サクリファイス

朧塚

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 製油生産工場の中だった。
 シグレはこの中で敵を迎え撃つつもりでいた。
 ドミネートは、おそらくは敵は二手で来るだろう、と言った。
 ……確かに何者かの気配を感じるぜ。俺達を追ってやがるのか? しかし役に立たないガキ二人のお守りも任せやがって。
 いや、ガキを引き受けたのは自分だ。そもそも、ドミネートは見捨てろ、と言った、だから、自分で全部、引き受けなければならない。
「あの……」
 少年の一人がぼそぼそと話し出した。
「このままやられっぱなしは悔しいんです、どうか俺達にも手伝わせてください……」
「駄目だ」
 少女が彼にしがみ付く。そして、泣きじゃくる。
 大男は、困ったような顔をする。
「…………、分かった。トドメなら刺させてやる。やってやろうじゃねえか、ああ、やってやろう」
 シグレは歯軋りしながら言った。
 そして、小型の拳銃を少年の一人に渡す。
 少年はしばらくそれを見ていたが、強い決意を宿したみたいだった。……戦力になれば申し分ないが……。現状、足手まといでしかない……。
 シグレは、とにかく彼らを無傷で、敵を倒す事ばかりを考えていた。
 しばらくの間、四名は敵の出方を待っていた。
 鉄骨とフォークリフトから何かが光る。
 シグレは跳躍する。
 鉄骨が切断されて、地面に転がっていく。
 ……何だ? 何が来た?
 無音だ。
 シグレは背中から、ペアレントによって作られた蒸気の腕を一対作り出す。人間の頭部の倍以上もある腕だ。
 これで、敵の頭を潰してやろうと思う。
 無造作に置かれたドラム缶がバラバラに切り裂かれていく。
 ……何かで切り裂いてやがるのか、クソッ!
 彼は少年達三名を、腕の一つで護っていく。
 音も無く。
 ドラム缶が次々と刻まれていく。幾つかは中身が入っており、石油が地面に流れていく。
 何で攻撃しているのかを、早く見極めなければならない。でなければ、……殺される。
「一つ聞きますけどぇ、えとぉ、何でわざわざ荷物を三つも背負っているんですかねえ? 何処かで捨ててこなかったんですかぁ?」
 声が工場中に響き渡る。
 シグレは答えない。
「子供、銃持ってますけど。発砲してきたら、戦闘要員として、きっちり始末しますよ。知ってました? ガキ共はもう無視していい、っていう指令が下っているんですよぉ」
 シグレは背中から、更に二本の腕を生やす。
 一撃も、子供達に触れさせないつもりでいた。
「お前らを始末したいんだとさ。お前らのせいで家族を犠牲にされた奴らだよ」
「ああ、そうですか。俺は知りませんねえ、俺は諜報員だから」
 それにしても、抑揚の無い声だった。
 本当に、知った事では無いのだろう。シグレもそうだ。彼自身、ビジネスにおいて、他者の不幸に興味を持たないようにしてきた。ターゲットの人生なんてどうだっていい。それが当たり前なのだ。
「メンドーだから、この辺りに引火しようと思うんですけどねぇ。僕が弁償する事になるんすかねえ? ああ、上の人がもみ消してくれないかなあ」
 シグレは冷や汗を流す。
 辺り一面には石油がまき散らされている。
「不慮の事故って事でいいですよねぇえ。管理会社が悪かった。そういう事にしときますかぁ」
 無味乾燥とした声が響き渡る。
 シグレは四つの腕のうち、一本の腕で子供三人をつかんだ後、出口へと向かう。
 すると。
 シグレの首に、何かが巻き付いていく事に気付く。
 あっという間に。
 シグレの首に細い何かが巻き付いて、彼を吊るし上げていく。
「ふふうぅ、まあ、こんなもんでしょ。終わりですね、と」
 シグレの全身は、ゆらゆらと空中で揺れていた。
 そして、数秒後。
 髪を編み上げにしたスーツ姿の男が地面に着地する。
「さてと、うーん、どうしますかあ? おい、ガキ共、発砲しなければ見なかった事にする、ッスよう? 後始末メンドーなんで」
「俺はガキじゃねぇ、ポルカって名前がある!」
 ポルカと名乗った貧相な身体の少年は銃口の引き金を引いた。
 少年の腕に、何かが巻き付いていく。
 それは、細く硬いワイヤーだった。
 彼の使っている武器は、どうもワイヤーのようで、ワイヤーを物に巻き付かせて切り刻んでいるみたいだった。
「どうせ、命中するわけないスよお? 無意味、無意味」
 編み上げ髪の男はつまらなそうに言う。
「ちなみに、僕はデュースって名だよ、宜しくぅ」
 彼は不敵に唇を歪めた。
「さあて、とぉ。あそこで吊られている、テルテル坊主の死体。どーしよかぁ、一応、通信機に付属しているカメラ機能で取って、ミソギ様に送るかなあん」
 ぱしゃ、ぱしゃ、っ、と、彼は写真を取っていく。
「さあてぇ、と。どーせなら、あんたら、アゴニーの下に行くのもいいかもねえ。彼女は子供大好きだから。なんなら、おじさんが彼女の場所、教えてあげよっかなあ? 彼女の方がミソギ様に近いかもよ? その代わり、あの美形の彼の弱点とか、何か知らない? たとえば、何か弱い言葉があるとかさあ」
 ワイヤー男は少女の頭を撫でていく。
「好みのタイプなんだよねえ、ああいうイケメンはねえ。ほら、俺、ストレートも好きだしさあ…………っ」
 ぼぎょじゅり、と、デュースの首が回転する。
 ばたりっ、と、スーツの男は地面に倒れる。
 シグレが、勢いよく呼吸する。
 透明な腕が、彼の首をねじ曲げたのだった。
 ワイヤーによって吊るされていたシグレが、地面へと着地する。
「ふう、死んだフリでかわせたけど。爪の甘い殺し屋だったな」
「おじさん……、あ、えっと、シグレさん、大丈夫なんですか?」
「ああ、まあな。ペアレントの腕を小さくして、気道の辺りに挟んでいたからな」
 シグレは汗だくになりながら、咽び続けた後、深く呼吸を行う。
 ドミネートの方も、上手く片付けてくれるだろうか……。



 少年兵の残党達を、どの地点で捨てていくべきかを考えている処だった。その辺りは、シグレに任せればいい。彼にとっては、どうでも良い事だった。
ガンシップは此方を誘導している。
 アレを落として、ミソギへの宣戦布告にするのもいい。
 ドミネートは、ミソギが宿泊しているホテルへと向かっていた。情報はシグレから得たものだ。少年兵達も、ミソギの宿泊場所を教えてくれたが、シグレが入手したものとは別の場所だった。ドミネートはシグレの方を信用する事にした。
 彼は路地裏を走っていた。
 他の通行人に気付かれないように、自分が暗殺者なのだと知られないように、都会の陰を過ぎていた。
 何者かが、自分を追っている。
 ガンシップを追っている自分を追っている。それに気付いた。
 ……ホテル××までは、この区画を通らなければならない。おそらくは正解だ。あのガンシップは、ホテルとは別ルートに着陸するつもりだな。
 繁華街も通る事になった。
 街を行く人々は、空に浮かんだガンシップに気付いていない。気付いていたとしても、それが人間を殺傷する兵器なのだと分からないのかもしれない。あるいはこの辺りは軍事施設が多い場所だ。何かの訓練に使っているのだろう、と、気に掛けないのかもしれない。
 ドミネートは、自分を狙っている者を、どう始末するべきかを考えていた。
 気配はつねに感じている。
 張り付いている足音は同じだ。
 あちらは、此方が気付いている、という事に、気付いているだろうか。
 無論、それを前提にして、動かなければならない。
 ドミネートは紙片を開く。街の地図だ。
 シグレから教えられた場所が近付いてくる。
 ホテルの目印は、近くに鉄塔がある事だった。
 その鉄塔の反対側に、ミソギが泊まっているホテルが建っている。
 ちゅん、と、ドミネートの横を弾丸がかすっていた。
 ドミネートは振り返る。
 ……馬鹿が。一撃をこの俺を仕留め損ねたな。
 ドミネートは、後ろを振り返る。
 どうやら、位置はビルの屋上の一つだ。
 ドミネートはその場所に向かわずに。
 壁へと命中した弾丸を探り当てる。
 壁面の一部がひび割れて、確かにライフルの弾がめり込んでいた。
 それを確認していた数秒後。
 あらゆる方角から、ライフルの弾丸が、彼に向かって撃ち込まれてきた。
 


 アゴニーは狙撃スコープを見ながら、嬉しそうに笑っていた。
 彼女は明らかに性的興奮を引き起こしていた。
 ライフルを愛撫しながら、陶酔した顔になる。
「うふふっ、うふふふふふ、ドミネート。お前はアタシに挿れられるんだ。楽しいな、嬉しいな。イケメンだしね。あのゴツい方をやらなくて済むんだから」
 彼女はライフルを静かに舌で舐めて行く。
 その後、ライフルの弾の一つを舌で愛撫していた。いつもならば、唾液が付いた弾は捨てなければならない。指紋を付けないように、つねに袋も嵌めているのだから。だが、今回、武器商人を護衛する際に、特殊な兵器を使う事にした。自分の痕跡を隠すのは、ずっとやりやすくなっている。
 彼女はライフルに弾丸を装填していく。
 引き金が引かれ。
 あらゆる場所から、弾丸の発射音が響いた。
「くく、はは、はは、アタシが何処から撃っているか分からないに違いない」
 スコープを見ながら、アゴニーは舌を打つ。
 どうやら、一撃目は目標に当たらなかったみたいだった。ドミネートの上着が地面に落ちて、孔だらけになっている。ドミネート自体は見失ったみたいだ。
 だが。
 彼女はタブレット型の通信機を取り出す。
 スクリーンには、あらゆる場所の映像が流される。
 この辺り一帯の監視カメラに接続している。
 ミソギの会食の場、宿泊ホテル、他にもこの街のあらゆる場所に部下を使って、監視カメラに設置させている。
 再び、上着を失ったドミネートを補足する。
 彼女は自らのライフルに弾を入れる、そして引き金を引く。
 一斉に、ドミネートへと弾丸が撃ち込まれていく。
 いつか、彼にかすり、血が飛び散っていくのが分かった。
「やった! 傷を付けた。これで隠れて逃げるのが、随分、難しくなっていくよねっ! 少しずつ、もっと少しずつ、優しく解きほぐしながら、ちゃんと頭に挿れてあげるんだから」
 彼女は興奮し続けていた。
 しかし……。
 彼女は指先を動かし続けて、あらゆるカメラの映像を見ていた。
ドミネートの姿が見当たらない。
 監視カメラの一台も壊されていない。
「あれ、おかしいなー。隠れたのー? ミソギ様を殺すんじゃなかったの? あのホテルに向かうには、数十台のカメラを潜らなければないわねー。その時に私に狙撃される。ほら、さっさと出てきたらどうー?」
 アゴニーは少しだけ、イライラした顔になる。
「ねえ、さっさと……」
 しゅん、と、何か、風のようなものが、アゴニーの首筋を通り過ぎる。
 振り向くと、一人の男が背後に立っていた。
「弾丸を撃ち込んでこない位置。それがお前の居場所なんじゃないか、って思った。まず、あらゆる場所に、無人で発射出来るようなライフルが仕掛けられていたな。壊そうとすれば、自動的に爆弾が爆発するような工作をされてな」
 それは赤い液体で光っているナイフだった。
 ドミネートは、それを握り締めている。
「俺のナイフを幾つも防弾チョッキに使わせやがって、しかし、その変なオモチャ。よく出来ているよな。弾を入れて、引き金を引くと、全てのライフルから発射されるのか?」
 黒く、長い髪の男は、まじまじと興味深そうに、使用すると信号を発する弾丸を眺めていた。
 アゴニーの首は、胴体からズリ落ちていく。
 彼女の意識は、首が落下して地面に落ちる前に失っていた。
 彼のナイフの一太刀によって、彼女の首は一瞬にして、一刀両断されたのだった。



 ガンシップから降りたのは、フェイスマスクで顔を隠した男だった。両眼と口のみを露出させている。彼が天の狂王と呼ばれる者だった。彼の素性は殆どの者が知らない、彼の素顔も一部の者達にしか知られていない。
 二人は、数名の使用人に囲まれながら、高級ホテルの中でくつろいでいた。
「狂王、お前も一本やるか?」
 ミソギはシガレットを差し出す。
「駄目ですな。私は薬物はやらない。狙撃に支障を来たしますし、ミソギ様、何故、そんな破滅的なドラッグをお使いになられるのですか? 貴方様程の者が、メタフェタミン入りの薬物を使うとは冗談にも思えませんよ」
「昔の癖でな。これを使っていると、自分が自分でいられるようになる。上物の酒も女も駄目だ。俺はこれで育った、言わば故郷の味だ」
「常人ならば、とっくの昔に廃人になっていますよ」
 マスクの男は露出した口に、ワインを注ぎ込む。
 彼はミソギにさえ、自らの顔を晒すのを避ける。
 狂王の正体は、殆どの者が知らない。
 彼は周りに、自身の素性など明かしたくないのだろう。
「先程、頭を砕いた少年兵の事が気がかりですか?」
「余計な詮索はするべきではないな」
 ミソギは厳しく告げる。
「お前には俺の“最高のレシピ”が与えられている。せいぜい、空を制覇してくれ」
 ミソギはパソコンを開き、次のビジネスに移っているみたいだった。
 どうやら、別の武器商人との取引みたいだった。
「マガイの売る武器は毒薬だ。奴は毒物を流して、古典的な貴族のように人を殺させる。あれは意外に金になるらしい。興味深いものだ」
 ミソギはワインを呷る。
 戦闘機乗りは立ったまま、彼を見ていた。
「俺は世界中が戦争状態になる事を望んでいるよ。そうすれば、俺は武器を売れる。俺の“会社”は儲かるんだよ。俺は金が欲しい。際限の無い程に金が欲しい。金はあればある程いい、武器を製造する工場を増やせるからな」
「ふふっ、怖ろしい御人だ」
 狂王は腕を組む。
「別に戦争じゃなくてもいいさ。大災害だろうが構わない。民族差別だってな。テロやレジスタンスに走る革命家共が増えたって構わない。俺は誰にだって武器を売るさ。たとえ、この俺を殺したい奴にだって売ってやる。相応の金を払ってくれるのならな」
 狂王は、主人の底の無い、生の空しさを感じ取っていた。それは彼の生い立ちにある。
「ミソギ様、貴方にとって、武器とは何なんですか?」
 彼の片腕は訊ねる。
「神様だ」
「では、金は?」
「資源だよ。更に武器を作る為のな。とても大切なモノだ。もっとも、取り引き相手の金融業者は、金が神様、武器はタダの資源だって言っているがな。紙幣を祭壇に飾ってやがるそうだぜ、傑作だろ」
 彼は低く、声を出して笑っていた。
 ミソギの部下の一人である黒服が通信機を片手に入ってくる。
「どうした?」
「デュースとアゴニーの二人が死亡したみたいです。敵は間違いなく、此方に向かっている」
 はあっ、と、ミソギは大きく息を吐いた。麻薬の煙が充満する。
「カサンドラの面子があるから、使ってやってみればこれだ……。まあいい。……どうする? 俺が直々に出向くか?」
 ミソギの片腕とも言える、狂王が声を上げようとして、ミソギが彼の前に手を伸ばした。
「お前は此処にいて、俺の武器と金を守れ。俺の命よりも大切なモノだ。“ティガー”を動かす。奴で駄目なら、やはり俺が出る」



 ドミネートは、物陰に隠れていた。
 彼はシグレの到着を待っていた。
 上手く敵を始末していてくれると助かるのだが……。
「捕捉しているぜぇ、お前らが何処に隠れているか何てな」
 ホテルの中から、一人の大柄の男が出てくる。シグレよりも、一回りも二回りも巨体の男だ。
 軍人崩れだろうか。それにしては、頭が悪そうだ。
「俺はティガー・ボルト。何処にいるか分かるんだよ、お前らがどんなに気配を殺していてもな」
 ドミネートはふうっ、と、溜め息を吐くと、大人しく、大柄の男の前に姿を現す。
 黄色い軍服のズボンの上に、緑色のタンクトップ。野生的な顔立ちの男だった。背中には背嚢を背負っていた。
「お前は何だ?」
 ドミネートはナイフを手にして訊ねる。
「俺は武器商人ミソギ傘下の虎男だ。陸の制覇者だ。俺は戦車の一個大隊より強いぜ?」
 ドミネートは。
 問答無用で、大男に向かってナイフを投げ付ける。
 大男は、ぱしりっ、と、ナイフを鷲掴みにして、ドミネートに向かって投げ返す。
「んんっ?」
 ティガー・ボルトと名乗った男の腕には、鎖のようなものが巻き付いていた。投げたナイフが、ブーメランのように、そのまま大男の顔面に向かって飛んでいく。大男は大きく息を吐く。すると、ナイフの軌道がそれて、別の場所へと向かっていく。
 ドミネートは、この敵の行動に、少し呆れながら、冷や汗を流す。
「俺の変形武器『クリプト・シー』はこんなものじゃないぞ?」
 絡み付いた鎖から、トゲが幾つも生え出して、大男の皮膚を裂こうとする。ティガーは即座に、巻き付いた鎖から逃れる。どうやら、瞬時に関節を外して、すぐに関節を戻したみたいだった。
「俺の力を見せ付けてやるぜっ!」
「やかましい。何か出す前に始末してやる」
 鎖はいつの間にか、長い棒へと変わっていた。ドミネートは最初に投げたナイフの一本を、何度も変形させて、ティガーを攻撃し続けていた。
 長い棒は、槍へと変わる。
 ドミネートは長い槍を振り回す。
 これで、敵を貫き、倒すつもりでいた。
 ティガーは背中の背嚢を地面に落として、中の物を両手に嵌めていた。
 それは、肉食獣のようなカギ爪だった。
 がきりっ、と。
 カギ爪が、ドミネートの槍を受け止める。
「それで、この俺様を殺せると思っていたのかよ? 何もさせずに? 本番はこれからだぜっ! ショー・タイムだっ!」
「雑魚っぽい言い回しだな」
 ドミネートが鼻で笑う。ティガーは眉をひく付かせる。
 カギ爪の爪の一つが、弾丸のようにドミネートの顔面へ向けて発射される。ドミネートは、それを首をひねってかわす。
 二人の背後で、大爆発が起きて、瓦礫の飛沫が飛び散っていく。
「お前……、本当に馬鹿だろ……?」
 ドミネートは、呆れて、口を引き攣らせていた。
「ははあっ! この俺様の爪の一本、一本は小型ミサイルになっているんだよっ! 元々は、ミソギ様がビジネスに使う為の商品だがな。小型化に成功しやがったのさ。ゆくゆくは各地のゲリラ共が応用して使うようになるぜっ!」
 ドミネートは、もし、自分に命中していれば、彼はどうやって爆撃に巻き込まれる事を、防いだのだろうか? と、疑問に思っていた。
「ふん。そんな企業機密を敵に漏らすとは無能の極みだな」
 ドミネートはますます、呆れ顔になっていく。
「俺の全身の皮膚の上に、透明な防護用の人工樹皮が張られているのは分かるか? つまり、そういう事だぜ」
 夜闇で見落としがちだったが、確かに男の髪から顔、それから腕や足、服の下には薄い膜のようなものが見えた。だが……。
 馬鹿そうに見えるが、この男は覚悟出来ている人間なのだろう。人工樹皮とやらも、どれだけの強度があるのか分からない。防弾チョッキの強化版とどれだけ大差があるのか分からない。
 こいつが、自分にとって脅威である事には変わらない。ドミネートは神経を研ぎ澄ませて、油断満身する事を止めにした。
 小型ミサイルが、もう一発、ドミネートへ向けて発射された。
 彼はそれを避けた、背後から爆発音と衝撃が此方まで来ない。……。
「まさか……」
 両手の爪、全てに爆発物を仕込んでいるわけではない、それによって此方の読みをねじ曲げようという作戦なのだろう。
 いつの間にか、ティガーの両手には爪が再び装着されていた。
 間髪いれずに。
 再び、ドミネートの武器が鎖へと変形して、ティガーの首へと絡み付いた。
「ふん、そんなもの、引き千切ってやる」
 鎖の先が、大きな鎌へと変形していく。
 ずしゅりっ、と、ドミネートの胸元が引き裂かれる。
 彼の胸から、鮮血が流れる。
「クソッ……、軽量の防弾チョッキを着ていたんだが。役に立たなかったな」
 ドミネートはコートを脱ぎ捨てた。
 がりがりっ、と、大鎌が、ティガーの首を落とそうとする、首回りの透明な樹皮を削り取っていく。鎖は今や、ティガーの首周りに巻き付いている部位以外は、強固な棒へと変わっていた。
 ティガーの拳が、大地に触れる。
 コンクリートの地面が砕かれていく。
「気付いているか? ティガー・ボルト、俺はずっと一本のナイフを変形させて、お前と戦ってきた、分かるな?」
 ドミネートはナイフを投げた。
 背後のビルの屋上の辺りだった。ナイフは矢のような形状へと変形していく。
 そして。
 数秒だった。
 数秒の間に、ドミネートはビルの屋上へ移動すると同時に、ティガーの首周りに大鎌を押し付けながら、彼の態勢を傾かせていた。屋上に着地した、ドミネートは更に、何本かのナイフを取り出して、ティガーの下へと投げ付けていく。彼の背負っていた背嚢を狙ったのだった。……爪はあの中に収納されていた。
 鎖付きで、刺さったナイフは、巨大な鉄球へと変わっていた。鉄球から針が生えていく、背嚢の中身をズタズタにしていく。ティガーが、この強引な戦法に、そして、ドミネートの力の柔軟さ、強さに気付いたのは、手遅れだった……。
 大男の背負っていたズックが光り輝くと。
 爆破炎上していく。
 ホテル周辺を巻き込み、周辺のビルの窓ガラスなどを割っていく事の爆発だった。この辺り一帯が、一つのクレーターへと変わっていた。
 ……あいつ、馬鹿だろ?
 ドミネートは鼻を鳴らした。



 外では戦闘音が聴こえてくる。
 二人は、それを楽しんでいた。
 他人の死も、自分も死も、極めて身近なものだった。
 だからこそ、自分達や周辺の人間達の死が、人生の快楽の一部になっているのだ。
「路上のストリート・チルドレンから成り上がった、少年兵だったこの俺にとって、唯一の神様が拳銃だった。それが真実だった。俺を引き取ったペドファイルのクソジジイとクソババアを殺したのも、武器だった。かつての奴らの豪邸が爆弾で燃え上がる瞬間、俺は理解したんだ。ガキの頃、俺よりもガラクタ売りの稼ぎのいい友人の財産を奪ってやる為に俺は地雷原に誘い込んでやった。奴の顔は眼の前で吹き飛んだ。俺はその時に武器こそが、兵器こそが、大量破壊兵器こそが俺の神様なんだって気付いた」
「金儲けの為ではなく、武器の生産の為に金が欲しいのですか」
「ある一定の位置に行くまでは、金も大きな神様だったんだがな。……あらゆるゴミみたいな価値を踏み躙ってくれる兵器、それが金だったのだからな」
 死の商人の言葉は、執念そのものだった。
 その哲学こそが、彼の人生を支えているものだった。
「狂王、お前は何の為に生きている? 何を信条として生きている?」
「私は国民の為に生きたいと思いましたよ」
 彼は少しの間だけ、眼を閉じた。
 ミソギは、それ以上の事を追求しない。
 突如、強大な爆発音がした。
 ホテルの防弾ガラスにヒビが生えて、一部が割れて、二人の下へとガラス片が降り注いでいく。
 狂王は来ていたコートを、瞬時に、ミソギに被せる。
 ミソギの腹心は、自らの命よりも、主人の生を気遣う。
「お怪我は無いですか? ……っ、それにしても、この安ホテルがっ! 防弾ガラスを何重に出来なかったのか? ミソギ様を危険な眼に合わせて……っ!」
「俺は怪我は無い、ティガーは敗北したようだな。それよりも、お前は?」
 フェイスマスクを被った男の背中と、腕の辺りに細かいガラス片が刺さっていた。彼はそれを一つ一つ抜いていく。
 彼は主人が傷一つ負わなかった事に、数瞬の間、強く満足感を覚えたみたいだった。
「敵は強いみたいだな、やはり俺が出向く」
「いえ……、私が…………」
「お前はパイロットだ。腕の治療を早くしろ。それに、どのみち、此処まで踏み込まれれば、お前のガンシップは役に立たない」
 死の商人は、自らの部下に強く命じる。



 ナイフを割れた窓の中に放り投げる。ナイフの先が鉤爪のように変形して、窓へと引っ掛かる。ナイフの柄には鉄の紐が括りつけられていた。
 ドミネートは、窓から、中へと突入する。
 中には誰もいない。トラップらしきモノも無い。
 だが、確かに奴の気配があった。
「いるだろ? 出てこいよ」
 彼は冷たく言い放った。
 くゆり、と。
 紫煙が天井へと流れていく。
「ほう? 俺が此処に残っている事をよく分かったな」
 黒服の男は無感動に言う。
「気配を消していなかった。……お前がミソギだな」
「そうだ。お前が首を狙っている男だ」
 二人の対面は、そっけのないものだった。
「お前の名は?」
「聞いてどうする」
「これから、ビジネスの交渉に入ろうと思うんだが。お前は俺とよく似ている瞳をしている。何の利害があって、俺を狙うのか分からないが」
 資本家は、含み笑いを浮かべていた。
「お前、俺のボディー・ガードにならないか? これだけ出す」
 ミソギは指先を立てていく。
 ドミネートは呆れる。
「ふざけやがって、……そんな金じゃ動かない。何よりも、それ程の大金に執着は無い。億か? それとも、兆くらいは出せるのか? 指先は三本、三億か? 三兆か? それとも、俺をコケにする為に時給三万、三千とか言い出すのか?」
「三国だ」
 ドミネートは、ひゅん、ひゅん、と、鎖ナイフを振り回す。
 そして、ミソギの言った事をよく聞き取れなかったみたいだった。
 おもむろに、ミソギはドミネートに跪く形で、膝を地面に落とす。そして、両手を握り締める。
「失礼しました。わたしは貴方に現金では還元出来ない地位をお与えしようと思うわけです。いかがしましょうか」
 ミソギの口調は、張り付けたように丁寧で、そして小奇麗だった。対象的に、彼の瞳は、ギラ付き、そして何処までも空ろだった。
 ドミネートは、口を開いたまま、鎖ナイフを地面に叩き付けていた。
「何を考えている?」
「わたしは三国を貴方に差し上げると言ったのですよ。××国と×国、それから、×国か×××国などいかがでしょうか?」
 今度は、ドミネートが腰を地面に下ろしそうになった。そして、奥歯を噛み締める。
「お前は……、正気で言ってやがるのか? 命乞いのつもりか?」
 こいつは……。
 こいつは、……、自らが、あらゆる国家の君主よりも、地位が上だと言っているのだ。
「××国は人口3億人、貴方が統治するのは良いですよ。最近、国際競技場も作られました。石油資源が豊富です。×国の方は人口1億人にも満ちませんが、何よりも海に面していて、自然が豊かに残っています。好きなように開拓されると良いでしょう」
 ドミネートは後ずさりする。
 ……こいつは……。一体、何を言っている?
「お前は、国家をこの俺に売ろうとしているのか?」
「ええ、貴方の指令一つで、これらの国々の主を恐喝致します。表向きの統治は彼らに任せますが、膨大な資源は貴方の手元に渡るのですよ。私と同じように、世界を裏から支配しませんか? 人口の増減、国策、国立設備、国家のデザインは貴方の手により行われるのですよ。どうでしょう? 国家の君主になられるのは」
 ドミネートは、奥歯を噛み締めていた。
「お前は……、戦争屋だったな」
「ええ、無論です」
 黒いスーツの男は、まるで邪悪な、生命を冒涜する悪魔のように見えた。
 ドミネートは心の中で、自らを恥じた。
 精神的に此方の方が押されている。こいつは自分を丸めこもうとしている。今、始末する必要さえ無いのだろう。自分が不必要だと判断すれば、容赦無く暗殺するだろう。今は、今だけは懐柔しようとしているのだ。
 絶対的で、圧倒的な力を有しているからこそ、ドミネートの前でへりくだる事が出来るのだ。
「取り敢えず、金を寄こせ。現金でだ。今は無いのか?」
 ドミネートは苦肉の策を出す。
 ミソギは立ち上がり、指先を弾く。
 すると、彼の背後から、彼の使用人らしき人物がトランクを持ってくる。
「ええ、この中には現金で、一億程、入っています。何ならトランクを追加しましょうか?」
「いや、それだけでいい。お前が開けろ」
 ミソギはトランクを開く。中には、札束がぎっしりと詰まっていた。
「貰うぞ」
 ドミネートはそれを受け取る。
「これは、なんだ。交渉内の“コーヒー”みたいなものだ。そう受け取らせて貰うぜ……」
 ドミネートは牽制するように言った。
「ええ、構いませんよ。そのトランクのモノは、応接室での一杯のコーヒー程度の値打ちですよ」
 完全に舐められている……、支配者は、そう感じた。
「二日……、いや、三日程、時間をくれないか…………」
「構いません、72時間で良いのですね?」
「それ以上になるかもしれん」
 武器商人の柔和な、邪悪で歪に、柔和な笑みを浮かべる。
「ああ、それから」
 そして……、ミソギは、まるで死刑執行人のような事を告げたのだった。
「もしかして、貴方の母親ですが…………」
 瞬間、ドミネートは、ミソギに向かって発作的にナイフを投げようとした。……寸前で止まった。
「生涯の保障は致します。我々の会社に任せて下さい」



 ドミネートは、シグレと落ち合う。
 建物の陰だった。
「どうだった?」
 シグレは急かすように言う。
「俺の負けだ。買収された。ミソギは……倒せない。奴は、……強過ぎる…………」
 ドミネートの顔は、短い時間の間で、強く憔悴していた。
 シグレは、彼の言い草をまるで理解出来なかった。彼はもっと冷静沈着な筈だ。何事にも動じない男だと思っていたからだ。
「無傷だな……。お前、何をされたっ!」
「資本に負けたんだ。それから奴は…………、俺の母親を人質にすると暗に言いやがった。俺には護るべき家族がいる。シグレ……、お前がそうであったように……」
 ドミネートはミソギから貰ったトランクを開ける。そして、中にある幾ばくかの札束を、シグレに向かって放り投げた。
「元少年兵共の今後の未来の為に使ってやれ。…………」
 大男は、札束に唾を吐き、それを踏み潰す。まるで、自らの呪われた人生を払拭したいかのように、彼はその物体を念入りにアスファルトでグシャグシャにしていた。
「ふざけるな、俺は行くぜ」
 シグレは背中から、半透明の腕を生やす。
 モニカンの大男は、ミソギのいるホテルへと向かっていった。
「勇敢だな。俺は今は降りるぜ。……力が必要だ。奴を暗殺する為のな…………」
 ドミネートは奥歯を噛み締めていた。
 ミソギ……。世界を裏から操る軍事産業に手を染める男。
 彼とは、三日後に再び、交渉するという約束を取り付けている。答えは決まっている。NOだ。
 その間に、自分の母親を安全な場所に避難させる必要がある。
 射撃音が鳴り響いた。
 シグレが血塗れで、ホテルから振ってくる。
 おそらく、返り討ちにあったのだろう。
 その後で。
 おそらくは、シグレが付けたのだろう。ホテルの所々が発火し始めていた。



 ミソギは右の袖の中に仕込んだ自動小銃を、再び、袖の中に戻す。
「ドミネートは三日後、俺を殺しに来るぞ」
 武器商人は、淡々と言った。
「あの大男はトドメを入れますか?」
 機関銃を手にした男達の一人が、ミソギに訊ねる。
「どうでもいい。好きなようにしろ」
 狂王が、別の部屋から顔を出す。
「あの男の家族は、私の部下に張り込みをさせましょうか?」
「必要無い」
 ミソギは煙草に火を付ける。
「見たか、狂王。これが金と武器の力だ。奴は簡単に膝を折った」
 ガンシップのパイロットは、無言で上司の横顔を見ていた。
「護るべき者がある奴は、この俺を殺せない。それが資本の力だ。俺が手にしているのは、世界の覇権そのものだ」
 彼の煙草は危険な薬物が混入されていた。
 彼はしばらくの間、襲い掛かってくる幻覚を見て、それを愉しんでいた。
「奴は結局、中途半端な選択をした。俺の部下になって、統治者になるわけでもなく、仲間の厚意に応えて、俺の話を完全に無視するわけでもなくな。読めた、それが奴の力量だ。強力な能力者なのだろうが。奴は資本の数字を前にして押し潰されたんだよ」
 戦争屋は吐き捨てるように言っていた。まるでそれ以外に、この世界に何の価値も無いとでも言うかのように。あるいは、実際、彼は金と武器と数字以外にこの世界に価値を見い出せないのだろう。
 ホテル全体が炎に包まれていく。
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