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第二章 蹉跌の涙と君の体温

第23話 何もわからなくなってしまう前に

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「さっみいな~……」

「ほんとね」

 吐く息は白く、街並みもそれと同じように真っ白だ。
 銀嶺の都ロークラント。
 銀嶺と言うだけあって、この都ではほぼ一年中雪が降り、街を銀色に染めている。
 そんな環境で人々はどうやって生活しているのかというと、それはこの国ニールヴルトがもともと鉱山で栄えて建国された国ということに答えがある。石炭、ヴルト銀、白雪鉄、それに銅、また金が採れる鉱山もある。それら鉱物をアトルやシェバイアに売り込み、それと引き換えに食物等を手に入れているのが、このニールヴルトだ。
 とは言っても食糧自給率が極めて低いというわけではない。
 ニールヴルトの山の上でしか育てられないという雪果スノルという種類の植物や毛むくじゃらで大きな牙を生やした四足の哺乳類、ロイップが家畜として存在していて、こいつの肉が本当に美味い。甘辛いソースと噛みごたえのあるロイップの肉の相性が奇跡のように素晴らしかった。もう一回は食べたいな、あれ。
 ナナセは遠くの稜線へと思いを馳せた。
 雪雲がどんよりと低くたれこめ、雪におおわれた山と空のあいだにはほんの少しの空間しかあいていなかった。
 はぁ、と小さく溜息を吐く。溜息は白い霞となって遠くへ消えていく。
 何時間と粘っているのにノウトに関する手がかりは一切なしだ。

「いやー、なんの収穫もないねー」

 厚着を着込んでもこもこになったアイナ。正直、めちゃくちゃに可愛かった。

「まぁノウトがそんなヘマ見せるわけないよなぁ」

「ナナセん中でノウトがかなーり崇高化してない?」

「してるかも」

「やばいね」

「やばいよ」

 この中身のない会話にも一時の幸福を感じてしまう。
 ノウトを探すにあたってナナセ達は二手に別れることにした。
 最初はヴェッタとアイナが組む予定だったが、ヴェッタがどうしてもフウカ達と組みたいと言い始めたので、ヴェッタの言うことに逆らえないアイナはそれに従い、ナナセと組んだのだ。もしかして、ヴェティ、何かを察してらっしゃるのでは……? と思わざるを得ないグッジョブっぷりだった。
 アイナと肩を並べてロークラントの街並みを歩く。周りにも人はそれなりに行き通っていて、その中には男女のペアも多々見かけられる。
 ……なんかこれ、デートっぽくね? デートが何かはあんま良く分かんないけど、多分これデートだわ。うん。これはデートだ。誰がなんと言おうとデートだ。
 だがしかし、隣のアイナの様子を見るにそんな気持ちに浸っている場合ではないことは確かだ。断腸の思いで、ナナセが話を切り出した。

「アイナ、そろそろ宿に戻らない?」

「えぇ? だってなんにも情報貰えてないよ?」

「いや、ずっと外居たら風邪引くしさ」

「ふふふっ。見てよ、私のこの完全防寒服。絶対に風邪とか引かないからへくちっ」

「アイナ……お前……」

 アイナは顔を赤らめて俯いてしまう。

「……もしかして天才か?」

 ナナセがそう口にすると、アイナは顔を上げて胸を張った。

「その通り、私は天才だからね。ほら、バカは風邪を引かないっていうでしょ? つまり天才は風邪を引くってこと」

「うわもう天才じゃん。天才なら分かるだろ? 宿に戻ろう」

「なんでそんな真顔で言うの! ほんと信じられないんだけど!」

「あー分かった。分かったから。ほらさ、フウカ達と一回合流した方がいいだろ。ちょっとヴェティのことも心配だし」

「たしかに。それもそうだね」

 アイナはくるっ、とターンをして真っ黒なツーサイドアップの髪の毛を揺らした。その一連の動作で雪が髪から振り下ろされて、それが楚々としていて、とても綺麗だった。

「ってアイナ。そっちじゃないから」

「ああ、ごめんごめん」

「天才だけど方向音痴は健在なんだな」

「天は二物を与えずってね」

「やっぱり天才かよ」

 アイナと肩を並べてて宿へと向かっていく。正午に一旦宿に集合とは言っていたが、時計塔で時間を確認すると、まだそれまで40分近くあった。だからといってぎりぎりまで情報を集めなければいけないというわけではないし、まあ、問題ないだろう。
 ロークラントの街並みはフリュードよりもアカロウトに近い。ただ、アカロウトよりも様々な形の建築物を見ることが出来る。切石を積み立てたようなものから、粘土を固めたようなものまで多種多様だ。見ているだけで楽しかったりする。
 アイナと談笑しながら歩いていると、ふとこちらをじっ、と見ている少女と目が合った。
 アイナもその様子に気付いたようで、ぱたぱたと少女のもとへと歩いていき、

「どうしたの? 迷子?」

「いやアイナじゃないんだから」

「うっさいな」

 アイナの問い掛けにその少女は首を横に振った。そして、アイナとナナセ両方の手を見てから、

「朝も、勇者さまをみたの。勇者さまはあの勇者さまとお仲間なの?」

「朝、見た……?」

「それって……!!」

 アイナとナナセは顔を合わせた。その後に女の子に話し掛ける。

「もしかして、その勇者、翼が生えてたりしてなかった?」

「してた。まっくろな翼だった」

「ビンゴぉ!!」

「やったぁ!! 手がかり発見!!」

 アイナとナナセは手を結びあってわーい、わーいと喜んだ。しばらくしてからテンションが落ち着いて恥ずかしくなり、どちらからともなく手を離した。

「……で、その勇者、どこに行ったか分かる?」

「遠くの方に、とんでった。たぶん、あっち」

 そう言って女の子は指を指した。その方向はおそらく、いや絶対に〈封魔結界〉がある方向だ。

「なるほど、もうロークラントには居ないのか」

「それにまだ殺されてない、ってことだよね?」

「だな。いや~助かったよ、ありがとう。サインいる?」

「要らないでしょ。それになにサインって」

 アイナが呆れていると女の子がアイナを見て口を開いた。

「あくしゅ、いい?」

「う、うん。もちろん」

 アイナが左手を差し出すと、少女はそれを両手で包み込んで、ハンドシェイクした。
 5秒ほど手を握っていると少女は手を離してからぺこりと会釈をして足早に去っていった。

「いや俺の握手はいらんのか……」

「あはははっ。うけるんですけど」

 アイナが屈託のない笑顔で笑う。この笑顔を見るために俺は生まれてきたのかもしれない、そう思う他なかった。

「ひとまずヴェティ達と合流してから、荷物を揃えて魔人領に向かおう」

「もう、行くの?」

「当然だろ、時間が経てば経つほど足取りが掴めなくなるし」

「それも、そうだけどさ。こう、心構えというか、さ。……ね?」

「そんなこと言ってたら前に進めないじゃん。行くしかないよ魔人領」

「そう、だね。うん。行くしかない! 魔人領!」

「その意気だ! 行くっきゃないぜ魔人領!」

「何そのテンション、テオみたい」

「ちょっと意識してたかも、なんて」

 取り繕ったような顔で笑うアイナ。テオは、もう居ない。
 その事実が覆ることは決して有り得ない。時が巻き戻るなんてこと、有り得ないのだ。
 でも、彼を忘れなければ、ずっと心に彼が居続ける。テオのことを忘れちゃいけない。どんなにつらくても、どんなに心が痛くても、記憶と向き合って、“今”を進まなくちゃいけない。
 ナナセはアイナの笑顔を見て、そっと微笑んだ。
 今はただ、アイナの隣で一緒に笑っていたい。
 アイナの隣ならずっと笑っていられる。そんな気がする。
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