上 下
151 / 182
序章 きみが灰になったとしても

第27話 変わらないものなんて

しおりを挟む


 以前記した通り、魔皇は治めた国に生ける全ての民草の名前やその他情報を記憶している。
 魔皇はノウトのかつての仲間である勇者達が殺した民衆らの名前を一字一句、決して間違えることなく言うことが出来る。
 だがそれは、単に記憶力がいいという話ではなかった。当たり前だ。人が記憶出来るものにはある種の限界がある。
 魔皇には素質として底知れぬ魔力が授けられる。だからこそ、このような神の如き技が使えるのだ。
 魔皇には記憶を保持する脳内に魔力で追加に巨大記憶ストレージが生まれている。つまり、魔皇が民衆の情報を魔皇が持つ莫大な、底の知れない魔力が魔皇に究極の記憶力と情報力を与えているのだ。
 そんな魔皇がルーツァやシャーファ達がこの世からいなくなったことを知らないわけがない。

「ラウラ……っ」

 魔皇がラウラを強く抱き締めた。

「ど、どうしたんですか、魔皇様」

「私がしっかりしていないからだ……っ。またしても、家族を……失ってしまった……」

「えっ……?」

 ラウラが魔皇から少し離れた。

「……ノウトから伝えさせるのは酷だったな。すまない。きみもつらいはずなのに。これは私の役目だったな」

「いえ……。責任は、守れなかった俺にあります」

「えっ、……ちょっと、状況が掴めないんですけど……」

「ラウラ、落ち着いて聞いてくれ」

 魔皇がラウラの目を見据えた。メフィが目を瞑る。ノウトは顔を伏せた。

「シャーファとルーツァが──…命を落としたんだ」

 魔皇のその言葉が永遠のように、ノウトの胸の中に流れ込んだ。まるで、何億年も経ったような刹那の静寂が辺りを襲った。ラウラは今、どんな顔をしているのだろうか。その顔を見るのが怖くて、恐ろしくて。ノウトはメフィと目を合わせた。メフィは小さく頷いた。ノウトを励まそうとしているのだろうか。

「シャー…ファと……ルーツァ……?」

 ラウラはよろめいて、倒れそうになった。魔皇がそんなラウラを支えた。

「そんな、……嘘、ですよね? アイツらが死ぬわけが…、……嘘だと言ってください。ねぇ、魔皇様……っ」

「……本当だよ、ラウラ」

 口を結ぶ魔皇を横目に、ノウトが口を開いた。その時、ラウラの顔を見てしまった。彼女は今までに見たことのない顔をしていた。泣きそうで、それとは逆に目を見張ってなんとか地を踏み締めようとこらえていた。

「俺が守れなかったんだ。守れたのはチナチナだけだった」

「まさか……フィーユも?」

 メフィはフィーユがノウト達に着いて行ったことを知っていたのだろう。だからこそ予測できたのだ。

「……ああ、それに、ミファナも。みんな、みんな、守れなかったんだ」

 魔皇は目を瞑っていた。ラウラは定まらない焦点でなんとかノウトを捉えた。

「───なんで…」

 ラウラは顔を俯けて、

「なんで、あの子たちが……死ななきゃいけなかったの……?」

 そして、自らの髪を掻き乱した。

「連邦王国の刺客があの街に潜んでいたんだ。それに気が付けなかった。凶魔ロゴスの暴走も、完全に陽動だったんだ。俺たちをあの場に留まらせるための」

 ノウトは自らの舌が上手く回らない感覚を覚えた。

「それであんたは、どうしたの?」

「俺が気付いた時には、ルーツァ以外もうみんなやられていた。ルーツァもそいつに倒された。俺は、チナチナしか守れなかったんだ」

「ルーツァとシャーファが殺られた相手をノウトがしたのか?」

 メフィがノウトを見た。ノウトは腰にぶら下げた黒の剣を見やる。鞘に入っていて、漆黒の刀身は隠れている。

『全部正直に伝えた方がいいと思うな、アヤメは』

 アヤメが頭の中でそう言った。もとから、そのつもりだったけれどアヤメが言って、踏ん切りがついた。ノウトはあの晩にあったそとを彼女らに全てを伝えた。
 エヴァが突然現れたこと。ノウトが〈殺戮〉の神機である剣に触れてアヤメと出会ったこと。ノウトがアヤメの力でエヴァの攻撃を封じたこと。ミカエルとエヴァを連邦の魔導師ノワ=ドロワが連れて行ったこと。
 嘘みたいだけど、全部本当の話だ。

「………」

 全部を聞いたラウラは泣くでも嘆くでもなく、ただそこに立って俯いていた。そして、ノウト達に背を向けた。

「……少し、考えさせて下さい」

 ラウラは魔皇に会釈をしてから、その部屋から去った。そして、やり切れない思いに満たされつつも、ノウトたちはお互いの顔を見合わせた。



           ◇◇◇



 ルーツァとシャーファの訃報はその日のうちに魔皇城にいる者たちを震撼させた。誰もが彼らが死ぬことを予期していなかっただろう。彼らは帝国側の誇るトップの実力を持つ戦士達だった。
 ラウラ率いる血濡れの姫隊ブラッド・ロンドはその名を知らぬ者がいないと断言出来るほどに強く、揺るがぬ頂点として、大陸ではあまりにも有名だ。その分隊長である彼らを失った血濡れの姫隊ブラッド・ロンドの戦力は半減したと言っても過言ではない。

「……すぅ………」

 ノウトはため息を吐くでもなく、ただ深呼吸をする。
 魔皇城、東尖塔バルコニー。ノウトはそこで星空のもと、二つの月を見上げて物思いに耽っていた。
 シファナとミャーナも、彼女たちがいなくなってしまった事実を知ってしまったのだろうか。シファナの姉であるミファナと、彼女たちの大切な友達であったはずのフィーユはもういない。

「合わす顔が、ないなぁ……」

 ラウラが会議室から去ったあと、ノウトと魔皇、そしてメフィの三人で今回のことを話し合った。何を悔いても、何も帰ってこない。ならば今すべきことは取り戻すことだ。
 〈大地掌握匣グランアルカ〉だけはなんとしても連邦から取り戻さなくてはいけない。今まで帝国が連邦と拮抗していたのはこの〈大地掌握匣グランアルカ〉があったおかげだ。それが連邦の手に渡ったら如何になるかは、言わずとも誰もが分かるだろう。
 取り戻すために必要なことはただ一つだけだ。それは、情報を得ること。連邦はミカエルの視界と聴覚を通じてこちらの動向を把握していた。情報力で何手も先を取られていたのだ。
 情報なくして〈大地掌握匣グランアルカ〉を取り戻すことは出来ない。
 まず、どこに格納されているのか。相手側の配備はどうなっているのか。
 またこちらには座標さえ分かればどこにでも瞬間移動出来る〈星瞬転移機ステラアルカ〉がないので、〈大地掌握匣グランアルカ〉を奪う際には連邦まで自らの足で向かわなくていけない。帰る時は瞬間転移陣ステラグラムの片割れを持っていき、向こうで発動するだけでいい。連邦が使った手をこちらも使えば帰路に関しては気にする必要はないのだ。
 もちろん取り返しに連邦に向かうときは基本、隠密行動だ。ノウトには暗殺ソロリサイドがある。隠密行動は得意だ。確固たる自信がある。
 だからこそ、ノウトは今回の奪還作戦に加わるつもりだ。その旨を伝えるとメフィはすぐに頷いてくれたが、魔皇はすぐには答えてくれなかった。魔皇はノウトに対して、日に日に過保護になっている気がする。
 いや、初めからだ。ノウトが勇者であるにも関わらず、魔皇はそんなノウトを救った。今のノウトがあるのは魔皇のおかげだ。
 ノウトとメフィで説得して、ノウトは大地掌握匣グランアルカ奪還作戦の第一メンバーとなった。なるべく少人数で、そして精鋭のメンバーで行きたい。隠密するには人数が少ない方がいいし、帰る際に使用する〈瞬間転移陣ステラグラム〉も人数制限がある。最高でも五人くらいだろう。

「ノウト」

 その声が突然だったのと、その声の主があまりに意外な人物だったので、ノウトは振り向くのが少し遅くなった。

「何たそがれてんの」

「……ラウラ」

 そこにはラウラが立っていた。

「…なんで、ここに?」

「あいつらのことを考えてたら、落ち込んでばっかいられないなって」

 ラウラがバルコニーの柵に寄りかかった。二人の間に、数秒の静寂が降りた。しばらくして、ノウトの方から口を開いた。

「……俺とラウラが会って間もない時さ」

「うん」

「ラウラがフィーユやミャーナ達に何かあったら、許さないって言ったの……覚えてるか?」

「もちろん」

 それは二年前の話だ。目を瞑るとあの時の情景が目に浮かぶ。シファナ、フィーユ、チナチナ、ミャーナたちと共に帝都を回っていた時にラウラたちと出会った。
 その時に、ラウラがこう言ったのだ。

『あんたさ、この子らになんかあったら、許さないから』

 ノウトはそれに対して『ああ。その時は頼むよ』と返した。

「俺は、フィーユを守れなかったから。だから、ラウラが俺を許す必要は無い」

「あの時は言葉の意味がわかんなかったけど、今は分かる。でもね」

 ラウラがノウトと目を合わせる。

「別にあたしはアンタを恨んじゃいないよ」

 そして、バルコニーの壁に背を預ける。

「あたしは誰も責めてないから。強いて言うなら負けたあいつらが弱かったってこと」

 ラウラは、夜空を見上げて言った。

血濡れの姫隊ブラッド・ロンドは解散しようと思ってる。シャーファとルーツァがいないんじゃ、その麾下にあるやつらもまとめられないし」

「……そっか」

 それは、ノウトがとやかく言える問題ではなかった。ラウラが決めたことだ。ノウトが口を出す必要はない。

「なに、アンタ。まさかあたしがまだ落ち込んでると思ってんの」

「いや、だって……」

「あたしはさ。今までたくさんの人を失ってきた。だからってシャーファとルーツァ、それにミファナとフィーユがいなくなったことが悲しくないわけじゃない。でも、」

 ラウラが星空を仰いだ。

「今を生きてるあたしがいつまでも落ち込んでたら、にいるあいつらがきっと悲しむ」

 その横顔が、なんだか儚く見えてノウトは目を逸らした。

「でしょ?」

「……そうだな」

 ノウトは小さく笑ってみせた。すると、ラウラもそれに応えるように笑う。

「あたし、大地掌握匣グランアルカを取り返しに行きたい」

 ラウラが言葉を紡いだ。

「今回の騒動は全部、連邦が大地掌握匣グランアルカをこっちから奪う作戦だった。そのついでにシャーファ達が殺られたって思うと、あたし死ぬほど悔しくって……」

「ラウラは、いいのか?」

「うん。……あたしがあの日言った言葉覚えてる?」

 ラウラがノウトと目を合わせた。

「あたしの正義はみんなの笑顔が守られること。だからさ、大地掌握匣グランアルカを取り返して、みんなの笑顔を守らないとね」

 そう言って、彼女は笑った。

「ラウラは強いな」

「強くなんか、ないよ」

「そんなことない。強いよ。俺なんかよりずっと」

 ノウトはバルコニーの柵に背を預けた。

「俺は、守れなかったから。ラウラ、本当にごめん」

「さっき言ったけどアンタを責めるほど、あたしは馬鹿じゃない」

 ラウラがノウトを見つめた。

「今回のことで、誰かを責めるのは違うって分かってるから」

「……ラウラは強いな、ほんとに」

「…あっそ」

 ラウラはいつかのようにそっけなく返事をして、顔を逸らした。
 いつかと同じように見えたけど、ラウラはあの頃から変わった。変わらないものなんて、この世界にはないのかもしれない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

処理中です...