体質が変わったので

JUN

文字の大きさ
上 下
314 / 1,046

怪談(1)怖いもの見たさ

しおりを挟む
 夜になっても暑い。熱帯夜というが、熱帯夜でない夜が最近どのくらいあっただろうか。これはもう既に、夏の夜の平均的気温ではないかと思う。
 それでも、山の上の夜景の見える展望台はまだ多少涼しく、時々吹く風にホッとする。
 大学生の山下 卓やました すぐるは、ジュースを一口含んだ。
 夜景の見えるデートスポットであるはずのここだが、残念ながらデートではない。男ばかり4人で花火大会に出かけた帰りで、休憩がてら怪談をしているのである。
「次、お前な」
 言われて考える。これと言って、知らないのだ。オーソドックスな、誰でも知っていそうなものしか知らないので困ったが、ふと、ついさっきも見かけたソレを思い出して、それらしく話す事に決めた。

 夏の日の事だった。突然の雷雨で、ほんの1メートル先も見えないような状態の中を、タクシーは走っていた。駅前等に行けば、客を捕まえられるかも知れない。
 雨脚の強い内にと、精一杯気を付けながらも、急ぐ。
 と、何か衝撃が響いて来た。
 やってしまったか!?でも、人影なんて全く見えなかったぞ!
 恐る恐るどしゃ降りの中に出てみたドライバーは、ああ、と呻いた。人ではなく、野良猫だったのだ。片目が潰れ、口から泡まみれの血を流している。
 可哀そうなことをしたとは思ったが、同じくらい、何だ野良猫かと拍子抜けもした。そして、雨の中を確認しに降りてずぶ濡れになったのに、と忌々しくすら思った。
 野良猫ならまあいいか。
 ドライバーは車に戻り、車を発進させた。
 狙い通り客も捕まえられて、ホクホクしてその日の業務を終えて営業所に帰るドライバーだったが、赤信号で車を停めた時、ゾッとした。助手席に、猫が座ってドライバーを見上げていたのだ。昼間撥ねた猫に似ている気がした。
 それがニャアンと鳴くと、片目が潰れ、口から泡まみれの血が流れ落ちた。
 ドライバーは悲鳴を上げて、車から転がり下りる。
 その時、交差点を曲がって来たトラックが運悪く通りかかり、ドライバーの体を巻き込んだ。
 トラック運転手の見ている前で、片目が潰れ、内臓が破裂して口から血を流すドライバーを見ていた猫は、ニャアンと満足そうに鳴いて、消え去ったという。

 話し終え、これはこれでよくある怪談だったかなと思ったが、いいタイミングというかなんというか、そこで猫がニャアンと鳴いたので、話した本人である山下も含めた全員がドキッとした。
「おお、びっくりしたぁ」
 お互いに誤魔化すように笑った。

 怪談で有名な噺家が、
「その後、彼を見た人はいません」
と言って話を終えると、スタジオのライトが1つ落とされ、薄暗くなった。
「古池の女ねえ。怖いなあ」
 僕はわずかにぬるくなりかけたアイスコーヒーを飲んだ。
 御崎 怜みさき れん、大学2年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「散々本物を見てるのになあ」
 兄が面白そうに言った。
 御崎 司。頭脳明晰でスポーツも得意。クールなハンサムで、弟から見てもカッコいい、ひと回り年上の頼れる自慢の兄である。両親が事故死してからは親代わりとして僕を育ててくれ、感謝してもしきれない。警察庁キャリアで、警視だ。
「それはそれ、だよ」
「まあ、刑事ドラマを見る刑事がいるのと同じだな」
 兄は納得したように言って、同じようにアイスコーヒーを飲んだ。
 夏の風物詩怪談を深夜テレビで見かけ、引き込まれて2人で見ていたのだ。
「子供の頃も、怖がるくせに毎年見てたもんだったなあ」
「ああ、確かに。幽霊なんていない、とか言いながらも、テレビを見たら怖くなって」
「間違いなくその夜はトイレが怖くなるんだよな。しばらく、フロで頭洗うのが怖くなった時もあったな」
「目ェつぶるのが怖くて。もし幽霊がいたらどうしようとか思うと……」
 風呂場でガラス戸をバンバン叩く女の霊、というやつだった。
「夜、眠くならないから、ずっと引きずるんだよなあ。それで1人でいると怖いから兄ちゃんの部屋に行ったり」
「今だから言うが、ベッドサイドで三角座りでジッとしてるのを夜中に目が開いた直後に見るのも、怖かったぞ」
「えへへ、ごめん、ごめん」
「よく、怪談したら本物が寄って来るって言うが、そうなのか」
「まあ、雰囲気に流されるとか、そういう心理状態になって何でもそれらしく見えて来るって事もあるけど、無いとはいえないかな。
 でもそれよりも断然怖いのが、肝試しかな。目撃例のある所へ面白半分に行ったら――っていうのは、よくある話だから」
「なるほどなあ。目撃例があるとは、そこにいるって事だからな。そりゃあ、何か起こる確率は上がるか」
 僕達はそんな話をしながら、次の『山中の廃ホテル』が始まったので、テレビに目を向けた。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。 しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。 うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。 クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

【R18】やがて犯される病

開き茄子(あきなす)
恋愛
『凌辱モノ』をテーマにした短編連作の男性向け18禁小説です。 女の子が男にレイプされたり凌辱されたりして可哀そうな目にあいます。 女の子側に救いのない話がメインとなるので、とにかく可哀そうでエロい話が好きな人向けです。 ※ノクターンノベルスとpixivにも掲載しております。 内容に違いはありませんので、お好きなサイトでご覧下さい。 また、新シリーズとしてファンタジーものの長編小説(エロ)を企画中です。 更新準備が整いましたらこちらとTwitterでご報告させていただきます。

処理中です...