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第一章 勇者殺しの勇者
第35話 カオス・セオリー
しおりを挟む「え…………?」
それは誰かの声だった。
自分の発した声だったかもしれないし、他の人の声だったかもしれない。ここにいる誰もが困惑していた。
違う。
リアじゃない。
リアじゃ。
合ってるとか間違ってるとか、そういう問題ではない。
どちらにせよここでフェイが挙げた人物はこの先ずっと警戒され、忌避される。
正解してるか不正解か、それは今のところリアとノウトしか知りえないのだ。
フェイは間違ったことを言っている。
おそらく奴は口からでまかせの、いい加減な推理を発表したに過ぎない。能力の開示に関しては意味が分からないが、あそこまでお膳立てして結果間違えるのかよ。フェイはやはり、頭のおかしい奇人だ。
しかし、リアは魔皇と直接の関係はないが、ノウトを通じての間接的な関係はある。
別に外れては、いないのか?
いやそんなこと考えてる場合じゃない。
ノウトが彼女じゃない、と口頭で否定しようとすると突如、空中から刃が生まれ、その切っ先がリアに向けられて飛んでいく。これは以前も見たダーシュの〈神技〉だ。リアは不死身だけど痛覚は確かにある。彼女に痛い思いはさせたくない。
そんな思いが先行してノウトはそれを止めるように考え無しに右手を伸ばした。もちろん、刃は止まることなくノウトの右手を貫通してリアの鼻先、紙一重で刃は止まる。
右手から血が吹き出し、ノウトの赤い鮮血がリアの顔を染めた所で漸く痛みを感じられた。
「があ゛ぁッ!」
痛い痛い痛い痛い。あつい。
痛くて、もう、軽く死ねる。
「ノウトくん!!」
ダーシュが刃を自主的に引っ込めて、リアがノウトの手を瞬時に治す。
幻肢痛、じゃないけど。まだ痛みが残っているような、そんな感覚にも陥る。
「おいバカか。手ェ出すなよ。もともとそいつの前で止めるつもりだったんだ」
「ダーシュ! あなた何してるんですか!?」
「パティ、あいつが魔皇の手先だって言ってたの聞こえなかったのか……?」
「本当にそうなのかはまだ……分からないでしょう……!?」
「おいおいおい、おれが嘘ついたって? ないないない。おれは生まれて嘘ついたことなんか一切ないよ」
「嘘だ」
カンナが頬を膨らませながら言う。彼女なりの怒っている表現らしい。
「リアは、違うだろ……っ!」
ノウトが声を荒らげながら否定する。
「じゃあ、おれが嘘をついたっていうのかい? 君たちに能力を見せて、そして内容も事細かに説明したのに? ここでおれが嘘つくメリットなんか一切ないけどね。おれはみんなを助けるためにこう言ってるのに。心外だな、ほんとに。失望したよ。ノウト君」
「───………」
───……え?
みんな、どうして黙ってるんだ……?
何かフェイに言ってくれよ。あいつを否定してくれよ。お前は間違ってるって。
……いや、彼が本当に間違ってるなんてそれはリアとノウト以外知らないんだ。今ここにいる誰も彼もがリアを疑っている。
「リ、リア? 違う、わよね……?」
シャルロットが少し後ずさりながらリアに問う。明らかに不信感をリアに対して抱いている。リアは口を噤んで答えられずにいた。
どうして否定しないんだ、リア。
なんで黙ってるんだよ。
彼女は口をずっと結んでいる。リアらしくない。
何も弁明をしない彼女に変わってノウトが弁護する。
「リアは違うだろ。彼女がそうだったら今迄に隣で一緒に寝てたフウカやシャルロット、レン、俺が今こうして生きてるのは不自然だ」
「はぁ、聞き飽きたな。それ」
フェイはため息混じりにぼやく。
「いいかい、ノウト君。仮にリアさんがパーティ内の君たちを殺せたとして他の人達はどうやって倒すんだい? 無理でしょ。ノウト君達が死んだっていう事実が露呈したらリアさんは瞬殺だよ? だから、おれら纏めて彼女を倒そうとしてるってわけだよ、彼女は」
「お前……っ! そもそもの話、リアが魔皇の協力者なんて証拠はフェイの推測に過ぎないだろ……っ!」
「推測、っておれの〈神技〉を説明しただろう? 推測じゃあなくて、事実なんだよ」
「肝心の『どうしてリアが魔皇の協力者と分かったのか』を説明してないだろ、お前は。その能力を使ってどんな選択肢を見て、どんな未来を見たんだよ」
「そうだなぁ。あまりプライバシーに関わることは言いたくないんだけどなぁ。どうしようかなぁ」
「お前ふざけてんじゃ」
「もう、いいよ」
ノウトがフェイに身を乗り出してその襟を掴もうと手を伸ばした時に、リアがその固く閉じた口を漸く開けた。
「みんな、わたしが魔皇の協力者だから」
彼女は震えた唇でそう言った。
「リ、リア……!? お前何言って」
「はい。おれの言った通りだったでしょ?」
フェイはニコニコ笑う。
「嘘……」
フウカが口を抑えて目を見開いてる。
皆も同じだ。かくいうノウトも例外ではなかった。
何が起きてるんだよ、これ。
リアじゃないのに。
俺なのに。
俺が自白すればいいのか?
─────いいや。
違う。
違うだろ。リアの真意を読み取れ。
分かってるはずだ。
彼女は不死である自分を犠牲にして、ノウトを安全な立場にさせたんだ。
自分を指名されたという状況を逆に利用したんだ。
ここで俺が自白すれば彼女の行動は全て意味がなくなってしまう。
フェイが何故リアを指名したのかは全く分からない。
でも、リアが敵じゃないことは俺だけが知ってる。
「じゃあ殺してもいいよな」
ダーシュがぼさぼさ髪のその向こうで眼を光らせる。
「待って」
ジルが肩を掴んでダーシュを制止させる。
「魔皇の協力者なんて捕虜としてはこれ以上ないでしょ」
「ジルさん、いい事いうね」
「気安く名前を呼ばないで。あなたの能力を信用しただけであなたのことは信用してないから」
よく考えたらノウトやミカエル達の前では実際に能力を使っていたが、ジルやダーシュの前でも何かしていたのだろうか。じゃなかったらここまでフェイの言葉を信じるのは不自然過ぎる。
「まぁこういう役柄上そう思われても仕方ないさ、うん」
「じゃあ俺らが彼女を見てるってことでいい? ほら同じパーティだし」
今迄言葉を発さなかったレンがそう話す。
「僕らもリアさんを監視するよ」
ミカエルが手を上げた。
「おっけー。任せた」
「ちょ、フェイ! あいつらに任せていいの!? 何か怪しくない!?」
アイナがフェイに近付いてレン達を指さす。なんかもう色々おかしい。破綻しているというかなんというか。フェイは妙に落ち着いている。それも《運命》とやらで未来が見えているからなのだろうか。
「いいのさ。そうだ、リアさん、休戦協定を結ぼう。おれらは君に危害をくわえないからさ。おれもキミを傷付けるつもりは毛頭無いし」
フェイはリアに優しい声音で、そして満面の笑みで語りかけた。
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