315 / 1,046
怪談(2)ずぶ濡れの猫
しおりを挟む
山下がコンビニへ行こうかと立ち上がった時、電話が鳴った。誰からだろうと思いながら出てみると、ただ、ザアザアという音がした。
何の音だろう。聞いた事はあるんだけどな。そう考えていると、「にゃあ」と声がして、電話が切れた。
あっけにとられるような気分で切れた電話を眺め、まあいいか、とポケットにしまい、家を出る。
部屋は2階で、エレベーターを使う程でも無い。エントランス奥の階段で下り始めた。
が、それに気付いて足を止めた。1番下の段に、水溜まりができていた。ここの階段は雨がかからないし、それ以前に、このところ雨は降っていない。
「誰か水をこぼしたのかなあ」
山下は水溜まりを避けて、階段を下り切った。
しかしその翌日も同じ電話がかかって来、階段の1番下とその上の段に水溜まりができている事がわかり、初めて山下は、気持ちの悪さを感じた。そしてその翌日、また同じ電話がかかって来、階段の下から3番目まで水溜まりができている事がわかり、電話のザアザアという音がどしゃ降りの雨音だと思い至って、背筋がゾクゾクとするのを感じた。
僕はその話を聞いて、階段を視た。
現時点では、何もいない。
「猫の声と水溜まりねえ。雨に日に猫でもはねましたかねえ」
直が訊いた。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「とんでもない。僕ははねてませんよ」
とんでもないと手と首を振る山下さんは、ウソをついているようには見えなかった。
「何か、変わった事でもありませんでしたか。例えば、猫の死体を見かけたとか」
そう訊くと、山下さんは、ああ、と頷いた。
「花火大会を見に行った帰りに山の上の展望台で休憩したんですが、その時、ひかれて死んでいるのを見ました。
そこで休憩をしながら、4人で1話ずつ怪談をしたんです」
山下さんは軽く言ったが、僕と直は引っかかった。
「怪談」
「はい」
「……どんな話を?」
「乗客を乗せて火葬場へ行くとそれが本人だったというタクシーの話、死期を知らせに来る死神のいる病院の話、仲間を呼ぶ幽霊のいる事故の多いカーブの話。それと、猫をはねたタクシー運転手が猫と同じようにトラックにひかれて死ぬ話をしました。猫の死体を見たので、創作で。
話し終わった時に猫が丁度鳴いて、それがドキッとしましたよ」
あははと笑って、僕と直の様子に、あれ、という顔をした。
「そこへ、案内してもらえますか」
行ってみると、見晴らしが良く、眼下には街並みと遠くに海がキラキラと陽光を反射しているのが見える。そして、ベンチ周辺には空き缶やたばこの吸い殻、ゴミが多く、それをボランティアか近所の人かが掃除してまとめていた。
「随分とにぎわってるんだな」
「元は夜景のきれいなデートスポットだったんだけど、暴走族が毎晩走るようになって、絡まれるからって、今は恋人ではなく暴走族でにぎわってるらしいねえ」
「ああ、走ってましたね、あの日も」
3人でベンチまで来ると、猫が9匹、日陰に寝そべっているのが見えた。
「あんた達、動物を捨てに来たんじゃないだろうね」
おばさんが言うので、直がいえいえと笑った。
「ドライブですねえ。そんなに多いんですかねえ」
「多いよ。犬に猫、アライグマやフェレットまで捨てられて住み付いてるよ。それで、走りに来る連中に毎日のようにひかれるんだよ。今日も、イタチと猫が死んでたよ、かわいそうに。
ここを何だと思ってるんだろうねえ」
「全くですよねえ」
おばさんは直相手に喋って気が晴れたのか、機嫌を直して帰って行った。
その間に周りを視ると、死んだ動物の霊がチラホラいた。
「怪談で寄って来たんだろうな。それで、猫が憑いたんでしょうね」
「猫の話のせいですか」
「雷雨の中で猫がひかれた。この中にもいたんじゃないかな、そんなのが」
「それで、同じだ、と」
「面白がったかねえ」
山下さんは、泣きそうな顔をした。
山下さんの家で、待つ。
と、気配がして来たな、と思うとほぼ同時に、電話が鳴り出した。
僕達はすぐに外へ飛び出す。
「やあ」
階段の中ほどより上に、猫がいた。雨にグッショリと濡れ、きちんと香箱座りをしている。電話を持っている様子はないが。
「にゃあ」
「あそこではねられたのか?でも、この人には関係ないだろう」
黙っている。
「怪談をしていて、脅かしてやろうと思ったのか?」
「にゃああ」
「猫の話で、腹が立ったか?」
「にゃあん」
猫は鳴くと、嗤ったとしか思えないような顔をして、スウッと消えた。
「ば、化け猫っ!」
山下さんは腰を抜かしたように座り込み、また1段近付いた水溜まりを恐ろし気に見ていた。
何の音だろう。聞いた事はあるんだけどな。そう考えていると、「にゃあ」と声がして、電話が切れた。
あっけにとられるような気分で切れた電話を眺め、まあいいか、とポケットにしまい、家を出る。
部屋は2階で、エレベーターを使う程でも無い。エントランス奥の階段で下り始めた。
が、それに気付いて足を止めた。1番下の段に、水溜まりができていた。ここの階段は雨がかからないし、それ以前に、このところ雨は降っていない。
「誰か水をこぼしたのかなあ」
山下は水溜まりを避けて、階段を下り切った。
しかしその翌日も同じ電話がかかって来、階段の1番下とその上の段に水溜まりができている事がわかり、初めて山下は、気持ちの悪さを感じた。そしてその翌日、また同じ電話がかかって来、階段の下から3番目まで水溜まりができている事がわかり、電話のザアザアという音がどしゃ降りの雨音だと思い至って、背筋がゾクゾクとするのを感じた。
僕はその話を聞いて、階段を視た。
現時点では、何もいない。
「猫の声と水溜まりねえ。雨に日に猫でもはねましたかねえ」
直が訊いた。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「とんでもない。僕ははねてませんよ」
とんでもないと手と首を振る山下さんは、ウソをついているようには見えなかった。
「何か、変わった事でもありませんでしたか。例えば、猫の死体を見かけたとか」
そう訊くと、山下さんは、ああ、と頷いた。
「花火大会を見に行った帰りに山の上の展望台で休憩したんですが、その時、ひかれて死んでいるのを見ました。
そこで休憩をしながら、4人で1話ずつ怪談をしたんです」
山下さんは軽く言ったが、僕と直は引っかかった。
「怪談」
「はい」
「……どんな話を?」
「乗客を乗せて火葬場へ行くとそれが本人だったというタクシーの話、死期を知らせに来る死神のいる病院の話、仲間を呼ぶ幽霊のいる事故の多いカーブの話。それと、猫をはねたタクシー運転手が猫と同じようにトラックにひかれて死ぬ話をしました。猫の死体を見たので、創作で。
話し終わった時に猫が丁度鳴いて、それがドキッとしましたよ」
あははと笑って、僕と直の様子に、あれ、という顔をした。
「そこへ、案内してもらえますか」
行ってみると、見晴らしが良く、眼下には街並みと遠くに海がキラキラと陽光を反射しているのが見える。そして、ベンチ周辺には空き缶やたばこの吸い殻、ゴミが多く、それをボランティアか近所の人かが掃除してまとめていた。
「随分とにぎわってるんだな」
「元は夜景のきれいなデートスポットだったんだけど、暴走族が毎晩走るようになって、絡まれるからって、今は恋人ではなく暴走族でにぎわってるらしいねえ」
「ああ、走ってましたね、あの日も」
3人でベンチまで来ると、猫が9匹、日陰に寝そべっているのが見えた。
「あんた達、動物を捨てに来たんじゃないだろうね」
おばさんが言うので、直がいえいえと笑った。
「ドライブですねえ。そんなに多いんですかねえ」
「多いよ。犬に猫、アライグマやフェレットまで捨てられて住み付いてるよ。それで、走りに来る連中に毎日のようにひかれるんだよ。今日も、イタチと猫が死んでたよ、かわいそうに。
ここを何だと思ってるんだろうねえ」
「全くですよねえ」
おばさんは直相手に喋って気が晴れたのか、機嫌を直して帰って行った。
その間に周りを視ると、死んだ動物の霊がチラホラいた。
「怪談で寄って来たんだろうな。それで、猫が憑いたんでしょうね」
「猫の話のせいですか」
「雷雨の中で猫がひかれた。この中にもいたんじゃないかな、そんなのが」
「それで、同じだ、と」
「面白がったかねえ」
山下さんは、泣きそうな顔をした。
山下さんの家で、待つ。
と、気配がして来たな、と思うとほぼ同時に、電話が鳴り出した。
僕達はすぐに外へ飛び出す。
「やあ」
階段の中ほどより上に、猫がいた。雨にグッショリと濡れ、きちんと香箱座りをしている。電話を持っている様子はないが。
「にゃあ」
「あそこではねられたのか?でも、この人には関係ないだろう」
黙っている。
「怪談をしていて、脅かしてやろうと思ったのか?」
「にゃああ」
「猫の話で、腹が立ったか?」
「にゃあん」
猫は鳴くと、嗤ったとしか思えないような顔をして、スウッと消えた。
「ば、化け猫っ!」
山下さんは腰を抜かしたように座り込み、また1段近付いた水溜まりを恐ろし気に見ていた。
10
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
未亡人クローディアが夫を亡くした理由
臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。
しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。
うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。
クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
【R18】やがて犯される病
開き茄子(あきなす)
恋愛
『凌辱モノ』をテーマにした短編連作の男性向け18禁小説です。
女の子が男にレイプされたり凌辱されたりして可哀そうな目にあいます。
女の子側に救いのない話がメインとなるので、とにかく可哀そうでエロい話が好きな人向けです。
※ノクターンノベルスとpixivにも掲載しております。
内容に違いはありませんので、お好きなサイトでご覧下さい。
また、新シリーズとしてファンタジーものの長編小説(エロ)を企画中です。
更新準備が整いましたらこちらとTwitterでご報告させていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる