女神の代理人の恋愛事情

JUN

文字の大きさ
上 下
8 / 24

留学生

しおりを挟む
 2人連れとイミアは、子供を見送ったところで目が合った。
「その薬は、売り物ではないのか」
 子供を抱き上げた方が訊く。
「そうですけど、緊急事態でしたから。
 そちらこそ、服に落ちにくそうな血のシミが付きましたよ」
 イミアが言うと、青年は笑った。
「ああ。服くらい、どうという事も無い」
 青年は本当にどうでも良さそうに高そうな服をちらりと見下ろして言った。
「それより、この国がエリノア教を国教に定めたというのは本当なのか」
「ランギルの方じゃないんですね。
 そうですよ。春にエリノア教会からミリス様が聖女に認定されて、皇太子殿下と婚約されると共にそうなりましたね」
 青年達は皮肉気な笑みを浮かべた。
「エリノア教か。護符と言い免罪符と言い、商売上手ではあるらしいな」
 それにイミアはしみじみと頷いた。
(うちにその10分の1でも商売の才能があれば……)
 そこで、薬を卸しに行く最中だった事を思い出した。
「じゃあ、これで」
「ああ。
 あ、私はクライ。こっちは従兄のロッドだ」
「私はイミア」
 それでイミアは、薬屋へと歩き出した。
(どこの国の人かは知らないけど、人の良さそうな貴族だったな)
 そんな事を考えたが、すぐに、すっかり忘れてしまったのだった。

「何で来たの」
 数日後、薬草を摘んで家へ戻ったイミアは、長年の友人のように和やかにルイスと話をしているクライとロッドを見付けた。
「やあ」
 爽やかな笑顔で挨拶して来るクライとロッドに、イミアは挨拶を返した。
「どうも、こんにちは。
 何してるんですか?薬の買い付けですか?直接販売はしていないんですよ」
 販売するには認可がいるのだが、インチキなものを販売しかねないとして販売の許可が下りないのだ。それが薬や野菜であろうとも、許可を出す係が、アレクサンダーに忖度をして、徹底的に許可を下ろさない。
 辛うじて顔見知りの薬屋の従業員という形をとって、薬の卸をしている日々だ。
「お帰りなさい。こっちにいらっしゃい」
 ライラはにこやかにお茶をもう1つ運んで来た。
「俺達はカレンドルからこちらに薬草について勉強しに来ているんだ。それで、せっかくだからとこちらに」
 クライがにこにことしてそう言う。
 イミアはかごを置いて、空いている所に座った。
「ランギルにしかない薬草もあるし、地域が変わって効能が変わる薬草もあるからね。薬草は不思議だよ」
 ルイスがしみじみと言う。
「カレンドルは科学の発達した国じゃないの。いいなあ。カレンドルの本を読みたかったなあ。早く遠くまで人を運ぶ方法が見付かったかもしれないから」
 イミアが残念そうに言うのに、クライが目を向ける。
「何でだ?」
「薬草では助からない患者が村で出たら、諦めるしかないでしょ。早く遠くへ運ぶ方法があれば、街の病院へ運び込む事ができるはずだから。
 まあ、殿下にはその必要はない、それが運命だ、お前はバカかって言われたんだけどね」
「確かに、同じ症状でも場所によって助かる助からないはあるからな。馬車では揺れるし、近くにちょうどよく空いている馬車があるかどうかもわからん」
 クライはそう言って何度も頷いた。
「それより、こちらはあのカミヨ家だったんですね」
 ロッドに言われて、イミア達は苦笑した。
「はは。婚約破棄されて追い出されて神事も何もかも禁じられた、あのカミヨ家ですよ」
 イミアが言い、ルイスとライラとイミアは力なく笑った。
 クライとロッドは表情を真剣なものに改めた。
「しかし、カミヨ家は国の重要な神事も執り行って来たでしょう?国民の暮らしにも根付いているし」
 ロッドが言うと、クライが淡々と言う。
「皇帝陛下が無事ならこうはならなかっただろうが、皇太子殿下が色に狂って独断で進めたんだろう」
「ミリスの聖女認定も怪しいものですし、そもそもエリノア教自体の教義が怪しすぎます」
「護符を買えば願いが叶う、免罪符を買えば全てが許される?それも、願いや罪の大きさでつぎ込む金額が変わって来るなんてねえ。この国、大丈夫かな」
 クライとロッドの言葉に、イミアが続け、全員で嘆息した。
「まあ、何かありそうなら、移住を勧めるね。カレンドルをお勧めするけど?」
 クライが言い、ルイスは悲し気に笑った。
「まあ、その時は移住も考えないとね。カミヨ家はランギルの守りを請け負って来たけど、いらないって言われたんだしね」
 家の役目を否定されるのは、何よりも、神に対して申し訳なかった。
 だが、クライと話すのは楽しく、今の暮らしも悪くないと思えてしまった。






 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

処理中です...