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傘(1)突然の雨
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梅雨に入り、毎日毎日雨が降る。かと思えばポッカリと晴天の日があり、洗濯もひと苦労だ。
「朝はあんなに晴れてたのに。だからいっぱい洗濯したのに」
僕は、空を恨めし気に見上げた。
御崎 怜、高校2年生。去年の春突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「部屋干しだねえ」
同じように空を見上げて、直が言った。
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので、本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
雨の日は部屋に洗濯物を干して除湿器をつけて乾かしているのだが、これが乾燥機よりも布は傷まないし経済的だし部屋も乾燥するしでいいのだが、それでもやっぱり、日光で乾かしたいものだ。
「はあ。しかたないな。帰ったら、軒下の洗濯物を部屋に入れよう。濡れないだけましだからな」
スーパーの入り口で持って来た折り畳み傘を出していると、中から出て来た大学生くらいの青年が、
「ゲッ、マジかよ。降って来たのか」
と空を見上げて呟き、傘立てからヒョイと一本掴み取ると、それを差して歩き出した。
他人の傘を差したのか、降らないと思いつつ傘を持って来ていたのか、これだけではわからない。
もし他人の傘だったら、困るだろうなとは思いながらも、僕達も、スーパーを離れた。
仁科はスーパーのビニール袋をぶら下げたまま、コンビニに入った。雑誌を買う為だ。ついでに少し立ち読みをしてから外に出ると、雨は上がっていた。
「忙しい天気だな、全く」
文句をひとつつけて、店を出る。
傘の事など、すっかり忘れていた。
学生用のワンルームマンションは、壁が薄く、雨音もよく聞こえる。夜半からまた降り出した雨は、静かに降り続いているようだ。
そこに、雨とは別の水音が混じる。
ポタリ。ポタリ。
それにかぶさるように、裸足で歩くような音。
ペタリ。ペタリ。
雨の匂いが急激に強くなり、仁科は夢現に、窓を閉め忘れたかな、と思った。
だが、布団に水が垂れる音に、目を開く。
人間というのは、驚き過ぎたら声も出ないものだと実感した。目の前に、全身ずぶ濡れの女性が立っていて、髪やスカートから水を滴らせて、自分を見下ろしていたのだ。
「――!」
金縛りというものも、初めての体験だ。意識はしっかりしているのに、指一本動かせないというのは本当だったんだな。そうどこか呑気に考えたのも、あまりの恐怖に、精神が逃げ道を探していたのかもしれない。
「かァえェしィてェ」
「な、な、何、を」
「かァさァ」
「かさ……傘?」
仁科の脳裏に、夕方スーパーで借りた――というか無断で使用した、傘が浮かんだ。
「かァえェしィてェ」
もう一度女の幽霊は言って、スゥッと消えた。
それで、仁科はガバッと跳ね起きた。
「あれ?やっぱり夢だったのかな?まあ、そうだよな。幽霊って」
独り言を言って短く笑い、寝直そうと横になりかけた時、それが目に入った。
床に広がる、水溜まりを……。
「朝はあんなに晴れてたのに。だからいっぱい洗濯したのに」
僕は、空を恨めし気に見上げた。
御崎 怜、高校2年生。去年の春突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、夏には神殺し、秋には神喰い、冬には神生みという新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、春の体質変化以来、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「部屋干しだねえ」
同じように空を見上げて、直が言った。
町田 直、幼稚園からの友人だ。要領が良くて人懐っこく、驚異の人脈を持っている。夏以降直も、霊が見え、会話ができる体質になったので、本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた、大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
雨の日は部屋に洗濯物を干して除湿器をつけて乾かしているのだが、これが乾燥機よりも布は傷まないし経済的だし部屋も乾燥するしでいいのだが、それでもやっぱり、日光で乾かしたいものだ。
「はあ。しかたないな。帰ったら、軒下の洗濯物を部屋に入れよう。濡れないだけましだからな」
スーパーの入り口で持って来た折り畳み傘を出していると、中から出て来た大学生くらいの青年が、
「ゲッ、マジかよ。降って来たのか」
と空を見上げて呟き、傘立てからヒョイと一本掴み取ると、それを差して歩き出した。
他人の傘を差したのか、降らないと思いつつ傘を持って来ていたのか、これだけではわからない。
もし他人の傘だったら、困るだろうなとは思いながらも、僕達も、スーパーを離れた。
仁科はスーパーのビニール袋をぶら下げたまま、コンビニに入った。雑誌を買う為だ。ついでに少し立ち読みをしてから外に出ると、雨は上がっていた。
「忙しい天気だな、全く」
文句をひとつつけて、店を出る。
傘の事など、すっかり忘れていた。
学生用のワンルームマンションは、壁が薄く、雨音もよく聞こえる。夜半からまた降り出した雨は、静かに降り続いているようだ。
そこに、雨とは別の水音が混じる。
ポタリ。ポタリ。
それにかぶさるように、裸足で歩くような音。
ペタリ。ペタリ。
雨の匂いが急激に強くなり、仁科は夢現に、窓を閉め忘れたかな、と思った。
だが、布団に水が垂れる音に、目を開く。
人間というのは、驚き過ぎたら声も出ないものだと実感した。目の前に、全身ずぶ濡れの女性が立っていて、髪やスカートから水を滴らせて、自分を見下ろしていたのだ。
「――!」
金縛りというものも、初めての体験だ。意識はしっかりしているのに、指一本動かせないというのは本当だったんだな。そうどこか呑気に考えたのも、あまりの恐怖に、精神が逃げ道を探していたのかもしれない。
「かァえェしィてェ」
「な、な、何、を」
「かァさァ」
「かさ……傘?」
仁科の脳裏に、夕方スーパーで借りた――というか無断で使用した、傘が浮かんだ。
「かァえェしィてェ」
もう一度女の幽霊は言って、スゥッと消えた。
それで、仁科はガバッと跳ね起きた。
「あれ?やっぱり夢だったのかな?まあ、そうだよな。幽霊って」
独り言を言って短く笑い、寝直そうと横になりかけた時、それが目に入った。
床に広がる、水溜まりを……。
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