925 / 1,046
クリスマス会(2)まちぼうけ
しおりを挟む
授業中の廊下を通って、敷地内の奥にある体育館に向かう。
「お話では、無人の体育館から鈴の音が聞こえたとか」
やんわりと訊くと、校長は頷いた。
「はい、そうです。児童も教員も聞いています」
「鈴というのは?神社にあるようなあんなのですかねえ?」
「そうですねえ。まあ、鈴ひとつではないし、あれなのかな?」
校長が思い出すように言い、僕達も、幾つかの鈴が同時に鳴っているのを想像した。
神社関係か?元は田んぼだったとかいうし、そちら関係で祀られていた何かだろうか。
児童が刺繍した布製のペンケースを展示した家庭科室の前を通り、体育館に近付く。
「いるな。いるけど、これは……」
「うん。弱いねえ」
まあそれでも、注意は必要だ。
校長は扉の前で待っていてもらう事にして、僕と直で、扉を開け、中へ入った。
シャンシャンシャララア シャンシャンシャララア
赤いワンピースを着た児童が、リズムを取りながら鈴を振っていた。音楽で使うリングベルだ。
「鈴だな」
「鈴だねえ」
それでその子は顔を上げてこちらを見たが、ガッカリとしたような顔をして下を向いた。
「こんにちは。僕は御崎といいます」
「ボクは町田ですぅ」
「あなたの名前は?」
女の子は警戒するように、半歩下がった。
「ボク達は警察官、おまわりさんだよう」
直がニコニコとして言い、それで僕達はバッジを出した。
それで信用してはくれたのだろうか。その子は、
4年3組、陣川千陽です
と言った。
うん。僕も子供の扱いは昔より慣れたとはいえ、人見知りしている子に喋らせるのは無理だな。直に任せよう。
「ここで何をしているのかねえ?」
アイコンタクトで、直が質問にまわる。
待っているのよ
今日はパパが必ず来てくれるって言ったもん
「今日は、何の日だったかねえ?」
クリスマス会だよ
「ああ、そうかぁ」
パパ、遅いなあ
今日も仕事かなあ
来るって言ったのに……
千陽は俯いて口を尖らせ、そして、消えて行った。
僕達は校長を振り返った。
校長は彼女の姿を見えず、声も聞こえていなかったらしい。ただ、鈴の音だけが聞こえたのだろう。
「鈴の音が、今、これですよ、これ」
ビクビクとしていた。
「校長。4年3組の陣川千陽という女子児童は、こちらに在籍していましたか」
訊くと、校長は驚いたような顔になり、次いで、悲しそうな顔をした。
「陣川千陽ですか。ええ。去年まではおりました。ちょうど今頃、事故で死んでしまったんですが」
僕と直は顔を合わせ、小さく頷いた。
校長室に場所を移し、陣川千陽ちゃんについて訊いた。
それによると、千陽ちゃんは一人っ子で、大人しくて寂しがりな子だったらしい。
1年生の時に母親が妊娠し、弟か妹ができると喜んでいたが、2年生の始めに胎盤剥離で母子共々死亡。父子家庭になったそうだ。
父親は子供をかわいがっていたが、仕事が忙しく、参観日や学校行事に参加する事はできなかったらしい。それでも千陽ちゃんは我慢していたが、4年生の時、クリスマス会には参加できそうだと父親が言ったので、とても楽しみにしていたそうだ。
その日に出張から帰って来るパパが、ブローチをお土産に買って来てくれるから、それをつけて、学校のクリスマス会に出る、と。
しかし急いで学校へ向かう父親の乗るタクシーが多重事故に巻き込まれて父親は死亡。
まだそれを知らずに待ち続けていた千陽ちゃんは、
「パパの嘘つき!」
と叫んで表に飛び出し、足を滑らせて近くの用水路に転落。そのまま死亡した。
「はあ」
溜め息が3つ重なった。
「陣川千陽ちゃんが待っていると言うなら、今でも父親が来るのを待っているんですよ」
校長は沈鬱な表情で言い、冷めたお茶を啜った。
「父親の死を知らず、か。
父親の方はどうなってるんだろうな」
直がスンと鼻を啜って答えた。
「その事故なら、現場はわかるよう」
「いるかどうかわからないが、行ってみるか」
僕と直は、事故現場に向かう事にした。
「お話では、無人の体育館から鈴の音が聞こえたとか」
やんわりと訊くと、校長は頷いた。
「はい、そうです。児童も教員も聞いています」
「鈴というのは?神社にあるようなあんなのですかねえ?」
「そうですねえ。まあ、鈴ひとつではないし、あれなのかな?」
校長が思い出すように言い、僕達も、幾つかの鈴が同時に鳴っているのを想像した。
神社関係か?元は田んぼだったとかいうし、そちら関係で祀られていた何かだろうか。
児童が刺繍した布製のペンケースを展示した家庭科室の前を通り、体育館に近付く。
「いるな。いるけど、これは……」
「うん。弱いねえ」
まあそれでも、注意は必要だ。
校長は扉の前で待っていてもらう事にして、僕と直で、扉を開け、中へ入った。
シャンシャンシャララア シャンシャンシャララア
赤いワンピースを着た児童が、リズムを取りながら鈴を振っていた。音楽で使うリングベルだ。
「鈴だな」
「鈴だねえ」
それでその子は顔を上げてこちらを見たが、ガッカリとしたような顔をして下を向いた。
「こんにちは。僕は御崎といいます」
「ボクは町田ですぅ」
「あなたの名前は?」
女の子は警戒するように、半歩下がった。
「ボク達は警察官、おまわりさんだよう」
直がニコニコとして言い、それで僕達はバッジを出した。
それで信用してはくれたのだろうか。その子は、
4年3組、陣川千陽です
と言った。
うん。僕も子供の扱いは昔より慣れたとはいえ、人見知りしている子に喋らせるのは無理だな。直に任せよう。
「ここで何をしているのかねえ?」
アイコンタクトで、直が質問にまわる。
待っているのよ
今日はパパが必ず来てくれるって言ったもん
「今日は、何の日だったかねえ?」
クリスマス会だよ
「ああ、そうかぁ」
パパ、遅いなあ
今日も仕事かなあ
来るって言ったのに……
千陽は俯いて口を尖らせ、そして、消えて行った。
僕達は校長を振り返った。
校長は彼女の姿を見えず、声も聞こえていなかったらしい。ただ、鈴の音だけが聞こえたのだろう。
「鈴の音が、今、これですよ、これ」
ビクビクとしていた。
「校長。4年3組の陣川千陽という女子児童は、こちらに在籍していましたか」
訊くと、校長は驚いたような顔になり、次いで、悲しそうな顔をした。
「陣川千陽ですか。ええ。去年まではおりました。ちょうど今頃、事故で死んでしまったんですが」
僕と直は顔を合わせ、小さく頷いた。
校長室に場所を移し、陣川千陽ちゃんについて訊いた。
それによると、千陽ちゃんは一人っ子で、大人しくて寂しがりな子だったらしい。
1年生の時に母親が妊娠し、弟か妹ができると喜んでいたが、2年生の始めに胎盤剥離で母子共々死亡。父子家庭になったそうだ。
父親は子供をかわいがっていたが、仕事が忙しく、参観日や学校行事に参加する事はできなかったらしい。それでも千陽ちゃんは我慢していたが、4年生の時、クリスマス会には参加できそうだと父親が言ったので、とても楽しみにしていたそうだ。
その日に出張から帰って来るパパが、ブローチをお土産に買って来てくれるから、それをつけて、学校のクリスマス会に出る、と。
しかし急いで学校へ向かう父親の乗るタクシーが多重事故に巻き込まれて父親は死亡。
まだそれを知らずに待ち続けていた千陽ちゃんは、
「パパの嘘つき!」
と叫んで表に飛び出し、足を滑らせて近くの用水路に転落。そのまま死亡した。
「はあ」
溜め息が3つ重なった。
「陣川千陽ちゃんが待っていると言うなら、今でも父親が来るのを待っているんですよ」
校長は沈鬱な表情で言い、冷めたお茶を啜った。
「父親の死を知らず、か。
父親の方はどうなってるんだろうな」
直がスンと鼻を啜って答えた。
「その事故なら、現場はわかるよう」
「いるかどうかわからないが、行ってみるか」
僕と直は、事故現場に向かう事にした。
10
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
未亡人クローディアが夫を亡くした理由
臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。
しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。
うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。
クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【R18】やがて犯される病
開き茄子(あきなす)
恋愛
『凌辱モノ』をテーマにした短編連作の男性向け18禁小説です。
女の子が男にレイプされたり凌辱されたりして可哀そうな目にあいます。
女の子側に救いのない話がメインとなるので、とにかく可哀そうでエロい話が好きな人向けです。
※ノクターンノベルスとpixivにも掲載しております。
内容に違いはありませんので、お好きなサイトでご覧下さい。
また、新シリーズとしてファンタジーものの長編小説(エロ)を企画中です。
更新準備が整いましたらこちらとTwitterでご報告させていただきます。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる