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第一章 勇者殺しの勇者

第12話 勇者殺しの勇者

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「……ヴェロアには悪いけど、……その通りだ」

 良心の呵責。罪悪感。
 勇者全滅を行うにあたって最も問題のある点だと思っている。無抵抗の仲間や他の勇者を殺すのは、これまでで分かったが俺には荷が重すぎる。

『お前は私の傍でもそうであったな』

「……え?」

『殺意を向けて肉薄してくるゴブリンやオークにも殺す抵抗があったんだぞ、お前は』

 ヴェロアは星の煌めく夜空を仰ぐ。

『お前にこれを命ずるのは酷だと私も分かっている。しかし、奴らを、勇者たちを放っておけば私の民達はみな殺され、ひいては他の種族までもが根絶やしにされてしまう』

「……勇者の狙いであるヴェロアが逃げる、ってのはどうだ?」

『私がどこへいっても追いかけてくるだろうし、それこそ他種族に迷惑をかけてしまう』

「確かに……それもそうだな」

『こんな言い方はしたくないが。正当防衛、そうとしか言えないな。相手はこちらを本気で殺しに来る。私だって殺生をしたくしてしてる訳じゃない。同胞を生かし、生きたくてやってる事なんだ』

「………」

『最終的にはお前の手に委ねられている話だ。良心の呵責に耐えかねて勇者に身を委ね身を滅ぼして私を殺すか、私を信じて勇者を殺すか。選ぶのはお前だ。強要はしないよ、ノウト』

 勇者か、魔皇か。

 人間か、魔人か。

『ああ、そうだ。今日魔力を使い過ぎたせいであまり明日は顔を出せないかもしれない。燃費が悪いんだこの魔術は』

「そ、そうなのか。まぁ明日は俺だけで頑張ってみるよ」

『うむ、期待してるぞ。……そろそろ日が登ってきてしまう。早めに寝た方がいいぞ、ノウト。私はもう寝る………。おやすみ』

 突然ノイズがかかるようにヴェロアは姿を消した。

 彼女の言う通り早く寝た方がいいな。そう思い、椅子を立つ。

 テラスから建物内に入り、廊下を歩き、扉を開けて自分の部屋に戻る。
 部屋が暗く、よく見えないがレンはきちんと寝ているようだ。彼を起こさないようにゆっくりと忍び足で歩く。
 時計を見ると2時40分だった。
 いやもう寝ないと明日死ねるな、これ。
 そう思い、ベッドに潜り込み、横になる。
 手足を思いっきり広げる………と何か違和感があった。

 おい、嘘だろ。

 人が中にいる。
 俺のベッドに先客がいる。

 恐る恐る、その方向をみるとなんと────が俺のベッドで寝ていた。

 いやいやいやいや。
 なんでだよ。何してんだこいつは。
 ヴェロアとの会話で頭を使いまくって、更に寝る前だから頭が混乱に混乱が重なって壊れかかってる。

 ……いやもう疲れたから思考停止して寝るわ。
 明日の朝に問いただそう。
 おやすみ、リア。
 目を閉じ眠りに落ちかけた時、

「ノウトくん、トイレ長いよ……寝ちゃってたじゃん」

 と言いながら俺の上に四つん這いになって被さってきた。

「……お前、レンが起きたらどうすんだよ」

「起こさないように小声を心掛けようぜノウトくん」

 リアは人差し指を口に当ててウィンクをしてみせた。

「それよりお前は何してんだここで。眠たいんだから要件手短にしてくれ」

「ここで待ってたんだよ、きみを。じゃあ結論から言うね」

 リアは少しだけ真面目な顔で話し始める。

「始めのさ、暗い部屋から出る時。ノウトくん、〈神技スキル〉で人殺したでしょ?」

 …………は?

 な、何を、言ってるんだ……こいつは………。
 一気に目が覚めた。
 こいつ、やばい。あの時見ていたのか。
 リアに対しての違和感。その正体に今更ながら気付く。思わずごくりと息を呑む。

「わたし、あの時後ろにいて、ノウトくんが人の背に触れた瞬間その人が倒れたの見たんだよね。それでこの人面白いなぁって思ったわけ。そして今日君が『触れたものを殺す能力』って告白してくれたからさ。確信を得たんだよ」

 何処かリアには怪しい所があると思っていた所があったが、そういう裏があったのか。

「あの時は〈神技スキル〉が本当に使えるかどうか試したんだ。何しろ何もかもが半信半疑だったからな」

「試しで人を殺す能力を普通使うかなぁ。わたしの知ってるノウトくんはそんな遊び気分で人を殺してしまうかもしれないことをしてしまう人ではないなぁ」

「そういう人だったってことだ。もう遅いからお前ももう寝ろ。このベッドで寝てもいいから」

「ここでは寝ないよ。さっき半分寝てたけど。ノウトくん、面白いウソつくね。実はさっきたまたまテラスに行ったらさ、君が何やら小声で独り言を言ってるの、見ちゃったんだ」

「──っ!?」

「盗み聞きは良くないと思ってあんま詳しくは聞き耳立てなかったけど、これだけは確かに聞こえたんだよね」

 リアは俺の耳にその唇が当たるほど近付いて、囁く。



「───



 もう駄目だ、こいつ。殺すしかない。

 それを流布されたら、俺は。

 終わる。殺される。

 そうだ、殺すしかない。殺すんだ。

 殺す。殺してやる。




 俺はリアの首を両手で掴み、《弑逆スレイ》を発動させる。




 リアはぐったりと力を失い、俺にもたれ掛かる。
 リアの全体重が俺に乗っかった。
 彼女が本当に死んでいるのかを確認する。
 口元に手を当てた。息はもうしていないようだ。手首に手を当てる。脈も無いし、心臓も動いていない。顔に生気も感じられない。


 本当に、死んでしまったようだ。


 殺してしまったのか、俺は。


 リアを。


 いや、勇者全滅という言葉を聞かれた時点で殺す動機としては充分だ。

 生かしておいたら、俺の命が危ない。
 ひいてはヴェロア達の命も。

 これでいいんだ。これで。


「ふーっ……ふーっ…………」


 殺したという罪悪感からか、心臓がきつく締めあがる。

 俺は人を殺せる人間だったのか。
 違う、何かが違う。
 さっきから頭の片隅では警鐘が鳴り続け、頭痛が加速していた。

 これは……か?
 俺じゃない何かが俺の殺意を増幅させたような、そんな奇妙な感覚だ。

 「…………はぁっ…………はぁっ……ッ……」

 落ち着け、落ち着け。
 俺は俺の意思で殺めた。
 これからすることも俺の意思だ。
 そう、大丈夫だ。

 『殺す』という初めての感覚。
 初めて、最初に目覚めた部屋で殺した彼に関しては話したこともないし、顔も見た事がないので特にこれといった殺した実感はなかった。

 こう、今の今まで生きていて、会話をしていた人間が目の前で死ぬというのは殺したという実感を嫌でも感じられる。

「あぁ……」

 思わず、自らの両手を見る。この手で。彼女を。

 殺してしまったんだ。

 もうこの道から外れることは出来ない。勇者の皆殺しをせざるを得なくなってしまった。

 後には引けない。

 リアを殺した。

 こうなったら、レンも、シャルも、フウカも。
 みんな殺さなきゃ。

 今日一日付き合っただけの奴等じゃないか。それよりも以前仲間だったと言っているヴェロアを信頼した方がいいに決まっている。

 身体にもたれ掛かるリアの死体を除けて、ベッドから立ち上がる。


 そこである違和感に気付いた。


 どうしてリアは、自らが殺される危険があるのに、あんな挑発じみたことを俺の目の前で話したんだ?


 勇者の全滅を目論んでで尚且つ触れるだけで人を殺せる危険人物。
 それを確信して尚、俺に近づいて挑発したのはどういった理由があるんだ……?


 リアの死体を確認する為に振り返る。

 そこには相変わらず、ぐったりとしている彼女の死体があった。

 考えても仕方ない。

 レンを殺ろう。

 この晩で仲間を全員殺して、それで、それで。


 それで……?


 他のパーティの奴等はどう殺すんだ。

 戦力も能力も全く分からない。
 返り討ちにあって殺されるかもしれない。
 レティシアに今度は完全に焼き殺されるかもしれない。

 いや、違う。
 そうだ。今からやるように寝込みを襲えばいいんだ。
 無抵抗な奴らをただ蹂躙する。
 それが俺の仕事であり責務だ。

 そう。
 大丈夫だ。大丈夫。

 レンは小さな寝息を立てながら寝ている。
 その顔に触れようと手を伸ばす。

 しかし、どうしてかそれは叶わなかった。


 俺は何者かによって腕を掴まれていたのだ。
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