上 下
25 / 58
本編

23.愛しい感情

しおりを挟む
 唐突にそれも嵐のように現れた台風の子供のようなエルフリーデは、それまで築かれてきたジュードの常識をことごとく打ち破っていった。

 まず第一にエルフリーデはまったくジュードの言うことを聞かなかった。もう自分の元には来るなと何度言おうが、追い返して暫く立つとまたひょっこり何食わぬ顔で現れる。そうしてやってくるのだから少しはジュードになついてもいいはずなのに、エルフリーデはなつくどころか始めはずっと警戒していた。
 遠目から観察されて、それも警戒を含んだ目で後を追われる。時折振り返り名前を呼ぶと威嚇されて距離を取られるのだからジュードは扱いにほとほと困り果てていた。

 この子はいったい何なんだ? 何がしたくて僕にまとわりつく? 

 目的が分からなかった。こんな小さな子供の考えている事が読めない。そんなことは今までなかったことだった。人の考えを読むのは簡単だ。だから相手が何を望んでいるのか。自分に何を求めているのか。それを察して動く事などジュードには容易に出来る。
 息をするように嘘を付き。周りをそして自分自身をあざむいてきた見せかけの世界。その世界で唯一ジュードのいつわりに気付いたのがエルフリーデだった。エルフリーデは単刀直入に聞いてきた。自分はジュードに必要とされていないのかと。

 人を軽視することに慣れ、互いを必要だと嘘の感覚を相手に抱かせることにけていたジュードの嘘を、エルフリーデはその角度によっては金にも見える大きな茶色の幼い瞳で見抜いていた。

『ジュードもそうおもう? エルフリーデはいらない?』

 だからそう聞かれた時は心臓が飛び跳ねるくらい驚いて、言葉を失った。普段から神童だと言われ大人と同じように扱われるのが当たり前で。王子というジュードの身分にばかり固執するびた連中の相手をしているうちにジュードもそれにすっかり毒されていたことに気付かされた。
 そしてジュードも他の子供と同様、同じ感情を持った子供なのだとエルフリーデに認識されて。それまでずっと大人と同じように扱われてきたジュードもエルフリーデと同じ子供なのだと教えられて。
 エルフリーデにそう言われてやっとジュードは浮ついた現実味のない世界から、現実の世界に足を下ろせたような気がした。そんな地に足が付く感覚を取り戻せたのは何にも知らない小さな女の子で。だからジュードはエルフリーデが気になった。

 自分にそれを気付かせてくれたエルフリーデという女の子がどういう子なのか知りたくて。異性との接触を禁じている学習院の規則を破りエルフリーデを遊びに誘い、そうして王城の庭園でこっそり会うようになった。
 それまで規則を破るなんて行動を取ったことのないジュードが初めて大人のルールを破った。それもエルフリーデに会うためにそれまで築き上げてきた信頼を失うこともいとわずに。

 そうして会ううちに分かってきたことは、エルフリーデはつたない言葉でよく話をするということ。何事にも一生懸命で全力で遊ぶ。編んだ花冠をジュードの頭に乗せるのが好きで。日向ひなたぼっこと木登りと、そして花畑に身体を横たえて寝るのが好き。男の子がする遊びを好む。元気でやんちゃでおてんばな女の子は、ジュードが優しく声をかけるとすごく喜んでいつも満面の笑みを返してくる。
 クルクルとよく動く表情は見ていてあきないし、甘いチョコレートみたいにも見える美味しそうな栗色のふわふわした髪は触るととても柔らかくて気持ちいい。
 エルフリーデからはいつも温かいお日様の匂いがした。そしていつも一緒に遊んでいたジュードも自然とエルフリーデと同じ匂いに染まっていった。

 エルフリーデはとても小さくてはかなく見えるのに、触れると温かくて柔らかくて気持ちいい。お日様の匂いがする女の子は一緒にいると気持ちがなごんで穏やかになれる。エルフリーデはジュードに卑屈ひくつな感情など抱かせない。エルフリーデといると細かなことなどどうでもよくなってくる。ただただ優しく柔らかな愛しい存在。

 そうして会っていくうちに、ジュードの中でエルフリーデという女の子を構成しているその全てが、何もかもが単なる興味から愛しいという感情へと変わっていった。
 エルフリーデの角度によって金にも見える大きな瞳は一緒に遊んでいる時はえずジュードを映し出している。次第にその瞳を独占したいと思うようになった。そして例え一時であれ、そこに映る男が自分以外の者になることを許せないと思える位に、いつの間にかジュードはエルフリーデを深く愛してしまっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

腹黒伯爵の甘く淫らな策謀

茂栖 もす
恋愛
私、アスティア・オースティンは夢を見た。 幼い頃過ごした男の子───レイディックと過ごした在りし日の甘い出来事を。 けれど夢から覚めた私の眼前には、見知らぬ男性が居て───そのまま私は、純潔を奪われてしまった。 それからすぐ、私はレイディックと再会する。 美しい青年に成長したレイディックは、もう病弱だった薄幸の少年ではなかった。 『アスティア、大丈夫、僕が全部上書きしてあげる』   そう言って強姦された私に、レイディックは手を伸ばす。甘く優しいその声は、まるで媚薬のようで、私は抗うことができず…………。  ※R−18部分には、♪が付きます。 ※他サイトにも重複投稿しています。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結】R18 狂惑者の殉愛

ユリーカ
恋愛
7/21追記:  ご覧いただいてありがとうございます!HOTランクイン嬉しいです!  二部完結しました。全話公開予約済み。完結に伴いタグを修正しています。よろしければ二部もお付き合いください。二部は視点が変わります。  殉愛とは、ひたむきな愛を守るために命を賭すことです。 ============  エルーシア(エルシャ)は幼い頃に両親を亡くした侯爵令嬢だった。唯一の肉親である侯爵家当主でエルーシアを溺愛する異母兄ラルドに軟禁されるように屋敷の中で暮らしていた。  そんな中で優しく接してくれる馬丁のエデルと恋仲になる。妹を盲愛する義兄の目を盗み密会を重ねる二人だったが‥‥  第一部は義兄と家人、二人の男性から愛され求められ翻弄されるヒロインのお話です。なぜ翻弄され流されるのかはのちにわかります。  兄妹×三角関係×取り合い系を書いてみたくて今までとちょっと違うものを目指してみました。妹をドロドロにガチ愛する兄(シスコンではないやつ)がダメでしたら撤退でお願いします。  さて、狂っていたのは一体誰だったんでしょうかね。  本作品はR18です。第一部で無理やり表現があります。ご注意ください。ムーンライトノベルズでも掲載予定ですがアルファポリス先行です。  第13話より7時20時で毎日更新していきます。完結予定です。  タイトルの※ はR18を想定しています。※以外でもR18未満のベタベタ(キスハグ)はあります。 ※ 世界観は19世紀初頭ヨーロッパもどき、科学等の文明なし。魔法スキルなし物理のみ。バトル要素はありません。 ※ 二部構成です。二部にて全力で伏線回収します。一部は色々とっ散らかっております。黒幕を予想しつつ二部まで堪えてください。

[R18]引きこもりの男爵令嬢〜美貌公爵様の溺愛っぷりについていけません〜

くみ
恋愛
R18作品です。 18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。 男爵家の令嬢エリーナ・ネーディブは身体が弱くほとんどを屋敷の中で過ごす引きこもり令嬢だ。 そのせいか極度の人見知り。 ある時父からいきなりカール・フォード公爵が婚姻をご所望だと聞かされる。 あっという間に婚約話が進み、フォード家へ嫁ぐことに。 内気で初心な令嬢は、美貌の公爵に甘く激しく愛されてー?

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...