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第一章 勇者殺しの勇者

第33話 波打ち際の独り言

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 ここでフェイに話し掛ける勇気は残念ながら持ち合わせていなかった。あんな軽々と人を殺せる人物と会話なんてあまりしたくない。って人のことはあまり言えないか。

 まぁ、今はそっとしておくのが吉かな、とみんな思っているはずだ。あいつと話すの疲れるしね。

「おりゃあああああ」

 ニコがリアが抱きついて海水がばしゃーん、と飛び跳ねた。それをノウトはひらりと躱すが、シャルロットには当たりそうになる。しかし、その水しぶきをレンがシャルロットの前に出ることで全て受け止める。

「平気?」

「え、えぇ。大丈夫」

 シャルロットは軽く驚きながらも珍しく笑みを見せる。

 ニコは倒れ込んだリアからターゲットを変えて今度はフウカに向かってダイブした。
 だが、フウカはそれを華麗に横ステップで避ける。ニコは腹から水面にばしん、と叩きつけられる。

「ふふふっ。舐めてもらっちゃ困りますよ」

「お返しだー!」と今度はリアがニコに抱きつく。そのくんずほぐれつしている所に今度はカンナが飛び込む。

「うにゃあぁぁあぁああ」

 ばしゃーん、とまたしても水が飛び跳ねる。
 ジル、シャルロットとレンはちゃぷちゃぷと波打ち際を歩いていた。テオ、パトリツィア、カミル、ダーシュ、ナナセ、ミカエルは全力で海を泳いでいたり、エヴァとアイナはヴェッタの手を引いてリア達と混ざって海で遊んでいる。ウルバンは他のパーティの竜車騎手と談笑していた。

 みんな元気だな、なんて他人事のように思ってしまった。でも同時に、どこか幸せなものを感じてしまい、鼻の奥の方が熱くなって、思わず目頭を押さえた。

 ヴェロアはふよふよと漂うのをやめて、海に足を浸からして、膝を抱え込むように座った。
 その隣にノウトも同じように座り込む。尻が海水に浸かっていて一瞬、冷たさを感じたが慣れれば徐々に暖かく感じる。

『───ノウト』

(なに?)

『私は、助言をするためにこうやって莫大な魔力を借りてまで顕現しているのだが、……助言出来ることは存外多くないようだ』

(そんなことない。十分助かってるよ)

『いや、お前の誰も殺さずに成功させるという作戦においては何も助言出来ない。今の今まで勇者は倒すべきという既成概念に囚われていたからな』

(こっからだよ。ここから一緒に進んでけばいい。一緒に悩んで、一緒に笑って、そんな感じでいいと思う。大丈夫)

 大丈夫、なんて不確実性の権化みたいことをあまり言いたくはないけど、相手を安心させるのはこれが一番いい、とノウトは思っている。

『ノウトは相変わらず優しいな』

(俺なんか全然だよ。ただヴェロアが傍に居るだけで安心するから、それだけで俺は、助かってる)

『や、やめろ。惚れてしまうだろ』

(へ?)

『ジョークだ。魔皇ジョーク』

(そ、そう……)

 ヴェロアとの会話も途切れてしまって、はしゃいでる彼らをただ漠然と見ていると突然、隣に人の気配がした。
 ヴェロアの座る反対側、つまりノウトの左側だ。
 ばっと振り向くとがノウトと同じような格好で座っていた。〈幻〉の勇者である彼女をまだ自分は覚えているぞ、と誰に言うでもなく心の中で宣う。

「マ、マシロ……?」

「えっ、また見える?」

「う、うん」

「そっか」

 マシロは膝に顔をうずめてから少し笑ってから「嬉しい」という一言を漏らした。何が、とは当然聞かなかった。というか聞けなかった。

『そのマシロという女の子、相変わらず急に現れるな』

(あれ? あの時も見てたんだな)

『相変わらず傍観することしか出来なかったがな。フェイという輩の奇行も私は何も口出し出来なかった。不甲斐ない』

(そう、落ち込まないでって)

 時々、本当にこの人は魔皇なのかな、とも思ってしまう。頼りないとかそんなんじゃなく。
 ヴェロアがただの女の子に見えて仕方がないのだ。
 年齢は聞きにくいから問わないけど見た目的には自分とそう年の変わらない、同い年の女の子にしか見えない。普通の女の子と違うのは話し方と頭にあるその2本の漆黒の角だけだ。

「ねぇ」

 マシロがその双眸をこちらに向ける。なんか顔が近い。近くない?

「あなたの名前、聞いてなかったよね。教えて。知りたいの」

「えっと、俺はノウト。ノウト・キルシュタインって言うんだ」

「ノウト……。う~ん、なんかやっぱりしっくりこないな……」

 彼女はノウトにぎりぎり聞こえるか聞こえないくらいの声量で呟く。ノウトは聞き逃すことも出来たが、反射的に聞き返してしまった。

「えっ、何が?」

「……名前。あなた、ノウトって顔してないよ」

「そう、かな」

「うん。……ねぇあなたっぽい名前で呼んでいい?」

「別にいいけど」

「ん~。じゃあアヤ、ってどう?」

「ア、アヤ……? えっと……俺と何も関係なくない?」

「いや何かあなた、なよなよしてて女の子みたいだし」

「いやおい。普通に酷いぞ、それ」

「ふふっ。冗談」

「冗談って……」

『不思議な子だな』

「ほんと」

 あっ。口に出してから自分の失敗に気付く。
 ヴェロアとの頭の中での会話はもう慣れたものだと高を括っていたが、油断した時にこれだ。

「何がほんと?」

「いや、綺麗だなって」

「ありがとう」

「いや、君じゃなくて海が綺麗、って。もちろん君も綺麗だけど」

 ……ってやばい。
 墓穴掘りまくった。待て待て待て。君も綺麗だけど、とか突然何言ってんの、俺。普通そんなこと言わないじゃん、俺。
 今俺めっちゃ顔赤いかも知れない。

「ははははっ!」とマシロは腹を抱えて笑っていた。

「いや、そこまで笑わなくても」

「ふふっ。だって、だって。ぷっ……」

「……ったく。怒るぞ」

「くふふ」

 彼女はツボに入ったのか笑いを堪えようとはしていたが全然収まることはなく変な笑い方になっていた。
 笑い続けるマシロを見てると何だかこっちも笑えてきて、二人で大声で笑ってしまった。
 そんなノウトに気付いたのか、リアがこっちを見て驚く。彼女は口をぽかーんと開けている。
 そう言えばマシロはみんなには見えないんだっけか。やばい。
 ずっと俺独り言言ってたように見えてたって事?
 まぁそんなこと別にいいか。気にしなくて。
 マシロと話してて楽しかったし、ヴェロアと話してても楽しかった。

「ノウトくん……。もしかして隣に座ってるのってマシロちゃん?」

「えっ……? リアにも見えるのか……?」

「う、うん。見える。めっちゃ見える。えっ可愛い……やばい……」

 リアは手を口に当てて身悶えしてた。

「ほら、マシロちゃんも遊ぼっ。ノウトくんも!」

 リアはノウトとマシロの手を強引に引っ張っていく。ノウトはヴェロアの手を取る。
 ノウトはつんのめって転びそうになり、それを見たリアがふふっ、と悪戯っぽく笑う。
 マシロもさっきのことを思い出したのか吹き出す。
 ヴェロアもははっ、と笑った。ヴェロアが声を出して笑ったのなんて初めて見たような気がする。
 笑われたのを抗議するのもなんだか違うな、とそう思って、俺も一緒に笑うことにした。
 この時の幸せをただ噛み締めるように。
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