48 / 96
第二章 綾なす姦計
第十八話 沖田の要請
しおりを挟む
気炎を上げる沖田に千尋は目を剥いた。
ほとんど奇襲に近かった。
あきらかに様子が違う沖田をまじまじ見つめると、目顔で佑輔の意思を問う。
「いいでしょう。私もご一緒致します」
佑輔は聞かれるまでもないといった顔つきだ。
どうやら話の本筋は佑輔に関与するらしい。
だとしたら、ふたりに自分の目の届かないところで話をされるよりはと、算段した。
「わかりました。どうぞ、お上り下さい」
千尋は退き、店の奥へと沖田を招く。
その際、沖田は抜いた刀を差し出しかけたが、一笑した。
「この店は私の陣地です。私の他にも刀の使い手は数多いる。帯刀してもしなくても、あなたは飛んで火に入る夏の虫になりかねない。用心なさい」
と、笑った千尋が案内したのは、緋毛氈が畳に敷かれ、テーブルと椅子が配された西洋風の奥座敷。
店子から花模様の洋磁器で赤みがかった茶を供されて、沖田は顔を近づける。
「これは何というお茶なんですか? 良い香りですね。色もきれいだ」
茶器の柄を持ち、洋磁器までをも観賞しながら千尋に訊ねる。
「イギリスの紅茶というものです。お口に合えば幸いです。嗅げば、気分が和らぐ作用もありますよ」
「蔦屋さんには珍しいものがたくさんあって、おもしろい」
沖田は素直にひと口啜る。
少なくとも敵陣だという緊張感はないらしい。
受け皿に茶器を戻し、沖田は紅茶を見つめたまま言う。
「……穏やかに話が出来ればいいんですが」
「怖いですね。穏便にカタのつかないお話ですか? たとえば、あなたの上役が三百両と芹沢鴨の首では、ご納得下さらなかったとか」
口では怖いと言いながら、冷やかすように首をすくめて笑んでいる。
「申し訳ございません」
「あなたが謝ることではありませんよ」
「ただ、あなたほどの人が、相手の質を見極めもせず、喧嘩を売ったとは思えませんが……」
「何をおっしゃる。私はただの呉服屋ですよ。かいかぶられても困ります」
沖田からの追及を、のらりくらりと躱したが、息を凝らして隣に座る佑輔の視線を、痛いぐらいに感じていた。
「お察しの通り土方は、あなたが幕府の要人だということには何の脅威も感じません。壬生組か、もしくは会津藩にとって不可欠な存在でなければ、遅かれ早かれ、手に掛けるでしょう」
「ゆすり屋に立てついたら逆恨みをされ、見せしめに闇から闇に葬られるって訳ですか。まったく割りに合わない話です」
「それは私も同感です。悪いのはこちらの方だ」
鼻で笑った千尋に沖田は弱り切った顔になる。
「しかし、土方の気質は変えられない。だとしたら、あなたには、土方にとって、かけがえのない存在になって頂くよりほか、ありません」
沖田の背後の障子から射し込む日射しが薄くなる。
ほとんど奇襲に近かった。
あきらかに様子が違う沖田をまじまじ見つめると、目顔で佑輔の意思を問う。
「いいでしょう。私もご一緒致します」
佑輔は聞かれるまでもないといった顔つきだ。
どうやら話の本筋は佑輔に関与するらしい。
だとしたら、ふたりに自分の目の届かないところで話をされるよりはと、算段した。
「わかりました。どうぞ、お上り下さい」
千尋は退き、店の奥へと沖田を招く。
その際、沖田は抜いた刀を差し出しかけたが、一笑した。
「この店は私の陣地です。私の他にも刀の使い手は数多いる。帯刀してもしなくても、あなたは飛んで火に入る夏の虫になりかねない。用心なさい」
と、笑った千尋が案内したのは、緋毛氈が畳に敷かれ、テーブルと椅子が配された西洋風の奥座敷。
店子から花模様の洋磁器で赤みがかった茶を供されて、沖田は顔を近づける。
「これは何というお茶なんですか? 良い香りですね。色もきれいだ」
茶器の柄を持ち、洋磁器までをも観賞しながら千尋に訊ねる。
「イギリスの紅茶というものです。お口に合えば幸いです。嗅げば、気分が和らぐ作用もありますよ」
「蔦屋さんには珍しいものがたくさんあって、おもしろい」
沖田は素直にひと口啜る。
少なくとも敵陣だという緊張感はないらしい。
受け皿に茶器を戻し、沖田は紅茶を見つめたまま言う。
「……穏やかに話が出来ればいいんですが」
「怖いですね。穏便にカタのつかないお話ですか? たとえば、あなたの上役が三百両と芹沢鴨の首では、ご納得下さらなかったとか」
口では怖いと言いながら、冷やかすように首をすくめて笑んでいる。
「申し訳ございません」
「あなたが謝ることではありませんよ」
「ただ、あなたほどの人が、相手の質を見極めもせず、喧嘩を売ったとは思えませんが……」
「何をおっしゃる。私はただの呉服屋ですよ。かいかぶられても困ります」
沖田からの追及を、のらりくらりと躱したが、息を凝らして隣に座る佑輔の視線を、痛いぐらいに感じていた。
「お察しの通り土方は、あなたが幕府の要人だということには何の脅威も感じません。壬生組か、もしくは会津藩にとって不可欠な存在でなければ、遅かれ早かれ、手に掛けるでしょう」
「ゆすり屋に立てついたら逆恨みをされ、見せしめに闇から闇に葬られるって訳ですか。まったく割りに合わない話です」
「それは私も同感です。悪いのはこちらの方だ」
鼻で笑った千尋に沖田は弱り切った顔になる。
「しかし、土方の気質は変えられない。だとしたら、あなたには、土方にとって、かけがえのない存在になって頂くよりほか、ありません」
沖田の背後の障子から射し込む日射しが薄くなる。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる