たましいの救済を求めて

手塚エマ

文字の大きさ
上 下
79 / 151
第八章 おかわいそうに

第八話 寿退社

しおりを挟む
 ガラス戸の正面玄関前には、診察の受付を待つ人が既に立っている。
 畑中は施錠を解除した。
 ドアが開けられ、受付カウンターに整然とした列ができる。
 
 今日は契約社員のカウンセラーも来院する。
 その分、クライアントも多くなる。

「おはようございます」

 畑中は通院者から健康保険書を受け取って、待合室での待機をすすめる。
 優しい笑顔と甘ったるい声。
 それがいっそう鼻につく。

 年明けとはいえ院内は、年末までと変わりがない朝。

 そうこうするうち、契約社員のカウンセラーも出勤した。

「おはようございます」

 今日は外部の人間が混ざってくれていることが、喜ばしい。
 デスクの前で立ち上がり、新年の挨拶を交わし合う。
 彼は自分のデスクに向かい、麻子も座る。

 早速リュックの中からファイルをいくつも取り出した。そして手に提げていたコンビニ袋の中身も並べる。

「すみません。僕、朝飯まだなんで。食べちゃっていいですか?」
「はい、どうぞ。飲食は禁止しゃありませんから、給湯室にあるお菓子とかも、好きな時に食べちゃってもいいですよ」

 麻子はパソコンの電源を落として折り畳み、給湯室へ行こうとした。

「あれっ? 三谷さんは、お休みですか?」

 非常勤の鶴が訝しむ。
 畑中が受付業務で忙しい時は、三谷がお茶入れをするからだ。

「三谷さんは、院長と話をしていて」
「そうですか」

 二十代後半の彼は自分の立場を心得て、必要以上に入り込まない。
 若いけれども有能だ。
 デスクに握り飯ふたつを出して早速食べ始めている。
 麻子は急須と湯飲みで丁寧に緑茶を入れた。
 それを盆に乗せて運び、二個目にかぶりついている彼の手元に湯呑みを置いた。

「ありがとうございます」

 片手で湯呑を鷲掴みにして、ひとくち啜る。
 
「えっ、旨っ」

 感情表現が豊かな彼は、麻子が入れた緑茶を飲むなり、瞠目した。
 それだけで、ささくれ立った心が和らぐ。
 麻子が盆を給湯室に戻そうとしかけると、診察室のドアが開く。
 
「失礼します」

 と、事務室に戻ってきたのは三谷だけ。

「あら、鶴さん。おはようございます」
「あけまして、おめでとうございます」

 朝食を食べ終えた鶴は椅子を引く。自ら三谷に近づいて、新年の挨拶を済ませた鶴は、診察室の院長に、そして受付にいる畑中にも足を運び、帰って来た。

「畑中さん、今月いっぱいで退職されちゃうんですね」
 
 三谷に対して、少しがっかりといったニュアンスで告げた鶴は、話を続ける。

「だけど、寿退社みたいだし。お祝いしないと」
「あら、鶴さんだって、畑中さん狙いだったんじゃないですか?」
「まぁ。そりゃあ……。そうでしたけど」

 と、痛いところを突かれたように、鶴が首の後ろに手を当てた。
 若々しくて朗らかで、目鼻立ちが整った鶴も、彼女に声をかけていた。
 
 そして何度か食事に行ったことなども、事務室で嬉し気に話していた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...