141 / 182
序章 きみが灰になったとしても
第22話 驟雨を征く
しおりを挟むがたがたと揺れる車内。
大虎に引かれた車は轣轆を奏でながら、前へ前へと進んでいく。
ノウトはレン、ルーツァ、シャーファ、また帝国の魔人兵達と共に猫耳族の国モファナの辺境、ソマリスへと遠征に出ていた。ソマリスはかつてノウトの仲間の勇者が壊滅させた街のひとつだ。悔いの残る街だけど、ノウトは決して目を逸らしてはいけない。逃げちゃ駄目だ。きちんと、向き合わないといけないんだ。
「雨、凄いね」レンが言った。
『早く止むといいけど』ミカエルはシャーファの膝の上で丸くなっている。
「ワティラ、風邪引かないわよね」シャーファが心配そうに呟いた。
ワティラ、というのはこの車を引いている大虎の名前だ。
大虎は体長四メートル程の生物で、大陸ではよく移動手段として用いられている。
野生の大虎の気性はかなり荒く、素人では手懐けることもままならないが、猫耳族の限られた人物だけは大虎を飼い慣らし、操ることが出来る。シャーファと、そして意外なことにもラウラもそのうちの一人だ。
「大丈夫っしょ。ワティラは強い子だし」
「あなたねぇ。もう少し心配そうにしなさいよ」
「お前こそ自分の大虎なら信じてあげろよ」
「それとこれとは話が……いや、もういいわ」
シャーファは諦めたように口を閉ざした。
「もうすぐで着くから気抜くなよ」ノウトが雨の音に耳を傾けながら言った。
「凶魔の鎮圧化、だよね」レンが鞘に手を当てた。「骨が折れそうだ」
なんでも、ソマリスに現れた連邦の使役する凶魔が暴れているらしく、それを退治するのが今回のノウト達の役目だ。
なんの縁かあって、純白騎士団団長のミェルキアを倒した時と同じメンバーが今回は当てられた。この四人での戦闘は比較的慣れているのでノウトとしても戦いやすい。
「ミカエル、お前着いてきて良かったのか?」
『どうして?』
「どうしてって、……お前、凶魔だろ?」
そう、これからノウト達は凶魔を倒しに行こうとしている。ミカエルはそれを目の前で見ようというのだ。
『同じ凶魔でも関係ないよ。キミら人同士が争うのだってこの世界じゃ普通のことだろ? 同じ凶魔を目にして何か帰郷への手がかりを手に入れたいのさ』
ミカエルはノウトの目を見て、しっかりとそう答えた。
そこでがさっ、と車の後ろから音が聞こえた。積み荷の方だ。ノウトらは振り返って、音の鳴った方へと視線を向けた。
何か、いる。
「──誰だ」
レンが耐日服〈闇衣〉のバイザーを下げた。そして、音のした方へとゆっくりと歩いて行き──
「ぷはぁっ!」
「チナチナ!?」「フィ、フィーユ!?」
ノウトとルーツァが同時に叫んだ。なんと、そこに居たのはここにいるはずのない二人だったのだ。
「にゃははは!」「ふん、わたし直々来てあげたわよ」
「なんで、ここにいるんだよ……」
「ノウト様ごめんにゃ」
いの一番にミャーナが頭を下げた。
「勝手に着いてきちゃったのは謝るにゃ。でも、どうしてもフィーユが着いてくって……それで、止められにゃくて……」
ノウト達は地面が揺らぐ感覚に陥るながらも頭を抱えた。
『まさか二人が乗ってるなんてね……』
「……話は何となく見えてきた。どうする? 今から帰すしかないと思うけど」
「俺もその方がいいと思う。今回の遠征は危険だ」レンが腕を組んだ。
「でも、今すぐに往復出来る大虎はいないし、〈瞬間転移陣《ステラグラム》〉を使える魔術師も今回の遠征にはいないわよ」
……マジかよ。ああ、どうする。何が正しい。何をするべきだ。考えろ。考えろ。
「……フィーユ、訊いていいか?」
「ええ」
「どうして着いてきたんだ?」
「それは……」
フィーユは一瞬口ごもって、それから口を開いた。
「ノウト、あなたと一緒にいたかったの」
「……へ?」
「あとついでにお兄ちゃんとも」
「俺がついでかよ! まぁいいや! 大丈夫だフィーユ。何かあってもお兄ちゃんがシュババッと助けるからな。それに、今回は敵兵がいるわけじゃない。少ない凶魔を相手にするだけだ。戦場に来させなきゃ危ないことはないだろ」ルーツァが早口で捲し立てた。
「まぁ……それも一理あるが──」
ノウトはさっきのフィーユの言葉を理解するのに頭の労力を使い果たした。結局、フィーユがどうしてノウトと一緒にいたいのかは分からなかった。ただ、これだけは確かだ。
「やっぱり危険だ。帰した方がいい」
言うと、レンと目が合った。
「俺もそう思うけど、さっきシャーファが言った通り手段がないよ。今から取れる一番安全な選択肢はミファナの家に彼女らを留まらせてもらうことだ」
……それは、分かってる。それしかないのは最初から分かってるんだ。だけど、何だろう。胸がざわめく。正しいのかが分からない。違う。違うだろ。今は、やれることをやれ、ノウト。
「じゃあ、ソマリスに着いたらミファナの家まで送ろう。それでいいな?」
「いいわよ」
フィーユは何故か偉そうに言った。……どうして?
「ごめんにゃー、ノウト様」
「いや、乗ってたのに気付けなかった俺が悪い。二人は悪くないよ」
「いや……」
フィーユがおもむろに口を開いた。
「あなたは悪くないわ。いつだって」
その言葉が驟雨に紛れて、溶けて、ノウトの心に混ざっていった。
◇◇◇
ノウトの目の前を黒い一閃が走った。ノウトはそれをすんでで避ける。危ない。気を抜いたら駄目だ。チナチナとフィーユはミファナの家に届けた。もう不安要素は無いはずだ。集中しろ。雨は降ったり止んだりを繰り返している。くそ、煩わしい。
「シッ──っ!」
殺陣で凶魔の爪のような攻撃を止める。
「ノウト! 動きを止めるから仕留めてくれ!」
「分かった!」
レンが片手剣を振るって凶魔に斬り掛かる。
凶魔はそれぞれ形が異なる。人のような姿をしているものもいるし、動物に近いみためのものもいる。それとは反対に形容しがたい不定形の姿をしているものもいる。
凶魔は身体の奥にある核を壊すことで倒すことが出来る。ただ、ノウトの場合は別だ。
「つっ!」
「変われ! 俺がやる!」
ルーツァがレンと交代する。ルーツァは凶魔の片腕を切り落として、その場に伏せさせた。
「ウグァアアAアAAAA゛あぁAアアアッッ!!」
凶魔の悲痛なる叫び声が響く。
「今だ!」
ノウトは駆けて、飛び込むように凶魔に手を伸ばした。指先がそいつに触れると同時に、頭の中で唱える。
──弑逆。
その瞬間、凶魔の身体の内側からパキッと音がして、壊れた水槽のように凶魔が黒い液体を撒き散らしながら霧散していく。
「……よし」
「ナイス、ノウト!」
ノウトの神技を使えば、凶魔を一瞬で倒す──いや、殺すことが出来る。
「シャーファ、後は速いやつだけだ!」
「任せて!」
シャーファが槍の持ち手に右手を置き、もう片方の手を先端に持っていく。槍の構えのひとつだ。シャーファは深く呼吸をして、体勢を整えた。
異様に素早い凶魔が辺りを走り回っている。気を見計らって、どこかでノウトらを攻撃するつもりだ。でも、彼女なら。シャーファなら。
「ここ……!」
「ギャアアAAAアアッッ!?」
素早い獣型の凶魔の腹をシャーファの槍が貫通する。まだ霧散していない。核は壊れていないのだ。凶魔を超越するシャーファの槍撃をノウトは確認してから近付いた。そして、手を伸ばし、蠢く凶魔目掛けて弑逆を発動する。凶魔は途端に藻掻くのをやめて、空気中に溶けていく。
「……ふぅ……」
なんとか。なんとか、この地帯の凶魔は全滅させられた。ここまで来ると、逆に雨が心地よい。雨と汗と凶魔の体液で身体がびしゃびしゃだ。
「おつかれー」ルーツァが刀を鞘にしまった。
「宿に戻りましょうか」
「そうだね」
レンが頷いて、ノウトを見た。
「ノウト、どうかした?」
「ん、いや、何でもないよ」
ノウトは頭を振って、否定してみせた。
すると、ミカエルが遠くからこちらを見ているのが分かった。ノウトが手を振ると、ミカエルがぴょんと跳ねて合図を返してくれた。
凶魔がなんなのか、ノウトには分からない。魔法で身体が構築されていて、その外殻は柔らかいガラスのようなものに包まれている。
メフィでさえも凶魔の本質は分かっていないらしく、ミカエルが他の凶魔と違うのも、メフィがミカエルを保護していたら突然変異したことらしい。
凶魔はアンダーグラウンド、つまり地下で生まれる。
地下迷宮への扉は今は封じられていると言われているが、こんなにも凶魔に遭遇するならば、もしかしたらそんなことないのか。
分からない。この世界は分からないことだらけだ。
この世界に絶対と言える正解はない。
でも、絶対間違ってることはある。
その間違いを正すのがノウトの役目だ。
凶魔に襲われている人がいたら、凶魔を倒すしかない。そう、これでいい。これでいいはずなんだ。
ノウトは篠突く雨に打たれながら、虚空を仰いだ。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
婚約者に犯されて身籠り、妹に陥れられて婚約破棄後に国外追放されました。“神人”であるお腹の子が復讐しますが、いいですね?
サイコちゃん
ファンタジー
公爵令嬢アリアは不義の子を身籠った事を切欠に、ヴント国を追放される。しかも、それが冤罪だったと判明した後も、加害者である第一王子イェールと妹ウィリアは不誠実な謝罪を繰り返し、果てはアリアを罵倒する。その行為が、ヴント国を破滅に導くとも知らずに――
※昨年、別アカウントにて削除した『お腹の子「後になってから謝っても遅いよ?」』を手直しして再投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる