上 下
81 / 215
第1章

80. タジェット視点3

しおりを挟む
それは自分の命よりも大切なフェルを殴ってしまったことだ。

あの日は定刻より早めに仕事が終わったので早く家に帰れると思っていた。しかし、予定外の侵入者と隊長も席を外していたことから私が対応せざるを得なくなった。

いざ侵入者と対峙した時、まさかフェルと同じ銀髪、緑目の容姿をしているとは思わなかった。

尋問をするにもやりにくいことこの上ない。

フェルと年齢も違う、顔の造形も違うがフェルを溺愛している私にとってはフェルを思い出させるには十分な条件だ。

それにこの侵入者は侵入した理由についても口を割らず、思わず手が出てしまった。そしてその隣にいた仲間であろう少年にも手を挙げた。

まさかそれが変装したフェルだったなんて…。

私は慌ててフェルを抱き寄せて医務室に連れて行った。

その後、フェルが目覚めるのを待ったが一向に目覚める気配がない。
私はフェルの手を握り、自分の行いを恥じていた。

すると「副隊長。」と呼ばれ顔を上げると先程、尋問の時に側にいた部下に声を掛けられた。

「なんだ。」と言うと「これがその少年の側に落ちていました。」と紙袋を渡された。

中を見てみると様々な形のクッキーが入っている。それを見た瞬間「(まさかこれを私に…?)」と気が付いた。

そしてそれと同時に身体が震えた。

私はなんてことをしてしまったんだ…!
フェルが私にわざわざクッキーを持ってきてくれたのにそれを無下にし、さらには殴ってしまうなんて…。

私は震える声で部下に「退がれ。」と命じた。

部下が部屋を出て行ったのを確認するとフェルの手を再び握り締めて静かに涙を流した。







その後、フェルを家に運び目が覚めるのを待った。
暫くするとフェルが目を覚ました。

私はフェルに気付き、すぐに謝ったが、どうすれば先程の罪が消えるのか分からず動揺する。

そんな私をフェルは抱き締めて許してくれた。こんなところもフェルを愛しいと思う要因の1つだ。私がしでかした罪を"仕事だから"と許してくれる。

さすがにフェルにキスしようとして拒否されたのはショックだったが、仕方ないと諦め、私はエリーに追い出されるように部屋を去った。








次の日から私は今回の侵入者の件で走り回ることになった。
侵入者が入ってきた経路や理由、バックにいる組織など調べることが多々あった。そのせいでほとんど家には帰れず、フェルのことが心配で会いに行きたかったがそれも出来ずにいた。

そして、やっと侵入者の件も落ち着き、フェルに会えると思ったが新たな問題が発生した。

近隣で起こった魔獣の暴走だ。

私は副隊長としてその討伐に参加しなければならず、またしてもフェルとは会えず終いだった。

早く魔獣を倒し、きっと寂しがってるであろうフェルに早く会いたくて無我夢中で魔獣を倒していった。
少しずつ魔獣の数が減り、部隊も落ち着きを取り戻した矢先、魔獣の1体が救護テントの方へ走って行くのが見えた。それを部下に頼み、私は残りの魔獣を倒しにかかった。

それが私の間違いだった。

その後、救護テントに行った魔獣が倒されたと報告を受け、騎士団に戻り、報告書を書いたところで帰宅した。

きっとフェルが「お疲れ様。」と出迎えてくれると思っていた。

しかし、帰宅した私を待ち受けていたのはベッドで静かに眠るフェルの姿だった。

慌てて父様に事情を聞くと、救護テントに行った魔獣を倒したのはフェルであり、候補生を庇って倒れたと聞いた。

またあの時の光景が思い浮かんだ。
私がフェルを殴り、床に伏せっている光景だ。

しかし、今回はその比ではない。
もしかしたらこのままフェルは目を覚まさないかもしれない…。

あの時、私が部下に魔獣を任せず私自身が行っておけば…という考えが巡った。

またしても私はフェルを危険に晒し、さらに生死の淵を彷徨わせている。

こんな私はフェルに相応しくないのではないだろうか。
大切な人、1人も守れない私はフェルの隣にいるべきではないのではないか、そんな考えが溢れてくる。

周りからすれば"仕方ない"と言われるかもしれないが、私はそんな自分が許せないのだ。
私がもっと早く魔獣を倒せていたら、こんなに被害が広がらず、ましてやフェルが討伐に参加せずに済んだのに…。

私はこの時、フェルの隣に並んでも相応しくなれるように鍛錬に勤しむことに決めた。

途中、愛しいフェルに触れてしまうと決断が鈍ってしまう為、極力フェルには会わないでおこう。

そして私はフェルが目を覚ますまで寝顔を眺めるだけに留め、フェルには一度も触れなかった。






しかし、あれだけフェルに触れていた私はフェルに触れることが出来なくなり、禁断症状なのか何においてもやる気が出なくなった。

身なりなどどうでもよくなり、とりあえず騎士団の業務に差し支えなければ良いと思っていた。

時間が出来るとフェルのことを考えてしまうので暇な時間が出来ないように仕事を詰め込み、または競技場で練習に明け暮れた。そのおかげで筋力などはついたが、心は少しも満たされなかった。

その心を埋めるように私はフェルに似た容姿の者を抱くようになった。
勿論、心などない、唯の性欲処理だ。
皆、何が良いのか、それでも良いと言って身体を差し出してくるので来るもの拒まずで抱いていた。

それがいけなかったのだろう…後々、フェルにバレてしまうことになろうとは…。
しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

処理中です...