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肉まん(2)完全犯罪
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2月の冷たい空気が骨まで冷やすようだ。
「寒いなあ、全く」
所河はエアコンが本当についているのか、再度確認した。
「すぐに温まるわよ。
それまで、これでもどう?肉まん」
由佐が、湯気を上げる肉まんを取り出す。由佐夏帆、付き合う事になった先輩だ。美人で明るく、優しい。
「肉まん?」
「ええ。嫌いだった?」
「いや、好きだよ」
「良かった。実は今、肉まん作りにはまっててね」
「へえ。では早速――うん、美味い!凄く美味しいよ!」
「そう?良かった」
所河と由佐は、にっこりと笑い合った。
「でも、松園さん、本当にどうしたのかしらね。失踪なんて……。何か知らない?」
「さあ。ちょっと暗いところもあったし、地味だし、あんまり興味なかったからなあ。
それより、由佐先輩――いや、夏帆が気になってたし」
「まあ」
由佐は笑って、熱いお茶を淹れに立った。
松園頌子が恋人と同棲していたというアパートに行ってみたが、それらしい霊はいなかった。
恋人の所河英人に憑いているかと思って視たが、こちらにもいない。
子供の頃に両親が離婚し、頌子は母親と暮らしていたが、母親は2年前に病死している。
「後は、会社とか、離婚前に住んでいた家とか、父親とかかな」
「離婚前に住んでいたのはちょうど会社の近くだねえ」
「ついでに行ってみるか」
「そうだねえ。
それにしても、会社での評判は悪くないねえ、所河」
「ああ。爽やかで優しい頼もしい二枚目だもんな」
さっきアパートに女性と帰って来た所河を思い出す。
「笑顔が薄っぺらくないか?」
「胡散臭いよねえ」
言い合っていると、ふっと気配がよぎった。一瞬の事で、捕まえようもない。
「今の、松園さんかな」
「だとしたら、やっぱり……か、ねえ」
「……どこかに身を隠しているだけとかだったら良かったのに……」
僕と直は、重い溜め息をついた。
由佐が帰ると、所河は風呂に入る事にした。
泊まって行かないかと誘ったのだが、
「父親が心配するから」
と帰って行った。
送って行くと言うと、
「そこでタクシーを拾うから」
と、固辞して出て行った。
あまりしつこくするのも良くないだろう。
「まあ、その内」
所河は上機嫌で、湯に浸かった。
頌子の遺体も、上手く見つからないように処理した。死体が出ない内は、ただの失踪だ。遺書があるわけでもなく、警察に届けを出したとしても、探すわけではない。
「バレなきゃいいんだ。このまま隠し通せば、完全犯罪だな」
笑って、熱い湯から上がる。
ふと、浴室内の鏡が目に入った。
湯気で曇っているので良く見えない。
「曇り止めを塗っておくかな。その内、夏帆も一緒に入るかも知れないし」
想像してニヤニヤとしながら、何となく、鏡の曇りを手で払った。
「え――!?」
そこにあり得ないものを見て、バッと振り返る。
「……いない?まあ……そうだよな……気のせいだ、気のせい。頌子はいないんだから」
さっきまで汗が出るほど熱くなっていたと言うのに、急に寒気がして、もう1度所河は湯船に入った。
由佐は、アパートから離れると、きつい目つきでアパートを振り返った。
「許さない」
その声を聞く者は、誰もいなかった。
「寒いなあ、全く」
所河はエアコンが本当についているのか、再度確認した。
「すぐに温まるわよ。
それまで、これでもどう?肉まん」
由佐が、湯気を上げる肉まんを取り出す。由佐夏帆、付き合う事になった先輩だ。美人で明るく、優しい。
「肉まん?」
「ええ。嫌いだった?」
「いや、好きだよ」
「良かった。実は今、肉まん作りにはまっててね」
「へえ。では早速――うん、美味い!凄く美味しいよ!」
「そう?良かった」
所河と由佐は、にっこりと笑い合った。
「でも、松園さん、本当にどうしたのかしらね。失踪なんて……。何か知らない?」
「さあ。ちょっと暗いところもあったし、地味だし、あんまり興味なかったからなあ。
それより、由佐先輩――いや、夏帆が気になってたし」
「まあ」
由佐は笑って、熱いお茶を淹れに立った。
松園頌子が恋人と同棲していたというアパートに行ってみたが、それらしい霊はいなかった。
恋人の所河英人に憑いているかと思って視たが、こちらにもいない。
子供の頃に両親が離婚し、頌子は母親と暮らしていたが、母親は2年前に病死している。
「後は、会社とか、離婚前に住んでいた家とか、父親とかかな」
「離婚前に住んでいたのはちょうど会社の近くだねえ」
「ついでに行ってみるか」
「そうだねえ。
それにしても、会社での評判は悪くないねえ、所河」
「ああ。爽やかで優しい頼もしい二枚目だもんな」
さっきアパートに女性と帰って来た所河を思い出す。
「笑顔が薄っぺらくないか?」
「胡散臭いよねえ」
言い合っていると、ふっと気配がよぎった。一瞬の事で、捕まえようもない。
「今の、松園さんかな」
「だとしたら、やっぱり……か、ねえ」
「……どこかに身を隠しているだけとかだったら良かったのに……」
僕と直は、重い溜め息をついた。
由佐が帰ると、所河は風呂に入る事にした。
泊まって行かないかと誘ったのだが、
「父親が心配するから」
と帰って行った。
送って行くと言うと、
「そこでタクシーを拾うから」
と、固辞して出て行った。
あまりしつこくするのも良くないだろう。
「まあ、その内」
所河は上機嫌で、湯に浸かった。
頌子の遺体も、上手く見つからないように処理した。死体が出ない内は、ただの失踪だ。遺書があるわけでもなく、警察に届けを出したとしても、探すわけではない。
「バレなきゃいいんだ。このまま隠し通せば、完全犯罪だな」
笑って、熱い湯から上がる。
ふと、浴室内の鏡が目に入った。
湯気で曇っているので良く見えない。
「曇り止めを塗っておくかな。その内、夏帆も一緒に入るかも知れないし」
想像してニヤニヤとしながら、何となく、鏡の曇りを手で払った。
「え――!?」
そこにあり得ないものを見て、バッと振り返る。
「……いない?まあ……そうだよな……気のせいだ、気のせい。頌子はいないんだから」
さっきまで汗が出るほど熱くなっていたと言うのに、急に寒気がして、もう1度所河は湯船に入った。
由佐は、アパートから離れると、きつい目つきでアパートを振り返った。
「許さない」
その声を聞く者は、誰もいなかった。
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