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本編
29.懺悔の告白
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そんなことをジュードがしていたなんて知らない。そんなふうにジュードが守ってくれていたことをエルフリーデは何も知らなかった。だからエルフリーデはずっと自分は男の子に嫌われる質なのかとそう思っていた。
「それはジュードがそういう奴らを全部排除した結果だろうな」
「じゃあジュードが学習院をトップで卒業したのって……」
「エルフリーデにちょっかい出そうとした奴等を叩きのめした結果というか……いくら好きとはいえ、お前の王子様は本当にどうかしてるよ」
「どうかしてるってそんな言い方……」
「まあ、最初っからそのくらいの実力をジュードが持ってたのも事実だけどさ。そんなにトップに拘る奴じゃないからそこそこの所でって頭ですごしてたみたいだぜ? だからトップから控えめのいつも2番手3番手辺りで手を打っていたみたいだし。なにより本人が『面倒だからほどほどで、僕はこの辺りで結構です』って先生方に公言していたみたいだぞ? だから学習院の先生方も本気を出したジュードを拝めるとは思ってなかっただろうな」
「いったい何を公言しているのよジュードは……」
そんなの聞いてない。というかそんなジュードをエルフリーデは知らない。
「ジュードは昔からエルフリーデに関わる事にかんしてはとことん容赦無いからな。エルフリーデに近寄ろうとする奴らに向ける目線の冷たいこと冷たいこと。集ってくる虫かゴミ屑以下のものでも見るような目して、淡々と排除している姿なんか冷徹過ぎて見物だったみたいだぜ? それもあのただでさえ綺麗な顔で冷たくあしらわれたら相当へこむぞ? だからジュードのそういう部分を知ってる一部の奴らなんかジュードのこと天使の顔をした悪魔。魔王って言って恐れてるみたいだけど?」
「ま、魔王ってあのジュードが……? なんなのそのラスボス感は……」
「王子様なんだしゆくゆくはこの国全土を支配することになるんだからまんま、そのままの意味だと思うけど? まあオレから言わせりゃそういうこと言ってる奴の大概が怖いもの知らずの馬鹿だけどな。事実だとしても」
「…………」
「それと最後に、俺たちがエルフリーデに泥投げつけたり、いらないって追い返したのってさ。エルフリーデのこと嫌いだからとかそういう事じゃなかったんだよ」
「……じゃあなんなのよ?」
嫌い以外であんなに酷いことをする理由が何処にあるのか? またもふつふつと怒りの感情が沸き起こってきた。けれどもこうして対面している従兄弟の表情は至極穏やかで、とても嘘を言っているようには見えなかった。戸惑いと困惑で揺れ動く心の葛藤に悩まされながら。それで? と、エルフリーデは続きを目だけで促した。
「俺たちみんな、エルフリーデのことが好きだったんだよ」
「……えっ?」
「エルフリーデって明るくて可愛いからみんなエルフリーデのこと好きでさ。だから危ないことには誘いたくなかったし、やらせたくなかったんだ。それなのにエルフリーデはどんどん構わず平気でやってくるからさぁ。それも男の俺たちが躊躇するような危ないことにも平気で突っ込んで行くから。怪我でもさせたらって怖くなって、だからああやって酷いこと言って追い返したんだよ」
「……なによ、それ……わたしが悪いって言うの?」
「違うよ。そうじゃない。ただ俺たちはみんなエルフリーデを嫌ってなかった。好きだったんだよ」
「そんなこと今更言われても……」
何と答えを返したらいいのか分からない。でも不思議と指先の震えが止まっていた。もしかしたら、この話をしている従兄弟があまりにも普通過ぎて、少しずつ怖さが薄れたのかもしれない。されたことへの恐怖だけが残されて、怖いという虚像だけがエルフリーデの頭に残されて繰り返し反芻されていたから。男の子のことを実際よりももっと怖いお化けみたいなものに見えていたのかもしれない。
まだ怖いけど。でも、もう他の男の子と話をしても指先が震えたりはしない気がする。そうしてやっと、長年の呪縛から解放されたような感覚に心の中が妙に穏やかでスッキリした気持ちになる。濁っていた視界が開かれて新しい世界が広がったような気がすると、そう思っていたら別の方から聞こえてきた声に思考が停止した。
「──こんなところで二人とも何してるの? 随分と珍しい組み合わせみたいだけど」
「「ジュード!」」
頭の中が真っ白になる。それもこんな時に限って仲良く声を揃えて反応してしまうとは。きまり悪さにモジモジしてエルフリーデは従兄弟にチラッと目配せするような目線を送ってしまった。
するとジュードの顔が途端にドス黒い何かで染まっていくような感じがして、エルフリーデはえも言われぬ悪寒に背中がゾクリと泡立つのを、両腕で自分の身体を抱き締めて何とか抑え込む。
顔は笑っているのに内心は全く笑っていない。そんな天使の微笑みを浮かべる婚約者が怖い。魔王なんてジュードのそういう部分を聞いてしまったから余計にだ。そうしてそろそろと足を後退させてエルフリーデが逃げ出す体勢を整えていたら。それより先に従兄弟が早々に逃げ出した。
「あっ、じゃあ俺はそろそろ行くよ。ごめんなエルフリーデ。まあ、そういうことだからさっ。ああそれと……」
そうして去り際に従兄弟はエルフリーデの耳元で何やらコソッと呟いた。その内容にエルフリーデは顔を真っ赤にして呆然と従兄弟を見送ってしまった。
「えっ? ちょ、ちょっと、待ちなさいよ! そういうことって、そんなこと言われてもわたしにどうしろっていうのよ……」
……困る。ものすごく困る。それもこんな状況でそんな捨て台詞みたいなこと言われて置いてかれるのは本当に困るのよ──っ!
逃げるようにして場を立ち去り、もう姿の見えなくなった従兄弟に向かってちょっと待ちなさいよっ! と、エルフリーデは心の中で悪態を付いた。後方からひしひしと感じる仄暗い水底から這い上がってくるような。天使のような容貌のジュードの内側から漏れ出しているドス黒く暗い魔王のような迫力。魔王の微笑みに肩を強張らせて頬を引きつらせながら、エルフリーデは早々に逃げ出した従兄弟と一緒に自分も逃げたいと心底思っていた。
「それはジュードがそういう奴らを全部排除した結果だろうな」
「じゃあジュードが学習院をトップで卒業したのって……」
「エルフリーデにちょっかい出そうとした奴等を叩きのめした結果というか……いくら好きとはいえ、お前の王子様は本当にどうかしてるよ」
「どうかしてるってそんな言い方……」
「まあ、最初っからそのくらいの実力をジュードが持ってたのも事実だけどさ。そんなにトップに拘る奴じゃないからそこそこの所でって頭ですごしてたみたいだぜ? だからトップから控えめのいつも2番手3番手辺りで手を打っていたみたいだし。なにより本人が『面倒だからほどほどで、僕はこの辺りで結構です』って先生方に公言していたみたいだぞ? だから学習院の先生方も本気を出したジュードを拝めるとは思ってなかっただろうな」
「いったい何を公言しているのよジュードは……」
そんなの聞いてない。というかそんなジュードをエルフリーデは知らない。
「ジュードは昔からエルフリーデに関わる事にかんしてはとことん容赦無いからな。エルフリーデに近寄ろうとする奴らに向ける目線の冷たいこと冷たいこと。集ってくる虫かゴミ屑以下のものでも見るような目して、淡々と排除している姿なんか冷徹過ぎて見物だったみたいだぜ? それもあのただでさえ綺麗な顔で冷たくあしらわれたら相当へこむぞ? だからジュードのそういう部分を知ってる一部の奴らなんかジュードのこと天使の顔をした悪魔。魔王って言って恐れてるみたいだけど?」
「ま、魔王ってあのジュードが……? なんなのそのラスボス感は……」
「王子様なんだしゆくゆくはこの国全土を支配することになるんだからまんま、そのままの意味だと思うけど? まあオレから言わせりゃそういうこと言ってる奴の大概が怖いもの知らずの馬鹿だけどな。事実だとしても」
「…………」
「それと最後に、俺たちがエルフリーデに泥投げつけたり、いらないって追い返したのってさ。エルフリーデのこと嫌いだからとかそういう事じゃなかったんだよ」
「……じゃあなんなのよ?」
嫌い以外であんなに酷いことをする理由が何処にあるのか? またもふつふつと怒りの感情が沸き起こってきた。けれどもこうして対面している従兄弟の表情は至極穏やかで、とても嘘を言っているようには見えなかった。戸惑いと困惑で揺れ動く心の葛藤に悩まされながら。それで? と、エルフリーデは続きを目だけで促した。
「俺たちみんな、エルフリーデのことが好きだったんだよ」
「……えっ?」
「エルフリーデって明るくて可愛いからみんなエルフリーデのこと好きでさ。だから危ないことには誘いたくなかったし、やらせたくなかったんだ。それなのにエルフリーデはどんどん構わず平気でやってくるからさぁ。それも男の俺たちが躊躇するような危ないことにも平気で突っ込んで行くから。怪我でもさせたらって怖くなって、だからああやって酷いこと言って追い返したんだよ」
「……なによ、それ……わたしが悪いって言うの?」
「違うよ。そうじゃない。ただ俺たちはみんなエルフリーデを嫌ってなかった。好きだったんだよ」
「そんなこと今更言われても……」
何と答えを返したらいいのか分からない。でも不思議と指先の震えが止まっていた。もしかしたら、この話をしている従兄弟があまりにも普通過ぎて、少しずつ怖さが薄れたのかもしれない。されたことへの恐怖だけが残されて、怖いという虚像だけがエルフリーデの頭に残されて繰り返し反芻されていたから。男の子のことを実際よりももっと怖いお化けみたいなものに見えていたのかもしれない。
まだ怖いけど。でも、もう他の男の子と話をしても指先が震えたりはしない気がする。そうしてやっと、長年の呪縛から解放されたような感覚に心の中が妙に穏やかでスッキリした気持ちになる。濁っていた視界が開かれて新しい世界が広がったような気がすると、そう思っていたら別の方から聞こえてきた声に思考が停止した。
「──こんなところで二人とも何してるの? 随分と珍しい組み合わせみたいだけど」
「「ジュード!」」
頭の中が真っ白になる。それもこんな時に限って仲良く声を揃えて反応してしまうとは。きまり悪さにモジモジしてエルフリーデは従兄弟にチラッと目配せするような目線を送ってしまった。
するとジュードの顔が途端にドス黒い何かで染まっていくような感じがして、エルフリーデはえも言われぬ悪寒に背中がゾクリと泡立つのを、両腕で自分の身体を抱き締めて何とか抑え込む。
顔は笑っているのに内心は全く笑っていない。そんな天使の微笑みを浮かべる婚約者が怖い。魔王なんてジュードのそういう部分を聞いてしまったから余計にだ。そうしてそろそろと足を後退させてエルフリーデが逃げ出す体勢を整えていたら。それより先に従兄弟が早々に逃げ出した。
「あっ、じゃあ俺はそろそろ行くよ。ごめんなエルフリーデ。まあ、そういうことだからさっ。ああそれと……」
そうして去り際に従兄弟はエルフリーデの耳元で何やらコソッと呟いた。その内容にエルフリーデは顔を真っ赤にして呆然と従兄弟を見送ってしまった。
「えっ? ちょ、ちょっと、待ちなさいよ! そういうことって、そんなこと言われてもわたしにどうしろっていうのよ……」
……困る。ものすごく困る。それもこんな状況でそんな捨て台詞みたいなこと言われて置いてかれるのは本当に困るのよ──っ!
逃げるようにして場を立ち去り、もう姿の見えなくなった従兄弟に向かってちょっと待ちなさいよっ! と、エルフリーデは心の中で悪態を付いた。後方からひしひしと感じる仄暗い水底から這い上がってくるような。天使のような容貌のジュードの内側から漏れ出しているドス黒く暗い魔王のような迫力。魔王の微笑みに肩を強張らせて頬を引きつらせながら、エルフリーデは早々に逃げ出した従兄弟と一緒に自分も逃げたいと心底思っていた。
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