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第四章 逆転

第13話 逆襲

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 サリオンとアルベルトが、南館の廊下を進んで行くと、柱に取りつけられた燭台の火がうねって揺らめく。
 この館内の最も奥まった一室が、皇帝の饗宴の間になる。

 側面の両開きの扉越しに、竪琴の音や吟遊詩人ぎんゆしじんの歌声が洩れ聞こえている。 
 公娼の見番で今夜の相手のオメガを買った客人と、その客人の招待客が、閉じられた扉の向こうで豪快に笑っている。

 自分とアルベルトがいる空間だけが凍てついて、別世界のようだった。

 廻しの下男に先導される皇帝の胸の内。
 それは誰にもわからない。


 今度のことでレナを抱く絶好の口実が出来たと、浮き足立っているのでは。

 無言と無表情を貫きながらも、まんざらでもない。

 そう感じてでもいるのでは。


 本能としての男の欲を知り尽くしている頭には、疑念の念しか湧き出ない。
 饗宴の間に案内しているだけなのに、胸が押しつぶされそうだ。
 石造りの薄暗い廊下の突き当たりに来て、サリオンは重厚な両開け扉の正面に立つ。

 獅子の頭を象ったかたどった青銅製のノッカーを眼下に捉えて、身構える。


 皇帝の来館により、饗宴の間には前菜やワインを用意する者、かぐわしい生花を大振りの花瓶に生ける者、弦楽器を爪弾く者、皇帝をもてなす支度に、下男達が追われている。
 そんな彼等にノッカーで、皇帝の到着を進言する。

 両扉が開けられたと同時に彼等は手を止め、姿を見せた皇帝に一礼する。

 一連の慣習に従って、サリオンがノッカーに手をかけようとした時だ。背後から肘を掴まれ、制される。


「……アルベルト」

 サリオンは振り返り、思い詰めた顔つきの皇帝を名で呼んだ。

 精悍な眉を寄せ、唇を固く引き結び、亜麻色の瞳にタガの外れた決意の色をみなぎらせている。


「もしも……」

 顔も声も強ばらせたアルベルトに、肘をぐっと寄せられた。

「何、……」
「もしも俺が、お前もレナも後宮に、呼び寄せたいと言ったなら、それでもお前は断るのか?」

 挑むように目と目を合わせたアルベルトが鋭い語気で言い放つ。

「だから、それは」
「レナは公娼の元昼三として、後宮でも優遇する。お前も後宮に入ってくれるなら、お前一人を俺は抱く。オリバーが子を産む前に、俺とお前の子をなすことが出来なければ、レナと寝る」


 凄みさえ感じさせる低音で紡がれた申し出が、サリオンの胸と心を占拠する。

 サリオンは呆気あっけにとられて見上げたまま、瞬きだけをくり返した。

 後宮に迎え入れられる。
 レナと二人で宮殿に。

 そもそも世継ぎを身籠ったレナを送り出し、どうして自分はオメガの奴隷の宿命を、全うしようとしたのだろう。

 レナの長きに渡る片恋を叶えてやりたい一心で、危ない橋を渡ってでも避妊薬を入手した。
 諦めの悪いアルベルトに、レナを抱くよう画策したのは、なぜなのか。

 誰のためだというのだろう。

 一旦顔を伏せた後、頭をゆっくりもたげたサリオンは、アルベルトをひたと見る。

 オリバーがダビデの子を産むまでの間だけ、アルベルトと寝所単語しんじょを共にする。
 それでも無理だと分かっている。
 不妊の体は、どうすることも出来ないのだ。

 けれどもと、胸いっぱいに息を吸い、サリオンは青銅製のノッカーから手を離す。

「本気……か?」
「本気だ」

 勇ましいふたつ返事の直後から、凪単語なぎのような沈黙が二人の間に横たわる。

 顔を背けたサリオンは、どんなに些細な表情も見逃すまいとするような、強い視線で炙られる。
 鼓動が胸を打ちつける。

 廊下の天窓から斜に月明かりが射し込んで、二人の間を楕円だえんに照らした。


「サリオン」

「わかった」

 顔を上げたサリオンが啖呵たんかを切って承諾する。売られた喧嘩を買うように。

 無駄だとわかっているくせに。
 レナには負けない。
 渡さない。

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