体質が変わったので

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竜宮城(3)バー乙姫

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 洞窟か、空気があった。気が付けば浅場に座り込んでぼんやりとしていて、滴る水滴が肩に垂れて、ハッと我に返る。他の三人も同様で、落ち着かない思いで辺りを見廻した。
「ここ、どこだ?」
「まさかあの世――」
「ヒイイ!」
「違うからねえ」
 エリカのウッカリに怯えきるユキだが、どうにか、生きていると納得したようだ。
「もっと早く気付くべきだった。僕のミスだ、悪い」
「そんなわけないよう」
 言いながら、取り合えず浅瀬から岩の上に上がる。
 そこは岩に掘られたトンネルのような所で、背後は海水の下に潜って行っており、行き止まり状態だ。水から上がったもう片方は、続いているのだろうが、薄暗くて先は見えない。
「進むか」
「こっちだよねえ」
 先に目をこらせてみる。全然だ。
「一体何がどうなったのかねえ?」
「最初は何の気配もなかったのに、いきなりあの岩から何か窺うような感じがしてきて、大きなものに飲み込まれたんだ。神気なんだけど、もう少し暗くて冷たくて、でも祟り神ってわけでもなくて……」
 直はううんと考えて言う。
「あ、わかめだ。わかめの妖精なんじゃ?」
 どんな妖精だろう。
「とにかく、行ってみるしかないでしょ」
 洞窟を進み始める。
 裸足と水着が頼りない。
「この島に来てから、今からすればだが、どうも感覚がおかしかったような気がするな」
 言うと、各々、
「はい。どこか夢の中というか、何ていうんでしょうか」
「深く考えられなくなったとでもいうのかな」
「そうね。芝居を演じているみたいな……」
「証拠はあれだよねえ。上陸してから1度も、怜の面倒くさいが出てないよう」
「ああ!」
 直が言うのにエリカとユキが納得し、僕は異を唱える。
「いや、それはひどくないか? しかも、納得されても……はあ、もういいや。面倒くさい。
 あ」
「ね、そうだよねえ」
 悔しいが、そんなに僕は面倒くさがっているだろうか…………いるな、やっぱり。
「まあ、あれだ。今後は気を引き締める」
 歩いていると、明るい部屋に出た。
「まあ、いらっしゃい」
 ここは集会所か何かだろうか。若い男女がたくさん、楽しそうに飲食して話していた。真ん中ではダンスを踊るペアも何組かいる。
 まさかとは思うが、ここは竜宮城か?
「ここで何を……合コン?」
 エリカが目をパチパチとさせる。
「そうよ。さあ、いらっしゃいな」
 近くのテーブルを示され、見ると、唐揚げ、パスタ、握り寿司、サラダ等々、大皿料理がズラリと並んでいる。ビールやカクテルもあった。
「いえ、さっき食べたところですので」
 エリカが食いつきそうになる前に、断る。
「じゃ、飲み物くらい大丈夫でしょう」
「未成年ですので」
「ジュースもあるわよ」
 チッ。
「糖の取り過ぎに注意してますから。あ、カフェインもです」
 先回りして断る。
「あら。何か羽織るものでも持って来ましょうか、お嬢さん」
 もじもじするユキに、矛先を変えたようだ。
「あ、はい――」
「いえ、結構です。お構いなく」
 エリカとユキがポカンとして見てくる。察しろよ、面倒くさいやつらだな。直は、ああ、と小さく言った。
「寒くないでしょ、ユキもエリカも」
「そうじゃなくってね」
 イラッと言うエリカに、小声で、
「バー乙姫」
と言った。
「はあ? はっ!」
 ユキもハッとしたらしい。
 二人で慌てて、
「大丈夫です」
とわざとらしく笑っている。もう何を勧められても、貰う事はないだろう。
 さてと、出口はどこだろうか。
 広間にある出入口は、先ほどの一ヶ所のみだ。では、初めの所で、水の中に潜ってみるのが正解か。
「じゃ、どうも。お邪魔しました」
 スタスタと通路へ戻るのに、慌てたように皆が追いすがって来る。
「ゆっくり休んでいけばいいよ、君たち」
「そうそう。ここはとても楽しいもの。ね」
「折角ですが」
 部屋を出て、他に通路がないのを確認しながら戻る。
「そう言わないで。そう、進路とかの心配もいらないし、健康も心配いらないよ」
「ダイエットだって必要ないのよ」
「えっ!?」
「エリカ!」
 振り返るエリカだったが、ユキが正気に戻す。
 必死の形相で足止めしようとする。
「僕達は、ここにいるわけにはいきません。あなた方とは、違うので」
 とうとう最初の浅瀬のある所に着き、ザブザブと水に入って行くのを見て、こちらが本気と悟ったらしい。雰囲気がガラリと変わった。
「お前らも、捨てるのか」
 気が、変わる。
「けえれると思ってるのか」
「すたられた島を、出られえと」
 姿もCGのように変わっていった。一様にどんどん年をとっていき、今風の服が、昭和の初めやそれ以前、薄いつぎのあたった着物などになる。黒々としていた髪も、白くなり、抜け落ちていく。楽し気だった表情も、恨みと憎しみと悲しみと怒りの表情になった。
「すたた……捨てた、か。すた島は捨て島、姥捨てが行われていた島か」
 ユキが彼らの変貌にガタガタ震える。
 腰までの高さまで水に浸かりながら、僕と直がユキとエリカの前に立ち、彼らと相対した。
「そうとも。ここらあ貧しい。動けんようなったあ、しかたなあ」
「それが子ぉの為、孫のため。ずっとそうして来た」
「やのに島ごとすたるやと? どんだきゃすたる」
「我慢してすたられたのに、またすたるんか」
 貧しい地区での姥捨ては、他の土地でも、飢饉の時などに見られた風習だ。この島でもなされ、それを残る島民はおそらく「竜宮城へ行く」とでも言っていたのだろう。竜宮城で神として供養した。それが、あのしめ縄の張られた岩であり、後ろめたさから、竜宮伝説の島とは言えなかったのだろう。
「気の毒だが、それは僕達にではなく子孫にでも言って下さい。それに、こうして関係のない僕達を巻き込む時点で、あなた方は間違っています」
「おおおおーのーれー!」
 リーダー格なのか、乙姫の位置にいた老婆が、どんどん気を濃く、暗くしていく。
「我らは、神だぞお!」
 それに嘆息し、
「生憎、僕は神殺しなんで」
と、力を最大で放った。
 叫び声をあげる暇もなく、消えていく。全てがいなくなった時、そこはガランとしたただの洞窟になっていた。
「……同情はするけど、困るわね」
 エリカが言って、ポリポリと頬を掻いた。
「さて、どうしたものかねえ」
 直が腕を組む。
「言わなくてもいいんじゃないですか。もう、あの人達はいないんですし」
 ちょっと怠いのを我慢して、言う。
「それはそうなんだが、今、どうしたもんかという意味だろ、直」
 エリカとユキはキョトンとし、次いで、状況に気付いた。
「ここって具体的にどこよ」
「どうやって島に戻るんですか」
 直は足元を見て、
「ここに、遺体が流れ着いたんだろう? なら、この下に通路があるよねえ、人間が出入りできる大きさの」
と言う。
「現に、僕達もそこから入ったんだろうからな」
 僕も同意したので、ユキは心配そうな顔をした。どうしても、潜って行かなければならないらしいと、気付いたようだ。
「あんまり深くない事を祈るわ」
 エリカが覚悟を決め、ユキが、ゴクリと唾をのむ。
「んじゃ行くか」
「せえの」
 僕達は一斉に、潜った。
 

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