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第一章 勇者殺しの勇者
第31話 敷かれたレールを歩むだけの人生なんて
しおりを挟むカンナが伸ばした指先から放出される稲妻とフウカが放つ風の刃がフェイを襲ったのだ。
普通、これを避けることは不可能に近い。
距離も距離だし、雷の速度と風の速さに反応出来る人間なんているわけがない。
しかし、フェイはいわゆる、普通ではなかった。
縦に広がる風の刃を身体を少し横にずらすだけで躱した。当たったようにも見えたカンナの放った雷撃はまた同じようにフェイは大袈裟に避けるわけでもなくひらりと身を躱す。
「あっぶないなぁ。殺す気かい?」
「殺す気だよ」
ノウトはフェイに単身で突っ込む。
姿勢を低くして走り、フェイをその手で捉えようとする。しかし、あと紙一重でその指先がフェイに触れそうになったところで、
「それじゃ、またね」
そう言ってフェイはその場から消えた。
それはマシロが姿を消す時のそれとは違い、じわじわと消えていくのではなく、ぱっとその場から彼は消えたのだ。
一瞬、フェイのパーティにいるアイナが《瞬間移動する能力》を持っているということを想起させたが、彼女がフェイの行為に加担しているとは思えない。操られてるとかか?
いや、今は考えても無駄だ。
「……ノウトくん」
「……」
ノウトが無言のまま振り返るとその瞬間にリアが抱きついてきた。両手を背中に回される。ぎゅっ、と力を込められる。耳元で彼女が囁き始めた。
「無理しないでって言ったでしょ」
「……分かってるって言っただろ」
「分かってないよ、ばか。……彼がコリーくんを即死させたのを見たでしょ? 死んだらもう、終わりなんだよ……?」
「……ごめん、ついカッとなって。……てかそろそろ離してくんない?」
「あっ、ご、ごめ……」
リアはぱっとノウトの背に回した腕を解く。
「とにかく無事で良かったわ」
シャルロットが肩を竦めながら言う。
フウカがコリーの死体を抱き抱えていた。血塗れになるのを一切気にしない様子だった。
その傍らにエヴァやミカエル、スクード、カンナが立ち尽くしていた。
血と地の焦げた臭いが漂う。
レンがフウカが抱えていた彼の亡骸をそっと持ち上げた。
「コリーを……どこかに埋めてあげよう」
そう呟いた彼の横顔はいつになく哀愁に満ちていた。
◇◇◇
ウルバンに事情を話してから、フリュード郊外の丘の上にある集合墓地の片隅に彼の亡骸を埋めた。
その上に抱えて持てるくらいの石を持ってきて乗せる。石には彼の名前を彫った。コリーの親族を誰も知らないので誰かに彼のことを知らせることも出来なかった。
その彼の埋まった場所の前で、意味なんて特にないけどみんなで合掌する。
コリー。
彼は復讐の為に、命令されたが為にミカエルを殺そうとした。
しかし、彼は決して死ぬべき人間ではなかったはずだ。
そのはず、なんだ。
どんなことがあったとしても人を、殺してはだめなんだ。
そう思ってしまった瞬間、その考えには大きな矛盾があることに気付いた。気付いてしまった。
俺は、自分の保身のためにリアを本気で殺そうとした。
否、殺した。
理解出来ないと思ったフェイを殺そうとした。
俺は、俺は……。
何なんだ………?
何がしたいんだ……?
何が正しくて何が正しくないんだ………?
その定義は……?
人を殺すに値する正当な理由は?
人を殺していい理由なんて存在するのか?
正当防衛だからって人を殺していいのか?
─────どうして人を殺しちゃいけないんだと思う?
それもまた、誰かの声だった。
今にも消え入りそうなその声。
ふと、思い出した。でも名前は、分からない。
あの時の情景がフラッシュバックする。
鮮明なことは何もわからない。
ぼやけていて、でも見える。
窓から入り込んでくるその薫風でカーテンが靡く。
本棚が立ち並び、紙の匂いで鼻腔を満たされる。
斜陽に照らされた、その横顔。
机を間においた反対側で微笑みながら喋る、誰か。
「───ノウト」
レンの声でふと我に返る。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫」
そう、大丈夫だ。
大丈夫。
人を殺すに値する正当な理由?
人を殺していい理由?
そんなものクソ喰らえだ。
俺はただ、誰かの為に殺す。
それだけだ。
リアやヴェロア、仲間たちに危害を加える奴は否が応でも、殺す。
それが俺の正義だ。
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