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HOPE
3-5 crossing emotions
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「エ、エノーラ?」
不安な声と共に、サミュエルはエノーラを振り返る。サミュエルに隠れるのをやめて、おずおずと全身をYOSSY the CLOWNへ向けたエノーラ。
「綺麗な瞳、だよ。アタシ、アナタの目、好き」
「そ……」
逆に今度は、YOSSY the CLOWNが息を呑んだ。
今にも零れ落ちそうなほどの、彼女の深緑の大きな瞳。それがキラキラと輝きを跳ね返しながら、YOSSY the CLOWNを見つめている。
呼吸が詰まる。
出すべき言葉が見当たらない。
心の底から、味わったことのない独特な喜びの感情が押し寄せてきて彼自身を呑み込む。
「エノーラがそんな風に言うの、久しぶりに聞いた」
呆気にとられているのはサミュエルも同様で。口をぽかんと、エノーラへそう呟いた。
「他の人の、目は、大概苦手だよ? 濁ってて、何考えてるか、わからないから」
たどたどしい、エノーラの言葉。大人や対人への恐怖心から、そうなってしまったのだなとYOSSY the CLOWNは冷静に思う。
エノーラはそっと一歩、YOSSY the CLOWNへ踏み出した。
「で、でも、アナタの眼は、こんなにも澄んでる、から。たったひとつだけ、を、見てるって、わかるの」
「エノーラ……」
「アタシはわかる、アナタは、ほ、『他とは違う』こと。全然、違うんだってこと。すごく、伝わる。すごく、すごく」
エノーラはそうして徐々に俯いていった。眉を寄せ、不安気な表情のまま、YOSSY the CLOWNの背後の施設長をチラリと見る。
「アタシ……」
エノーラは、勢いよくYOSSY the CLOWNへと駆け寄る。
「アタシ、アナタとなら、行ってみたい。世界でも、どこでもっ」
言い放ったエノーラ。駆け寄った先のYOSSY the CLOWNの左手の甲へ、震えながら両手を重ねる。とは言え、わずか指先数センチ。しかしそれはエノーラにとって、とてつもない勇気の距離で。
「エっ、エノーラ! 勝手は──」「黙っててグランマ」
慌てて施設長が声を上げたが、それはサミュエルによって冷たく遮断された。グ、と口を堅く結ぶ施設長。やがてくるりと背を向け、樫の杖を震える両手で握った。
「エノーラ。それは本心?」
YOSSY the CLOWNは低く優しく問う。
「わかってるくせに、敢えて、訊くの? アナタも、おなっ、同じこと、出来るんでしょ?」
同じこと、とは、眼を見ただけでその発言や思惑の真意が見抜けてしまうこと。バレている、とYOSSY the CLOWNは口角を上げて視線を落とした。
「これ。ここではきちんと、かけてないと、せっかくの綺麗な目が、濁っちゃう。直接、汚い人間達を、アナタは見ちゃダメだよ」
エノーラは、YOSSY the CLOWNの右手に垂れ下がった『OliccoDEoliccO®️』の薄い灰青色レンズのサングラスに手をかけた。YOSSY the CLOWNの右手ごと、再び目元へと戻される。
「ホントは、もっとずっと、見ていたい。アナタの瞳も、その目が見つめる、世界の、すべても」
薄い灰青色レンズの向こうのエノーラが、弱く微笑みを向ける。言ってしまった言葉に自信がないのか、「あっ」と躊躇いの後にサミュエルを気にし半身を捻った。
この白銀の瞳を「綺麗だ」などと言われたことは、たとえ肉親であろうとも一度だってなかった。母親には申し訳なさそうにされたし、あらゆることを褒める父親でさえ、瞳については触れてこなかった。
周囲からは卑下され、叩かれ、そうされるうちにコンプレックスだと思い込んだ。鏡越しで見ることすら、ほぼ無くなったというのに。
それでもこんな幼子が、このコンプレックスを「綺麗だ」と言う。「ずっと見ていたい」と言う。
YOSSY the CLOWNは、幼い自分自身が『泣き止んだ』ような気がした。赤くした鼻や目元を擦り、目の前の小さな少女に手を取られ、ようやく立ち上がったかのような──。
「今キミは、俺の心を瞬間的に癒してくれたよ」
なんだか泣き出してしまいそうな、細く弱い声で告げるYOSSY the CLOWN。小さく柔く白いエノーラの手を、掬い上げるように取った。
「ねぇ。本当にキミ達さえ良かったら、マジで『俺』の隣──いや、ゴメン。仕切り直し」
フルフル、と首を振る。私的な自分で喋ってしまった、と反省。エノーラの五歩後ろで立ち尽くすサミュエルを、手招きと共に呼び寄せる。
「サミュエル、おいで」
「え」
「アタシと、同じく、手を添えて。ダイジョブ、だよ」
「エノーラが、『そう』なら」
左手でエノーラの両手を、右手でサミュエルの両手を固く握る、YOSSY the CLOWN。近いこの距離で、YOSSY the CLOWNとしての声明を発す。
「よく聞いて、二人共。『僕が世界を美しく変えていく様子を、一緒に見に行かないか』」
「一緒に……」
「さん、三人で?」
「そう。三人だ」
サミュエルは眉を寄せていたが、やがて確かめるように、エノーラへ視線を移す。横顔で一旦瞼を伏せたエノーラを見て、サミュエルはコクリと頷いた。
「あの、さ。それってつまり、アンタの息子と娘になるってことになるけど、平気なの?」
「あぁ、養子縁組のこと?」
サミュエルがコクリと頷き、YOSSY the CLOWNにだけ聞こえるように、ボソボソと早口を始めた。
「どのみち一八才より前にここから外に出るには、ふたつしか方法がない。ホントの親が迎えに来るか、養子として誰かに引き取られるか。だから、アンタの誘いはつまり、ボクたちを『引き取る』ってことになる」
つられてエノーラも、サミュエルと同じように告げる。
「この施設、『大人が希望すれば』、三人まで、引き……引き取れる、の」
「規定をクリアした大人がっていう条件付きだし、子どもからそのことを教えたり要求するのは、タブーなんだ」
「なるほど。だからこんなコソコソなんだな」
チラリ、YOSSY the CLOWNは施設長の背を見て、薄い唇を横に引いた。
「多分、ク……クリアしてると、思う。年収とか、どんな人物だとか、そういっ……そういうの、照らし合わせる、はずだから」
「アンタは社会的地位あるもんな」
「フフフ、まぁ一応は、ね」
あのさ、と口を開くサミュエル。その真顔は、もう睨んでなどいない。
「ねぇ、ボクたちのお願いも聞いて。こんなところで残りの一三年をフルストレスで過ごす気はなかった。かといって変な大人に引き取られるのも嫌だと思ってた。でも──」
エノーラが続きを紡ぐ。
「──アナタとなら、一緒に行きたいって、不思議と、思える。大丈夫な、気がする。不安だけど、不安すぎるけど、アナタは嘘、とか、そういうので、アタシとサミュエルに、接しないから」
だから、と言葉が、しかし口腔内に残される。
エノーラは続きを言えなかった。涙の気配にざわめき、口を結んで堪えることを選んだ。
「ねぇ。アンタの綺麗な目で見る世界のすべてに、ボクたちを連れてって」
「うん、連れていって」
YOSSY the CLOWNは、握った小さく柔い両の手へ、温かみの力を込める。
サミュエルは満足気ににんまりと笑み、涙を堪えていたエノーラは頬に一筋雫を伝わせた。
「あぁ、いいよ」
ひとつ、ふたつ。まばたきの後にYOSSY the CLOWNが見た二人。それは、数分前の怯えきって震えていた双子の姿ではなかった。息を吹き返したように、星さえ散らばるようなキラキラとした眼へと、すっかり変わっている。
「キミ達が望む場所へ、『僕』と一緒に行こう。『僕』のパフォーマンスで、美しくなっていく世界を見に行こう」
不安な声と共に、サミュエルはエノーラを振り返る。サミュエルに隠れるのをやめて、おずおずと全身をYOSSY the CLOWNへ向けたエノーラ。
「綺麗な瞳、だよ。アタシ、アナタの目、好き」
「そ……」
逆に今度は、YOSSY the CLOWNが息を呑んだ。
今にも零れ落ちそうなほどの、彼女の深緑の大きな瞳。それがキラキラと輝きを跳ね返しながら、YOSSY the CLOWNを見つめている。
呼吸が詰まる。
出すべき言葉が見当たらない。
心の底から、味わったことのない独特な喜びの感情が押し寄せてきて彼自身を呑み込む。
「エノーラがそんな風に言うの、久しぶりに聞いた」
呆気にとられているのはサミュエルも同様で。口をぽかんと、エノーラへそう呟いた。
「他の人の、目は、大概苦手だよ? 濁ってて、何考えてるか、わからないから」
たどたどしい、エノーラの言葉。大人や対人への恐怖心から、そうなってしまったのだなとYOSSY the CLOWNは冷静に思う。
エノーラはそっと一歩、YOSSY the CLOWNへ踏み出した。
「で、でも、アナタの眼は、こんなにも澄んでる、から。たったひとつだけ、を、見てるって、わかるの」
「エノーラ……」
「アタシはわかる、アナタは、ほ、『他とは違う』こと。全然、違うんだってこと。すごく、伝わる。すごく、すごく」
エノーラはそうして徐々に俯いていった。眉を寄せ、不安気な表情のまま、YOSSY the CLOWNの背後の施設長をチラリと見る。
「アタシ……」
エノーラは、勢いよくYOSSY the CLOWNへと駆け寄る。
「アタシ、アナタとなら、行ってみたい。世界でも、どこでもっ」
言い放ったエノーラ。駆け寄った先のYOSSY the CLOWNの左手の甲へ、震えながら両手を重ねる。とは言え、わずか指先数センチ。しかしそれはエノーラにとって、とてつもない勇気の距離で。
「エっ、エノーラ! 勝手は──」「黙っててグランマ」
慌てて施設長が声を上げたが、それはサミュエルによって冷たく遮断された。グ、と口を堅く結ぶ施設長。やがてくるりと背を向け、樫の杖を震える両手で握った。
「エノーラ。それは本心?」
YOSSY the CLOWNは低く優しく問う。
「わかってるくせに、敢えて、訊くの? アナタも、おなっ、同じこと、出来るんでしょ?」
同じこと、とは、眼を見ただけでその発言や思惑の真意が見抜けてしまうこと。バレている、とYOSSY the CLOWNは口角を上げて視線を落とした。
「これ。ここではきちんと、かけてないと、せっかくの綺麗な目が、濁っちゃう。直接、汚い人間達を、アナタは見ちゃダメだよ」
エノーラは、YOSSY the CLOWNの右手に垂れ下がった『OliccoDEoliccO®️』の薄い灰青色レンズのサングラスに手をかけた。YOSSY the CLOWNの右手ごと、再び目元へと戻される。
「ホントは、もっとずっと、見ていたい。アナタの瞳も、その目が見つめる、世界の、すべても」
薄い灰青色レンズの向こうのエノーラが、弱く微笑みを向ける。言ってしまった言葉に自信がないのか、「あっ」と躊躇いの後にサミュエルを気にし半身を捻った。
この白銀の瞳を「綺麗だ」などと言われたことは、たとえ肉親であろうとも一度だってなかった。母親には申し訳なさそうにされたし、あらゆることを褒める父親でさえ、瞳については触れてこなかった。
周囲からは卑下され、叩かれ、そうされるうちにコンプレックスだと思い込んだ。鏡越しで見ることすら、ほぼ無くなったというのに。
それでもこんな幼子が、このコンプレックスを「綺麗だ」と言う。「ずっと見ていたい」と言う。
YOSSY the CLOWNは、幼い自分自身が『泣き止んだ』ような気がした。赤くした鼻や目元を擦り、目の前の小さな少女に手を取られ、ようやく立ち上がったかのような──。
「今キミは、俺の心を瞬間的に癒してくれたよ」
なんだか泣き出してしまいそうな、細く弱い声で告げるYOSSY the CLOWN。小さく柔く白いエノーラの手を、掬い上げるように取った。
「ねぇ。本当にキミ達さえ良かったら、マジで『俺』の隣──いや、ゴメン。仕切り直し」
フルフル、と首を振る。私的な自分で喋ってしまった、と反省。エノーラの五歩後ろで立ち尽くすサミュエルを、手招きと共に呼び寄せる。
「サミュエル、おいで」
「え」
「アタシと、同じく、手を添えて。ダイジョブ、だよ」
「エノーラが、『そう』なら」
左手でエノーラの両手を、右手でサミュエルの両手を固く握る、YOSSY the CLOWN。近いこの距離で、YOSSY the CLOWNとしての声明を発す。
「よく聞いて、二人共。『僕が世界を美しく変えていく様子を、一緒に見に行かないか』」
「一緒に……」
「さん、三人で?」
「そう。三人だ」
サミュエルは眉を寄せていたが、やがて確かめるように、エノーラへ視線を移す。横顔で一旦瞼を伏せたエノーラを見て、サミュエルはコクリと頷いた。
「あの、さ。それってつまり、アンタの息子と娘になるってことになるけど、平気なの?」
「あぁ、養子縁組のこと?」
サミュエルがコクリと頷き、YOSSY the CLOWNにだけ聞こえるように、ボソボソと早口を始めた。
「どのみち一八才より前にここから外に出るには、ふたつしか方法がない。ホントの親が迎えに来るか、養子として誰かに引き取られるか。だから、アンタの誘いはつまり、ボクたちを『引き取る』ってことになる」
つられてエノーラも、サミュエルと同じように告げる。
「この施設、『大人が希望すれば』、三人まで、引き……引き取れる、の」
「規定をクリアした大人がっていう条件付きだし、子どもからそのことを教えたり要求するのは、タブーなんだ」
「なるほど。だからこんなコソコソなんだな」
チラリ、YOSSY the CLOWNは施設長の背を見て、薄い唇を横に引いた。
「多分、ク……クリアしてると、思う。年収とか、どんな人物だとか、そういっ……そういうの、照らし合わせる、はずだから」
「アンタは社会的地位あるもんな」
「フフフ、まぁ一応は、ね」
あのさ、と口を開くサミュエル。その真顔は、もう睨んでなどいない。
「ねぇ、ボクたちのお願いも聞いて。こんなところで残りの一三年をフルストレスで過ごす気はなかった。かといって変な大人に引き取られるのも嫌だと思ってた。でも──」
エノーラが続きを紡ぐ。
「──アナタとなら、一緒に行きたいって、不思議と、思える。大丈夫な、気がする。不安だけど、不安すぎるけど、アナタは嘘、とか、そういうので、アタシとサミュエルに、接しないから」
だから、と言葉が、しかし口腔内に残される。
エノーラは続きを言えなかった。涙の気配にざわめき、口を結んで堪えることを選んだ。
「ねぇ。アンタの綺麗な目で見る世界のすべてに、ボクたちを連れてって」
「うん、連れていって」
YOSSY the CLOWNは、握った小さく柔い両の手へ、温かみの力を込める。
サミュエルは満足気ににんまりと笑み、涙を堪えていたエノーラは頬に一筋雫を伝わせた。
「あぁ、いいよ」
ひとつ、ふたつ。まばたきの後にYOSSY the CLOWNが見た二人。それは、数分前の怯えきって震えていた双子の姿ではなかった。息を吹き返したように、星さえ散らばるようなキラキラとした眼へと、すっかり変わっている。
「キミ達が望む場所へ、『僕』と一緒に行こう。『僕』のパフォーマンスで、美しくなっていく世界を見に行こう」
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