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本編

06 業務確認事項

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「いらっしゃいませ~──あれ? 壬生みぶのばーちゃん」

 昼下がりの午後、来店したお客さんの名前は壬生原子みぶはらこ御年おんとし七十歳を超える彼女は、年を取ってもいつも身綺麗にしていてお洒落しゃれを欠かさない。
 花柄のブラウスを着て、耳には大きめのイヤリング、胸元にはセンスのよいネックレス。シックなロングスカートに長い白髪を綺麗に結い上げた、品のよい老婦人だ。

「はじめちゃん、いつも元気だね」
「ばーちゃんもね。昨日来てくれたから今日は来ないと思ってたよ。何かあったの? 親父に用事とか?」
「ええ、そうなの。今日は強一きょういちさんに少し用があって来たのよ」
「親父なら調理場にいるから呼んでこようか?」

 原子はらこさんは喫茶店「猫茶丸」を創業した俺のじいちゃんの代から数えて、五十年以上ってるこの店よりも年上の昔馴染なじみで、週に何度か足を運んでくれる常連さんだ。
 俺のことも本当の孫みたいに可愛がってくれる。すっかり家族ぐるみの付き合いをするくらいに仲がいい。

「いいよ、私は席でのんびりしてるからね。それと、コレはお土産ね。うちの娘夫婦が最近旅行で小笠原おがさわらに行ってきたのよ。その時のものなんだけど……」
小笠原おがさわらって東京の離島だよね? 飛行機出てないから丸一日、船で缶詰なんだろ?」
「そうなのよ、それでね。うちの孫がそこで怪我しちゃったの。でも大きな専門の病院がなくてね。船が来るまで数日我慢だったらしいの」
「え、大変じゃん。お孫さん、怪我はもういいの?」
「ええ、もうすっかりね。大分だいぶ良いみたい。昨日の夜うちに来たときは、自然が豊かで素敵なところだったから、また行きたいって三角巾さんかくきんで腕をりながらはしゃいでたわ」
「ははっそっか」

 幸い軽傷で、島の診療所でしっかり応急処置もしてもらえたから、緊急搬送はんそうでドクターヘリを呼ぶことはなかったそうだ。

 普段からこうしてお客さんと世間話の一つもしながら過ごしている。客の入りが上々って訳でもないのに猫茶丸が潰れないのは、資産家の俺のじいちゃんが建てた、思い出の店だからっていうのが理由の一つ。
 あー、つまりこの店は金持ちの道楽ってわけだ。でもってうちに来る常連さんもまた、ゆるくて優しい人ばかりなんだよな。俺が枕片手にカウンターで寝てても気にするどころか、通りすがりに肩掛けまで掛けてくれたりして、
 今風のモダンな作りではないし、流行はやりとかには縁遠えんどおい店だけど、そういう人たちがチラリチラリと入ってくる。時間がゆっくり流れているような場所。ここはそういうお店だ。

「──壬生みぶさん来てたんですか」
「あ、親父」

 厨房ちゅうぼうから顔を出した、真面目まじめ一徹いってつ様相ようそう強面こわもての男。
 料理担当でオーナーで、その上俺の親父でもある小樽おたる強一きょういち。四十代半ばの親父は、何でも器用にこなす。
 普段は店の奥に入ってなかなか出てくることはないけど、常連さんが来たらこうして顔を出して話をするくらいの愛想あいそはある。真面目過ぎるきらいはあるけど気さくで、信頼できる人柄の親父を好いている人は多い。

 渡されたお土産、おそらく小笠原おがさわらの特産らしき漬物を「もらったよ」と親父に見せる。晩のオカズに丁度よさそうだ。後で冷蔵庫に入れておくか。
 原子さんに「いつもすみません」と親父は礼を言って、それから席に案内する。
 日当たりの一番いい、暖かな窓際の席が原子さんのお気に入りなんだ。

 親父と原子さんが話しているのをBGMみたいに聞きながら、さっき話を聞いてくれた猫の方の猫茶丸にお礼の鰹節かつぶしを二つまみほど与える。
 食べ終わって満足した猫茶丸が、床にひっくり返った。へそ天で前足をペロペロ舐めて毛繕けづくろいしながら、こっちをチラッチラッと見てくる。お前……警戒心ゼロで可愛いな。
 腹をでろと言われている気がして、くつろぐモフモフの腹をでていると、親父から声が掛かった。

はじめ、麗子さん、二人には買い物を頼みたいんだが、今日は人の入りも少ない。ついでにどこか寄ってくるといい」
「それって遊んできていいってこと?」
「ああ、ここは俺と三太がいるから平気だ」

 三太もカウンターでグラスを拭きながら、「いってらっしゃ~い」と、ヒラヒラ手を振っている。親父から手書きの買い物リストを受け取って、それまで傍観者ぼうかんしゃを決め込んでせっせと皿を回収していた麗子さんの背中を押す。

「やった! じゃあさ、麗子さんの好きな奥野白蛇おくのしろへび神社行こうよ。あそこ今、期間限定のおみくじやってるんだってさ」
「え、え、ちょっと! はじめ君!?」

 ほらほら携帯持って早く行こう。俺が戸惑う麗子さんをかして慌ただしく出ていくのを見守りながら、親父が麗子さんに言った。

「麗子さん、起きなかったら・・・・・・・急がなくていい」

 半ば業務確認事項みたいになってる台詞せりふに、麗子さんが「はい」と頷くのを聞きながら、俺たちは店を出た。
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