女神の代理人の恋愛事情

JUN

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新しい生活

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 慌ただしく荷物をまとめ、先祖代々住んで来た家を出たイミアと兄ルイスと兄嫁ライラだったが、物を売る事を禁じられ、途方に暮れていた。お守りなどのインチキなものを売るといけないから、という事だった。
 が、ルイスもイミアも薬の知識はあるので、薬を作って販売して生活しようという事になり、首都近くの村の空き家にどうにか入居する事ができた。
 薬草の生える森は近く、のんびりとした農村で、居心地は悪くない。
 首都まで薬を卸しに行くにも、馬車なら十分1日で往復できる距離なので問題はない。
「ああ。今年は雨続きで、なかなか晴れないわねえ」
 イミアは空を見上げて言った。出来上がった薬を薬屋へ卸しに首都まで来たところだった。
「エリノア教の神官に祈祷してもらえないか頼んだら、護符を買えと言われたそうだよ」
 同じ馬車に乗って来た、同じ村のリックが言う。
「護符ってそんなに効くの?」
「行商のエリックさんに聞いたんだけど、膝が痛いのを治してくれとお願いして護符を買ったんだってさ。1枚で夕飯が1回ビール付きで食べられるくらいだそうだ。
 それでも効かないからそう言ったら、足りないからだ。もっと買えって言われたんだって。何でも、願いの大きさに応じて護符の必要枚数が違うらしい。
 膝で6枚以上だろ?雨が止むよう頼んだらどれだけいるか」
 リックはそう言って肩を竦めた。
 周囲にいた乗客達は、
「6枚じゃねえよ。8枚いってて、これ以上つぎこむか、ここでやめてもし9枚で効いたのなら勿体ない、って悩み中だぜ」
「何枚で効くか賭けねえか?」
などと冗談を言って笑い出した。
 エリノア教の噂はいろいろと届く。聖女に認定されたミリスが美人だとか、皇太子と婚約中で夏には結婚するとか。
 ほかには、卒業式の時には外遊で友好国に行っていた皇帝が帰り道に事故に遭い、意識が戻らないまま亡くなりそうだとか。
 イミアは彼らと別れて薬屋の方へと歩き出した。出来上がったばかりの大きな美しい建物の前に差し掛かる。
 この国で昔から祀られて来たのは女神リリアをはじめとする八百万の神々で、皇家もその神事を取り入れ、カミヨがそれを司っていた。
 しかしあの卒業式以来、これまであった社も小さな祠もインチキとして取り壊され、代わりにエリノア教のきらびやかな教会が続々と建設中だ。目の前のこの建物はそのエリノア教の本部だった。
 その教会から出て来た貴族家のものと一目でわかる馬車が、小さな花束を売る貧しい子供に接触した。
 悲鳴が上がり、子供は倒れたまま動かない。馬車の窓は小さく開いたがすぐに閉じられ、御者が、
「聖女様のご実家の馬車に飛び込んできた方が悪い」
と言いおくと、そのまま走って行く。
 馬車を見送りに出ていた教会の人間も、そそくさと中に引っ込んで行った。
 イミアは子供のそばに近寄ったが、すでに子供の周囲には、通行人が人垣を作っていた。
 子供は4つか5つの女の子で、ぐったりと気を失っていた。片側の足と腕が血塗れで、花束とかごは近くに転がっていた。
「貧民街の子か」
「ああ、薬代も持ってねえな」
「教会に診てもらうお金もなさそうだしね」
 彼らはそう言って立ち去ろうとする。
 イミアはその彼らの間から子供に近付こうとしたが、一瞬早く誰かが子供を抱き上げた。
「病院に連れて行く」
 そう言ったのは貴族の子弟のお忍びか金持ちの平民の子弟という風体の2人連れの青年だった。せっかくの服が血と泥に汚れるのも気にしている様子はない。
「待って」
 イミアは立ち去ろうとする彼らに声をかけた。
 青年は険を含んだ目をミリアに向けた。
「何だ。治療費の心配なら──」
「違う。頭を打ってないか先に確認して。動かしていたらまずいから」
 イミアはそう言うと、青年はそっと子供を下ろした。
 子供はここで目を覚まし、怯えるように目を泳がせた。
「ああ、大丈夫だから。気持ち悪くない?頭は痛くない?」
 子供は涙を浮かべ、
「足と腕が痛い」
と訴える。
 その後少し眼球の動きなどを確かめ、イミアはそっと息を吐いた。
「大丈夫ね。骨も折れてない。足と腕の擦り傷だけね。
 洗って、軽く水を拭いたら、この薬を塗って。明日もね」
 納品する予定だったかごの中から傷薬を出して子供に持たせる。
「そうしないと、膿んで来るからね。何かあったら、ナナイ村の元神殿の物置小屋に来なさい」
 子供は薬の小瓶を握り、かごを拾うと、涙を拭いて立ち上がり、広場の方へと歩いて行った。
 それを見送っていると、2人連れと目が合った。






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