体質が変わったので

JUN

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独占(3)早朝の公園にて

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 ツンと、異臭がまだする。
「大事に至らなくて良かったよ」
 会社から帰って来た均は、そう言って胸を撫で下ろした。
「壁の塗料が燃えにくいものだったらしくてね。それでなかなか燃えなかったらしいわ」
 八重子がそう言って、ほう、と溜め息をつく。
「窓を閉めていたから煙も入って来なかったしね」
 聖子が小さく笑う。
「真冬で助かったな」
 均はそう言って笑い、ついでのようにくしゃみをした。
「あらあら。暖冬暖冬って言ってる割に急に寒くなったから。
 早いけど、バレンタインデーのプレゼントよ。均はこれ。聖子さんはこれね」
 八重子はそう言って、2人の前にマフラーと手袋を置いた。
「うわあ、ありがとう!いい色だなあ」
 そこで聖子も、持って来た。
「じゃあ、私ももう今渡すわ。
 はい。均さんと、これはお義母さんに」
 どちらもマフラーだ。
「うわあ、あったかそう!ありがとうな」
「いい色じゃない。ありがとう、聖子さん」
「いいえ、私こそありがとうございます、お義母さん」
 手編みのマフラーと手袋を各々眺め、この時ばかりは、ボヤ騒ぎも忘れたように笑い合っていた。

 翌日は土曜日で、均と聖子は一緒に散歩がてら買い物に出掛けていた。手編みのマフラーと手袋をつけて、だ。
「でもやっぱりお母さんは流石ね。目がきれいだわ」
「聖子のも十分きれいだよ?」
 にこにこしながら、並んで歩く。
「子供が生まれたら、こうやって親子3人で散歩したいわね」
「そうだなあ。楽しみだなあ」
 そう言った時、その声は聞こえた。

     させない 出て行け
     邪魔な女
     出て行かないなら 殺してやる

「え?」
 ギョッとして辺りを見回す。どこから聞こえた声か2人共よくわからなかったが、その囁くような声ははっきりと聞こえた。
「何?今の」
「声がしたよな?」
 しかし、ジョギングしている人や散歩している人はいるが、皆そこそこ遠い。
 と、聖子のしているマフラーが生きているように動いて、首を絞め付け始めた。
「え!?く、苦し――!」
 外そうとするが、外れない。
「聖子!?うわ!?」
 均が外そうとしたが、手の自由が奪われ、動かせない。
「何で!?腕が動かない!!」
 2人共パニックになる。

 それに、浄力を当てると、2人はヘナヘナと膝をついた。
「かはっ!はあ……はあ……」
 ダラリと当たり前のように垂れ下がったマフラーを緩めて聖子さんが息をつき、均さんが手袋を取り去ってその背中をさする。
「大丈夫か!?何だったんだ!?」
 僕と直はそんな2人のそばに立って、マフラーと手袋から叩き出した念が凝って人型をとったものに対峙していた。
「もう大丈夫ですからねえ」
 直が言いながら、2人を結界で囲う。
「あれは?」
「階段で背中を押したものですよう」
「そして、火を点けた人物の、生霊です。
 そうですね、吉田八重子さん」
「え!?」
 2人は凍り付いたようにそれを見つめた。
「そんな、何で」
「お袋が?まさか」

     邪魔な女 子供までできただなんて
     泥棒ネコが
     また 死ななかった

 2人はそれを聞いて、顔色が真っ白になっていた。
「息子を独占したかったんですか」

     よその女なんかに渡すか
     ここまで育てたのは私だ

「子供はいずれ、巣立っていくものですよ」

     うるさい!
     よくも邪魔をしたな
     殺してやる ころし……ウッ

 その時変化があった。
「お義母さん?」
 それが苦しむようなそぶりを見せたのだ。それに2人は思わず心配そうな顔を向け、その先で、それは元通りにしゃんと立った。いや、力を増した。
「誠人、能見さん。吉田八重子さんの自宅に急行しろ。今、急死したらしい」
 走り出す能見さんと誠人を、均さんと聖子さんが、驚いたように見送る。
「ええ!?急死!?」
「何でですか!?」
「生霊を飛ばすのは危険だからねえ。高齢だし、心臓がもたなかったんでしょうねえ」
 直の説明で、均さんと聖子さんは、ペタンと地面に座り込んだ。

     コロシテヤル
     ヒトシニチカヅクオンナハ
     ジャマダ シネ シネ シネ!

 僕は肩越しにチラリと均さん達を見た。
「こうなっては、もう祓うしかありません。いいですね」
「……はい」
「均さん!」
「お願いします」
「わかりました。
 直、逝こうか」
「はいよ」
 目の前で、八重子さんの霊が憎しみを糧にグンと大きくなった。


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