ノウトは自分の体力の限り、剣を振るい続けた。
「ノウト! 神技も素晴らしいが、剣技もさながらだな!!」
不死王はノウトの攻撃を舌を巻くほどの正確さで叩き落としながら大声で宣う。
「これは猫耳族の王族の剣術だな! 面白い!」
ノウトはあの二年で培った全ての剣技を繰り出した。ラウラから教えて貰った、全てを。
重心を低く置いて、肺の中に深く、濃い空気を送り込む。全てはイメージだ。だが、そのイメージが身体を動かす。動かしていく。
黒刃の剣はノウトの身体の一部のように動かせた。軽いなんて話ではない。重さがまるで感じられない。殴る、蹴ると同じように剣を振るうことが出来る。
救うために毎日、鍛錬を怠らなかった。もう、何も失いたくなかったから、ノウトは勤しみ続けた。弱いことを言い訳にしたくなかったから、鍛え続けた。
戦えている。
相手は千年近く生きている、人を超越した怪物だ。
気を抜けば、死という感覚がすぐそこにあるのを肌に感じる。
不死王の顔を見る。余裕そうな表情。楽しそうな表情。だが、剣を一太刀でも浴びせられれば、再起不能に出来る。ああ。だけど、届かない。一歩前に進まない。振った剣は相手に防がれ弾かれる。
だが、ノウトが習ってきたのは剣術だけではない。ふっ、と息を吸い込んだ。そして、ノウトは自らの持つ剣のみを暗殺で隠した。
「……はッ!」
明らかに不死王は動揺した。存在感の消えた剣は真っ直ぐ不死王の肩を断ち切らんとしていた。
「そんなことも出来るのか! ノウト!」
だが、既のところで不死王の剣がそれを防ぐ。だめだと思ったら次だ。
今度は暗殺で全身を纏う。バックステップで後ろに距離を置いて、剣を投擲する。剣は気配を消したまま不死王に放たれる。不死王に近付くと共に、気配を現すが、それと同時に不死王は剣を打ち落とす。
ノウトはその間、暗殺を使ったまま、駆けて、不死王の背後に回り込んでいた。
意固地になって剣を使う必要はない。ノウトにはこれもある。睡眠針だ。袖から滑らせるように右手に握らせて、背中に刺そうとする。
だが、不死王は急転換して、それを片手の篭手で弾いた。その瞬間、ノウトは左手に握らせた閃光弾を起動させた。刹那、不死王に隙が生まれた。
ノウトは腰のポシェットから睡眠針を取り出して、ブッ刺そうとする。不死王はそれを、手のひらで防いだ。刺さったのを確認すると、ノウトは体勢を低くして避けるように距離を置いた。
刺せた。睡眠針を刺せた。極位魔人も血夜族すらも眠らせるほどの麻酔が塗られた強烈なものだ。
「痛くはないが、少し痒いな」
不死王は手のひらに刺さった針をもう片方の手で抜いた。
睡眠針が効いていない。予想はしていたが、本当に効かないのかよ。くそ。今の攻防でノウトの持つ秘密道具の大半が効果のないことが分かった。閃光弾は少しだけ効いたな。煙玉はどうだろうか。撒菱も相手の意識の移動には使えそうだ。
こうやって相手に不利なものを押し付けて、勝ち続ける。これがロストガンから教わった『不殺術』だ。煙玉の煙に巻かれながら、ノウトは黒刃の剣を拾いあげた。その瞬間、不死王が剣を掲げて振るいかかってくる。
殺陣を剣に纏わせて弾く。弾いたと同時に次の攻撃を繰り出す。捷い。目で追うのがやっとだ。目で追えなくなったその瞬間に、ノウトは死ぬ。追いかけろ。相手の剣を。腕を。何もかも。超えろ。振るえ。振るい続けろ。
「ははっ! あはははっ!!」不死王は笑う。
「何っ……笑ってんだッ!」
「はははっ!! あっはっはははははは!!」
剣戟が閃く。火花が散る。剣の共鳴が響く。
不死王は笑いながら剣撃を繰り出す。ノウトはそれをなんとか防ぐ。ノウトの場合、剣で受け止められなくとも、身体に殺陣を纏えば、ダメージは受けない。
上手く、攻撃の転機を見極めろ。一回でも剣を当てられれば、『半殺し』を使えれば──!!
『半殺し』の能力は、簡単に言えば、相手を気絶させる能力だ。ただし、ノウトが素手で触れても、『半殺し』は発動しない。剣で触れた相手にしかその効果は無いのだ。
だからこそ、この剣を使って、不死王と戦わなくてはいけない。
剣は暗殺を纏って、殺陣に包まれて、不死王の剣撃に応えた。機会を伺え。チャンスを作り出せ。奇跡は生まれるものじゃない。作り出すものだ。
そして、運命は切り拓くものだ。
ノウトは相手の剣撃を殺陣で受け流すと同時に、滑るように腰を低くして、同時にポシェットからある物を取り出した。それをその場で起動する。それは、〈闇〉の小型神機の改良版、暗幕弾。
耐日服を圧縮せずに加工したメフィお手製の不殺道具。視界が闇に染まる。不死王の手が一瞬だけ鈍くなる。こいつ、この闇の中でも対応出来るのかよ。化け物すぎるだろ。なんて、心の中で独りごちながらも、暗殺を使って、攻撃を避ける。股の下をくぐって、ここだ──!!
バックスタブ、とまではいかないが、不死王の背中、その薄皮一枚は斬ることが出来た。『半殺し』を発動できたのだ。これで、再起不能にすれば───
「やるじゃないか、ノウト!」
「なっ!?」
闇が晴れたその先にいるのは、何の変化もない不死王の姿だった。
確かに、『半殺し』を発動したのに。効いていないのか。
「少しくらっとしたが、あれがお前の奥の手だったわけじゃないだろう? もっと死合おう、ノウト」
目の前の男は、平然としている。これが、不死王なのか。ノウトじゃ、太刀打ち出来ないのか。不死王を救うことが出来ないのか。このままじゃ。ラウラが。レンが。ダーシュが。フウカが。みんなが。殺されてしまう。また、同じだ。何回同じ失敗を繰り返せばいいんだよ、ノウト。
『彼女』が灰になったあの時から、何も、変わらないじゃないか。
「立て。ノウト」
不死王に言われて気付いた。
ノウトは顔を伏せて倒れていた。
血反吐を吐いている。
不死王に、斬られたのか。
速すぎて、気付けなかった。追えなかった。
立て。立てよ、俺。
───あれ?
……嘘、だろ。
これ、全部、俺の血かよ。
腹から、血が。溢れる溢れる。痛みが。苦しみが。溢れていく。
冗談みたいに、あったけえ。
風呂に入ってるみたいだ。
ここで、負け?
終わりかよ。
死んだら、終わりだ。
みんなを、救えない。
死んだら、楽園に行くんだっけか。
フィーユたちにも、会えるのかな。
ああ。暗い。痛い。痛みが、深く、鈍く、深海に沈むように、響く。
ゲームオーバー
GAME_OVER
GAME IS OVER
YOU DIDE
THE END
不吉な文字が脳裏に浮かぶ。
ああ、何か、思い出してきたぞ。
そうだ。
ずっと頭の中にあった違和感。
やっと気付けた。
ああ。そうだった。
俺はもともと、この世界の住人じゃないんだ。
魔法とか勇者とか、スキルとか。
エルフとか猫耳の生えた女の子とかヴァンパイアとか魔人とか剣も街並みも。
全部、ゲームみたいだ。
……ゲーム。
でも、これはゲームなんかじゃない。
全部、現実だ。
リアルだ。
あの日、きみが橋の上で夕日を見て「リアルだなぁ」って呟いたのを覚えている。
夕日は現実なのだからリアルなのは当たり前なんだけど、その夕日があまりにも綺麗だったから俺も同じように「うん、リアルだ」なんて言ってしまった。
それと、同じだ。
ぜんぶ、ぜんぶリアルだ。
今まで失ってきたものも。
これから死んでしまうことも。
嘘なんかじゃない。
だめだ。
冗談じゃない。
まだ。終われない。
このまま死ねるか。
死んでたまるか。
コンティニューだ。
つづきからだ。
思い出せ。
あの感覚を。
エヴァを倒したあの時の感覚を。
今のノウトに足りないものはなんだ。
それが何か分かっていた。
地下牢でゾンビ達を見たときに湧き上がってきたあの感情。
フィーユたちが殺された時に溢れ出たあの感情。
そうだ、あの感情は、
───決意だ。
いや、正確に言えば違う。
何かを殺す決意。そうだ。ノウトは、殺意を覚えるほど強くなる。神技の力が増す。その殺意を誤魔化すように、ノウトは人を救ってきた。自分の殺意に気付かないようにしていた。
人を殺すのはいけないことだと知っていたからだ。だが、ここで力を使わずしてどうする。ノウトがグズグズしている間に、ラウラたちが危険な目にあっているかもしれない。
殺せ。
殺せ。殺せ。殺せ。
殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。
殺意に、身を任せろ。
「──殺す」
声に出して、初めて気付く。
ノウトは不死王を殺したかったんだ。
ノウトから何もかもを奪ったこいつを、この世の誰よりも殺したかった。
「……ブッ殺してやる」
ノウトは黒い瘴気を纏って立ち上がった。
ノウトの中で何かが消え去った。
それは枷かもしくは──
『そんなこと、どうでもいいじゃん』
アヤメの声が聞こえる。
『ダーリン、ごめんね。遅くなった。なかなかそっちに通じなくて』
「大丈夫だ、アヤメ。また力を貸してくれ。あいつを殺す」
『あはっ』アヤメが笑う。『やっと取り戻してくれたんだね。いいよ。全部、全部貸したげる』
ノウト持つ剣から黒い霧が立ち上り、それがノウトを包む。ノウトは翼を生やして、身体のそこらじゅうから羽根が浮き出た姿となった。全身が黒く染まる。染まる。何の力が発動したのかは分からないが、ノウトの傷口も自然と塞がっていた。
不死王はただ、悠然とこちらを見ている。余裕そうにしているのもここまでだ。
「──殺す」
紡がれた殺意と共に彼は跳ねた。黒い瘴気を纏った悪魔が剣を振るう。
「それが勇者の力か!! いいぞ!! 最高だぞノウト!!」
それを不死王は剣で凌ぐ。鍔迫り合いになる。不死王の力にも劣らない力でノウトは剣を押し返す。
横薙ぎで剣を振るうと、不死王は背後に跳んだ。そして、一気に距離を詰めた。
「殺してやる──」
『そうだよ、ダーリン。殺せば、そこで終わり。終わらそう。全てを。物語を』
漆黒の剣が黒い閃光を放って、不死王の腕を斬り飛ばした。斬り飛ばされた腕は鮮血を撒き散らしながら宙を舞う。まばたきをすると、不死王の腕は付け根から瞬く間に再生する。
「速いな……、ノウト。目で追えなんだぞ」
不死王はなお笑う。そして、手を虚空に翳す。
「最終局面だ。お前の〈紋章〉はオレが頂く」
「……少し黙れよ」
ノウトは片手で顔を覆った。
息をゆっくりと吐く。これでいい。これで。
「……不死王、お前の全てを殺してやる」
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