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本編
37、突き放せない理由
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オルグレンは刺激を与えないように平静を装い尋ねた。
「貴女の言う一緒に寝るとは睡眠のことを言っているのかな?」
「え……? あ、はい」
迷いのないリリヤからの回答に。オルグレンが衝撃に口を閉ざしていると、
「あの、オルグレン様が私が寝た後にベッドに運んでくれているのは知ってます。でも私、オルグレン様をソファーで寝させるのは嫌なんです。オルグレン様は私のことを嫌いではないとおっしゃっていたので、その……私は嫌っている人と一緒には寝ませんですから……」
好かれているなら一緒に寝ても大丈夫だろうと思ったらしい。そして嫌っているわけではないと証明するために、一緒に寝るなどと言い出したリリヤの無邪気すぎる提案に。オルグレンは無意識でリリヤの頭を撫でていた。
「いいのですか?」
しまった。頭を撫でられたことでリリヤは了承を得たと勘違いしたらしい。
それも、窓枠に座るオルグレンの膝上で大人しくしながら、至極嬉しそうに瞳を輝かせている。
「……どうやら生殺しになるのはこちらの方のようだな……」
「オルグレン様?」
疲れたようなオルグレンの呟きに反応して、胸元にいるリリヤが顔を上げた。
「いや、何でもない……」
「……?」
性的関係にそこまでの興味を抱かれていないと思われていることに、絶望感すら抱いているオルグレンと触れあう感触を、リリヤはいたく気に入ったらしい。リリヤからオルグレンの胸元に頭を擦り寄せてきた。
「人肌って気持ちいいものなのですね。人と触れ合うことがこの数百年間ほとんどなかったので何だか新鮮で……」
「……そうか」
だからリリヤは一緒に寝るなどと言いだしたのだろうか。
それも年下だから平気だと高を括っているリリヤをオルグレンは少し試したくなったていたのだが……
「私、オルグレン様の体温好きです。だからその……先程は安心してしまってつい一緒に寝たいだなんて我が儘を言って甘えてしまいました」
リリヤは表情を引き締め直してオルグレンに真摯に向き直った。
「ですからオルグレン様がわたしに触れるのがお嫌でしたら……あのお話はなかったことにしてくださって大丈夫です。どうかご無理はなさらないで下さいね」
「っ!」
それが決定打だった。
リリヤは拒絶を前提に話を進めている。自身の特異体質のせいでオルグレンに不快な思いをしてほしくないと。慣れ過ぎた対応と。健気に微笑むリリヤの痛々しさに、オルグレンは返す言葉を失っていた。
普段から人と触れ合うことのできないリリヤを突き放すような返答をすることなど。オルグレンには到底できなかったからだ。
子猫がじゃれついていると思えばいい。そう決意してから結果、数時間後──
リリヤが眠りについたら直ぐにベッドから出るつもりだった。しかし、リリヤはオルグレンの体に手を回し、ひっついたまま一向に眠りに落ちない。
そうしてリリヤと二人、ベッドの中で横になり、互いの顔を見つめ合うという。まるで理性の我慢大会のような状況にオルグレンは陥っていた。
「あのぉ~オルグレン様? 寝ないのですか?」
寝ないも何も。自分の方がよっぽど眠そうな顔をしている。リリヤがいつもより少し砕けた様子で眠い目を擦りながら必死に起きている姿に。オルグレンはどうしたものかと頭を悩ませる。
「もしかして寝つきが悪い方とか……?」
「違う……」
ならどうして? と不思議そうなリリヤにオルグレンは澄ました顔で答えた。
「貴女の方こそそろそろ寝た方がいい。今日はいろいろあって疲れただろう」
「私は平気です。オルグレン様こそここ連日の祭典のご準備でお忙しくしていらっしゃったのですから。早く寝て下さい。私はオルグレン様が寝るのを確認してから寝ます!」
リリヤは閉じそうになる目を頑張って見開いて。通常より数倍早口でオルグレンの説得にあたっている。──が、必死に捲し立てながらも、リリヤは既にうつらうつらとオルグレンの胸元で意識朦朧としている。
「俺が寝るまで待つつもりか?」
「……はい」
目が蕩けそうなくらいの様相が何とも言えず可愛い。相当に無理をしている癖に。どうしていつまでもこちらを見ていようとするのか。
それもオルグレンが先に寝るまで寝ないなどと言われるとは。それはこちらの台詞だと、オルグレンは眉を顰めた。
「私、オルグレン様が……寝るまで……ちゃんと見て、ます……から。安心、して下さいね……」
時折、眠気を覚ますようにパッチリ目を開けて瞬くリリヤが、眠気に負けてふにゃふにゃと力の入らない体をオルグレンに預けてきたのを受け入れて。
オルグレンは自然な動作で更に寄ってきたリリヤの華奢な体を支えた。ついでに腕を枕に宛がうように促しながら。腕の中にいる愛しい人を当然と抱き締めオルグレンはぼやいた。
「……よりにもよって見守る気なのか貴女は? こんな状態で?」
どうやって? とオルグレンは嘆息する。
いつもリリヤが警戒するのに疲れて寝るのを見ていたから気付かなかったが。リリヤはけっこう規則正しく生活しているようだ。夜は寝るものと体内時計が働いているせいか。あまり遅くまで起きているのが得意ではないらしい。
(獄中にいたときも頑張って起きていた。ということか……)
そもそも、安心させられるべきなのは、リリヤであってオルグレンではない。
リリヤはオルグレンの保護者の様な態度を時々取ろうとする。しかしそれが、オルグレンには気に入らなかった。
「いい加減、子供扱いするのは止めて頂きたいものだが……」
未だ見守るスタンスで眠気を我慢して、オルグレンが寝るのを待っているリリヤは半ば目が開いていない。
確かに自分とリリヤは年齢的に離れすぎている。が、オルグレンにはそんなことどうでもよかった。
オルグレンが生まれたばかりの頃を知っているリリヤに、オルグレンがいくら自分は子供ではないと言い張っても。リリヤにはオルグレンが小さな子供にしか見えていないのかもしれない。しかし──
「俺はいつまでも子供ではない」
「……そう、です、ね……オルグレ、さ……ま…………」
「リリヤ……?」
このあどけない少女のような姿──これが本来のリリヤの素顔なのかもしれない。
リリヤが懐かしむ様な顔をしてオルグレンの漆黒の髪に指を絡めた。早く寝てくれと思う反面、愛おしむその仕草をいつまでも見ていたいと思っていたら。パタリと腕がシーツの上に落ちた。そしてリリヤの可憐な唇から漏れ始めた穏やかな寝息に安堵して。オルグレンはリリヤの額に口づけてそっと優しく抱きしめた。
「貴女の言う一緒に寝るとは睡眠のことを言っているのかな?」
「え……? あ、はい」
迷いのないリリヤからの回答に。オルグレンが衝撃に口を閉ざしていると、
「あの、オルグレン様が私が寝た後にベッドに運んでくれているのは知ってます。でも私、オルグレン様をソファーで寝させるのは嫌なんです。オルグレン様は私のことを嫌いではないとおっしゃっていたので、その……私は嫌っている人と一緒には寝ませんですから……」
好かれているなら一緒に寝ても大丈夫だろうと思ったらしい。そして嫌っているわけではないと証明するために、一緒に寝るなどと言い出したリリヤの無邪気すぎる提案に。オルグレンは無意識でリリヤの頭を撫でていた。
「いいのですか?」
しまった。頭を撫でられたことでリリヤは了承を得たと勘違いしたらしい。
それも、窓枠に座るオルグレンの膝上で大人しくしながら、至極嬉しそうに瞳を輝かせている。
「……どうやら生殺しになるのはこちらの方のようだな……」
「オルグレン様?」
疲れたようなオルグレンの呟きに反応して、胸元にいるリリヤが顔を上げた。
「いや、何でもない……」
「……?」
性的関係にそこまでの興味を抱かれていないと思われていることに、絶望感すら抱いているオルグレンと触れあう感触を、リリヤはいたく気に入ったらしい。リリヤからオルグレンの胸元に頭を擦り寄せてきた。
「人肌って気持ちいいものなのですね。人と触れ合うことがこの数百年間ほとんどなかったので何だか新鮮で……」
「……そうか」
だからリリヤは一緒に寝るなどと言いだしたのだろうか。
それも年下だから平気だと高を括っているリリヤをオルグレンは少し試したくなったていたのだが……
「私、オルグレン様の体温好きです。だからその……先程は安心してしまってつい一緒に寝たいだなんて我が儘を言って甘えてしまいました」
リリヤは表情を引き締め直してオルグレンに真摯に向き直った。
「ですからオルグレン様がわたしに触れるのがお嫌でしたら……あのお話はなかったことにしてくださって大丈夫です。どうかご無理はなさらないで下さいね」
「っ!」
それが決定打だった。
リリヤは拒絶を前提に話を進めている。自身の特異体質のせいでオルグレンに不快な思いをしてほしくないと。慣れ過ぎた対応と。健気に微笑むリリヤの痛々しさに、オルグレンは返す言葉を失っていた。
普段から人と触れ合うことのできないリリヤを突き放すような返答をすることなど。オルグレンには到底できなかったからだ。
子猫がじゃれついていると思えばいい。そう決意してから結果、数時間後──
リリヤが眠りについたら直ぐにベッドから出るつもりだった。しかし、リリヤはオルグレンの体に手を回し、ひっついたまま一向に眠りに落ちない。
そうしてリリヤと二人、ベッドの中で横になり、互いの顔を見つめ合うという。まるで理性の我慢大会のような状況にオルグレンは陥っていた。
「あのぉ~オルグレン様? 寝ないのですか?」
寝ないも何も。自分の方がよっぽど眠そうな顔をしている。リリヤがいつもより少し砕けた様子で眠い目を擦りながら必死に起きている姿に。オルグレンはどうしたものかと頭を悩ませる。
「もしかして寝つきが悪い方とか……?」
「違う……」
ならどうして? と不思議そうなリリヤにオルグレンは澄ました顔で答えた。
「貴女の方こそそろそろ寝た方がいい。今日はいろいろあって疲れただろう」
「私は平気です。オルグレン様こそここ連日の祭典のご準備でお忙しくしていらっしゃったのですから。早く寝て下さい。私はオルグレン様が寝るのを確認してから寝ます!」
リリヤは閉じそうになる目を頑張って見開いて。通常より数倍早口でオルグレンの説得にあたっている。──が、必死に捲し立てながらも、リリヤは既にうつらうつらとオルグレンの胸元で意識朦朧としている。
「俺が寝るまで待つつもりか?」
「……はい」
目が蕩けそうなくらいの様相が何とも言えず可愛い。相当に無理をしている癖に。どうしていつまでもこちらを見ていようとするのか。
それもオルグレンが先に寝るまで寝ないなどと言われるとは。それはこちらの台詞だと、オルグレンは眉を顰めた。
「私、オルグレン様が……寝るまで……ちゃんと見て、ます……から。安心、して下さいね……」
時折、眠気を覚ますようにパッチリ目を開けて瞬くリリヤが、眠気に負けてふにゃふにゃと力の入らない体をオルグレンに預けてきたのを受け入れて。
オルグレンは自然な動作で更に寄ってきたリリヤの華奢な体を支えた。ついでに腕を枕に宛がうように促しながら。腕の中にいる愛しい人を当然と抱き締めオルグレンはぼやいた。
「……よりにもよって見守る気なのか貴女は? こんな状態で?」
どうやって? とオルグレンは嘆息する。
いつもリリヤが警戒するのに疲れて寝るのを見ていたから気付かなかったが。リリヤはけっこう規則正しく生活しているようだ。夜は寝るものと体内時計が働いているせいか。あまり遅くまで起きているのが得意ではないらしい。
(獄中にいたときも頑張って起きていた。ということか……)
そもそも、安心させられるべきなのは、リリヤであってオルグレンではない。
リリヤはオルグレンの保護者の様な態度を時々取ろうとする。しかしそれが、オルグレンには気に入らなかった。
「いい加減、子供扱いするのは止めて頂きたいものだが……」
未だ見守るスタンスで眠気を我慢して、オルグレンが寝るのを待っているリリヤは半ば目が開いていない。
確かに自分とリリヤは年齢的に離れすぎている。が、オルグレンにはそんなことどうでもよかった。
オルグレンが生まれたばかりの頃を知っているリリヤに、オルグレンがいくら自分は子供ではないと言い張っても。リリヤにはオルグレンが小さな子供にしか見えていないのかもしれない。しかし──
「俺はいつまでも子供ではない」
「……そう、です、ね……オルグレ、さ……ま…………」
「リリヤ……?」
このあどけない少女のような姿──これが本来のリリヤの素顔なのかもしれない。
リリヤが懐かしむ様な顔をしてオルグレンの漆黒の髪に指を絡めた。早く寝てくれと思う反面、愛おしむその仕草をいつまでも見ていたいと思っていたら。パタリと腕がシーツの上に落ちた。そしてリリヤの可憐な唇から漏れ始めた穏やかな寝息に安堵して。オルグレンはリリヤの額に口づけてそっと優しく抱きしめた。
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