踏んだり蹴ったり殴ったり

JUN

文字の大きさ
上 下
4 / 22

しおりを挟む
 夜中の事である。静まり返っただけでなく、街灯もろくにない天狗村は、恐ろしいほどに真っ暗になる。
 私は生まれて初めて、本当に「暗い」という事を知った。
「なにこれ。真っ暗じゃないの。本当に現代日本?」
 窓の外を覗いた私は、ポツンという灯りすらないない闇に、正直びびった。
 お化けが出るとかは思わないが、何となく怖いものは怖い。
 と、ガタンと音がして、私はビクッとした。
 次いで、ガサガサ、ゴソゴソというもの音がする。
「え……何?」
 応えなんてない。むしろあったら怖い。
「かか風かしら」
 いや、無風だと知っているし、これが風の音でない事くらい、わかっている。
「家鳴りってやつ?」
 違うという事を、私は知っている。
「気のせいだわ、気のせい。疲れたからよ。そうよ、坂道が凄かったからね。隣のあの跡取り坊主のせいね」
 気のせいにするには無理があると内心思ったが、隣の青年を思い出すと腹が立ち、それが恐怖をわずかに減衰させた。
 それで私は、せんべい布団にくるまった。

 夫と私は、デートでお化け屋敷に来ていた。
 血を吐きながら恨めし気に飛び出して来る幽霊。打ち首になって転がった首を持って追いかけて来る幽霊。
「うわあああ!」
 夫が叫び、それで私は、叫べなくなった。いつも夫に、
「強いね。そんな所が、頼もしくて好きだよ」
と言われるので、怖がる事が怖かったのだ。
「大丈夫よ!」
 空元気を出して、グイグイと夫を引っ張って進む。
 無理難題を言い出す上司が出て来たので、腕で払う。
 高校生の時、夜道で追いかけて来たチカンが飛び出して来たので、蹴り倒す。
 どこかで見た女が出て来たので、押しやった。
 すると夫が出てきて、押しやられた女の肩を抱く。思い出した。夫と腕を組んでいた女だ。
 助けて!誰か!心の中で大声をあげた。
 すると読経の声が聞こえて来て、体が動くようになった。
「バカー!!」

 叫んだら目が覚めた。窓の外が薄明るい。
「……夢……」
 現実でも読経の声がする。隣の寺かららしい。
「はあ。どうせ夢なんだから、殴ってやればよかった」
 ろくでもない夢に、頭が痛かった。

 昨日のうちに万屋で買っておいたパンをもそもそと食べ、頂上へ行って、うろを確認する。
「うん。いないわね」
 それで支社に戻ると、パソコンで業務日誌に「異常無し。うろ、無人」と記入した。
 創業者やその子孫である社長一家は、本当に妹さんが神隠しから戻って来ると考えているのだろうか。創業者が子供の頃の事だから、何十年もの昔の話だ。
 諦めがほとんどではないのか。本当は、戻って来るなんて事はないと思っているんじゃないのか。夢で助言するというのだって、自分が考えているのを、夢というかたちで整理しているだけだ。心理学的にはそれで問題はない。
 それでも、ここに支所を置いて確認するのはなぜなのか。
 望みがないのに待ち続けるというのは、どういう気持ちなんだろう。
「はああ」
 溜め息をひとつついて、立ち上がった。
「やめやめ!
 さあ、今日は荷物も届くし、忙しいわよ!」
 私は自分を奮い立たせた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

私の夫を奪ったクソ幼馴染は御曹司の夫が親から勘当されたことを知りません。

春木ハル
恋愛
私と夫は最近関係が冷めきってしまっていました。そんなタイミングで、私のクソ幼馴染が夫と結婚すると私に報告してきました。夫は御曹司なのですが、私生活の悪さから夫は両親から勘当されたのです。勘当されたことを知らない幼馴染はお金目当てで夫にすり寄っているのですが、そこを使って上手く仕返しします…。 にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

処理中です...