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かどわかし(4)偽親子
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東海道から外れた山中にも、関所破りを犯す者を取り締まるための役人がいる。
だがそうはいっても、全てを網羅できるわけではない。忍びは、そういう道も熟知している。
その若い親子が通るのも、そういう道だった。
「美味しい?」
女の方が訊くと、さっきまでぐずっていた子供は、大人しくおにぎりにかぶりついて頷いた。
男はややほっとしたように、溜め息をついた。
<やれやれ。子供ってのは扱いが大変だな>
<家かぁ。まあ、帰りたいだろうよ。あたしはもう、家も、親の顔も、自分の名前も忘れちまったけどね>
2人はおにぎりを頬張る平太を見た。
里の近くでは子供をかどわかすのが難しくなり、任務で出かけた時、できればこうして連れて帰れと言われたのだ。
里に着けば、この子も最初は泣いて帰りたいと喚くのだろう。そして、諦め、忍びに生まれ変わっていくのだろう。
不憫でもあるが、自分達だけそんな目に合わされるのは割に合わない。この子も、そういう昏い気持ちも湧き上がって来る。
親を覚えているのが幸運なのか不幸なのかはわからない。しかし、覚えていない者は覚えている者を羨み、覚えている者は覚えていない者を羨んだ。
里の忍び同士の間に生まれてきた子も、大半は、父親がどの忍びかわからないか、愛情の末に生まれたわけではない。稀に、家庭を持つ忍びの家に生まれた子もいるが、少数である。
よそはどうか知らないが、彼らの里は、そういう所だった。
<そう言えば、疾風達はどうしてるかな>
疾風達の母親は里の忍びで、任務先で父親と出会い、一緒に里に戻って来たのだ。父親は武士で、家督を継ぐわけでもない身分だったとかで、脱藩して来たと聞いた。それで父親は里で剣術や武士の作法や読み書きを教える仕事に就いたのだ。
疾風、八雲、狭霧は、里の子供達の中で、珍しい部類だったと言える。
まあそれも、大雨の後の土砂崩れで両親が死ぬまでの話だ。それ以降は、小屋に押し込められて訓練しかない日々を送るようになったのだから。
<どこかで野垂れ死んでるんじゃないの。狭霧のあれ、仮病じゃ難しいでしょ>
<薬草を使ったんじゃないかって>
<それで死んだら元もこうもないじゃない。危なすぎるわよ>
<……それもそうだな>
男女は声に出さずにそうやり取りをすると、平太を見た。
「さあ、歩けるか?」
「うん。おっかあとおっとうはどこ?」
「もうすぐ。もうすぐだからね」
女は平太に手を伸ばして、手をつないだ。
親子連れの歩いて行った方向へ急ぐと、歩いた後にそれを隠そうとした痕跡が見つかった。
そこからは、疾風が鷹に頼んで探してもらい、その誘導に従って急いだ。
進めば進むほど、嫌な予感しかしない。
「ねえ、その2人連れって」
八雲もはっきりと言えず、疾風も狭霧も応えられない。
「ああ。逃げ切ったかと思ったのに……」
山の頂からその親子連れを見付けた疾風はそう苦笑し、八雲は嘆息し、狭霧は他に潜んだ者はいないか確認しながら緊張をほぐそうと呼吸を整えた。
「八雲、狭霧。お前らはここにいるか」
「兄ちゃん」
「俺は、かどわかしは許せないが、それ以上にお前らの方が大事だからな。お前らは見つからないようにここにいいろ。それで俺がやられたら、2人で逃げろ」
八雲は嘆息した。
「兄ちゃん、バカな事を言わないで」
狭霧も首を振る。
「そうだよ。僕達も、兄ちゃんの方が大事なんだから。
それに、3人でかかった方がきっと上手く行くよ」
「一緒にやろう、兄ちゃん」
疾風は苦笑を浮かべ、表情を引き締めた。
「わかった。
あれは、凪とユキだ。油断していい相手じゃない。情けは禁物だ。できるか」
八雲と狭霧が頷くのを見て、疾風も頷いた。
「行くぞ」
3人は音もなく、元仲間に向かって行った。
だがそうはいっても、全てを網羅できるわけではない。忍びは、そういう道も熟知している。
その若い親子が通るのも、そういう道だった。
「美味しい?」
女の方が訊くと、さっきまでぐずっていた子供は、大人しくおにぎりにかぶりついて頷いた。
男はややほっとしたように、溜め息をついた。
<やれやれ。子供ってのは扱いが大変だな>
<家かぁ。まあ、帰りたいだろうよ。あたしはもう、家も、親の顔も、自分の名前も忘れちまったけどね>
2人はおにぎりを頬張る平太を見た。
里の近くでは子供をかどわかすのが難しくなり、任務で出かけた時、できればこうして連れて帰れと言われたのだ。
里に着けば、この子も最初は泣いて帰りたいと喚くのだろう。そして、諦め、忍びに生まれ変わっていくのだろう。
不憫でもあるが、自分達だけそんな目に合わされるのは割に合わない。この子も、そういう昏い気持ちも湧き上がって来る。
親を覚えているのが幸運なのか不幸なのかはわからない。しかし、覚えていない者は覚えている者を羨み、覚えている者は覚えていない者を羨んだ。
里の忍び同士の間に生まれてきた子も、大半は、父親がどの忍びかわからないか、愛情の末に生まれたわけではない。稀に、家庭を持つ忍びの家に生まれた子もいるが、少数である。
よそはどうか知らないが、彼らの里は、そういう所だった。
<そう言えば、疾風達はどうしてるかな>
疾風達の母親は里の忍びで、任務先で父親と出会い、一緒に里に戻って来たのだ。父親は武士で、家督を継ぐわけでもない身分だったとかで、脱藩して来たと聞いた。それで父親は里で剣術や武士の作法や読み書きを教える仕事に就いたのだ。
疾風、八雲、狭霧は、里の子供達の中で、珍しい部類だったと言える。
まあそれも、大雨の後の土砂崩れで両親が死ぬまでの話だ。それ以降は、小屋に押し込められて訓練しかない日々を送るようになったのだから。
<どこかで野垂れ死んでるんじゃないの。狭霧のあれ、仮病じゃ難しいでしょ>
<薬草を使ったんじゃないかって>
<それで死んだら元もこうもないじゃない。危なすぎるわよ>
<……それもそうだな>
男女は声に出さずにそうやり取りをすると、平太を見た。
「さあ、歩けるか?」
「うん。おっかあとおっとうはどこ?」
「もうすぐ。もうすぐだからね」
女は平太に手を伸ばして、手をつないだ。
親子連れの歩いて行った方向へ急ぐと、歩いた後にそれを隠そうとした痕跡が見つかった。
そこからは、疾風が鷹に頼んで探してもらい、その誘導に従って急いだ。
進めば進むほど、嫌な予感しかしない。
「ねえ、その2人連れって」
八雲もはっきりと言えず、疾風も狭霧も応えられない。
「ああ。逃げ切ったかと思ったのに……」
山の頂からその親子連れを見付けた疾風はそう苦笑し、八雲は嘆息し、狭霧は他に潜んだ者はいないか確認しながら緊張をほぐそうと呼吸を整えた。
「八雲、狭霧。お前らはここにいるか」
「兄ちゃん」
「俺は、かどわかしは許せないが、それ以上にお前らの方が大事だからな。お前らは見つからないようにここにいいろ。それで俺がやられたら、2人で逃げろ」
八雲は嘆息した。
「兄ちゃん、バカな事を言わないで」
狭霧も首を振る。
「そうだよ。僕達も、兄ちゃんの方が大事なんだから。
それに、3人でかかった方がきっと上手く行くよ」
「一緒にやろう、兄ちゃん」
疾風は苦笑を浮かべ、表情を引き締めた。
「わかった。
あれは、凪とユキだ。油断していい相手じゃない。情けは禁物だ。できるか」
八雲と狭霧が頷くのを見て、疾風も頷いた。
「行くぞ」
3人は音もなく、元仲間に向かって行った。
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