体質が変わったので

JUN

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独占(1)階段の黒い影

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 毛糸が編棒によって、編まれていく。マフラーだ。編む手つきはよどみなく、出来上がりは美しい。
 しかし、それを編んでいる人物は、眉間にしわを寄せ、ブツブツと不満を小声で洩らしていた。
「邪魔な女。あんなヤツ、死ねばいいのに。死ね、死ね、死ね、死ね」
 一目毎にその呟きが染み込み、呪詛となってまとわりついていく。
「死ね、死ね、死ね、死ね――」

 聖子は手芸屋に足りなくなった毛糸を買い足しに来ていた。もうすぐバレンタインデーだ。チョコレートは既製品だが、結婚したての夫に、手編みのマフラーをプレゼントしようと思って編んでいた。
 同居している姑は、息子である聖子の夫に手袋を編んでいる。
 聖子と夫のひとしは社内恋愛をして結婚し、早くに夫と死別していた姑と同居していた。
 姑の八重子はにこにことした人で、家の事を何でもマメにやるタイプだ。聖子ともケンカすることなくほどほどに仲良くやっている。
 そんな姑にも、聖子は感謝の意味も込めて、マフラーを編んでいた。
 用事を済ませて、階段を下りようとした時だった。いきなり何者かが、聖子の背中をドンと強く突く。
「キャッ!?」
 転げ落ちそうになったが、すぐ横にあった手すりを掴む事ができ、どうにか踏みとどまる。
 そこで、聖子はサッと背後を振り返った。
「え?」
 だが、誰もいない。
「大丈夫ですか」
 近くにいた人が、声をかける。
「え、ええ。あの」
 誰か、私の背中を押しませんでしたか。そう訊きたいと聖子が思って口を開きかけたが、その高校生グループが怪訝な表情を浮かべて上を見ている事に気付いた。
「あの?」
「おかしいなあ。今、誰かが背中を押したように見えたんだけど……」
「そうよね。黒っぽい人影を確かに見たんだけどなあ」
 そこで、お互いに顔を見合わせて、言った。
「まさか」
「幽霊?」
「……」

 その件が陰陽課に知らされ、調べに行ったのは能見さんと誠人で、報告書を書いて持って来た。
「被害者は吉田聖子さんで、今は何も憑いていませんでした」
「現場となったショッピングモールの階段にも、居ついた霊はいませんでした」
 2人の報告を聴き、訊き返す。
「それで、今後の対処は?」
 御崎 怜みさき れん。元々、感情が表情に出難いというのと、世界でも数人の、週に3時間程度しか睡眠を必要としない無眠者という体質があるのに、高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった。その上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった霊能師であり、キャリア警察官でもある。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「通りすがりのものだとしたら、どうしましょう?」
 能見さんが困ったように首を傾げる。
「念のために、霊能師協会で札を買って身に着ける事を勧めるとか?」
 誠人が、考えながら答える。
「恨まれている様子もないんだったら、そうだねえ。まあ、その程度かねえ」
 町田 直まちだ なお、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いである。そして、キャリア警察官でもある。
「何か気になるかねえ?」
 報告書を改めて読んでいると、直も覗き込んで来た。
「そういうわけでもないんだが、妊娠中だろ。産婦人科で、産めなかった人とかの恨みを買ってたりとかもあり得るかなあと」
「でも、憑いてないしねえ。
 あ。ここで偶々見かけて、イラッとしたとかならあるかもねえ」
「だろ。これ、生霊かも知れないぞ」
「生霊は厄介だよねえ」
「ああ。面倒臭い事にならないといいな」
 その望みは薄いと、勘が告げていた。


 
 
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