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階段(4)20年目の再会
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事務員、学校図書館司書、購買部の販売員、学生食堂のおばさん。教師と違って異動もない人はいるもので、そこの古株に訊いてみたら、20年前の事故とやらについて聞かせてもらえた。
サッカー部の1年生が放課後に自主練習をしていて、足腰を鍛えようと例の階段を上り下りしているうちに、疲れから階段を転げ落ちて、脳挫傷で死亡。翌朝散歩に訪れた近所の人が発見したらしい。
亡くなった生徒は真面目で気弱、あまり運動は得意ではなかったが、仲のいい友人に誘われて仮入部して、そのまま退部できない空気の中、それならと前向きに取り組んでいた生徒だったらしい。その時の2年生に米山もいたそうで、補欠だったとか。そして、亡くなる前に「無理はするなよ」と声を掛けた、最後の目撃者だったらしい。
「ふうん。無理はするな、ねえ」
「昔は優しかったのかねえ?」
僕も直も、絶対にそれは無いと思っている。あれは、権力を傘に着て弱い者をいじめて楽しむのが大好きなタイプだ。後輩をいじめこそすれ、気遣うなんてするとは思えない。
「なあ、あの優しい階段の坂東君。その生徒かな」
「かもねえ」
「米山って、あの階段を避けてるそうだしな。上に行っても、極力階段には近寄らないらしいぞ。きっと、居残りで特別メニューでもやらせてたんじゃないか」
「もしかしたら、目の前で落ちたのを、怖くて放置して逃げたのかもねえ」
「そこまで?……無くも無いかな」
「……訊きに行ってみる?」
「5キロか……。面倒臭いけど、気になるしな」
「行ってみようよ。
あ、坂東君にお土産持って行こうよ。購買の新作メロンパン」
僕と直は、優しい階段を目指して歩き始めた。
米山は、ゼイゼイと息を切らせて上っていた。
上っても上っても、上に着かない。高校生の頃よりは体力も落ちたと言っても、おかしい。こんなに、長いわけがない。
足を止めると、後ろから誰かがピタリと付いて、言う。
「まだまだ」
「その声……は……坂東?」
「先輩、ほら、ファイト」
「ヒイッ」
振り返るのが怖い。米山は、前に、上に向かうしかなかった。
「ば、坂――」
「足上げて。たるんでますよ」
「クッ」
上る、上る、上る――。
「悪かったよ、謝る、なあ」
「今何段目ですか?ああ、最初からやり直しですかねえ」
「あ、ああああ、ああ……助け、て……」
米山の足は重く、肺は破れそうに痛い。
「坂、東……すまん……助け……」
ヒイヒイと言いながら、手すりにしがみつく。
「どうしたんですかあ、先輩。先輩がいつもしていることじゃないですか」
はあ、はあ、はあ、はあ……。
「根性が足りないんでしょ」
「坂東……」
「気合でやれるんでしょ」
「坂東……」
「お前の為、なんでしょう?先輩は体育教師なんだから、体力がいりますもんね。先輩の為です」
「坂東……!すまん、俺が悪かった!単に、うっぷん晴らしにやってた!俺が、お前を放り出して逃げた!すまん、許してくれ!」
米山は、ガタガタと震えながら、階段にへばりつくようにして頭を下げた。
「でも、またするんでしょう?」
「しない!もう2度と理不尽なしごきはしない!誓う!」
階段の下から、僕と直はそれを見ていた。
着いた時はもう米山はヘロヘロで、背後に立つ坂東君に、謝り倒していたのだ。
坂東君は僕達を振り返って、肩を竦めて口の前に指を立てて「シーッ」として見せると、米山に話しかける。
「本当に?」
「誓う、本当だ!」
「しかたないですねえ。では、終わりにしましょうか」
言われて、米山は這うようにしてあと数段の階段を上り、上に辿り着いた。
その後、木の間に身を潜める僕達の前を通って、鍵を拾った米山は這う這うの体で階段を下りて行き、自転車にまたがって去って行った。
「坂東君」
「先輩は未だにあんな事をして。進歩の無い人ですね」
坂東君は言って、階段の上から遠くを見た。
「米山は、あの日」
「どうせ救急車を呼ばれていても、助かりはしなかったんだし、それはもういいんだ。ただ、いつまでもうっぷん晴らしにしごきをするのは、やめて欲しかったんだよ」
「うん。やめて欲しいな、それは」
「嫌だよねえ」
僕も直も、同意する。
「約束してくれたし、もうしないかな」
だといいが……。
「坂東君はこれからどうするの」
「ぼく?ぼくはこのまま、ここで階段を上り下りする人を見守るよ。結構楽しいんだよ。やりがいもあるしね。リハビリにここを上り下りする人が、そのうちに元気に上り下りできるようになった時とか、本当に嬉しいんだ」
坂東君はニコニコとして、そう言う。
「そう。寂しくない?」
「大丈夫。色んな人が、結構来てくれるし、桜、花火、夜景、紅葉、星。楽しいよ」
「そう。辛くなったら、新しく、自分の為の人生に踏み出してね。これは言わば、坂東君の人生のリハビリみたいなもんだからな」
「うん、わかった。心配してくれてありがとう。
もう遅いから、帰った方がいいよ。気を付けて」
「じゃ、さよなら、坂東君――いや、坂東先輩」
坂東君は目を一瞬大きく開けて、ニッコリと笑った。
「うん。さよなら」
「さよならあ」
僕達は階段を下り、振り返った。大きく手を振る坂東君が見えたので、手を振り返して、歩き出す。
「大丈夫かねえ」
「そのうち、ここの階段の神様になってたりしてな」
「ありそうだねえ。
それはともかく、米山はどうかなあ」
「とりあえずは、筋肉痛だろ」
「ざまあみろ、だねえ」
米山が明日どんな姿で現れるか、想像して噴き出した。
「明日が楽しみだねえ」
「プッ。ククク」
空は晴れ、星が綺麗に見えている。明日の体育が楽しみだ。
サッカー部の1年生が放課後に自主練習をしていて、足腰を鍛えようと例の階段を上り下りしているうちに、疲れから階段を転げ落ちて、脳挫傷で死亡。翌朝散歩に訪れた近所の人が発見したらしい。
亡くなった生徒は真面目で気弱、あまり運動は得意ではなかったが、仲のいい友人に誘われて仮入部して、そのまま退部できない空気の中、それならと前向きに取り組んでいた生徒だったらしい。その時の2年生に米山もいたそうで、補欠だったとか。そして、亡くなる前に「無理はするなよ」と声を掛けた、最後の目撃者だったらしい。
「ふうん。無理はするな、ねえ」
「昔は優しかったのかねえ?」
僕も直も、絶対にそれは無いと思っている。あれは、権力を傘に着て弱い者をいじめて楽しむのが大好きなタイプだ。後輩をいじめこそすれ、気遣うなんてするとは思えない。
「なあ、あの優しい階段の坂東君。その生徒かな」
「かもねえ」
「米山って、あの階段を避けてるそうだしな。上に行っても、極力階段には近寄らないらしいぞ。きっと、居残りで特別メニューでもやらせてたんじゃないか」
「もしかしたら、目の前で落ちたのを、怖くて放置して逃げたのかもねえ」
「そこまで?……無くも無いかな」
「……訊きに行ってみる?」
「5キロか……。面倒臭いけど、気になるしな」
「行ってみようよ。
あ、坂東君にお土産持って行こうよ。購買の新作メロンパン」
僕と直は、優しい階段を目指して歩き始めた。
米山は、ゼイゼイと息を切らせて上っていた。
上っても上っても、上に着かない。高校生の頃よりは体力も落ちたと言っても、おかしい。こんなに、長いわけがない。
足を止めると、後ろから誰かがピタリと付いて、言う。
「まだまだ」
「その声……は……坂東?」
「先輩、ほら、ファイト」
「ヒイッ」
振り返るのが怖い。米山は、前に、上に向かうしかなかった。
「ば、坂――」
「足上げて。たるんでますよ」
「クッ」
上る、上る、上る――。
「悪かったよ、謝る、なあ」
「今何段目ですか?ああ、最初からやり直しですかねえ」
「あ、ああああ、ああ……助け、て……」
米山の足は重く、肺は破れそうに痛い。
「坂、東……すまん……助け……」
ヒイヒイと言いながら、手すりにしがみつく。
「どうしたんですかあ、先輩。先輩がいつもしていることじゃないですか」
はあ、はあ、はあ、はあ……。
「根性が足りないんでしょ」
「坂東……」
「気合でやれるんでしょ」
「坂東……」
「お前の為、なんでしょう?先輩は体育教師なんだから、体力がいりますもんね。先輩の為です」
「坂東……!すまん、俺が悪かった!単に、うっぷん晴らしにやってた!俺が、お前を放り出して逃げた!すまん、許してくれ!」
米山は、ガタガタと震えながら、階段にへばりつくようにして頭を下げた。
「でも、またするんでしょう?」
「しない!もう2度と理不尽なしごきはしない!誓う!」
階段の下から、僕と直はそれを見ていた。
着いた時はもう米山はヘロヘロで、背後に立つ坂東君に、謝り倒していたのだ。
坂東君は僕達を振り返って、肩を竦めて口の前に指を立てて「シーッ」として見せると、米山に話しかける。
「本当に?」
「誓う、本当だ!」
「しかたないですねえ。では、終わりにしましょうか」
言われて、米山は這うようにしてあと数段の階段を上り、上に辿り着いた。
その後、木の間に身を潜める僕達の前を通って、鍵を拾った米山は這う這うの体で階段を下りて行き、自転車にまたがって去って行った。
「坂東君」
「先輩は未だにあんな事をして。進歩の無い人ですね」
坂東君は言って、階段の上から遠くを見た。
「米山は、あの日」
「どうせ救急車を呼ばれていても、助かりはしなかったんだし、それはもういいんだ。ただ、いつまでもうっぷん晴らしにしごきをするのは、やめて欲しかったんだよ」
「うん。やめて欲しいな、それは」
「嫌だよねえ」
僕も直も、同意する。
「約束してくれたし、もうしないかな」
だといいが……。
「坂東君はこれからどうするの」
「ぼく?ぼくはこのまま、ここで階段を上り下りする人を見守るよ。結構楽しいんだよ。やりがいもあるしね。リハビリにここを上り下りする人が、そのうちに元気に上り下りできるようになった時とか、本当に嬉しいんだ」
坂東君はニコニコとして、そう言う。
「そう。寂しくない?」
「大丈夫。色んな人が、結構来てくれるし、桜、花火、夜景、紅葉、星。楽しいよ」
「そう。辛くなったら、新しく、自分の為の人生に踏み出してね。これは言わば、坂東君の人生のリハビリみたいなもんだからな」
「うん、わかった。心配してくれてありがとう。
もう遅いから、帰った方がいいよ。気を付けて」
「じゃ、さよなら、坂東君――いや、坂東先輩」
坂東君は目を一瞬大きく開けて、ニッコリと笑った。
「うん。さよなら」
「さよならあ」
僕達は階段を下り、振り返った。大きく手を振る坂東君が見えたので、手を振り返して、歩き出す。
「大丈夫かねえ」
「そのうち、ここの階段の神様になってたりしてな」
「ありそうだねえ。
それはともかく、米山はどうかなあ」
「とりあえずは、筋肉痛だろ」
「ざまあみろ、だねえ」
米山が明日どんな姿で現れるか、想像して噴き出した。
「明日が楽しみだねえ」
「プッ。ククク」
空は晴れ、星が綺麗に見えている。明日の体育が楽しみだ。
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