体質が変わったので

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霊能師という生き方(2)迷う死者

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 山道を、僕、直、刑事課の刑事、鑑識係の警官、手錠と腰縄を付けた犯人が登って行く。
 資産一切を奪った後で殺して埋めたのがこの山だとはわかっているらしいが、ハッキリとした場所がわからないのと、被害者がその場に残っているかも知れないとの事で、陰陽課に依頼が来たのだ。
 被疑者は、顔見知りのOLを会社帰りに拉致。暴行を加えた上で通帳とキャッシュカードを奪い、暗証番号を聞き出し、殺してこの山に埋めたという。
 現金を引き出した時の映像がキャッシュコーナーのカメラで録画されているし、被害者の毛髪と血痕が車と部屋に残されているので、ほぼ容疑は固まっているのだが、遺体を見つければ完璧だ。
「どこだ?」
 3月にしては暑いゴールデンウィーク並みの陽気で、歩いていると、汗が流れて来る。
「暑いぃ。休憩しようよ、刑事さん」
 顎を出す被疑者に、刑事が厳しい目を向ける。
「お前が殺して埋めたっていう自覚があるのか?」
「向こうはもう死んでるけど、こっちは生きてるから熱中症にもなるし」
「……くっ。文句は達者だな。少し休憩しましょうか」
 配慮を十分にしてやらないと、近頃は弁護士がうるさい。被害者に対するよりも気を使っているんじゃないかと思うくらいだ。
「いえ、その必要は無いようですよ」
 僕は、少し先を指した。
「あの山桜の下に女性の霊がいます。人着からして被害者かと思われます」
 刑事達が一様に厳粛な面持ちになり、被疑者だけが、
「やっとかあ。暑いぃ」
と言って欠伸をする。
「おい!」
 ムッとしたように刑事が言うが、被疑者には通じていない。
 嘆息して、僕達は近付いた。

 掘り返していくのを、被疑者は退屈そうに、被害者の霊は無表情で見ていた。
 汗だくになりながら、ようやく遺体が出ると、ホッとしたような気持ちで、被疑者以外は手を合わせた。
「これで、家に帰れますよ」
 霊は自分の白骨化した遺体を見降ろし、涙をこぼした。

     ずっと 寂しくて 暗くて 冷たくて

「すぐに見つける事ができずに、申し訳ありませんでした」

     痛かった 怖かった
     どうして私がこんな目に

「全ては裁判で明らかにします。あなたの無念も、苦しみも」
 霊が見えず、声が聞こえない皆は、被疑者以外は、わからないなりに想像し、神妙な顔で聞いている。被疑者だけが詰まらなさそうにして、
「なあ、見付かったんだし、帰ろうぜ。もういいんだろ?あっつい」
と言っている。
 霊はそんな被疑者を睨み、言った。

     あいつが殺したのに

 怒りからか、気配を強めていく。

     なんであんなに 他人事みたいなの
     反省なんて全くしてないのね

「待って下さい。腹が立つのは十分わかりますよ」
「落ち着いてねえ?」
「え?何事ですか?ちょっと、御崎係長?町田係長?」
 刑事達が、何事かと緊張した。
 その間にも気配を強め続け、とうとう、一般人にも見えるようになった。
 暴行のせいで、顔は腫れ、鼻と片目は潰れ、耳はそがれ、全身に及ぶ打撲と切り傷と骨折で体中血がこびりついて、変形している。凄惨な姿だ。
「うわ」
「酷い……!」
 口々に言葉が漏れ、警官達は怒りと同情の表情を浮かべる。
「おいおいおい」
 やっと被疑者も慌て始めた。が、自分の身の心配だろう。

     ユルサナイ
     ライゲツ ケッコンシキダッタノニ

「落ち着いて下さい。被疑者はもう逃げられませんから」

     ドウシテ カバウノ?
     ワタシガ コンナメニ アッタノニ

「全て法廷で明らかにして、法で裁きますから」

     コロシタクセニ ドウシテイキテルノ?
     ワタシハアンナニ クルシカッタノニ
     ワタシハアンナニ イタカッタノニ

「もうあなたは、苦しまなくていいんです。逝きましょう」

     コイツヲ コロシタラ キガハレル
     シネ シネ コロシタイ コロス

「ダメです。それではあなたが救われません」
「被疑者は、生きながら反省して、後悔して、苦しむんですよう」

     ユルセナイ ユルシタクナイ

「あなたの手を、汚してはいけない。
 あなたの優しさを、フィアンセもご家族も同僚の方も皆愛していました。そんな事をすれば、あなたが傷つく。やめて下さい。お願いします」

     アア、ああああ!!

 彼女は号泣した。
 それに、そっと浄力を当てると、彼女はキラキラと光って形を崩し、立ち上って行った。
「旅立たれました」
 皆、合掌する。
 被疑者だけが、悪態をついていた。
「脅かせやがって」
 刑事が被疑者をキッと睨み、胸倉に手を伸ばすのを、同僚が止める。
 被疑者はニヤニヤと勝ち誇ったようにしていた。
「人権的に配慮しないと」
「お、よくわかってるねえ。流石、若いのに警視さんだねえ」
「でも」
「ん?」
「夢までは知りませんよ。夢に彼女が出ても、祓うとかいうものでもないですし」
 直も頷く。
「そうだねえ。幻覚や幻聴までは、霊能師の管轄じゃないしねえ」
「おい?」
 被疑者がうっすらと慌て始め、警官達は、ああそうかという顔付きになる。
「さあ、帰りましょうか」
「待てよ、おい!」
 別に僕達が何かをするわけでもない。夢を見るかも知れない、幻覚を見るかも知れない、幻聴が聞こえるかも知れない。そんな自己暗示に囚われるのは、被疑者の勝手だ。
 僕達は、悠々と山を下り始めた。


 
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