体質が変わったので

JUN

文字の大きさ
上 下
561 / 1,046

一家惨殺(4)救い

しおりを挟む
 外の捜査員を呼んで榊弁護士の介抱に当たらせ、気持ちも新たに向かい合う。
「どうして宅間さんに憑いているんですか」
「そりゃあ、私達を殺した人ですから」
 宅間さんが体を小さくして耳を塞ぎ、榊弁護士は、
「や、やめろ」
と力なく言う。
「10年も?恨んで取り殺すとかしないままで?」
 元也さんは苦し気な顔になりながらも、言う。
「主は、許せと仰った。憎んではならないと。だから、せめて反省をしてもらいたいと……」
 一家が揃ってキリスト教信者だった事を思い出した。
「でも、痛かった。苦しかった」
「せめて子供だけでも助けてとお願いしたのに」
 元也さんと昌子さんは言い、顔を歪める。
「どうしておじさんは私達を殺したの?」
 一茂君が無邪気に、本当にただ疑問をぶつけるだけという感じで訊く。
「痛かったし、怖かったの。どうして?私達、何かしたの?」
 美夏ちゃんが、どこか心配そうに言う。
「あ……ああ……」
 宅間さんは泣き始め、頭を抱え込んだ。
「すみません、すみません」
「どうしてなんですか?どうして私達は、殺されなければならなかったんですか?」
「なぜあなたは平然と生きて来られたんですか?」
 元也さんと昌子さんに質問され、宅間さんは表情を失くした。
「……興味本位だよ。殺してみたかった」
「やめろ、宅間さん!」
 ギョッとしたように榊弁護士が言うが、その声も、聞こえているのかどうか。
「役者を目指して、バイトで食って、オーディションを受けては落ちて。あの前の日も、エリートサラリーマンのオーディションを受けて、落ちた。エリートサラリーマンの気持ちなんてわかるかよ。
 次は殺人者の役のオーディションがあって。殺してみたら、わかるかと思った。
 その時、幸せそのもの、順調そのものに見える添川さんを見かけて……この人にしよう。この人で、まあいいやって」
 言って、薄っすらと嗤う。
「……それで、わかったのか?」
 訊くと、宅間さんは僕を正面から見た。
「抵抗されて、こっちもケガをして痛かったり、だんだんと臭いがしてきてイライラしたり、それだけだったな。雨が上がって、食べ物も無くなって、それで家を出たんだ。
 オーディションは、落ちた。
 それで、役者は諦めた。色々と職を転々として、何となく榊さんを思い出して、こっちに仕事は無いかと思って来てみたら、倒れて」
 全員が、溜め息をついた。
「俳優がいちいち全てを経験するわけないでしょう。想像ができない、そんな別の部分で落ちたんじゃないですかね」
 宅間さんは嗤って頭を振ると、
「どうでもいい。もう、どうでもいい」
と言った。
「そんな事で私達を?」
「全く、反省もしていないようだな」
 怒りを押し殺した声で、添川夫妻は言った。
「それだけなの?」
「どうでもいいの?」
 悲しみをこらえるように、子供達が言った。
「反省を期待したのが間違いだったのね」
「恨んではいけない、憎んではいけない。私には、無理だ」
 食いしばった歯の間から押し出すように声を絞り出した添川さんは、宅間さんを睨みつけた。両目から、血の涙が流れる。
「待って下さい、添川さん」
「止めないで」
 昌子さんが僕に言って、怒りを膨らませて行く。
「お父さん」
「お母さん」
 子供達が、悔しさ、怒り、悲しみ、そういう感情を高めていく。
「だめです、添川さん!」
「怜!」
「……祓う」
「仕方ないよねえ」
 宅間さんの襟首を掴んでベッドから引きずり下ろし、
「下がってろ」
と短く言い置く。
 榊弁護士と捜査員達が宅間さんをドアまで引きずって下がらせ、直が守りの位置に入る。
「しっかり見ておけ。お前が2度、殺したんだ。この一家を」
 4人の霊が合わさって大きく強くなるそれを見ながら、刀を出す。

     ユルサナイ ドウシテェ

「添川さん。せめて、家族揃って、向こうへ逝って下さい」

     オマエモシネエ!

 掴みかかって来る腕をかいくぐり、刀で胴を払い、浄力を流し込む。

     アアアアア!!
     クヤシイ!くるしい!憎い!

「イエス!そこにいますか!」
 イエスキリストが、そこに顕現した。

     ああ……!神よ!

 添川さん一家は光る砂のようになりながらも歓喜の表情を浮かべ、慈愛の表情をしたイエスに見守られながら、消えて行った。
「済みませんでした、お呼び立てしてしまって。ありがとうございました」
「いえ。我が子を、ありがとう」
 イエスもおっとりと言って、消えて行った。
 後には、呆然とする一同と、僕と直が残った。
「い、今の、は」
 榊弁護士が言うが、
「イエスキリスト」
と答えると、失神した。
「宅間伸行さん。あなたはこれから、真摯に己の行動を振り返り、反省しなければなりません。それがあなたにできる、唯一の償いですよ」
 宅間さんは呆然としていたが、顔を歪め、泣き出した。

 僕と直は、お土産を買って、警視庁に戻った。
 あの後逮捕され、捜査員達と戻って来た宅間は、別人のように素直に取り調べに応じているという。
「お疲れさん」
「ありがとうございます。
 これ、徳川課長にお土産です。かつおのたたきと鯰のかば焼き。冷凍だから、冷凍庫に入れておきますね」
「うわ、ありがとう!今夜早速いただこうっと」
「皆は、お菓子だねえ」
 配り始める。
「10年ぶりの逮捕で、どこの新聞もトップだよ。陰陽課も褒められたよ。表向きには陰陽課の手柄とはならないけどね」
「あの一家の無念が晴れて、旅立てたのが何よりですよ」
「欲がないねえ、怜君も直君も」
 徳川さんと沢井さんは苦笑して、
「せっかくだ。お茶にしよう」
と、皆でお菓子を食べる事にした。
 本当に、ただ、一家の冥福を祈るのみだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。 しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。 うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。 クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

【R18】やがて犯される病

開き茄子(あきなす)
恋愛
『凌辱モノ』をテーマにした短編連作の男性向け18禁小説です。 女の子が男にレイプされたり凌辱されたりして可哀そうな目にあいます。 女の子側に救いのない話がメインとなるので、とにかく可哀そうでエロい話が好きな人向けです。 ※ノクターンノベルスとpixivにも掲載しております。 内容に違いはありませんので、お好きなサイトでご覧下さい。 また、新シリーズとしてファンタジーものの長編小説(エロ)を企画中です。 更新準備が整いましたらこちらとTwitterでご報告させていただきます。

処理中です...