体質が変わったので

JUN

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二度の死(3)帰って来る死者

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 朝を待って、気配を辿る。途切れたのは家の裏手で、おかしなものはない。
 山の中、村の中を歩いてみても、召喚の仕掛けなどは見られない。住民達も不安に怯えながらも、夜に出歩かないようにと注意し合っている。
 後手に回るのは悔しいが、夜、鬼を待つしかない。
 僕達は寺の本堂を借りて、直達には夜まで仮眠してもらう事にし、僕は村の中を歩き出した。
 2月に入ったばかりで、日は短い。皆、暗くなる前に用事を済ませておくために、どことなく急ぎ足だ。
「お母さん、見て!」
 阿武野家の前に来た時、利之君の声がして、僕は庭の中を覗き込んだ。
 昨日は一般人には見えなかった母親、昌恵さんの霊が、家族には見える程度にハッキリとしていた。親子3人で縁側に並んで座っている。
「阿武野さん」
 声をかけると、3人が顔を上げた。
「昌恵さんですよね。これはいつからですか」
 訊くと、久志さんと昌恵さんは困ったような顔をしたが、利之君は嬉しそうに答えた。
「朝起きたら、お母さんが帰って来てたよ!前より元気で、お話もできるんだよ!」
「そうなのか。
 あの?」
 久志さんは立ち上がってこちらに来ると、小声で、
「朝、妻が戻ってきていまして。もう少しだけお願いします。和尚さんは、百箇日にあの世に行くと言っていましたから、それまで」
と言って、頭を下げる。
 縁側では、絵本を見る利之君を見ながら、チラチラと心配そうに昌恵さんがこちらを見ていた。
「……なにかあれば、すぐに祓いますよ」
「はい!」
「鬼の件は御存知ですね」
「はい――まさか?」
「疑いはあります。もしそうなら、祓う事になります」
「……わかりました。その時は、仕方がありません」
 久志さんと昌恵さんは頭を下げ、僕は阿武野家を出た。
 ちらりと振り返ると、幸せそうに親子3人が笑っている。
「鬼になりかけの霊か?動物を食って、強くなったとも考えられるが……。
 まあ、見張りは付けておこうか」
 そうでない事を祈りながら、監視のための目を残して、そこを離れた。

 暗くなり始めると真っ暗になるのが早い。
 僕は直達に、阿武野家の話をしておいた。
「じゃあ、昌恵さんの霊が、鬼の候補かねえ」
「そうなるな」
 鍋島さん達は困ったような顔をした。
「その人が鬼じゃないといいですね」
「疑わしさは抜群だけどな」
「鬼にならずにこのまま成仏できればいいですよね」
「まあ一応、監視は続けよう。それと、鬼の正体が別の場合もある。警戒はしておこう」
「はい」
 僕達は別れて、気配がしないか探っていた。
 
 午後9時を回った頃だった。
「昌恵さんが出かけるようだぞ」
 緊張が満ちる。
「追いかけるかねえ」
 僕達は気配を探りながら、後を尾けた。
 昌恵さんはフラフラと歩いていく。
 その足が、ある家の前で止まった。
「どこ行くの!?外に出たら危ないからダメって言われたでしょう!?」
「隣だから大丈夫!ケンチの教科書、返すの忘れたから!宿題あるもん!」
「すぐに帰って来るのよ!?」
「はあい」
 そんなやり取りが聞こえて来る。
 昌恵さんはそれをジッと聞いていたが、不意に気配が変わったかと思うと、セーターとスカートから白装束に服装が変化し、体がごつく筋肉質になる。
「逝くぞ」
「はい」
 子供が飛び出して来る前に、鬼に変じた昌恵さんに接近する。
「ダメです、昌恵さん」

     グウウッ!

 振り返るその顔は、目が吊り上がり、額には2本の角が生え、口元には牙が生じており、まさに鬼そのものだ。
「子供を中へ」
「はい!」
 八分さんが子供を玄関から出て来た所で捕まえ、中に押し込める。

     ヨコセエ!
     喰イタイ!

 昌恵さんは飛来した札を器用に避け、長い爪の生えた両手を振り上げて鍋島さんに向かおうとした。
「祓う」
「待って!!」
 刀を出した僕の背後から、誰かが飛びついて来る。
「阿武野さん!?どうして――!」
「妻がそっと出て行くのに気付いて――そんな事より、待って下さい!妻は、一時的に錯乱しているだけです!まずは説得させて下さい!お願いします!妻を2度も死なせないで下さい!」
 迷ったのは一時だった。
「一度だけですよ。それも、これ以上は近寄らないで。それでだめなら、祓います。いいですね」
「怜!?」
「……わかりました」
「直、鍋島さん、札の準備を。八分さんは門の前で待機。万が一の時、そこを通すな。茜屋さんは道を封鎖。逃がすな」
「は、はい!」
 全員がスタンバイして、万が一に備える。その中で、身構える昌恵さんに、阿武野さんは話しかける。
「昌恵!落ち着いてくれ。元気になって戻って来てくれて嬉しいよ。食べられるようになって、腹が減ったのか?だったら俺が、美味いものを作ってやる。初めて俺が作ったのは握り飯と味噌汁だったな。握り飯は握り過ぎで味噌汁は出汁を入れ忘れたけど、お前は美味い美味いと言って食ってくれたよな。
 今は、どうにかあの時より上手にできるぞ。なあ。帰って、利之と3人で、食べよう?な?」

     グ……ああ……
     あな、た……

 ホッとしたような雰囲気が流れた。
 と、思いがけない事が起こった。
「お母さん!」
 突然走り込んで来た子供が、大人の間をすり抜けて昌恵さんに飛びついて行く。
「利之!?どうして!?」
 久志さんの悲愴な声が響いた。

 

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