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本編
15 エッチな内容
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何故、スピアリング卿はここまで私とセオドア様のことに構うのだろう……
セオドア様のお知り合いで友人だから? だとしても、何故? 多数の疑問が頭を過ぎる。けれど私にスピアリング卿の考えることを先読みできるはずもない。
「それと一つ、言い忘れていたことがある。今日はそれを伝えるために来たのだが……」
「言い忘れていたこととは何でしょうか?」
「ずばり聞くが、聖女であることを明かすつもりがないのは、今でも変わらないのか?」
「はい」
決意は変わりません。そう告げると、スピアリング卿はあっさり別の話を切り出してきた。
「聖女の血は吸血鬼にとって、どのような血にも勝る、極上の美酒なのだと聞く」
「え……?」
それと聖女であることを告げないことに、いったい何の繋がりが……?
「だが、もっとも効果のあるものは聖女の体──聖体そのものだ。その体を手にすればどのような傷もたちどころに癒え、最強の力が手に入るのだとか」
「体を手にするってどういう……──っ!?」
あ、もしかして……聖女の体を手に入れれば傷が癒えるっていうのは、私が体を差し出せば、セオドア様は記憶を取り戻すかもしれないって、そういうことをスピアリング卿はおっしゃって………………………………ひゃぁぁぁぁぁぁああ!?
確かに、以前転けてセオドア様の上に倒れこんでキスしたとき、聖女の力が流れ込んで目覚めてしまったのだとしたら? なら、もっとすごいことしたら、記憶も戻るのかも。……え、エッチしたらセオドア様の記憶が戻ったりとか……うん。黙っていよう。
話そっちのけで頭の中でエッチな妄想をしてしまうなんて恥ずかしい。
顔が赤くなるのを何とか誤魔化そうとして、スピアリング卿から視線を逸らしたものの。彼はそれだけで分かってしまったらしい。おや、と意外そうな顔をした。
「ああ、今の話で気付いたようだが、聖女である貴女が体を差し出せばフォンベッシュバルト公の記憶は戻るかもしれない」
「…………」
エッチなことを考えていたのに、全部筒抜けている。こうもあっさり言われては、否定しようがない。ううっ、私はスケベな女です……
「あの人の記憶が戻る可能性に賭けて体を差し出すか、このまま安穏と過ごすか選ぶのは貴女だ」
それが今回、スピアリング卿が私に用があると小屋を訪れた最大の理由のようだ。
「そもそも一般的に聖女と吸血鬼は対極的な存在として認知され、敵対関係にあると言われているが……仇敵というよりも聖女は吸血鬼の餌として狙われる方が多いからな」
「えさっ!?」
「知っているのはごく一部の限られた人間だけだ。教会の体面と聖女の安全を考慮して、一般的にはあまり知られていないことだが、聖女とは吸血鬼にとって極上の餌。聖女アスベラのように、エリカ譲も本来なら保護されるべきなのだが……」
「え、アスベラ様ですか?」
聞いている振りをしながら、動揺をなんとか押し隠す。
ちなみにアスベラ様とは異神聖教会に入信している聖女のことだ。アスベラ様は異国の方で、シンフォルースに移住して来たところ、聖女の力に目覚めたのだとか。
彼女も私と同じ胸元に聖痕を持つ聖女で、その力は……始まりの聖女、リリアーナと同等のものを持っている。
聖女リリアーナとは千年の昔、元は人であった現国王、リュイン・オールドレッド・リナーシェ・ド・シンフォルースの魂を、聖女の力、入れ替わりにより、悪魔に魂を奪われた双子竜の片割れの遺骸に移した聖女で、
入れ替わりの力によって、この国の起源──シンフォルースの国王、竜人リュイン・オールドレッド・リナーシェ・ド・シンフォルースを作った偉大な女性として、今でも教会の聖人に祭り上げられている。
そして残された双子竜の片割れの遺骸は、今も尚、シンフォルースのどこかに眠っていると言われている。
アスベラ様はその始まりの聖女リリアーナと同じ、入れ替わりの力を持つ稀有な聖女だ。
偉人の再来として、アスベラ様は多くの人々から信奉されている。
──そう、爆発ではなく。
ましてや、孤児院を半壊させるようなへんちくりんな力でもなく。
「しかし、おそらくイヴリン王女が獄中死した件以外にも、貴女の入信しようとしていた異神聖教会が今回の件に関わっているのは確かなようだ。詳しい事をまだ話すわけにはいかないが、教会と、そして……貴女の兄上が少なからず関わっている。彼の恋人である聖女アスベラも含めてな」
「リアード様が関わっている……? それに、リアード様とアスベラ様が恋仲だという話は本当なのですか?」
たまに流れて来るこの噂話。暇なご婦人方が話のタネにと拵えただけなのか、そうでなかったとしたら、吸血鬼を義兄に持つリアードとの関係を、教会はよく許したなと常々思っていたのだが……
「その手の醜聞は信用できないものが殆どだが、これに関しては教会も承知している事実だ。政争に関わる大貴族ならば当然と知っている事柄でもある」
「そう、なのですか……」
リアードの恋人は優秀な聖女……吸血鬼の義弟であるリアードとの恋仲を許すなんて、やっぱりリアードはすごい……
でも、二人が今回のセオドア様の件に関わっているって……どういうことなの?
「しかし俺は、ローツェルルツの内情に関わるような問題には報告のみに留めて、直接首を突っ込むなと陛下にキツく言われているからな。だからこそ、余計にあの人には早く目覚めてもらわなくてはならない訳だ」
段々とスピアリング卿の思惑に理解が追い付いてきた気がする。
それって、セオドア様に記憶を取り戻してもらって、自分が手を出せない部分の、事の追求をしてほしいということかしら? と思っていたら、またも心を読まれていたようだ。
「理解したようだな。つまりもしも、記憶を取り戻した本来のフォンベッシュバルト公がどうしても必要になったときは……分かるな?」
スピアリング卿は私に体を差し出す覚悟を決めろと言っているのだ。
これも異種族コミュニケーション!? これで私もマスタードっ!? んなわけない。エッチはその範疇を超えている。そもそもマスタードを幾つもらっても足りない気が……。
「だからスピアリング卿は私とお義兄様の仲を取り持とうと……」
「どう捉えてもらっても構わない」
あっさり肯定して、スピアリング卿は他にも聖女について色々と教えてくれた。
聖女は強い力を持っているが、基本、異種族にとっては体のいい食い物と同じ。能力増強のブースターのような役割を持ち、強い力を持つからこそ、あらゆる種族から狙われる。聖女とは諸刃の剣なのだそうだ。
聖女はその性質ゆえに、裏の社会では高値で取り引きされている。教会や国で保護しなければ、あっという間に食い物にされてしまう。故に聖女は教会や国で保護されることになると言われて、驚きはした。けれども私は……
「私の力は……アスベラ様のような正当なものではありせん。お義兄様に差し出したところで効果があるかどうか……」
「例えそうだとしても、今必要なのはあの人の記憶と、彼自身だ。彼はシンフォルースの重臣。こんなところで身を隠し続けるべき人ではない」
可能性があるなら試すべき。そういうことだ。
「…………はい、それは分かっております」
自分でも嫌になるくらいハッキリと分かっていた事とはいえ、シュンとする。
そうだ。セオドア様はこんなところでいつまでも燻っているような方じゃない。沢山の人たちが必要としている。私とアヒルちゃんと一緒にのんびり過ごして、家事の手伝いをしてくれたり……そんなこととは本来無縁の方だ。私とは違う……
「……私はお義兄様と約束したんです。必ず、お義兄様を家族の元へお返しすると……」
今それが私にできることなら、私にしかできないことなら………………──あれ? で、でも、恋愛未経験の私がどうやって? いったいどうやって、セオドア様とそんな関係になれとおっしゃるのかしら……?
愛の告白どころか、こんな早急に体の関係を持つなんて……自然と指先が緊張にカタカタと震え出した。咄嗟に押さえたものの、
「怖いなら、今はまだやめておけ」
「あっ……」
スピアリング卿があっさり諦めるくらい、私は頼りなく見えたのだろうか……
「だがエリカ譲、彼から逃げようなどと思わないことだ。寝た子を起こすぞ? 自覚すれば必ずあの人は貴女を手に入れようとするだろう。まあほぼほぼ自覚はしているだろうがな……もう一押しといったところか」
ギクリと今度は肩が跳ね上がりそうになった。
スピアリング卿は私が聖女になってしまったことも、それをセオドア様に黙っていることも全てご存じなのだから、当然、逃亡しないように釘を刺すのは当たり前だ。でも心臓には悪い。
「に、逃げるどころか私、避けられておりますので」
ラブとライクの違いについてはよく年頃の女の子たちの間で議論が起こるけれど、セオドア様にとっての私への感情が愛じゃなくて好ましいの方だったら、私はどうすればいいのでしょうか……?
思いっきり不安顔でスピアリング卿を見返す。すると、スピアリング卿が表情を緩めて優しい顔をした。
「賭けてもいいが、あの人は貴女に強く圧されたら断れない」
「強く圧す、ですか……? でもどう言えば……」
「そんなの簡単だ。好きだと言って愛を乞えばいい。それで大抵の男は落ちる」
「っ!」
ダイレクトに抱いてほしいと言えと? それこそとんでもなくハードルが高い。
元プレイボーイのスピアリング卿には何てことない事なのかもしれないけれど。私にとっては愛の告白なんて甘い幻想と同じ。
こんなふうに想う相手ができるなんて、思ってもいなかった。
「ですがお義兄様は規格外なのではないでしょうか?」
「忘れるな。いくら外見がああも聖人君子のような相手でも、あの人も男だ。好きな相手から抱いてほしいと乞われれば、断れないさ」
これも恋愛経験の差なのだろうか、スピアリング卿はセオドア様が私を好きだと確信しているようだ。
「……分かりました。ではもし、私がそれを実行したとして……実は一つ問題が」
「何だ?」
エッチをするしないは置いといて、こんなこと聞けるのはきっと、目の前にいる元プレイボーイの異名を持つこの方だけだ。
「私、こういったことの経験がなくて、その……」
最後まで言えなくて口ごもるのは、やっぱり情けないと思ったからだ。
「聞きたいことがあるのなら聞けばいい。気にすることはない。ここには俺と貴女しかいないのだから」
何を聞かれたとしても馬鹿にしたりはしない。そう言ってスピアリング卿は、私が口を開くまで辛抱強く待ってくれた。
「お、男の人の裸など見たら、即刻気絶してしまいそうなんです……!」
思い切って言った瞬間、しかしスピアリング卿がキョトンと目を瞬いた。
「何だ、そんなことか」
もっとスゴいことを聞かれると思っていたらしい。もっとスゴいことって何だろう……? と思いつつ、唖然とスピアリング卿を見る。
「そんなことって……」
「安心しろ。事の最中に気絶している暇など、あの人は与えない」
「……!」
暇を与えないって……どれだけ激しいんですか!?
「あの人に任せればいい。心は十八歳の人間とはいえ、大抵の貴族はその年になるまで経験している。名目上は一貫して純潔を通してはいるがな」
「そうなんですか……?」
セオドア様が経験豊富。今までどんな方を好きになったのだろう。そう考えるだけで、胸の奥がチリッと痛んだ。
「他にも何か問題があるようなら言ってくれ」
「いえ、これ以上はありません」
「そうか、ならいい。……だが、すれ違いの期間が長引くと、後で修正するのに骨が折れるぞ? まあこれは俺の体験談でもあるんだが……どうやら貴女たちは、そうなる前にそろそろ二人で話し合った方がよさそうだ」
「スピアリング卿……」
「アヒルは回収していくぞ?」
片目を瞑って悪戯っ子のような顔をするスピアリング卿は、やっぱりカッコよくてドキッとする。セオドア様とは真逆の、野性的な美しさだ。危うく見惚れてしまいそうになる。
しかし私は、先程のエッチな内容の件もあり、心の準備どころか酷く頼りない声で「はぃ……」と頷くのがやっとだった。
セオドア様のお知り合いで友人だから? だとしても、何故? 多数の疑問が頭を過ぎる。けれど私にスピアリング卿の考えることを先読みできるはずもない。
「それと一つ、言い忘れていたことがある。今日はそれを伝えるために来たのだが……」
「言い忘れていたこととは何でしょうか?」
「ずばり聞くが、聖女であることを明かすつもりがないのは、今でも変わらないのか?」
「はい」
決意は変わりません。そう告げると、スピアリング卿はあっさり別の話を切り出してきた。
「聖女の血は吸血鬼にとって、どのような血にも勝る、極上の美酒なのだと聞く」
「え……?」
それと聖女であることを告げないことに、いったい何の繋がりが……?
「だが、もっとも効果のあるものは聖女の体──聖体そのものだ。その体を手にすればどのような傷もたちどころに癒え、最強の力が手に入るのだとか」
「体を手にするってどういう……──っ!?」
あ、もしかして……聖女の体を手に入れれば傷が癒えるっていうのは、私が体を差し出せば、セオドア様は記憶を取り戻すかもしれないって、そういうことをスピアリング卿はおっしゃって………………………………ひゃぁぁぁぁぁぁああ!?
確かに、以前転けてセオドア様の上に倒れこんでキスしたとき、聖女の力が流れ込んで目覚めてしまったのだとしたら? なら、もっとすごいことしたら、記憶も戻るのかも。……え、エッチしたらセオドア様の記憶が戻ったりとか……うん。黙っていよう。
話そっちのけで頭の中でエッチな妄想をしてしまうなんて恥ずかしい。
顔が赤くなるのを何とか誤魔化そうとして、スピアリング卿から視線を逸らしたものの。彼はそれだけで分かってしまったらしい。おや、と意外そうな顔をした。
「ああ、今の話で気付いたようだが、聖女である貴女が体を差し出せばフォンベッシュバルト公の記憶は戻るかもしれない」
「…………」
エッチなことを考えていたのに、全部筒抜けている。こうもあっさり言われては、否定しようがない。ううっ、私はスケベな女です……
「あの人の記憶が戻る可能性に賭けて体を差し出すか、このまま安穏と過ごすか選ぶのは貴女だ」
それが今回、スピアリング卿が私に用があると小屋を訪れた最大の理由のようだ。
「そもそも一般的に聖女と吸血鬼は対極的な存在として認知され、敵対関係にあると言われているが……仇敵というよりも聖女は吸血鬼の餌として狙われる方が多いからな」
「えさっ!?」
「知っているのはごく一部の限られた人間だけだ。教会の体面と聖女の安全を考慮して、一般的にはあまり知られていないことだが、聖女とは吸血鬼にとって極上の餌。聖女アスベラのように、エリカ譲も本来なら保護されるべきなのだが……」
「え、アスベラ様ですか?」
聞いている振りをしながら、動揺をなんとか押し隠す。
ちなみにアスベラ様とは異神聖教会に入信している聖女のことだ。アスベラ様は異国の方で、シンフォルースに移住して来たところ、聖女の力に目覚めたのだとか。
彼女も私と同じ胸元に聖痕を持つ聖女で、その力は……始まりの聖女、リリアーナと同等のものを持っている。
聖女リリアーナとは千年の昔、元は人であった現国王、リュイン・オールドレッド・リナーシェ・ド・シンフォルースの魂を、聖女の力、入れ替わりにより、悪魔に魂を奪われた双子竜の片割れの遺骸に移した聖女で、
入れ替わりの力によって、この国の起源──シンフォルースの国王、竜人リュイン・オールドレッド・リナーシェ・ド・シンフォルースを作った偉大な女性として、今でも教会の聖人に祭り上げられている。
そして残された双子竜の片割れの遺骸は、今も尚、シンフォルースのどこかに眠っていると言われている。
アスベラ様はその始まりの聖女リリアーナと同じ、入れ替わりの力を持つ稀有な聖女だ。
偉人の再来として、アスベラ様は多くの人々から信奉されている。
──そう、爆発ではなく。
ましてや、孤児院を半壊させるようなへんちくりんな力でもなく。
「しかし、おそらくイヴリン王女が獄中死した件以外にも、貴女の入信しようとしていた異神聖教会が今回の件に関わっているのは確かなようだ。詳しい事をまだ話すわけにはいかないが、教会と、そして……貴女の兄上が少なからず関わっている。彼の恋人である聖女アスベラも含めてな」
「リアード様が関わっている……? それに、リアード様とアスベラ様が恋仲だという話は本当なのですか?」
たまに流れて来るこの噂話。暇なご婦人方が話のタネにと拵えただけなのか、そうでなかったとしたら、吸血鬼を義兄に持つリアードとの関係を、教会はよく許したなと常々思っていたのだが……
「その手の醜聞は信用できないものが殆どだが、これに関しては教会も承知している事実だ。政争に関わる大貴族ならば当然と知っている事柄でもある」
「そう、なのですか……」
リアードの恋人は優秀な聖女……吸血鬼の義弟であるリアードとの恋仲を許すなんて、やっぱりリアードはすごい……
でも、二人が今回のセオドア様の件に関わっているって……どういうことなの?
「しかし俺は、ローツェルルツの内情に関わるような問題には報告のみに留めて、直接首を突っ込むなと陛下にキツく言われているからな。だからこそ、余計にあの人には早く目覚めてもらわなくてはならない訳だ」
段々とスピアリング卿の思惑に理解が追い付いてきた気がする。
それって、セオドア様に記憶を取り戻してもらって、自分が手を出せない部分の、事の追求をしてほしいということかしら? と思っていたら、またも心を読まれていたようだ。
「理解したようだな。つまりもしも、記憶を取り戻した本来のフォンベッシュバルト公がどうしても必要になったときは……分かるな?」
スピアリング卿は私に体を差し出す覚悟を決めろと言っているのだ。
これも異種族コミュニケーション!? これで私もマスタードっ!? んなわけない。エッチはその範疇を超えている。そもそもマスタードを幾つもらっても足りない気が……。
「だからスピアリング卿は私とお義兄様の仲を取り持とうと……」
「どう捉えてもらっても構わない」
あっさり肯定して、スピアリング卿は他にも聖女について色々と教えてくれた。
聖女は強い力を持っているが、基本、異種族にとっては体のいい食い物と同じ。能力増強のブースターのような役割を持ち、強い力を持つからこそ、あらゆる種族から狙われる。聖女とは諸刃の剣なのだそうだ。
聖女はその性質ゆえに、裏の社会では高値で取り引きされている。教会や国で保護しなければ、あっという間に食い物にされてしまう。故に聖女は教会や国で保護されることになると言われて、驚きはした。けれども私は……
「私の力は……アスベラ様のような正当なものではありせん。お義兄様に差し出したところで効果があるかどうか……」
「例えそうだとしても、今必要なのはあの人の記憶と、彼自身だ。彼はシンフォルースの重臣。こんなところで身を隠し続けるべき人ではない」
可能性があるなら試すべき。そういうことだ。
「…………はい、それは分かっております」
自分でも嫌になるくらいハッキリと分かっていた事とはいえ、シュンとする。
そうだ。セオドア様はこんなところでいつまでも燻っているような方じゃない。沢山の人たちが必要としている。私とアヒルちゃんと一緒にのんびり過ごして、家事の手伝いをしてくれたり……そんなこととは本来無縁の方だ。私とは違う……
「……私はお義兄様と約束したんです。必ず、お義兄様を家族の元へお返しすると……」
今それが私にできることなら、私にしかできないことなら………………──あれ? で、でも、恋愛未経験の私がどうやって? いったいどうやって、セオドア様とそんな関係になれとおっしゃるのかしら……?
愛の告白どころか、こんな早急に体の関係を持つなんて……自然と指先が緊張にカタカタと震え出した。咄嗟に押さえたものの、
「怖いなら、今はまだやめておけ」
「あっ……」
スピアリング卿があっさり諦めるくらい、私は頼りなく見えたのだろうか……
「だがエリカ譲、彼から逃げようなどと思わないことだ。寝た子を起こすぞ? 自覚すれば必ずあの人は貴女を手に入れようとするだろう。まあほぼほぼ自覚はしているだろうがな……もう一押しといったところか」
ギクリと今度は肩が跳ね上がりそうになった。
スピアリング卿は私が聖女になってしまったことも、それをセオドア様に黙っていることも全てご存じなのだから、当然、逃亡しないように釘を刺すのは当たり前だ。でも心臓には悪い。
「に、逃げるどころか私、避けられておりますので」
ラブとライクの違いについてはよく年頃の女の子たちの間で議論が起こるけれど、セオドア様にとっての私への感情が愛じゃなくて好ましいの方だったら、私はどうすればいいのでしょうか……?
思いっきり不安顔でスピアリング卿を見返す。すると、スピアリング卿が表情を緩めて優しい顔をした。
「賭けてもいいが、あの人は貴女に強く圧されたら断れない」
「強く圧す、ですか……? でもどう言えば……」
「そんなの簡単だ。好きだと言って愛を乞えばいい。それで大抵の男は落ちる」
「っ!」
ダイレクトに抱いてほしいと言えと? それこそとんでもなくハードルが高い。
元プレイボーイのスピアリング卿には何てことない事なのかもしれないけれど。私にとっては愛の告白なんて甘い幻想と同じ。
こんなふうに想う相手ができるなんて、思ってもいなかった。
「ですがお義兄様は規格外なのではないでしょうか?」
「忘れるな。いくら外見がああも聖人君子のような相手でも、あの人も男だ。好きな相手から抱いてほしいと乞われれば、断れないさ」
これも恋愛経験の差なのだろうか、スピアリング卿はセオドア様が私を好きだと確信しているようだ。
「……分かりました。ではもし、私がそれを実行したとして……実は一つ問題が」
「何だ?」
エッチをするしないは置いといて、こんなこと聞けるのはきっと、目の前にいる元プレイボーイの異名を持つこの方だけだ。
「私、こういったことの経験がなくて、その……」
最後まで言えなくて口ごもるのは、やっぱり情けないと思ったからだ。
「聞きたいことがあるのなら聞けばいい。気にすることはない。ここには俺と貴女しかいないのだから」
何を聞かれたとしても馬鹿にしたりはしない。そう言ってスピアリング卿は、私が口を開くまで辛抱強く待ってくれた。
「お、男の人の裸など見たら、即刻気絶してしまいそうなんです……!」
思い切って言った瞬間、しかしスピアリング卿がキョトンと目を瞬いた。
「何だ、そんなことか」
もっとスゴいことを聞かれると思っていたらしい。もっとスゴいことって何だろう……? と思いつつ、唖然とスピアリング卿を見る。
「そんなことって……」
「安心しろ。事の最中に気絶している暇など、あの人は与えない」
「……!」
暇を与えないって……どれだけ激しいんですか!?
「あの人に任せればいい。心は十八歳の人間とはいえ、大抵の貴族はその年になるまで経験している。名目上は一貫して純潔を通してはいるがな」
「そうなんですか……?」
セオドア様が経験豊富。今までどんな方を好きになったのだろう。そう考えるだけで、胸の奥がチリッと痛んだ。
「他にも何か問題があるようなら言ってくれ」
「いえ、これ以上はありません」
「そうか、ならいい。……だが、すれ違いの期間が長引くと、後で修正するのに骨が折れるぞ? まあこれは俺の体験談でもあるんだが……どうやら貴女たちは、そうなる前にそろそろ二人で話し合った方がよさそうだ」
「スピアリング卿……」
「アヒルは回収していくぞ?」
片目を瞑って悪戯っ子のような顔をするスピアリング卿は、やっぱりカッコよくてドキッとする。セオドア様とは真逆の、野性的な美しさだ。危うく見惚れてしまいそうになる。
しかし私は、先程のエッチな内容の件もあり、心の準備どころか酷く頼りない声で「はぃ……」と頷くのがやっとだった。
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