女神の代理人の恋愛事情

JUN

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慰安旅行

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 クライは内心ではがっくりと肩を落としていた。
 一世一代の誘いのつもりでイミアを休日に離宮に誘ったのだが、「はい」と即答されたと思ったら、気が付けば職場の皆で離宮を訪れていた。
 これでは慰安旅行である。
 ロッドは楽しそうに近くの湖で釣りをするイミアに、こっそりと真意を訊く事にした。脈が無いのなら、クライには別の誰かと結婚してもらわなければならない。
「クライの事をどう思っているか?感謝していますよ。私も兄も姉も、こうして無事でいられるのも、クライとロッドのおかげですしね。
 こっちに連れて来てもらっただけでなく、職まで斡旋して貰えたし」
 イミアはにこにことして答える。
「それは、ルイスは薬についての知識は一流だし、イミアも古語に通じているから遺跡調査に向いているし」
「いやあ、発掘調査は面白いし、こうして慰安旅行なんかもあるし、いい職場を斡旋してくれて、本当に感謝してます」
「そう……そう言えば、開国記念日のパーティー、お疲れ様。令嬢達に絡まれてたね」
 ロッドが笑うと、イミアも笑った。
「ああ、あれ。一応気になったみたいですね。でも、実物を見たら納得したようですから」
「納得?」
「ほら、地味でパッとしないから、これはただの部下だな、とわかったんでしょう。
 一応確認しておかないと不安なんでしょうねえ。ご苦労様だわ。あはは」
 笑うイミアに合わせてロッドは笑い、恨めしそうな顔付きでこっちを見るクライのところに戻った。
「クライ。はっきり誘わないと通じませんよ。地味と言われ続けたのがしみついてます。このままではただのいい人ですよ」
「……今回ははっきり誘ったつもりだぞ。『一緒に、アサツバキの花を見ないか』と」
 アサツバキというのは、早朝の短い時間にだけ咲く儚い花だ。それを一緒に見ようというのは一緒に夜を過ごそうという意味であり、それはこの国ではプロポーズの言葉である。
「あ」
 クライは気付いた。
 ロッドは短く嘆息し、
「あちらの国では、プロポーズの言葉とはなっていなかったようですね」
と言った。
 クライはガックリと肩を落とし、
(スマートにと、考えて考えて、心の中で何度もシミュレーションしたのに。はは。文化の違いが敗因か)
と自嘲し、
「次はストレートにいく」
と仏頂面でロッドに宣言した。

 イミアは同僚の女子と、大物を狙って釣りをしていた。
 そのイミアに、同僚が小声で訊く。
「イミア。率直に訊くけど、殿下とどうなってんの?」
 それにイミアも小声で返す。
「どう?科学的論拠については、向こうがリードしてますね。悔しいながら」
「知ってるわよ。あなた達が時々、いや頻繁に議論を戦わせてるのも、殿下もあなたもいきいきしてるのも。
 そうじゃなくてね、お付き合いとかしてるのかって話よ」
「フッ。そんなわけないじゃありませんか。私のこの地味さを舐めないでください」
 それで彼女が嘆息した時に竿に魚が食いつき、話は終わった。
 イミアはそっと嘆息し、ひとりごちた。
(わかってるわよ。でもね、身の程は弁えてるから。こんな地味でパッとしない女、殿下とたまに議論を交わすのを許されているくらいがせいぜいよ。それも、神を降ろす特技のせいかもしれないし。
 誤解なんてしない。夢なんて見ない)
 
 その時、慌てた様子で兵士が駆け寄って来た。
「殿下!陛下よりお預かりして参りました!」
 馬から降りるのももどかしく、膝を着き、手紙を差し出す。
 それをクライは真面目な顔で受け取り、さっと目を走らせて一層表情を引き締めた。
「殿下?」
 ロッドが訊くのに、クライは固い声で答える。
「ランギルが開戦に踏み切りやがった」


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