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本編
7、投獄された理由
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どおりでめちゃくちゃ手強いのも頷ける。と、深いため息と共にリリヤは思案する。
(何だってこんな面倒なことになってるのよ……)
頭を抱えたい衝動に駆られながらもそれは何とか堪えた。
何と話をすればいいのか分からない。リリヤはこれまでの形式的なやり取りとは別の、違う意味での緊張と動揺が背筋に走るのを感じていた。
男が苦手なリリヤはオルグレンとの距離が縮まる程、冷静な自分が保てなくなることを恐れていたのだがもう遅い。
「そう警戒しなくてもいい。話をしたいだけだ」
いえ、警戒ではなく。鈍感な貴方のお陰で大混乱なんです。だから近づかないで下さい。お願いします。というリリヤの神頼み的な想いは、もちろんオルグレンには微塵も届かない。
「とりあえず座らないか?」
リリヤがそうして一人、悩んでいる間にも。牢獄に備え付けられた簡素なベッドに、ゆったりと腰を下ろしたオルグレンが、隣をポンポン叩いているではないか。
「嫌です!」
らしくもなく。思い切りよく断ってしまってから、リリヤはハッと口元を押さえる。オルグレンにキョトンとした顔で見られてしまった。
「面白いくらい即答だな……」
「ご、ごめんなさ、い……」
言うなり肩を震わせ、オルグレンがクスクス笑いだしたのを見て。リリヤの顔は真っ赤になった。
(わ、笑われた……)
間近で見るオルグレンはやはり相当に美しかった。大通りでの会話はそれなりに距離はあったし。捕まったときは、今もオルグレンの後方に控えて二人の様子を見守っているキエロに連行されたしで。
互いが触れ合えるくらい近くで、こんなにちゃんと顔を向かい合わせての会話ではなかった。
見目麗しい少年のスラリと均整のとれた体は優美さを備え。時折見せる知性を帯びた憂いの眼差しさえ美しい。指の先端に至るまで宿る品位に圧倒されて、リリヤは窮地に立たされていた。
(あまり表情を変えない子だけど。近くで見ると小さな変化くらいなら何となく見分けられるかも……?)
それまで曖昧に認識していた程度だったそれを、ハッキリと意識してしまったリリヤは完全に逃げ腰だったが。オルグレンとの率直な会話で段々と緊張が解れてもきていた。
(それにしても……何でこの子こんなに色気が半端ないのかしら……ね)
確かにオルグレンが遠目からも分かる程の美形だということは知っていたが。ここまでのものだとは思いもよらなかった。
高くに設置された窓枠の合間を縫って、牢内に侵入した夜光に当てられて。整った輪郭を縁取る艶やかな黒髪が美しく輝きを増している。頬にかかる後れ毛に、露出した腹部とマントの掛かっていない片側の肩肘──その程よく筋肉の付いた体には無駄な肉は一切付いていない。
大人のようにごつごつしていない、中性的な少年っぽさの残る目鼻立ちは女と言われても遜色ない。寧ろ、違和感が無さすぎて困るくらいに。凄まじい破壊力を持つ美少女として誰も彼もが魅了されること受け合いだ。
黒の貴公子とあだ名されるだけのことはある。オルグレンは十六歳にはとても見えない程、全身から妖艶さを醸し出していた。
(男の癖に女より色っぽいとか訳が分からないわ。それと……)
誘いを断り、牢獄でポツンと立ち尽くしている。この、どうにも行き場のない状態にリリヤが不安を感じていたら、
「何もしない」
徐にオルグレンが手を差し伸べてきた。
「…………」
露骨に警戒心バリバリの疑いの眼差しでリリヤがジーっと見つめると。オルグレンは苦笑して、それからもう一度、手を差し伸べてきた。
「おいで」
「っ!」
子供扱いされたことにムッとしたリリヤが、またも顔を赤くして反応すると。小さな子供をあやすようにオルグレンは穏やかな表情を向けてきた。心なしか少し嬉しそうにすら見える。
(からかわれてる……?)
拗ねるようにプイッと横を向いて、リリヤはオルグレンの手を取らずにその隣に座った。
「私は子供ではありません」
オルグレンは反抗的なリリヤの態度を気にした風もなく。少しだけリリヤの様子を確認してから、何事もなかったかのように目線を前に、リリヤから目を離した。
「……そうだな。すまない」
あっさり謝罪を口にしたオルグレンが物憂げに見ているのは薄墨色の岩の壁。オルグレンの興味の対象は今や別のものに移行したようだ。
「今度は何を考えていらっしゃるのですか?」
問いかけに。無機質な岩の壁からリリヤへと、ゆっくり視線を戻したオルグレンの紫暗の瞳──そこに宿る光の強さに気圧されそうになって、リリヤは手をギュッと握り締めた。
「貴女が……」
「私が何です?」
「まだ意識もない乳飲み子だった頃の俺に何をしたのか。話は母上から聞いている」
「…………」
「だか俺は貴女を憎んではいない」
オルグレンが語りだしたその内容に。途端、現実に引き戻されて。投獄された理由を思い出したリリヤの顔から一切の表情が消えた。
(何だってこんな面倒なことになってるのよ……)
頭を抱えたい衝動に駆られながらもそれは何とか堪えた。
何と話をすればいいのか分からない。リリヤはこれまでの形式的なやり取りとは別の、違う意味での緊張と動揺が背筋に走るのを感じていた。
男が苦手なリリヤはオルグレンとの距離が縮まる程、冷静な自分が保てなくなることを恐れていたのだがもう遅い。
「そう警戒しなくてもいい。話をしたいだけだ」
いえ、警戒ではなく。鈍感な貴方のお陰で大混乱なんです。だから近づかないで下さい。お願いします。というリリヤの神頼み的な想いは、もちろんオルグレンには微塵も届かない。
「とりあえず座らないか?」
リリヤがそうして一人、悩んでいる間にも。牢獄に備え付けられた簡素なベッドに、ゆったりと腰を下ろしたオルグレンが、隣をポンポン叩いているではないか。
「嫌です!」
らしくもなく。思い切りよく断ってしまってから、リリヤはハッと口元を押さえる。オルグレンにキョトンとした顔で見られてしまった。
「面白いくらい即答だな……」
「ご、ごめんなさ、い……」
言うなり肩を震わせ、オルグレンがクスクス笑いだしたのを見て。リリヤの顔は真っ赤になった。
(わ、笑われた……)
間近で見るオルグレンはやはり相当に美しかった。大通りでの会話はそれなりに距離はあったし。捕まったときは、今もオルグレンの後方に控えて二人の様子を見守っているキエロに連行されたしで。
互いが触れ合えるくらい近くで、こんなにちゃんと顔を向かい合わせての会話ではなかった。
見目麗しい少年のスラリと均整のとれた体は優美さを備え。時折見せる知性を帯びた憂いの眼差しさえ美しい。指の先端に至るまで宿る品位に圧倒されて、リリヤは窮地に立たされていた。
(あまり表情を変えない子だけど。近くで見ると小さな変化くらいなら何となく見分けられるかも……?)
それまで曖昧に認識していた程度だったそれを、ハッキリと意識してしまったリリヤは完全に逃げ腰だったが。オルグレンとの率直な会話で段々と緊張が解れてもきていた。
(それにしても……何でこの子こんなに色気が半端ないのかしら……ね)
確かにオルグレンが遠目からも分かる程の美形だということは知っていたが。ここまでのものだとは思いもよらなかった。
高くに設置された窓枠の合間を縫って、牢内に侵入した夜光に当てられて。整った輪郭を縁取る艶やかな黒髪が美しく輝きを増している。頬にかかる後れ毛に、露出した腹部とマントの掛かっていない片側の肩肘──その程よく筋肉の付いた体には無駄な肉は一切付いていない。
大人のようにごつごつしていない、中性的な少年っぽさの残る目鼻立ちは女と言われても遜色ない。寧ろ、違和感が無さすぎて困るくらいに。凄まじい破壊力を持つ美少女として誰も彼もが魅了されること受け合いだ。
黒の貴公子とあだ名されるだけのことはある。オルグレンは十六歳にはとても見えない程、全身から妖艶さを醸し出していた。
(男の癖に女より色っぽいとか訳が分からないわ。それと……)
誘いを断り、牢獄でポツンと立ち尽くしている。この、どうにも行き場のない状態にリリヤが不安を感じていたら、
「何もしない」
徐にオルグレンが手を差し伸べてきた。
「…………」
露骨に警戒心バリバリの疑いの眼差しでリリヤがジーっと見つめると。オルグレンは苦笑して、それからもう一度、手を差し伸べてきた。
「おいで」
「っ!」
子供扱いされたことにムッとしたリリヤが、またも顔を赤くして反応すると。小さな子供をあやすようにオルグレンは穏やかな表情を向けてきた。心なしか少し嬉しそうにすら見える。
(からかわれてる……?)
拗ねるようにプイッと横を向いて、リリヤはオルグレンの手を取らずにその隣に座った。
「私は子供ではありません」
オルグレンは反抗的なリリヤの態度を気にした風もなく。少しだけリリヤの様子を確認してから、何事もなかったかのように目線を前に、リリヤから目を離した。
「……そうだな。すまない」
あっさり謝罪を口にしたオルグレンが物憂げに見ているのは薄墨色の岩の壁。オルグレンの興味の対象は今や別のものに移行したようだ。
「今度は何を考えていらっしゃるのですか?」
問いかけに。無機質な岩の壁からリリヤへと、ゆっくり視線を戻したオルグレンの紫暗の瞳──そこに宿る光の強さに気圧されそうになって、リリヤは手をギュッと握り締めた。
「貴女が……」
「私が何です?」
「まだ意識もない乳飲み子だった頃の俺に何をしたのか。話は母上から聞いている」
「…………」
「だか俺は貴女を憎んではいない」
オルグレンが語りだしたその内容に。途端、現実に引き戻されて。投獄された理由を思い出したリリヤの顔から一切の表情が消えた。
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