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パールリング(4)謎は全て溶けた
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翌朝、僕と直は2人と向かい合うように、応接セットに座っていた。
田崎さんも三木本さんも、緊張した面持ちながら、背筋をしっかりと伸ばし、堂々としている。
「まず言っておかなければならないのは、これが真実だと確信してはいますが、状況証拠であり、証明はできないという事です。
構いませんか」
2人はしっかりと頷き、
「それは致し方ないだろうな」
「そこまで無茶を言うつもりはない」
と言った。
「では、まずはこれを」
そう言うと、畑田さんが打ち合わせ通りに、カップケーキを2人の前に置く。
2人はそれを見て、目を剥いた。
「なっ!?」
「どこにあった!?」
「落ち着いてねえ」
直が笑顔でなだめ、2人は浮かしていた腰を下ろす。
この風体でいきり立つと、もの凄く迫力がある。ちらりと振り返ると、案の定益田さんは失神して、五日市さんと郡さんに抱えられて机に寝かされていた。
「これはカップケーキ、外国のお菓子です。そしてこの上のパールリング。これは『アラザン』という、砂糖とデンプンからできた飾りです。
真珠を発見した一帯は、フランス領でした。フランスのポピュラーなお菓子であるこれがあるのは、当然でしょう。
フランス語では『Perle argente'e』、つまり、パール何とかです」
2人は唸って、僕を見、そしてカップケーキを見た。
昨日手作りして来たものだ。バターを室温に戻してクリーム状にし、砂糖、卵、薄力粉、ベーキングパウダー、牛乳を混ぜ、型に入れて180度のオーブンで30分程焼く。それを冷まして、粉糖と卵白を擦り混ぜたものを上に塗ってアイシングし、周囲にアラザンという丸い1センチの大きさのものをグルリと並べた。
色は、白いアイシングのものには白いアラザン、薄いピンク色を付けたアイシングのものにはピンクのアラザンを並べ、まるで、白い真珠のネックレスと、ピンクの真珠のネックレスのように見える。
「これは、まるで……」
「ああ。真珠だ。本当に食べ物なのか?」
2人は、カップケーキを色んな方向から眺め始めた。
「しかし、なぜなくなった――あ」
言いかけて、田崎さんは気付いたらしい。
「はい。砂糖とデンプンからできているので、水に弱いんですよ。
思い出して下さい。その日はどしゃ降りの夕立だったんですよね」
「ああ。雨に濡れて、溶けたというわけか」
三木本さんは絞り出すように声を出した。
「はい。紙袋が破れていたんでしょう?雨に濡れて破れたんでしょうね。そこから中も濡れ、溶け、溶けたものも流れ出した。
あそこで真珠をたくさん買って隠していたというよりはこちらが納得できますし、それを置いて逃げ出すというのもおかしいかと。それに、小麦粉――ああ、メリケン粉や砂糖と一緒に保管していたというのも自然です」
2人は溜め息をついてから、顔を見合わせて笑い出した。
「なんてこった!」
「急いで隠したのと、そんなに縁のないものだったから、余計に間違えたわけだ!」
ひとしきり笑う。
「あと、囮にするために押したというのは――」
「ああ、それはいい。まず間違いなく、誰かにぶつかっただけだ」
「田崎」
「わかってたさ、本当は。それが戦場だ」
しんみりする2人に、直が言った。
「それから、何も残せなかったという事でしたけど、それはちょっと違いましてねえ。男の子が翌年生まれていて、実家の旅館を、今もご家族と経営されていますねえ」
「えっ!?」
「田崎!良かったなあ。貴様、父親だったんだな!」
「三木本――!」
「三木本さんの弟さんと妹さんも、香川で今も元気になさっていますねえ」
「あいつら――!」
2人は声を殺して泣き出した。
それを見て両班の皆ももらい泣きしているし、廊下から覗いている署員も、泣いていた。
「そうか。ありがとう。ほんとうにありがとう――!」
2人は立ち上がり、皆に向かって深々と頭を下げた。
「何の。兵隊さんのご苦労に比べたら。
今の日本は、兵隊さんのおかげです。こちらこそ、ありがとうございました」
大池さんが深々と頭を下げ返し、僕達もそれに倣う。
「さあさあ。どうぞ。せっかくですから」
大畑さんが紅茶を2人の前に出し、2人はソファに座り直して、手をきっちりと合わせてから、カップケーキをそおっと壊れ物のように持ち上げ、宝物を見るような目で眺めまわしてから、一口、齧った。
無言で咀嚼し、飲み込み、溜め息のような言葉を出す。
「ああ。甘い」
「甘くて美味い」
「日本は、このようなものが簡単に手に入るような、豊かな国になったんだな?」
「俺達は、無駄死にじゃなかった――!」
そして、残りのカップケーキを無言で食べ、紅茶を押し頂くように飲み、幸せそうに笑った。
そして、
「ご馳走様でした。
世話をかけました」
「本当に申し訳ない。そして、ありがとう」
「日本を、頼みます」
「どうか、どうか」
と言って、ピシッと敬礼する。
こちらも揃って、敬礼をする。
そしてそのまま、2人は光って崩れ、消えて行った。
それを敬礼したまま、僕達は見送った。
2色のパールリングのカップケーキに、ピンクの生クリームをバラの花の形に飾ったカップケーキ。
「どっちも食べたい!」
スイーツ好きの春日さんが悶絶している。
「まさか係長にこんな女子力があったとは……」
中条さんが愕然としたように言って、
「お前の負けだな」
と耳原さんに言われ、ガックリと肩を落とした。
どうせと思って大量に作ったので、これからカップケーキを食べようとしているところだった。
「よくわかりましたね」
下井さんが、ちゃっかり3種類共を取って写真に収めてから言う。
「まあ、正解かどうかは今ではわからないけど」
「いやあ、多分そうでしょう。真珠を大量に隠し持つなら持って逃げるでしょうし、そんな金持ちなら、小さい町の小さいケーキ屋じゃないでしょ、あの時代」
「何にせよ、良い時代になったものね」
ワイワイ言いながら、思わぬおやつの時間になった。
「いただきます」
「美味し」
「でも、元気そうで良かった、皆」
「益田さんは相変わらず、幽霊が苦手なんですね」
「うっ」
互いに近況を報告し合う。
「あ、町田係長、御結婚おめでとうございます!」
「乾杯しよう、乾杯」
紅茶で乾杯をしながら、兵隊さんに感謝と、冥福を祈った。
田崎さんも三木本さんも、緊張した面持ちながら、背筋をしっかりと伸ばし、堂々としている。
「まず言っておかなければならないのは、これが真実だと確信してはいますが、状況証拠であり、証明はできないという事です。
構いませんか」
2人はしっかりと頷き、
「それは致し方ないだろうな」
「そこまで無茶を言うつもりはない」
と言った。
「では、まずはこれを」
そう言うと、畑田さんが打ち合わせ通りに、カップケーキを2人の前に置く。
2人はそれを見て、目を剥いた。
「なっ!?」
「どこにあった!?」
「落ち着いてねえ」
直が笑顔でなだめ、2人は浮かしていた腰を下ろす。
この風体でいきり立つと、もの凄く迫力がある。ちらりと振り返ると、案の定益田さんは失神して、五日市さんと郡さんに抱えられて机に寝かされていた。
「これはカップケーキ、外国のお菓子です。そしてこの上のパールリング。これは『アラザン』という、砂糖とデンプンからできた飾りです。
真珠を発見した一帯は、フランス領でした。フランスのポピュラーなお菓子であるこれがあるのは、当然でしょう。
フランス語では『Perle argente'e』、つまり、パール何とかです」
2人は唸って、僕を見、そしてカップケーキを見た。
昨日手作りして来たものだ。バターを室温に戻してクリーム状にし、砂糖、卵、薄力粉、ベーキングパウダー、牛乳を混ぜ、型に入れて180度のオーブンで30分程焼く。それを冷まして、粉糖と卵白を擦り混ぜたものを上に塗ってアイシングし、周囲にアラザンという丸い1センチの大きさのものをグルリと並べた。
色は、白いアイシングのものには白いアラザン、薄いピンク色を付けたアイシングのものにはピンクのアラザンを並べ、まるで、白い真珠のネックレスと、ピンクの真珠のネックレスのように見える。
「これは、まるで……」
「ああ。真珠だ。本当に食べ物なのか?」
2人は、カップケーキを色んな方向から眺め始めた。
「しかし、なぜなくなった――あ」
言いかけて、田崎さんは気付いたらしい。
「はい。砂糖とデンプンからできているので、水に弱いんですよ。
思い出して下さい。その日はどしゃ降りの夕立だったんですよね」
「ああ。雨に濡れて、溶けたというわけか」
三木本さんは絞り出すように声を出した。
「はい。紙袋が破れていたんでしょう?雨に濡れて破れたんでしょうね。そこから中も濡れ、溶け、溶けたものも流れ出した。
あそこで真珠をたくさん買って隠していたというよりはこちらが納得できますし、それを置いて逃げ出すというのもおかしいかと。それに、小麦粉――ああ、メリケン粉や砂糖と一緒に保管していたというのも自然です」
2人は溜め息をついてから、顔を見合わせて笑い出した。
「なんてこった!」
「急いで隠したのと、そんなに縁のないものだったから、余計に間違えたわけだ!」
ひとしきり笑う。
「あと、囮にするために押したというのは――」
「ああ、それはいい。まず間違いなく、誰かにぶつかっただけだ」
「田崎」
「わかってたさ、本当は。それが戦場だ」
しんみりする2人に、直が言った。
「それから、何も残せなかったという事でしたけど、それはちょっと違いましてねえ。男の子が翌年生まれていて、実家の旅館を、今もご家族と経営されていますねえ」
「えっ!?」
「田崎!良かったなあ。貴様、父親だったんだな!」
「三木本――!」
「三木本さんの弟さんと妹さんも、香川で今も元気になさっていますねえ」
「あいつら――!」
2人は声を殺して泣き出した。
それを見て両班の皆ももらい泣きしているし、廊下から覗いている署員も、泣いていた。
「そうか。ありがとう。ほんとうにありがとう――!」
2人は立ち上がり、皆に向かって深々と頭を下げた。
「何の。兵隊さんのご苦労に比べたら。
今の日本は、兵隊さんのおかげです。こちらこそ、ありがとうございました」
大池さんが深々と頭を下げ返し、僕達もそれに倣う。
「さあさあ。どうぞ。せっかくですから」
大畑さんが紅茶を2人の前に出し、2人はソファに座り直して、手をきっちりと合わせてから、カップケーキをそおっと壊れ物のように持ち上げ、宝物を見るような目で眺めまわしてから、一口、齧った。
無言で咀嚼し、飲み込み、溜め息のような言葉を出す。
「ああ。甘い」
「甘くて美味い」
「日本は、このようなものが簡単に手に入るような、豊かな国になったんだな?」
「俺達は、無駄死にじゃなかった――!」
そして、残りのカップケーキを無言で食べ、紅茶を押し頂くように飲み、幸せそうに笑った。
そして、
「ご馳走様でした。
世話をかけました」
「本当に申し訳ない。そして、ありがとう」
「日本を、頼みます」
「どうか、どうか」
と言って、ピシッと敬礼する。
こちらも揃って、敬礼をする。
そしてそのまま、2人は光って崩れ、消えて行った。
それを敬礼したまま、僕達は見送った。
2色のパールリングのカップケーキに、ピンクの生クリームをバラの花の形に飾ったカップケーキ。
「どっちも食べたい!」
スイーツ好きの春日さんが悶絶している。
「まさか係長にこんな女子力があったとは……」
中条さんが愕然としたように言って、
「お前の負けだな」
と耳原さんに言われ、ガックリと肩を落とした。
どうせと思って大量に作ったので、これからカップケーキを食べようとしているところだった。
「よくわかりましたね」
下井さんが、ちゃっかり3種類共を取って写真に収めてから言う。
「まあ、正解かどうかは今ではわからないけど」
「いやあ、多分そうでしょう。真珠を大量に隠し持つなら持って逃げるでしょうし、そんな金持ちなら、小さい町の小さいケーキ屋じゃないでしょ、あの時代」
「何にせよ、良い時代になったものね」
ワイワイ言いながら、思わぬおやつの時間になった。
「いただきます」
「美味し」
「でも、元気そうで良かった、皆」
「益田さんは相変わらず、幽霊が苦手なんですね」
「うっ」
互いに近況を報告し合う。
「あ、町田係長、御結婚おめでとうございます!」
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