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本編
30 聖女の力(最終話)
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聖女の光が夜闇を食らって、夜を昼へと変えた衝撃から、どれくらい経っただろうか。しかし気付けばまた、辺りは夜の静寂に包まれていた。
「…………………………あれ? 死んでない……?」
胸元に抱えているアヒルちゃんの両翼を、みよんと引っ張ってみるが、自分ではないので感覚がない。
「…………痛くない…………けど私、おかしい、生きてる……でも、なぜ……?」
何でだろうね? と、アヒルちゃんもおめめをキュルンとさせている。一緒に首を傾げているのでもう一度、アヒルちゃんの両翼をみよんと伸ばす。ふと横を見ると、先ほどまで隣にいたはずの巨竜が、地面に横たわっていた。
辺りを見渡す。どういうことだろう? 孤児院を半壊させたときのような被害は出ていなかった。以前と同じ、凛とした佇まいのスピアリング卿の屋敷は傷一つなく、タコの銅像も無事だ。けれどこのシーンと静まり返った空間に、以前には無かったおかしなモノが……
白いフワフワの、綿雲みたいな丸い塊が一個、ふよふよと浮遊している。
何コレ? と、私が興味本位で突く前に、まずはアヒルちゃんから鋭い突っ込み(嘴)が連打で入った。
白いフワフワを一心不乱に突くアヒルちゃん。しかし特に効果はないようだ。あまりにも手応えがないので、終いにはクワッと大きくお口を開けて、アヒルちゃんが食べようとしたところで──制止が入った。
「──そのようなモノ、口にするな。腹を壊すぞ」
上空から大きな黒い影が下りてきた。固い大きな鱗に覆われた赤い巨体。その強靭な翼の羽ばたきに、砂塵が巻き起こる。
あれは……巨大な、赤い瞳をした……──竜っ!?
でも問題の巨竜は地面で寝ている。ということは、この私の前に下りてきた、もう一匹の赤い喋る巨竜は正真正銘の……
「…………国王、陛下……」
アヒルちゃんを伸ばしているのを見られてしまった恥ずかしさはさておき、地面に下り立った陛下を唖然と見上げる。
国王陛下は全ての異種族を束ねるこの国の王──竜人リュイン・オールドレッド・リナーシェ・ド・シンフォルース。千年の時を生きる彼は、正真正銘、シンフォルースの実在する神そのものだ。
「聖女として覚醒したことは、スピアリング卿より聞いている。そして安心しなさいエリカ嬢、貴女の力はその竜の遺骸に寄生していた魂よりもずっと格が上だ」
どうやら国王陛下は一連のアレコレを全てご存じのようだ。そして、今のこのよく分からない状況についても、理解しているようだ。
地面に横たわる竜の遺骸を、今度は国王陛下が竜の巨大な鼻先で突いた。みんな突きたい心情に駆られることが分かって安心する。
「竜体の時間を魂が入るより以前の記録に戻したな」
アヒルちゃんも一緒になって突きたそうにウズウズしているのを、何とか胸元に抱っこしながら抑えこむ。突然の登場に放心して突っ立っていたが、この方は国王陛下だった! と、慌ててその場に跪く。
「その力はあらゆるモノの記憶に干渉し、体に刻み込まれた以前の記録に基づいて、過去を再現することができる。言うなればやり直しの力といったところか」
「やり直し……」
「噂に聞いたことはある。しかし実在するかも危ういその力。実際に目にするのは私も初めてだ」
自爆の力じゃなかったんだと、顔を上げる。竜の姿をした国王陛下が、その赤い瞳を優しく細めた。
「フォンベッシュバルト公の記憶だけを以前の人間であった頃に戻し、肉体は傷を負う前に修復したように……貴女の力は自身の意思に強く左右され発動されるようだ」
「セオドア様の記憶を戻した? それは……本当に私がしたことなのですか……?」
「紛れもなく。無意識に自身が望むモノへと力を行使してしまうのは、勝手に不慣れな覚醒時にはよくある現象だ」
それも強すぎる力の覚醒に制御が追い付かず、最初は周りを吹き飛ばしてしまっただけで、本来この力は攻撃的なモノではない。と、説明を受けたものの、私はそれよりも別のことに気を取られていた。
屈伸運動に似た名前の……決死の一撃じゃなかったことにはホッとしたけれど、私はセオドア様に何てお詫びをしたらいいのか……。セオドア様の記憶喪失は怪我のせいじゃなくて、私のせいだった何て……! 本当に、合わす顔がなくなってしまった……。
私のせいで体の関係まで持ってしまったのだ。それに子供まで……セオドア様に嫌われたらどうしようと、絶望的に落ち込んでいると……
「安心しなさい。私は彼らよりずっと年上だ。何かあれば対処しよう。そう自身を責める必要はない」
「え……?」
そういえば、セオドア様は五百歳、国王陛下は千歳。セオドア様の倍のご年齢だった。
「生きた記憶を読み取り、以前の状態に戻すことも可能なその力は、自らも含め他者を永遠に生かすことができる──『不死の力』とも言われている。間違いなく歴代最強の力。それは将来、大聖女として国の礎を担うべき力だ」
一通り話し終えると、国王陛下はその強靭な翼を畳み直し、ゆっくりと頭を垂れた。
「お陰でこの国も、滅びを免れた。礼を言う」
「い、いえ! そんな……あの、そういえば先ほどから漂っているこれは? 一体何なのでしょうか?」
ずっと気になっていたのだ。会話中も私たちの間を横切るように、フワフワとさ迷うこの白い浮遊物が。
「これは竜の中に寄生していた者──ローツェルルツの国王だった者の魂だ。貴女の力で押し出されてしまったようだが……。そもそも双子竜といえど、残された方の遺骸は私が所有しているこの竜体の兄。つまり私の竜体よりもその力は上をいく。千年前、私が弟竜の遺骸に魂を移したのは、兄竜の体では魂の安定を図ることが不可能だと分かっていたからだ」
「陛下でも制御が不可能な竜の体だったと言うことですか?」
「ああ、それを知らずに入れ替わりなどするから、魂を取り込まれる羽目になる。さて、竜の体に戻すわけにもいかぬし、この魂……どうしたものか」
ローツェルルツの国王だった魂を指先で突いて、国王陛下がチラッとアヒルちゃんを見た。まさか、アヒルちゃんが食べようとしていたからって、アヒルちゃんの餌にしようだ何て、考えてらっしゃらないですよね? 一方のアヒルちゃんはというと、期待に目がキラキラ輝いている。食べる気満々だ。
「それはそうと、後方では貴女の愛しい男が待っているようだが」
「えっ?」
立ち上がるよう促され、言われた方を振り返り、ハッとした。スピアリング卿に支えられて、直ぐ後ろまで来ていた大切な人の顔に、思わず涙ぐんでしまう。
「セオドア様、あの……ぁっ!」
戸惑い、半ば逃げようとしたところで、手を伸ばされてギュッと強く抱き締められる。胸元にいるアヒルちゃんは潰れているが、不満はないようだ。雰囲気を読んで、大人しく潰されてくれている。
「まったく、貴女は……昔から無茶ばかりしますね」
「ごめんなさい……」
咎める口調に、けれど私の髪を撫でる手は優しくて……私を怒る気はないのだと分かって安心する。もう触れることも叶わないと思っていた愛しい人の胸元で、私は安堵の息を漏らした。
「フォンベッシュバルト公、此度の件は貴公にしてはらしくない働きであったようだが……記憶を無くし、人であった頃に戻っていたとか」
「……それを承知で僕が魔眼を使って抑えている間も見物されていたのですか? 陛下」
「さて、どうであったか……。そもそも貴公のそのような醜態、なかなか見れるものではないのでな。多少楽しませてはもらったが、しかしその様子……完全に記憶は戻っているようだな」
「はい陛下。今回の件では陛下にもご迷惑をお掛けしましたので、暫くは無理難題、面倒な行事は全て押し付けられると覚悟しております」
私を胸元に抱きながら、セオドア様が陛下に意見する隣で、スピアリング卿がやれやれと頭に手をやり話に加わった。
「フォンベッシュバルト公の件は当然として、まったく、目立つ貴方を探すのにこれほど苦労するとは思いませんでしたよ」
「ご苦労だったスピアリング卿。だが貴公には此度の件、関わるなと努々進言しておいたはずだが」
「承知しております。申し訳ございません、陛下。いかような処分もお受け致します」
「だが、奥方のこともある故、不問と処す。身重の奥方にこれ以上の負担を掛けるのは忍びないのでな」
「恩情に感謝を」
陛下の前で恭しく地面に片膝を折り、首を垂れるスピアリング卿。それから挨拶を終えた彼は、立ち上がり、楽しそうにセオドア様を見た。
「悪いが、今回は貴方を利用させてもらったぞ?」
「本当にいいように利用してくれましたね。……ですが、今回は借りがありますし、これで貸し借りゼロということでよろしいですね?」
「無論だ。それより貴方にはまだやるべきことが残っているだろう」
「ええ本当に……自分の不始末とはいえ、事後処理が大変ですね自業自得ですが」
「逃がすなよ?」
「当たり前です」
何の話をしているのだろう? と思っていたら、セオドア様に顎を取られて唇を塞がれた。
「──せ、セオドア様っ!? ダメです!」
慌ててセオドア様の唇を、アヒルちゃんを持っていない方の手で押さえるが、それはあっさり外されてしまう。
「何故?」
おやっ、という顔をされてしまうが──
「ここ人前です!」
私はセオドア様の腕に抱かれながらも、気が気でない。王城の兵士たちや屋敷の人たち、それにユイリー様にシャノワール様も、いつの間にか周りには、わらわらと人が集まって来ている。
それもキスしているのを思いっきり見られてしまった。恥ずかしい。
私がセオドア様の腕の中で顔を真っ赤にしながらまごついていると、セオドア様は少し考えるようにしてから、改めて口を開いた。
「……貴女も先ほどしたでしょう」
「え、あ……」
だってあれは最後だと思ったからで……とモゴモゴ言いながらも、しかしセオドア様の言うことは、尤もだった。
「あれは、その……状況的に許されるというか……致し方なかったというか……」
「ではこれもそうですね」
「っ!?」
何か違う気が……と、戸惑う私の腰に腕を回して改めて引き寄せると、セオドア様は珍しく構うものかと強く出て、綺麗な顔に悪戯っ子のような笑みを浮かべて、楽しそうに笑った。
*
──一年後、
「セオドア様っ! 大変です!」
妻の慌てぶりに、執務室の椅子に座ってお仕事をされていたセオドア様が筆を止め、キョトンとアイスブルーの瞳を瞬かせる。
「エリカ……?」
「リュシーンが、リュシーンがいないんです!」
すると、セオドア様が机の陰から何かを取り出すような仕草をした。
「リュシーンなら、先ほどからここにいますよ」
セオドア様が、自分の息子をひょいっと抱き上げた。産まれてからまだ二ヶ月しか経っていないのに、リュシーンは歩けた。それも……
「ママ」
指差して、私の方へ手を伸ばしてくる。伸ばされた小さな指をキュッと握ると、リュシーンは父親譲りの青い瞳をパチパチさせた。
私とセオドア様の息子のリュシーンは、生後二ヶ月には見えないくらい大きくて、成長も早い。見た目は既に三歳児くらいで、歩ける上に言葉も喋れる。人間と吸血鬼の子供だから、何もかもが普通と違うようだ。
「良かった……」
顔立ちは完全に父親似で、性格も淡々としている。今も机の上に乗せられて、大人しく座り込んでいるけれど、笑わないし、何を考えているのかサッパリ分からない。分かっていることは……
「リュシーンはお父様が大好きなのね?」
小さな頭をコクりとさせた。私と同じ、茶色の髪がサラサラと流れて、愛しさが増してしまう。「私と同じね」と笑うと、リュシーンがまたコクりと頷いた。
「……この子は僕よりもエリカの方が好きですよ。ただ僕と似ているから、僕と一緒にいると安心はするようですが」
「え……?」
「似ているんですよ、貴女が好きなことも含めてね」
「…………」
一年前のあの時から、セオドア様は堂々と、私を愛していると言うようになった。そしてそれから程なくして、私とセオドア様は結婚……今、私はセオドア様のお屋敷で、家族として一緒に暮らしている。
一年前のあの日、
竜を味方に付けたと、意気込んでいたローツェルルツの民の皮を被った傭兵たちは、味方の竜が聖女の光に呑まれて、元の遺骸に戻ってしまったことや、
更には現れたもう一匹の別の竜、シンフォルースの国王リュイン・オールドレッド・リナーシェ・ド・シンフォルースの登場に、一気に総崩れとなった。
そして止めとばかりに、竜の遺骸を国王陛下が暴動の最中にある町中へと投げ入れた衝撃に、あっけなく彼等は白旗を上げた。
もちろん、死傷者が出ないように、最大の配慮は怠らない。陛下は巨竜を中央広場の噴水の上に投げ入れたので、遺骸はびちゃびちゃだが、被害は突風に煽られて転んだ人が数名でた程度だった。
そうして事態が収拾した後、ローツェルルツの国王の魂は、元の体へと移されるはずだった。──が、本当に病気だったらしく、体の方は教会で回収したときには既に朽ちていたそうだ。しかしそのまま、魂だけで浮遊していては、いずれ消滅してしまうからと、陛下よりある提案がなされたのだが……
「ぐわっ!」
「あらあら、また小屋から抜け出してきちゃったんですか? 王様……」
「ぐわぐわわっ!」
いつの間に入ってきたのか、
私とセオドア様の足元で、めちゃめちゃ怒っているアヒルが一匹。が、これはアヒルちゃんではない。元々はアヒルちゃんの体だったが、中身はアスベラ様の入れ替わりによって、魂を移されたローツェルルツの元国王様。
毎日飽きもせず、どうやら魂を竜の体に戻せと言っているようだ。
そして、アヒルちゃんの魂はというと──
「ぐわっ」
続いて、普通のアヒルサイズとは明らかに違う。馬ほどの大きさのある巨大なアヒルが一匹、執務室に入ってきた。そして、私たちの足元で、めちゃめちゃ怒っているアヒルを突いている。
「アヒルちゃん、今日も見張りご苦労様。その竜の体にも、もう殆ど慣れたみたいね」
「ぐわっ」
元気よくお返事する巨大なアヒルちゃんに、終いには首根っこを掴まれて、ブラブラ連行されて行く王様。
そう、アヒルちゃんは竜の遺骸に残存していた竜の意識に取り込まれることなく、入れ替わりを成功させて竜になったのだ。
しかしどうしてアヒルちゃんは、ローツェルルツの国王のように、竜の意識に取り込まれなかったのかというと……アヒルちゃんは邪気を一切持たない純粋な魂だから、負の感情に取り込まれることなく、竜の体に魂を同化できたそうだ。と、この国の国王、リュイン・オールドレッド・リナーシェ・ド・シンフォルース様がおっしゃっていた。
竜となったアヒルちゃんの本来の姿は巨竜、ということになるのだが、竜は変身能力があるので、自由に姿を選べる。そしてどうやら、アヒルちゃんは本来のアヒル姿で過ごすことにしたらしい。サイズは馬並みと規格外だが、本人は楽しそうだ。
ちなみに小さくなろうと思えばなれるらしいのだが、今のところは巨大なアヒルとして、シンフォルースの空を羽ばたいている。アヒルちゃんは遂に、空を飛べるアヒルに……いや、竜になったのだ。
一方、入れ替わりの力により、アヒルちゃんの元の体に入れられてしまった、ローツェルルツの国王様はというと、
毎日家畜小屋で暴れているらしく、暴れる度に、アヒルちゃんに怒られて……いや、突かれているそうだ。お陰であれでも大分大人しくなったと聞いている。
そしてローツェルルツの元王女だったアスベラ様は聖女を引退し、今はリアードと共にローツェルルツの復興に向けて、尽力を尽くしているそうだ。
シンフォルースに移住を望んでいたローツェルルツの民たちも、今は故国に戻り、復興に向けて立ち上がったそうで、
その後方支援には、ローツェルルツの正統な王族の血筋で、唯一の生き残りであるスピアリング卿がついている。それが可能になったのは、イヴリン王女の死の真相が、父王によるものだったと、アスベラ様の口から直接民へ語られたからだ。それによって、スピアリング卿への反感が消え去り、故国復興の手を差し伸べることができるようになったのだ。
更には純粋な元ローツェルルツの王族であるスピアリング卿が、公に後方支援に回ったことで、シンフォルースとその他近隣諸国からローツェルルツ復興の援助の申し出があり、
少しずつではあるが、良い方向へと進んでいる。いずれはスピアリング卿が、ローツェルルツの王として帰還するかもしれないと、噂されているほどだ。
ちなみにそのスピアリング卿はというと。忙しい政務の合間を縫って、アヒルちゃんと月に何度か、一緒に体を鍛えているそうだ。
元々、体を鍛えるのが好きな者同士。すっかり意気投合してしまったようだと、ユイリー様からのお手紙にそう書かれていた。
そのユイリー様は待望の双子の赤ちゃんを出産。金の髪に金の瞳、白い肌の男の子と女の子で、
男の子はアレンユルド。女の子はカレンユルドと名付けられた。シャノワール様も含め家族五人。毎日元気に仲良く暮らしている。二匹の子ダコの銅像も無事立ったそうだ。
そしておめでたいことは続くもので、実はそれから半年ほどして、新種のアヒル口の竜が誕生した。もちろん、この子竜はアヒルちゃんのお子様である。
元々アヒルだから、繁殖相手もアヒルになるらしい。そして、竜のアヒルちゃんは物凄くモテる。元々モテていたし、プレゼントの卵を定期的に貰っていたようなのだが……
竜になってから、更にモテ度が加速したようだ。アヒルの習性であるハーレムを作って、子沢山で幸せそうだ。アヒルとなったローツェルルツの元国王様の監視をしながら、毎日子供たちと一緒に空を飛んでいる。
竜の誕生に喜ぶ人々に、子竜たちは「アヒリューちゃん」と呼ばれていて、今ではすっかり、アヒルちゃんと子竜たちは、シンフォルースのみんなから国を守る守護竜と思われているようだ。本人たちには、その自覚はあまりないようだけれど、
そのアヒルちゃんのお家は、私たちが住むお屋敷の敷地内に、セオドア様が用意してくれた。そこでアヒルちゃんはお子様アヒリューちゃんと、奥さんアヒルたちと一緒に過ごしている。
しかもこの、セオドア様が用意してくれたアヒルちゃんのお家。ただの家畜小屋ではない。一見すると外観は普通の貴族の屋敷にある家畜小屋なのに、中に入るとアヒルちゃん仕様の内装に、とことん設計されている。
いつ竜の姿に戻ってもいいように、仕切りのない広々としたお部屋の広さは軽く、家五件分ほどはある。暖炉も食料も完備されているし。アヒルちゃん用の巨大なお風呂場に、更には管理人と使用人が数名、在住している。
言わずとも、アヒルちゃんを大切にしてくれているセオドア様に、惚れ直してしまったことは内緒だ。
セオドア様が立ててくれたそのお家から、アヒルちゃんは毎日、ご挨拶に私のところへ来てくれる。甘えて遊んで、それからまた奥さんのところへ戻ってと、会う回数は以前より減ったけれど、私たちはとても幸せだ。
そしてアヒルちゃんが気紛れに竜の姿になって、いつものキラキラおめめで夜空を飛んでいるのを眺めながら、セオドア様と私はよく、窓辺で寄り添いお話をする。
「アヒルは飛べない鳥だから、飛べるようになったことが嬉しいのでしょう。それに彼なら大丈夫です。貴女がいる限り、悪さはしませんよ」
「はい、アヒルちゃんは良い子ですから……」
そんなたわい無い話をしながら、のんびりした時を私たちが過ごしていると……
──ポンッ
「あ、アヒルになった」
やはり竜の姿より、アヒル姿の方が落ち着くらしい。
巨大なアヒルがいる国として、アヒルちゃんはシンフォルースの名物にもなりつつあるそうだ。
アヒルちゃんの真っ白な後ろ姿をほんわか眺めながら、静かに二人、窓辺で寄り添う穏やかな日々に、十四年前の孤独を嘆いていた少女の姿はもういない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーEND
ご愛読頂き、ありがとうございます。
本当はもう少し早くに終われるはずが、気付けば本一冊分どころか、かなりオーバー(汗)延びてしまいましたが、最後までお付き合い下さり、ありがとうございます!重ねてお礼申し上げます。
久しぶりの投稿なのに、見に来て頂ける……。本当に嬉しくて、読者様のお陰で最後までちゃんと完結できたなぁと、ありがたいなぁ……と、しみじみ思います。本当にありがとうございます!そして、温かい感想や応援も沢山頂き、ありがとうございました……!
最終話になると名残惜しくて、どうしても書きながらううっ(´;ω;`)となってしまうのですが、
同時に最後まで書き切ることができて良かったと、かなりホッとしております。アヒルちゃんが最強になるお話……いえ、エリカとセオドア様が幸せになるお話として完結。ということで、その後の二人を想像しながら、今回が最終話となります。
そして連載中は前作の二人、特にラースを沢山書かせて頂いたので、何となく、続編『腐女子で引きこもりの妻は隠居したいが、夫がそれを許してくれない』とかやりたくなっちゃったりしました(笑)
何か作者にこういうの書いてみてほしい。合ってそうだからこういう系統のお話が読みたい。等々もしそういったご意見、要望等ありましたら、お気軽にどうぞ~♪(そして、書けるかどうかは作者の力量しだ……いえ、尻尾を振って考えます!といいつつ、やはり力量……もしくは睡眠不足……!かもしれない)
ということで、サラッと流しつつ、
まだまだ執筆に関して分からないことばかりですが、書くのは楽しいのでずっと続けていきたいなと、思っております……!
今回のように真面目(にギャク混じり)な話から、前作のような思いっきりギャク路線のお話まで、どんな系統でも書くのはスゴく好きなので、執筆は家で続けていたのですが、(というか、もはや生活の一部……文章マニアですね……)
実は昨年書籍を刊行させていただいてから、作家としての活動(営業?)は今年に入って一度したのみ。でした。
今後はどういったお話を書こうかなぁとか、他にも色々とアレコレ思うところがありまして、悩んでいた時期でもあります。(要約するとスランプですね!)
同時期くらいにデビューされた作家さんたちがどんどん活躍されているのを、皆すごいなぁ格好いいなぁ(*´∀`)と、喜ばしく思いながら、
自身の方向性に悩みつつ、しかしようやく吹っ切れた気がします。
作者は基本不器用なコミュニケーション下手の人間なもので、こうして活動を再開できたのも、暖かく見守って下さる方々や暖かい言葉を下さった方々のお陰だなぁと、改めて思います……。読者様には本当に、感謝しかありません。ありがとうございますm(_ _)m
少しずつですが、これから色々と活動していこうかなと思っております。
そしてそして、これからの投稿予定ですが、こちらは思っていたよりも早くお会いできそうです。
実は4月から開催されます、ライト文芸大賞に参加する予定です。参加を思い至ったのは、数週間前……と、いうことは。まずエントリーに間に合わせるよう執筆を頑張らないと、なのですが、(予定は未定と言うことで……)
設定を勢いで作って、勢いでイラストのご依頼をしたりと、本当にエントリーする場合は勢いでの参加となります……!
大筋と登場人物をトータル3日ほどで全部決めてのドタバタ執筆……!そして、本格的にまだ書いていない!ここ大事!(本格的に書くのは連載が完結してからを予定しておりましたので、これからになります)作者はそこら辺で血ヘドを吐いて倒れているかもしれません……
また、今度の主人公は…………「男」になります。そして舞台は現代。自慢ではないのですが、作者は今まで男主人公のものも、現代のものもどちらも発表したことがありませんので(そう、本当に自慢になってない)どういうものを書くのかなと、ご興味がある方はチラ見してやって下さいませ……。作者本人もどうするつもりなのか、戦々恐々としながら興味があります。
何卒、よろしくお願いいたしますm(_ _)m
発表時期はまた追って掲示板にてご連絡予定です。
内容はライト文芸向きの恋愛小説となります。
文体は軽くて読みやすいけれど、大筋はしっとりな感じのジャンルのようです。
そのため、そちら向けに調整しております。(とかいいつつ、話口調や雰囲気は本作「聖女に~」よりノリはかなり明るい……というより、軽い。どちらかというと「腐女子で~」寄りのような気が……?主人公は性格の明るい男の子です)
ジャンルの雰囲気的に、今まで書いているようなハッピーエンドの形にはならない予定です。
ある意味、ハッピーエンド?なのかもしれませんが、個々のニュアンスによるかもです……。念のため、あらすじを読めばそこら辺は何となく分かる仕様にしております。あらすじはかなり短い。これでいいのか?というくらい短い。ので、確認も楽かと思われます。
気になる方は念のため、本編を読む前にあらすじをどうかお確かめくださいませ。ハッピーエンドの定義は個々によるところの部分も大きく、判断が難しいので、気になる方はあらすじチラ見していただけると……それでもいけるぞ!という方はよろしくお願いいたしますm(_ _)m
ちなみに大賞参加はR18不可のため、今回は全年齢対象の予定でおりましたが、
恋愛ものということと、ふんわりキスシーンが入る予定ですので、念のため保険にR15をつけての参加となります。
少し書いてみたら以外と男主人公も楽しい……いや、めちゃめちゃ楽しいぞっ!?と驚愕に目を剥きながら、
今後は女主人公と男主人公、どちらも極めるんだ!楽しい!と、不思議な方向へ筆を走らせつつ、
長々となりましたが、それではこの辺で(*´ω`*)またお会いできるときを楽しみにしております。ご愛読頂き、ありがとうございました……!では~
「…………………………あれ? 死んでない……?」
胸元に抱えているアヒルちゃんの両翼を、みよんと引っ張ってみるが、自分ではないので感覚がない。
「…………痛くない…………けど私、おかしい、生きてる……でも、なぜ……?」
何でだろうね? と、アヒルちゃんもおめめをキュルンとさせている。一緒に首を傾げているのでもう一度、アヒルちゃんの両翼をみよんと伸ばす。ふと横を見ると、先ほどまで隣にいたはずの巨竜が、地面に横たわっていた。
辺りを見渡す。どういうことだろう? 孤児院を半壊させたときのような被害は出ていなかった。以前と同じ、凛とした佇まいのスピアリング卿の屋敷は傷一つなく、タコの銅像も無事だ。けれどこのシーンと静まり返った空間に、以前には無かったおかしなモノが……
白いフワフワの、綿雲みたいな丸い塊が一個、ふよふよと浮遊している。
何コレ? と、私が興味本位で突く前に、まずはアヒルちゃんから鋭い突っ込み(嘴)が連打で入った。
白いフワフワを一心不乱に突くアヒルちゃん。しかし特に効果はないようだ。あまりにも手応えがないので、終いにはクワッと大きくお口を開けて、アヒルちゃんが食べようとしたところで──制止が入った。
「──そのようなモノ、口にするな。腹を壊すぞ」
上空から大きな黒い影が下りてきた。固い大きな鱗に覆われた赤い巨体。その強靭な翼の羽ばたきに、砂塵が巻き起こる。
あれは……巨大な、赤い瞳をした……──竜っ!?
でも問題の巨竜は地面で寝ている。ということは、この私の前に下りてきた、もう一匹の赤い喋る巨竜は正真正銘の……
「…………国王、陛下……」
アヒルちゃんを伸ばしているのを見られてしまった恥ずかしさはさておき、地面に下り立った陛下を唖然と見上げる。
国王陛下は全ての異種族を束ねるこの国の王──竜人リュイン・オールドレッド・リナーシェ・ド・シンフォルース。千年の時を生きる彼は、正真正銘、シンフォルースの実在する神そのものだ。
「聖女として覚醒したことは、スピアリング卿より聞いている。そして安心しなさいエリカ嬢、貴女の力はその竜の遺骸に寄生していた魂よりもずっと格が上だ」
どうやら国王陛下は一連のアレコレを全てご存じのようだ。そして、今のこのよく分からない状況についても、理解しているようだ。
地面に横たわる竜の遺骸を、今度は国王陛下が竜の巨大な鼻先で突いた。みんな突きたい心情に駆られることが分かって安心する。
「竜体の時間を魂が入るより以前の記録に戻したな」
アヒルちゃんも一緒になって突きたそうにウズウズしているのを、何とか胸元に抱っこしながら抑えこむ。突然の登場に放心して突っ立っていたが、この方は国王陛下だった! と、慌ててその場に跪く。
「その力はあらゆるモノの記憶に干渉し、体に刻み込まれた以前の記録に基づいて、過去を再現することができる。言うなればやり直しの力といったところか」
「やり直し……」
「噂に聞いたことはある。しかし実在するかも危ういその力。実際に目にするのは私も初めてだ」
自爆の力じゃなかったんだと、顔を上げる。竜の姿をした国王陛下が、その赤い瞳を優しく細めた。
「フォンベッシュバルト公の記憶だけを以前の人間であった頃に戻し、肉体は傷を負う前に修復したように……貴女の力は自身の意思に強く左右され発動されるようだ」
「セオドア様の記憶を戻した? それは……本当に私がしたことなのですか……?」
「紛れもなく。無意識に自身が望むモノへと力を行使してしまうのは、勝手に不慣れな覚醒時にはよくある現象だ」
それも強すぎる力の覚醒に制御が追い付かず、最初は周りを吹き飛ばしてしまっただけで、本来この力は攻撃的なモノではない。と、説明を受けたものの、私はそれよりも別のことに気を取られていた。
屈伸運動に似た名前の……決死の一撃じゃなかったことにはホッとしたけれど、私はセオドア様に何てお詫びをしたらいいのか……。セオドア様の記憶喪失は怪我のせいじゃなくて、私のせいだった何て……! 本当に、合わす顔がなくなってしまった……。
私のせいで体の関係まで持ってしまったのだ。それに子供まで……セオドア様に嫌われたらどうしようと、絶望的に落ち込んでいると……
「安心しなさい。私は彼らよりずっと年上だ。何かあれば対処しよう。そう自身を責める必要はない」
「え……?」
そういえば、セオドア様は五百歳、国王陛下は千歳。セオドア様の倍のご年齢だった。
「生きた記憶を読み取り、以前の状態に戻すことも可能なその力は、自らも含め他者を永遠に生かすことができる──『不死の力』とも言われている。間違いなく歴代最強の力。それは将来、大聖女として国の礎を担うべき力だ」
一通り話し終えると、国王陛下はその強靭な翼を畳み直し、ゆっくりと頭を垂れた。
「お陰でこの国も、滅びを免れた。礼を言う」
「い、いえ! そんな……あの、そういえば先ほどから漂っているこれは? 一体何なのでしょうか?」
ずっと気になっていたのだ。会話中も私たちの間を横切るように、フワフワとさ迷うこの白い浮遊物が。
「これは竜の中に寄生していた者──ローツェルルツの国王だった者の魂だ。貴女の力で押し出されてしまったようだが……。そもそも双子竜といえど、残された方の遺骸は私が所有しているこの竜体の兄。つまり私の竜体よりもその力は上をいく。千年前、私が弟竜の遺骸に魂を移したのは、兄竜の体では魂の安定を図ることが不可能だと分かっていたからだ」
「陛下でも制御が不可能な竜の体だったと言うことですか?」
「ああ、それを知らずに入れ替わりなどするから、魂を取り込まれる羽目になる。さて、竜の体に戻すわけにもいかぬし、この魂……どうしたものか」
ローツェルルツの国王だった魂を指先で突いて、国王陛下がチラッとアヒルちゃんを見た。まさか、アヒルちゃんが食べようとしていたからって、アヒルちゃんの餌にしようだ何て、考えてらっしゃらないですよね? 一方のアヒルちゃんはというと、期待に目がキラキラ輝いている。食べる気満々だ。
「それはそうと、後方では貴女の愛しい男が待っているようだが」
「えっ?」
立ち上がるよう促され、言われた方を振り返り、ハッとした。スピアリング卿に支えられて、直ぐ後ろまで来ていた大切な人の顔に、思わず涙ぐんでしまう。
「セオドア様、あの……ぁっ!」
戸惑い、半ば逃げようとしたところで、手を伸ばされてギュッと強く抱き締められる。胸元にいるアヒルちゃんは潰れているが、不満はないようだ。雰囲気を読んで、大人しく潰されてくれている。
「まったく、貴女は……昔から無茶ばかりしますね」
「ごめんなさい……」
咎める口調に、けれど私の髪を撫でる手は優しくて……私を怒る気はないのだと分かって安心する。もう触れることも叶わないと思っていた愛しい人の胸元で、私は安堵の息を漏らした。
「フォンベッシュバルト公、此度の件は貴公にしてはらしくない働きであったようだが……記憶を無くし、人であった頃に戻っていたとか」
「……それを承知で僕が魔眼を使って抑えている間も見物されていたのですか? 陛下」
「さて、どうであったか……。そもそも貴公のそのような醜態、なかなか見れるものではないのでな。多少楽しませてはもらったが、しかしその様子……完全に記憶は戻っているようだな」
「はい陛下。今回の件では陛下にもご迷惑をお掛けしましたので、暫くは無理難題、面倒な行事は全て押し付けられると覚悟しております」
私を胸元に抱きながら、セオドア様が陛下に意見する隣で、スピアリング卿がやれやれと頭に手をやり話に加わった。
「フォンベッシュバルト公の件は当然として、まったく、目立つ貴方を探すのにこれほど苦労するとは思いませんでしたよ」
「ご苦労だったスピアリング卿。だが貴公には此度の件、関わるなと努々進言しておいたはずだが」
「承知しております。申し訳ございません、陛下。いかような処分もお受け致します」
「だが、奥方のこともある故、不問と処す。身重の奥方にこれ以上の負担を掛けるのは忍びないのでな」
「恩情に感謝を」
陛下の前で恭しく地面に片膝を折り、首を垂れるスピアリング卿。それから挨拶を終えた彼は、立ち上がり、楽しそうにセオドア様を見た。
「悪いが、今回は貴方を利用させてもらったぞ?」
「本当にいいように利用してくれましたね。……ですが、今回は借りがありますし、これで貸し借りゼロということでよろしいですね?」
「無論だ。それより貴方にはまだやるべきことが残っているだろう」
「ええ本当に……自分の不始末とはいえ、事後処理が大変ですね自業自得ですが」
「逃がすなよ?」
「当たり前です」
何の話をしているのだろう? と思っていたら、セオドア様に顎を取られて唇を塞がれた。
「──せ、セオドア様っ!? ダメです!」
慌ててセオドア様の唇を、アヒルちゃんを持っていない方の手で押さえるが、それはあっさり外されてしまう。
「何故?」
おやっ、という顔をされてしまうが──
「ここ人前です!」
私はセオドア様の腕に抱かれながらも、気が気でない。王城の兵士たちや屋敷の人たち、それにユイリー様にシャノワール様も、いつの間にか周りには、わらわらと人が集まって来ている。
それもキスしているのを思いっきり見られてしまった。恥ずかしい。
私がセオドア様の腕の中で顔を真っ赤にしながらまごついていると、セオドア様は少し考えるようにしてから、改めて口を開いた。
「……貴女も先ほどしたでしょう」
「え、あ……」
だってあれは最後だと思ったからで……とモゴモゴ言いながらも、しかしセオドア様の言うことは、尤もだった。
「あれは、その……状況的に許されるというか……致し方なかったというか……」
「ではこれもそうですね」
「っ!?」
何か違う気が……と、戸惑う私の腰に腕を回して改めて引き寄せると、セオドア様は珍しく構うものかと強く出て、綺麗な顔に悪戯っ子のような笑みを浮かべて、楽しそうに笑った。
*
──一年後、
「セオドア様っ! 大変です!」
妻の慌てぶりに、執務室の椅子に座ってお仕事をされていたセオドア様が筆を止め、キョトンとアイスブルーの瞳を瞬かせる。
「エリカ……?」
「リュシーンが、リュシーンがいないんです!」
すると、セオドア様が机の陰から何かを取り出すような仕草をした。
「リュシーンなら、先ほどからここにいますよ」
セオドア様が、自分の息子をひょいっと抱き上げた。産まれてからまだ二ヶ月しか経っていないのに、リュシーンは歩けた。それも……
「ママ」
指差して、私の方へ手を伸ばしてくる。伸ばされた小さな指をキュッと握ると、リュシーンは父親譲りの青い瞳をパチパチさせた。
私とセオドア様の息子のリュシーンは、生後二ヶ月には見えないくらい大きくて、成長も早い。見た目は既に三歳児くらいで、歩ける上に言葉も喋れる。人間と吸血鬼の子供だから、何もかもが普通と違うようだ。
「良かった……」
顔立ちは完全に父親似で、性格も淡々としている。今も机の上に乗せられて、大人しく座り込んでいるけれど、笑わないし、何を考えているのかサッパリ分からない。分かっていることは……
「リュシーンはお父様が大好きなのね?」
小さな頭をコクりとさせた。私と同じ、茶色の髪がサラサラと流れて、愛しさが増してしまう。「私と同じね」と笑うと、リュシーンがまたコクりと頷いた。
「……この子は僕よりもエリカの方が好きですよ。ただ僕と似ているから、僕と一緒にいると安心はするようですが」
「え……?」
「似ているんですよ、貴女が好きなことも含めてね」
「…………」
一年前のあの時から、セオドア様は堂々と、私を愛していると言うようになった。そしてそれから程なくして、私とセオドア様は結婚……今、私はセオドア様のお屋敷で、家族として一緒に暮らしている。
一年前のあの日、
竜を味方に付けたと、意気込んでいたローツェルルツの民の皮を被った傭兵たちは、味方の竜が聖女の光に呑まれて、元の遺骸に戻ってしまったことや、
更には現れたもう一匹の別の竜、シンフォルースの国王リュイン・オールドレッド・リナーシェ・ド・シンフォルースの登場に、一気に総崩れとなった。
そして止めとばかりに、竜の遺骸を国王陛下が暴動の最中にある町中へと投げ入れた衝撃に、あっけなく彼等は白旗を上げた。
もちろん、死傷者が出ないように、最大の配慮は怠らない。陛下は巨竜を中央広場の噴水の上に投げ入れたので、遺骸はびちゃびちゃだが、被害は突風に煽られて転んだ人が数名でた程度だった。
そうして事態が収拾した後、ローツェルルツの国王の魂は、元の体へと移されるはずだった。──が、本当に病気だったらしく、体の方は教会で回収したときには既に朽ちていたそうだ。しかしそのまま、魂だけで浮遊していては、いずれ消滅してしまうからと、陛下よりある提案がなされたのだが……
「ぐわっ!」
「あらあら、また小屋から抜け出してきちゃったんですか? 王様……」
「ぐわぐわわっ!」
いつの間に入ってきたのか、
私とセオドア様の足元で、めちゃめちゃ怒っているアヒルが一匹。が、これはアヒルちゃんではない。元々はアヒルちゃんの体だったが、中身はアスベラ様の入れ替わりによって、魂を移されたローツェルルツの元国王様。
毎日飽きもせず、どうやら魂を竜の体に戻せと言っているようだ。
そして、アヒルちゃんの魂はというと──
「ぐわっ」
続いて、普通のアヒルサイズとは明らかに違う。馬ほどの大きさのある巨大なアヒルが一匹、執務室に入ってきた。そして、私たちの足元で、めちゃめちゃ怒っているアヒルを突いている。
「アヒルちゃん、今日も見張りご苦労様。その竜の体にも、もう殆ど慣れたみたいね」
「ぐわっ」
元気よくお返事する巨大なアヒルちゃんに、終いには首根っこを掴まれて、ブラブラ連行されて行く王様。
そう、アヒルちゃんは竜の遺骸に残存していた竜の意識に取り込まれることなく、入れ替わりを成功させて竜になったのだ。
しかしどうしてアヒルちゃんは、ローツェルルツの国王のように、竜の意識に取り込まれなかったのかというと……アヒルちゃんは邪気を一切持たない純粋な魂だから、負の感情に取り込まれることなく、竜の体に魂を同化できたそうだ。と、この国の国王、リュイン・オールドレッド・リナーシェ・ド・シンフォルース様がおっしゃっていた。
竜となったアヒルちゃんの本来の姿は巨竜、ということになるのだが、竜は変身能力があるので、自由に姿を選べる。そしてどうやら、アヒルちゃんは本来のアヒル姿で過ごすことにしたらしい。サイズは馬並みと規格外だが、本人は楽しそうだ。
ちなみに小さくなろうと思えばなれるらしいのだが、今のところは巨大なアヒルとして、シンフォルースの空を羽ばたいている。アヒルちゃんは遂に、空を飛べるアヒルに……いや、竜になったのだ。
一方、入れ替わりの力により、アヒルちゃんの元の体に入れられてしまった、ローツェルルツの国王様はというと、
毎日家畜小屋で暴れているらしく、暴れる度に、アヒルちゃんに怒られて……いや、突かれているそうだ。お陰であれでも大分大人しくなったと聞いている。
そしてローツェルルツの元王女だったアスベラ様は聖女を引退し、今はリアードと共にローツェルルツの復興に向けて、尽力を尽くしているそうだ。
シンフォルースに移住を望んでいたローツェルルツの民たちも、今は故国に戻り、復興に向けて立ち上がったそうで、
その後方支援には、ローツェルルツの正統な王族の血筋で、唯一の生き残りであるスピアリング卿がついている。それが可能になったのは、イヴリン王女の死の真相が、父王によるものだったと、アスベラ様の口から直接民へ語られたからだ。それによって、スピアリング卿への反感が消え去り、故国復興の手を差し伸べることができるようになったのだ。
更には純粋な元ローツェルルツの王族であるスピアリング卿が、公に後方支援に回ったことで、シンフォルースとその他近隣諸国からローツェルルツ復興の援助の申し出があり、
少しずつではあるが、良い方向へと進んでいる。いずれはスピアリング卿が、ローツェルルツの王として帰還するかもしれないと、噂されているほどだ。
ちなみにそのスピアリング卿はというと。忙しい政務の合間を縫って、アヒルちゃんと月に何度か、一緒に体を鍛えているそうだ。
元々、体を鍛えるのが好きな者同士。すっかり意気投合してしまったようだと、ユイリー様からのお手紙にそう書かれていた。
そのユイリー様は待望の双子の赤ちゃんを出産。金の髪に金の瞳、白い肌の男の子と女の子で、
男の子はアレンユルド。女の子はカレンユルドと名付けられた。シャノワール様も含め家族五人。毎日元気に仲良く暮らしている。二匹の子ダコの銅像も無事立ったそうだ。
そしておめでたいことは続くもので、実はそれから半年ほどして、新種のアヒル口の竜が誕生した。もちろん、この子竜はアヒルちゃんのお子様である。
元々アヒルだから、繁殖相手もアヒルになるらしい。そして、竜のアヒルちゃんは物凄くモテる。元々モテていたし、プレゼントの卵を定期的に貰っていたようなのだが……
竜になってから、更にモテ度が加速したようだ。アヒルの習性であるハーレムを作って、子沢山で幸せそうだ。アヒルとなったローツェルルツの元国王様の監視をしながら、毎日子供たちと一緒に空を飛んでいる。
竜の誕生に喜ぶ人々に、子竜たちは「アヒリューちゃん」と呼ばれていて、今ではすっかり、アヒルちゃんと子竜たちは、シンフォルースのみんなから国を守る守護竜と思われているようだ。本人たちには、その自覚はあまりないようだけれど、
そのアヒルちゃんのお家は、私たちが住むお屋敷の敷地内に、セオドア様が用意してくれた。そこでアヒルちゃんはお子様アヒリューちゃんと、奥さんアヒルたちと一緒に過ごしている。
しかもこの、セオドア様が用意してくれたアヒルちゃんのお家。ただの家畜小屋ではない。一見すると外観は普通の貴族の屋敷にある家畜小屋なのに、中に入るとアヒルちゃん仕様の内装に、とことん設計されている。
いつ竜の姿に戻ってもいいように、仕切りのない広々としたお部屋の広さは軽く、家五件分ほどはある。暖炉も食料も完備されているし。アヒルちゃん用の巨大なお風呂場に、更には管理人と使用人が数名、在住している。
言わずとも、アヒルちゃんを大切にしてくれているセオドア様に、惚れ直してしまったことは内緒だ。
セオドア様が立ててくれたそのお家から、アヒルちゃんは毎日、ご挨拶に私のところへ来てくれる。甘えて遊んで、それからまた奥さんのところへ戻ってと、会う回数は以前より減ったけれど、私たちはとても幸せだ。
そしてアヒルちゃんが気紛れに竜の姿になって、いつものキラキラおめめで夜空を飛んでいるのを眺めながら、セオドア様と私はよく、窓辺で寄り添いお話をする。
「アヒルは飛べない鳥だから、飛べるようになったことが嬉しいのでしょう。それに彼なら大丈夫です。貴女がいる限り、悪さはしませんよ」
「はい、アヒルちゃんは良い子ですから……」
そんなたわい無い話をしながら、のんびりした時を私たちが過ごしていると……
──ポンッ
「あ、アヒルになった」
やはり竜の姿より、アヒル姿の方が落ち着くらしい。
巨大なアヒルがいる国として、アヒルちゃんはシンフォルースの名物にもなりつつあるそうだ。
アヒルちゃんの真っ白な後ろ姿をほんわか眺めながら、静かに二人、窓辺で寄り添う穏やかな日々に、十四年前の孤独を嘆いていた少女の姿はもういない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーEND
ご愛読頂き、ありがとうございます。
本当はもう少し早くに終われるはずが、気付けば本一冊分どころか、かなりオーバー(汗)延びてしまいましたが、最後までお付き合い下さり、ありがとうございます!重ねてお礼申し上げます。
久しぶりの投稿なのに、見に来て頂ける……。本当に嬉しくて、読者様のお陰で最後までちゃんと完結できたなぁと、ありがたいなぁ……と、しみじみ思います。本当にありがとうございます!そして、温かい感想や応援も沢山頂き、ありがとうございました……!
最終話になると名残惜しくて、どうしても書きながらううっ(´;ω;`)となってしまうのですが、
同時に最後まで書き切ることができて良かったと、かなりホッとしております。アヒルちゃんが最強になるお話……いえ、エリカとセオドア様が幸せになるお話として完結。ということで、その後の二人を想像しながら、今回が最終話となります。
そして連載中は前作の二人、特にラースを沢山書かせて頂いたので、何となく、続編『腐女子で引きこもりの妻は隠居したいが、夫がそれを許してくれない』とかやりたくなっちゃったりしました(笑)
何か作者にこういうの書いてみてほしい。合ってそうだからこういう系統のお話が読みたい。等々もしそういったご意見、要望等ありましたら、お気軽にどうぞ~♪(そして、書けるかどうかは作者の力量しだ……いえ、尻尾を振って考えます!といいつつ、やはり力量……もしくは睡眠不足……!かもしれない)
ということで、サラッと流しつつ、
まだまだ執筆に関して分からないことばかりですが、書くのは楽しいのでずっと続けていきたいなと、思っております……!
今回のように真面目(にギャク混じり)な話から、前作のような思いっきりギャク路線のお話まで、どんな系統でも書くのはスゴく好きなので、執筆は家で続けていたのですが、(というか、もはや生活の一部……文章マニアですね……)
実は昨年書籍を刊行させていただいてから、作家としての活動(営業?)は今年に入って一度したのみ。でした。
今後はどういったお話を書こうかなぁとか、他にも色々とアレコレ思うところがありまして、悩んでいた時期でもあります。(要約するとスランプですね!)
同時期くらいにデビューされた作家さんたちがどんどん活躍されているのを、皆すごいなぁ格好いいなぁ(*´∀`)と、喜ばしく思いながら、
自身の方向性に悩みつつ、しかしようやく吹っ切れた気がします。
作者は基本不器用なコミュニケーション下手の人間なもので、こうして活動を再開できたのも、暖かく見守って下さる方々や暖かい言葉を下さった方々のお陰だなぁと、改めて思います……。読者様には本当に、感謝しかありません。ありがとうございますm(_ _)m
少しずつですが、これから色々と活動していこうかなと思っております。
そしてそして、これからの投稿予定ですが、こちらは思っていたよりも早くお会いできそうです。
実は4月から開催されます、ライト文芸大賞に参加する予定です。参加を思い至ったのは、数週間前……と、いうことは。まずエントリーに間に合わせるよう執筆を頑張らないと、なのですが、(予定は未定と言うことで……)
設定を勢いで作って、勢いでイラストのご依頼をしたりと、本当にエントリーする場合は勢いでの参加となります……!
大筋と登場人物をトータル3日ほどで全部決めてのドタバタ執筆……!そして、本格的にまだ書いていない!ここ大事!(本格的に書くのは連載が完結してからを予定しておりましたので、これからになります)作者はそこら辺で血ヘドを吐いて倒れているかもしれません……
また、今度の主人公は…………「男」になります。そして舞台は現代。自慢ではないのですが、作者は今まで男主人公のものも、現代のものもどちらも発表したことがありませんので(そう、本当に自慢になってない)どういうものを書くのかなと、ご興味がある方はチラ見してやって下さいませ……。作者本人もどうするつもりなのか、戦々恐々としながら興味があります。
何卒、よろしくお願いいたしますm(_ _)m
発表時期はまた追って掲示板にてご連絡予定です。
内容はライト文芸向きの恋愛小説となります。
文体は軽くて読みやすいけれど、大筋はしっとりな感じのジャンルのようです。
そのため、そちら向けに調整しております。(とかいいつつ、話口調や雰囲気は本作「聖女に~」よりノリはかなり明るい……というより、軽い。どちらかというと「腐女子で~」寄りのような気が……?主人公は性格の明るい男の子です)
ジャンルの雰囲気的に、今まで書いているようなハッピーエンドの形にはならない予定です。
ある意味、ハッピーエンド?なのかもしれませんが、個々のニュアンスによるかもです……。念のため、あらすじを読めばそこら辺は何となく分かる仕様にしております。あらすじはかなり短い。これでいいのか?というくらい短い。ので、確認も楽かと思われます。
気になる方は念のため、本編を読む前にあらすじをどうかお確かめくださいませ。ハッピーエンドの定義は個々によるところの部分も大きく、判断が難しいので、気になる方はあらすじチラ見していただけると……それでもいけるぞ!という方はよろしくお願いいたしますm(_ _)m
ちなみに大賞参加はR18不可のため、今回は全年齢対象の予定でおりましたが、
恋愛ものということと、ふんわりキスシーンが入る予定ですので、念のため保険にR15をつけての参加となります。
少し書いてみたら以外と男主人公も楽しい……いや、めちゃめちゃ楽しいぞっ!?と驚愕に目を剥きながら、
今後は女主人公と男主人公、どちらも極めるんだ!楽しい!と、不思議な方向へ筆を走らせつつ、
長々となりましたが、それではこの辺で(*´ω`*)またお会いできるときを楽しみにしております。ご愛読頂き、ありがとうございました……!では~
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ԅ(//́Д/̀/ԅ)ハァハァ←完読してこんな状況✧︎
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そしてそして、ヒロイン達も気に入ってもらえて嬉しいです~💕٩(*´꒳`*)۶❤
本作はエロがエロでエロでして…(*/□\*)キャー
こちらこそ、素敵な感想を本作でも付けて頂けるなんて…!
本当にありがとうございます~✨(*´꒳`*)ʜᵅᵖᵖᵞ💗
完結おめでとうございます🎉
いつも楽しみに読んでいて少し寂しいです笑セオドア様とエリカがやっとくっついて嬉しいです!!
素敵な物語をありがとうございました!
わーい✨🎊ありがとうございます~(///∇///)♪
ううっ、作者もちょっぴり寂しくなっております…!そういって頂けて、とてもとても嬉しいです♪
本当に、ようやく、エリカとセオドア様が幸せになれて良かったです…!作者も安心しました…笑
こちらこそご愛読下さり、本当にありがとうございました(*´ω`*)!沢山の感謝を…🍀
完結、おめでとうございます!!
そして…、ありがとうございますm(_ _)m
前作に続いて今作もとても面白く、(ヒロイン組の天然属性・ヒーロー組の不憫属性に)ニヤニヤしながら読ませていただきました(笑
(…ユイリー、妊婦さんは走ったら駄目ですよ…笑
お陰様で、いつも更新を楽しみに過ごさせていただきました!
更新お疲れ様です!本当に完結、ありがとうございますm(_ _)m
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これからも応援しています!!
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はわわっ嬉しい感想を頂きました!
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そしてユイリーは、相変わらずの調子で今作も登場でしたね…!
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それも嬉しい&暖かいお言葉を沢山!こちらこそ本当にありがとうございますm(_ _)m
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沢山沢山、嬉しいお言葉をありがとうございましたm(_ _)m