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序章 きみが灰になったとしても

第3話 物語は続いていく

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 それから、猫耳メイドの女の子がキッチンまで案内してくれた。

「こちらですよ」

 俺は黙ってシンクの中に食器類を置いてそれらを水洗いする。

「意外ですね。何もせずに部屋に戻られるのかと」

「……これくらいは、やらせてくれよ」

 俺が小さく呟くと、俺の隣に女の子が立った。そして、同じように食器を洗い始めた。

「魔皇様がおつくりになった料理を食べたんですよね」

「……え、ああ……うん」

「羨ましい限りです」

「羨ましい……か」

「美味しかったですか?」

「……そりゃ、もう。ほんとに魔皇が作ったのかってくらい」

「魔皇様はなんでも出来ますからね」

「……きみは……」

「なんでしょうか」

「いや、……ごめん、何でもない」

「そうですか」

 少しの沈黙がその場に下りて、しばらくしてから、俺が口を開いた。

「………えっと、その、変な質問だけどさ。……きみは、どうしてそこまで魔皇を信じられるんだ?」

「私が魔皇様に救われたからです」

 隣に立つ少女は凛とした声で、そう言った。

「魔皇様に救けられた人達が、今この国に留まっているんです。みんな……みんな、魔皇様に感謝してるんです」

「そう……なんだ」

 その言葉を前に、俺は歯切れ悪く頷くほかなかった。
 俺を救けたのも、勇者として利用できるとか、勇者の力を得たいとか、そんな理由ではないのだろう。
 救けたいから救けた。そんな、至極単純な理由だ。

「──あなたはいい人だと、魔皇様がおっしゃっておられました」

 女の子が目線をシンクの中に下ろしたままゆっくりと口を開く。

「私も、あなたのことはいい人だと思います」

「……えらく簡単に評価を下すんだな」

「私はこういう人間なので」

 ただ、淡々と、あくまで作業の傍らといった感じでそう口にした。
 こんなにも良くしてもらうなんて、いいのだろうか。罪を犯したこの俺が、相応の罰を受けなくてもいいのだろうか。分からない。
 この世界に正解なんてないのだろう。何をやっても非難はされる世の中だ。それに、正義は自分で決めるものだし、それを成すのも自分だ。
 今はただ、止まらずに歩いて行こう。
 隣で黙々と作業をこなす女の子を横目に見ながら、俺は微かに決意した。



        ◇◇◇



 綺麗だ。
 窓から見えるその景色を眺めながら、ただ簡潔にそう感じた。日が水平線へと沈みゆこうとしている。海は燃えるように朱色に染まり、其処彼処そこかしこで宝石がちりばめられたようにきらきらと光を反射していた。

「どうして手を止めてるんですか」

「あ、……ご、ごめん……」

「あ……いえ」猫耳の生えたメイド服の女の子は少しだけ俯いた。「別に叱責した訳ではなく、理由を聞いただけで……」

「ああ、そういう……」

 この子は不器用なんだな、なんて俺は不躾にも思ってしまった。俺は遥か彼方に見える水平線に想いを馳せた。

「……海が、綺麗だったんだ」

 俺が言うと、隣でバケツを持った女の子は窓のその先を見た。そして少しだけ目を丸くした……ように見えた。表情が淡白過ぎて変化が分かりにくいにも程がある。

「本当ですね」

 その瞳に夕景のオレンジを反射して煌めいて見えた。思わずその横顔に見入ってしまっている自分がいた。

「どうして私の顔を見てるんです? 何か付いてますか?」

「え、いや」俺は目を逸らして窓拭きを再開した。「なんでもない」

「そうですか」

 相も変わらず隣の少女の反応は薄い。
 俺はキッチンで皿洗いを終えたのち、魔皇城の誰も通らないような廊下の掃除を案内させられた。働かざるもの食うべからず、と言われて雑巾を与えられた。もちろん俺もその考えの支持者なので言われた通りの仕事をこなした。床拭き、窓拭きとを端然としてこなしていっていたら、いつの間にか日が傾いていて、現在に至る。

「今日はこの辺りにしておきましょうか」

 女の子が布をバケツの中に入れてそう言った。俺は頷いて、水の入ったバケツを持ち上げる。

「さ、道具を片付けに戻りましょう」

 女の子は上目遣いで俺を見る。俺は目を逸らして、廊下の先へと目をやった。そして、目を細めた。

 ──ってあれ?

 俺……なんで、こんなことをしているんだっけ。

 彼女のいない世界に意味なんてないのに。早く死んでしまいたいのに。気の遠くなるような孤独が心を蝕んでいるのに。俺の心はとっくに灰に溺れてしまって、黒く塗り潰されているのに。

 ああ。
 そうか。俺は、罪をあがなおうとしているんだ。
 何万人もの魔人を殺めてしまったその罪を、償おうとしているんだ。だから、俺が見殺しにした、あの魔人に似ている目の前の女の子に手を貸しているんだ。

「…………」

 隣を歩く女の子は無表情のまま、黙って俺と歩を合わせて歩いていた。その横顔があの時の憧憬を去来させて、胸が苦しくなる。

「どうかしましたか?」

「………え?」

「つらそうな顔をしてらっしゃるので」

「いや、……何でもないよ」

「そうは言っても、顔色が悪いですよ」

「…………」

「ごめんなさい。私が無理をさせてしまったのかもしれません」

「……別に大丈夫だよ、俺は」

「元気なさそうに言っても説得力ないですよ」

「…平気だって」

「熱でもあるんじゃ」

 女の子が手を伸ばして俺の頬に触れようとした。

「……っ」

 ───ああ。
 やってしまったと、気付いた時には遅かった。
 俺は──反射的に、女の子の手をぱしんと、強く跳ね除けてしまったのだ。
「あっ……」と俺が口にして、次にごめん、と謝ろうと口を開こうとした。でも、女の子の様子を見ていたら、なぜだか声が出なかった。
 女の子は叩かれた手をもう片方の手で掴んでいた。そして、無表情だけど、少しだけ、ほんの少しだけ口を開けて猫のような目を見張っていた。

「……ごめんなさい」

 女の子は小さく呟いて、掃除道具をまとめて、先へと言ってしまった。足が動かない。追い掛ける気力もなかった。きっと、追い掛ける権利も、俺にはないのだろう。
 どうしてか、見殺しにした魔人に似たあの子に触れて欲しくなかった。
 触れられたら、その温度を思い出したら……俺はきっと、その温度に縋ってしまうから。その手を離せなくなってしまうから。

 俺は重い足取りで、歩いた。どこに向かっているのか、自分でも分からなかった。いつの間にか、あの部屋の前に俺は立っていた。魔皇と一緒に寝たあの部屋だ。
 ここに、戻ってきて、いいのだろうか。苦悩しながらも、気づいたらドアノブに触れて、その扉を開けてしまっていた。
 中には、魔皇がいた。魔皇としての仕事から帰ってきたのだろう。彼女はぱあっ、と顔を明るくした。

「おかえり、勇者。聞いたぞ。掃除を手伝ってくれていたんだってな」

「…………」

 あの女の子にしてしまったことを思い出して、思わず胸を抑える。魔皇の顔が上手く見れない。
 魔皇は腕を組んで、それからにっ、と笑ってみせた。

「よし」

 魔皇は俺の方へと歩いてきて──

「……えっ、ちょっ」

 俺の手を半ば強引に掴んで、それから、部屋の中へと黙って引き入れた。何をするつもりか、類推している暇なんてなかった。魔皇が窓を開けて、そして俺のことを横抱きした。これは、いわゆるお姫様だっこというやつだ。
 考える間もなく、魔皇と、魔皇に抱きかかえられた俺は窓の外、……外界へと飛び出た。

「ええええええぇぇぇぇぇぇっっ!?」

 ヒュオオオオオと風を感じながらも自由落下していく。落ちて、落ちて。

「えっ……?」

 突然、魔皇の身体が宙に貼り付けられたように浮いた。

「しっかり掴まっておけ」

 魔皇がかっこ良く笑顔を見せたので、俺は思わずどきっとしてしまった。この笑顔にどきっとしたのか、はたまた初の浮遊体験にどきっとしているのか、俺には分からなかった。
 刹那、魔皇の向く方へと風が押し寄せ、勢いを増して飛んでいく。ノウトは抱きつき、抱きつかれながら空を飛んでいる。虚を衝かれたが、考えてみれば当たり前の話だ。魔皇ならば空を飛ぶことさえも出来て当然だろう。分からないのは、なぜこんなことをしているのかだ。ノウトを連れてどこに行こうとしているのか。
 慣れて、しばらくの間空中散歩を楽しんでいる自分がいることに非道ひどく驚いた。夕陽が大地を、大海を、橙色に燃やしている。これを美しいと感じるのは人としてのさがなのだろう。
 ようやく、魔皇の身体がぐっと止まって、そしてゆっくりと降下していった。着地して、俺は丁寧に魔皇から下ろされた。

「ここは──……」

 俺の口から言葉が漏れた。魔皇は黙っているままだ。

 目の前に広がるのは焼け野原だ。から一週間以上は経っているはずなのに、まだこの地では死臭を漂わしている。

 忘れるはずもない。
 ここは、俺たち勇者が殺戮を行った場所だ。
 かつて、ここには街があった。
 それを俺たちが、壊して、灼き尽くしてしまったのだ。
 瓦礫、灰屑、塵芥。
 それのみがこの場を形成している。

 思わず吐いてしまいそうになるのを嚥下する。だめだ。目視したくない。でも、向き合わなくては。俺が目を逸らしてはいけないのだ。
 人がいるのが見える。百人くらいだろうか。復旧作業をしているのか。それとも火事場泥棒か。魔皇が歩いて彼らの傍に近付いた。俺は少しだけ離れて、その背中を追った。

「ま、魔皇様っ。戻ってきたのですね」

 一人が気付いて、声を上げた。

「ああ。それでメイアは見つかったか」

「いえ、……まだです。瓦礫に埋もれてしまって」

「私も手を貸したいのだが、力加減が出来ないから……すまないな」

「いえいえいえ!!」猫耳の生えた魔人の男がぶんぶんと首を振った。「そんな滅相もないです。魔皇様のお手を借りるなんて恐れ多くて出来ませんよ!」

「ふふん。そう固いことを言うな。私に手伝えることがあればなんでも頼むんだ」

「……魔皇様にそんなことを言って頂けるなんて、娘も……きっと、浮かばれますね」

 男は目頭に涙を浮かべた。……彼は、ここで暮らしていた娘が殺されたのだろう。それも勇者の手によって。

「テューダ、それはセウヤのものか」

 魔皇は今度は別の魔人に話し掛けた。若い女の魔人だ。

「ええ。彼女の家に埋もれていて……。これくらいしか、見つからなかったのですが……」

 魔皇は微笑んで、そしてテューダという女性を抱いた。そして、背中を優しく撫でる。

「セウヤは花のように爛漫でいい子だった。彼女は楽園でも元気でやっているさ」

 魔皇が柔らかい声で言うと、テューダは泣き始めて魔皇を抱き返した。テューダが泣き止むまで、魔皇はその場から動かなかった。
 魔皇は今度は別の魔人とも話した。何十人と話して、時には瓦礫を動かして一緒に何か遺物を探そうともした。
 しばらくしてから、魔皇は俺の隣に立って、徐ろに口を開いた。

「ここにいるのは、ここ灰になった街、ソマリスの隣町に暮らす猫耳族マナフルの人々だ」

「……知り合いが亡くなった人が……こんなにもいるってことか」

「……そういうことだな」

 魔皇はいつになく寂しそうな顔をしていた。

「……魔皇は、ここにいる全員の名前を知っているのか?」

「もちろんだ」

 さも当然のように、魔皇は即答して、それから頷いた。

猫耳族マナフルの国、モファナは我が魔帝国マギアの植民地、統治領にある。それにあたって私は国民全員と向き合わなくてはいけないからな」

「……何人、ここで暮らしていたんだ」

「一万二千五十六人だ」

 魔皇はまたしても一切の躊躇をせずに二つ返事で回答した。
 一万二千五十六人。魔皇はその全員の名前を覚えていて、誰がどんな風に生きていたかも、知っていた。普通、そんなこと不可能だ。でも、今見ていて、不思議と納得出来てしまう自分がいた。
 その全員を、俺たち勇者は殺したのだ。

「きみも、彼らと話してきたらどうだ?」

「そんなこと……できない」

「どうして?」

「どうしてって……俺は──」

 喉が詰まりそうになって、胸を抑えた。

「俺は……ここに暮らしていた人達を……殺して、しまったから……。誰も……救けられなかったからっ……」

 俺が言うと、魔皇は小さく微笑んで、それから俺の手を握った。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 魔皇の手は温かった。

「きみは間違ってない。それを自分でも分かっているはずだ。きみは正しいことをした」

「魔皇に……っ、お前に何が分かるんだよ……っ!」

 俺は、声を荒らげて、魔皇の手を振り払った。

「みんな、みんな殺された……っ。彼女さえも……。止められなかった。俺が弱いせいで……あいつらを……俺は止められなかったんだ……っ」

 思い出すだけで、ふつふつと怒りが込み上げてくる。虫酸が走る。俺がもっと、強ければ。力があれば。もっと強い神技スキルを持っていれば。俺は彼らを止められたのに。ああ。くそ。どうして俺はこんなにも弱いんだ。腹の虫がおさまらない。蠢き、犇めき、心を蝕み、喰い尽くしている。

「あれ、……あなたは……──」

 突如、声が聞こえた。
 その声のする方を見ると、一人の魔人がこちらを見ていた。目が合った。心臓が大きく高鳴った。そんな、嘘だ。こんなの、有り得ない。

「おお、ミファナ。元気そうでなによりだ」

 魔皇がミファナという少女の頭を撫でた。

「はい! 魔皇様、いつもシファナがお世話になっております!」

「シファナは本当にいい子だよ。ミファナもうちに来たらどうだ?」

「いえ、私は実家業があるので離れられません。それに、たぶん粗相をしてしまうので、メイドとか向いてないと思いますし」

「そんなことはない。きみはとても可愛いから来てくれたらみんな喜ぶと思うのに」

「か、可愛いなんて、そんなことないです」

「ういやつめ~」

 魔皇がにひひと笑いながらミファナの頭をくしゃくしゃと撫でた。ミファナも魔皇と遊んでいるみたいに楽しそうだ。

「…………嘘だ」

 俺の口から言葉が漏れた。

「……きみは、死んだはずじゃ………」

「えっ、私……しんじゃったんですか?」

 ミファナは目を丸くした。

「……きみは、勇者に……チギラに殺されただろ……?」

「いやいや! あなた様に救けて頂いたじゃないですか!」

「あそこから……逃げきれたって……ことか?」

「そうですよ! あなた様に庇って頂いたあとに、命からがら、地を這いずって隣町まで逃げられたんです!」

「そんな……」

「えっと……? 私が生きてて、悲しいんですか?」

「違うっ。……違うんだ」

 俺が見殺しにしたと思っていた女の子が生きていて、今俺の目の前で笑っている。
 俺は救けられたのだ。身を呈して目の前の女の子を救えたのだ。
 これを奇跡と呼ばずして、なんと呼ぼうか。

「えっ……と、泣いてるんですか?」

「あ、……あれ……?」

 涙が、涙が溢れて止まらない。くそ。嬉しいのに、こんなにも嬉しいのに。どうしてだ。おかしい。涙が止まらない。

「私、何か失礼なことしちゃいましたか?」

「違うんだ……。きみが生きててくれて、良かった。……ありがとう。……本当にありがとう」

「私は……──」

 目の前の女の子が俺の目を見据えた。魔皇城にいたメイドの子と、その姿が重なって見えた。

「……私はあの時、死を覚悟しました。それでも、あなた様が目の前で血だらけになりながらも、……傷だらけになりながらも私を庇ってくださって、そのおかげで今ここに私の命はあります」

 小さな、小柄な女の子のその瞳からは生命が感じられた。命が迸って、煌めいて見えた。

「救けて下さってありがとうございます。あなたは──あなた様は私の命の恩人です。この命、あなた様に全て捧げる所存にあります」

「全て捧げるなんて。別にそんなの……。俺はきみが生きててくれて、その笑顔が見られただけで嬉しいよ」

 俺が涙を拭いながら言うと、目の前の女の子は顔を一瞬逸らして、

「……ずるいですよ、そんなの」

 と一言呟いた。その顔は朱色に染まっている。どういうことだと考えを巡らせていると、魔皇が腕を組んで、口を開いた。

「勇者、お前はかなりの天然たらしだな」

「た、たら……?」

「なんでもないわ」

 魔皇がそっぽを向いた。

「ミファナ~~、そろそろ行くわよ~」

 遠くで声がした。どうやらミファナを呼んでいるらしい。

「あっ、えっと。それでは、私、叔母のところに戻らないとなので、またお会いしましょう。魔皇様、それに私の命の恩人様!」

 ミファナは走って、その場を去る。
 不思議な高揚感が俺の胸を熱くしていた。救けられたという事実が心に炎を宿していた。

「きみは、誰一人として殺めていないだろう」

 魔皇がミファナの背を目で追い掛けながらそう言った。

「……でも、俺は仲間達を止められなかったんだ。俺が殺したも同然だよ」

 彼らが殺戮の限りを尽くすのを、俺は制止出来なかった。その事実はどうあろうと変わらない。

「きみはミファナを救けた。他にも何人もきみに救けられたという民達が大勢いる」

「ミファナだけじゃ……ないのか」

「ああ」

 魔皇は俺の方を見て、笑ってみせた。

「あそこにいる大半の人間が、きみが救けた者達だ」

 俺は今も瓦礫を撤去して遺品を探している人々へと目をやった。

「きみがいなければ、生きていなかった人々がこんなにいるんだ。きみは間違ったことは何一つしていない。きみが罪悪感を感じることはないんだ。贖うことなんて、何一つないんだ」

 ずっと、罪に苛まれていた。罪が心を巣食い、救えなかった人々の顔が脳裏に焼き付いていた。
 でも、救けられたんだ。救えた人達がいるんだ。

「もっと自分に誇りを持て。自信を持て。きみは正しい選択をした。真の意味で、きみは勇者だ」

 その言葉が最後の切っ掛けとなって、心を完全に晴らしていった。冷たくなった手足に血が通うような、そんな感覚。

「魔皇……─俺、」

 顔を上げる。前を見る。魔皇の瞳を見つめる。
 魔皇は黙って、そして優しく微笑みながら、俺の答えを待っている。

「──救けられる命があるなら、救けたい」

 彼女は灰になって、死んでしまった。
 彼女のいない世界に意味なんてない。
 俺はそう結論付けた。

 だが、彼女がいない世界だからこそ。
 彼女が隣にいないからこそ。
 また彼女とこの世界で会った時に笑い合えるように。
 彼女のいない世界にも意味があるように。

 俺はこの世界で救わなければいけない。
 救い続けなければいけない。

 魔皇は俺が贖う必要はないと言った。
 だが、それは違う。
 俺は勇者だ。
 殺戮を尽くした彼らと同じ勇者。

 だから──だからこそ、かつての仲間達が犯した罪を俺が共に贖わなくちゃいけない。

 そして、目の前にいる魔皇の称号を持つ同い年くらいの女の子と一緒に生きていたいと、そう思ってしまった。彼女の温かさに触れたい。彼女のすることを見届けたい。そう希ってしまった。

 『生きて』と言ってくれた彼女に応えるために……俺は生きるんだ。

「死にたいなんて、殺してくれなんてもう絶対に言わない。魔皇と、きみと一緒に生きていたい。生きて、きっと強くなってみせる」

 胸に手を当てて、心に誓う。

「この世界に生ける全ての命を救うために」

 こんな絵空事を言ったら、普通ならば鼻で笑われるだろう。傲慢だと吐き捨てるだろう。
 でも、魔皇は違った。
 まるで、それが青写真として描けるように、確信があるかのように。俺の方を見て、それから、俺を救けてくれたあの時と同じような笑顔でにっと、笑ってみせた。

「見ててくれ。俺が真の勇者になるところを」

 俺は高らかに、そう宣言した。

「ああ、期待してるぞ。勇者」

 魔皇は少女のように、まるで魔皇ではないかのように可愛らしく笑った。

「……きみの名前を、まだ聞いていなかったな」

 魔皇が少しだけ間を置いて、俺の目を見て言った。
 そして、俺は魔皇の目を見据えて、心を決めて、覚悟を持って、決意を胸に。

「──俺はノウト。ノウト・キルシュタインだ」

 彼は、彼女から貰った誇らしい名前を声に出して、魔皇と同じように笑ってみせた。




 彼女が灰になったとしても、物語は続いていく。
 終幕を知らない物語はどこへ行くのか。
 それは誰にも知り得ない。
 知り得るのは、この物語に終わりはない、という事柄のみだ。
 無垢な物語は終わりを知らずにどこまでも続いていく。


 これは、灰になってしまった彼女と、彼女のいない世界で真の勇者になると決意する彼の終わりのなき物語。










 あのエピローグのつづきから ~勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか~ 第一部[完]










 The stories are to be continued...



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