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文化祭前夜
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霙のクラスは、黙々と作業に取り掛かっていた。
あの後たまたま来た担任に掴みかかりかけのケンカを知られて叱られた事もあるし、霙が泣いてしまった事もあり、空気は重かった。
マヤは気遣うようにしていたが、霙がわざと軽口を叩くのに、マヤが痛そうな顔をする。
作業は放課後になってもなかなか終わらず、明日の文化祭に間に合わせる為、ギリギリ許された8時までには終わらせようと、それだけを皆が思っていた。
「ごめんね。何か変な空気になっちゃって」
霙が言うのに、マヤが怒ったように言う。
「あんたは悪くない」
霙はへへ、と困ったように笑った。
マヤの方は、昼間の電話の事を考えていた。
(間違ってうっかりかけたみたいだったらしいけど、今から行くとか何とか言ったって?
遠距離って、よく破局するもんなあ。大丈夫かなあ。霙がここまでへこたれるのって、初めて見た)
すると、伸びをして、目を休めるためにと窓から星を眺めていた生徒が言った。
「あれ?誰だ、あれ。よその制服だけど」
「ん、本当だ」
それに、気分転換したかったクラスメイト達が便乗して窓に殺到した。
霙とマヤも手を止めた。
「ちょっと、肩凝ったね」
「うん。
こんな時間かぁ」
「遠くを見よう、霙。目がショボショボする」
「ははは。ジオラマって本当に細かいよね」
霙とマヤも、窓際に立つ。そして、見た。
「真秀!?何で来たの!?」
真秀と成宮が、制服姿で校舎の方へ近付いて来ていた。
その声に、真秀が顔を上げる。
「あ。霙!」
声を聞き、姿を見たら、我慢ができなかった。
霙は教室を飛び出した。
真秀と成宮が霙の通う高校へ足を踏み入れたのは、すっかり暗くなってからだった。
「もう7時過ぎてるぜ、真秀」
「明日は文化祭で、準備のために8時まで残れるそうだ。
それより、何で付いて来たんだ、成宮」
真秀に訊かれ、成宮はあっさり、
「え、面白そうだったし、噂の彼女に挨拶しとうこかなって」
と答えた。
(いや、何か1人で行かせたらマズイ気がしたんだよな)
成宮はそう思いながら、素知らぬ顔で真秀を見た。
「そうか」
答えはさほど重要では無かったのか、真秀は校舎へ向かって歩き出した。
「どこか知ってるのか?」
「いいや。適当に訊く」
ここの生徒の如く堂々とした足取りだ。
灯りのついた教室が多い。
と、その内の1つで、真秀と成宮に注目する生徒がいた。
「あそこで訊こう」
言いながら近付いて行くと、聞きたかった声がした。
「真秀!?何で来たの!?」
窓の1つに、霙がいた。
「あ。霙!」
霙の顔がくしゃっと歪んで、霙は身を翻した。
待つまでもなく、霙が校舎から飛び出して来た。
「真秀!」
飛びついて来る。
背後で成宮が低く口笛を吹くが、真秀は表情を引き締めた。
「霙、何があった」
霙がこういう態度をとるのは、考え難かったからだ。昼の電話も気になっている。
「私、だめなのよ。成績も上がらないし、お茶とかお花とかもだめだし、着付けも時間かかるし変だし、全然真秀みたいに上手くできない。真秀は余裕なのに。許婚者として、相応しくないよ」
真秀はそのまま、背中に回した手をやや強めた。
「霙が頑張っているのは知ってる。浴衣だって上手に着られてたじゃないか。似合ってたよ。お茶もゴールデンウイークには淹れてくれてたじゃないか。花だって、見てきれいだったらいい。
それよりも、霙はいつも周囲を明るくして、元気づける。それは真似しようとしてもできない、凄い事だろ」
「でも」
「でもじゃない。俺はそういう所、好きだ」
成宮が隣にいる事は、2人の頭から完全に抜けていた。
「友達思いで、正義感が強くて、弱い者に優しくて、責任感が強い。霙。自信を持てよ」
「真秀……私なんか……」
「霙がいい。霙、俺と、結婚してくれ」
「…………はい」
そのまま静かに抱き合って、はっとした。背後からも校舎の窓から、生徒達にガン見されていたことを思い出したのだ。
バッと離れた。
そして霙は思い出したように、辺りを見回した。
「どこに?」
「何がだ?」
「馬」
真秀と成宮はきょとんとし、やがて真秀は嘆息して言った。
「俺が日常的に自転車代わりに馬に乗っていると、まさか思っているのか」
成宮がそれで吹き出した。
「それ、マジで若様だな!」
「さ、流石にそうは思ってないけど、緊急事態は馬かなあと」
霙は言いながら、
(そんなわけないよね)
と思って、赤くなった。
「バイクで来た。何かこいつも来たけど」
「酷いな。お前が午後の授業を放り出してただならぬ様子で出て行くから、心配したんだろ」
「ああ、それは――そもそもお前は、勝手に霙に電話かけやがって」
「いいじゃん。結局それが良かったみたいだし?」
「結果論だがな」
言い合う真秀と成宮をポカンと見ていた霙は、
「驚いた。真秀って、友達とはこういう感じなのね。いつも完璧で余裕のある落ち着いた雰囲気だったから」
と呟く。
それに、真秀は気まずいような顔をし、成宮が笑う。
「完璧?余裕?そんなわけないじゃん。若様って顔しながら、結構霙ちゃんの事ではいっぱいいっぱいだぜ。若様呼ばわりして来る奴らの前と霙ちゃんの前では、いいかっこしてるだけだぜ」
真秀は何か言いかけ、赤い顔でそっぽを向いた。
「若様って見て来る奴らには、そうしなきゃって思うだろ。それに、霙の前で、かっこ悪い所を見せられるか」
「な。結構普通にかっこ悪くねえ?」
真秀は怒り、霙は笑い出した。
あの後たまたま来た担任に掴みかかりかけのケンカを知られて叱られた事もあるし、霙が泣いてしまった事もあり、空気は重かった。
マヤは気遣うようにしていたが、霙がわざと軽口を叩くのに、マヤが痛そうな顔をする。
作業は放課後になってもなかなか終わらず、明日の文化祭に間に合わせる為、ギリギリ許された8時までには終わらせようと、それだけを皆が思っていた。
「ごめんね。何か変な空気になっちゃって」
霙が言うのに、マヤが怒ったように言う。
「あんたは悪くない」
霙はへへ、と困ったように笑った。
マヤの方は、昼間の電話の事を考えていた。
(間違ってうっかりかけたみたいだったらしいけど、今から行くとか何とか言ったって?
遠距離って、よく破局するもんなあ。大丈夫かなあ。霙がここまでへこたれるのって、初めて見た)
すると、伸びをして、目を休めるためにと窓から星を眺めていた生徒が言った。
「あれ?誰だ、あれ。よその制服だけど」
「ん、本当だ」
それに、気分転換したかったクラスメイト達が便乗して窓に殺到した。
霙とマヤも手を止めた。
「ちょっと、肩凝ったね」
「うん。
こんな時間かぁ」
「遠くを見よう、霙。目がショボショボする」
「ははは。ジオラマって本当に細かいよね」
霙とマヤも、窓際に立つ。そして、見た。
「真秀!?何で来たの!?」
真秀と成宮が、制服姿で校舎の方へ近付いて来ていた。
その声に、真秀が顔を上げる。
「あ。霙!」
声を聞き、姿を見たら、我慢ができなかった。
霙は教室を飛び出した。
真秀と成宮が霙の通う高校へ足を踏み入れたのは、すっかり暗くなってからだった。
「もう7時過ぎてるぜ、真秀」
「明日は文化祭で、準備のために8時まで残れるそうだ。
それより、何で付いて来たんだ、成宮」
真秀に訊かれ、成宮はあっさり、
「え、面白そうだったし、噂の彼女に挨拶しとうこかなって」
と答えた。
(いや、何か1人で行かせたらマズイ気がしたんだよな)
成宮はそう思いながら、素知らぬ顔で真秀を見た。
「そうか」
答えはさほど重要では無かったのか、真秀は校舎へ向かって歩き出した。
「どこか知ってるのか?」
「いいや。適当に訊く」
ここの生徒の如く堂々とした足取りだ。
灯りのついた教室が多い。
と、その内の1つで、真秀と成宮に注目する生徒がいた。
「あそこで訊こう」
言いながら近付いて行くと、聞きたかった声がした。
「真秀!?何で来たの!?」
窓の1つに、霙がいた。
「あ。霙!」
霙の顔がくしゃっと歪んで、霙は身を翻した。
待つまでもなく、霙が校舎から飛び出して来た。
「真秀!」
飛びついて来る。
背後で成宮が低く口笛を吹くが、真秀は表情を引き締めた。
「霙、何があった」
霙がこういう態度をとるのは、考え難かったからだ。昼の電話も気になっている。
「私、だめなのよ。成績も上がらないし、お茶とかお花とかもだめだし、着付けも時間かかるし変だし、全然真秀みたいに上手くできない。真秀は余裕なのに。許婚者として、相応しくないよ」
真秀はそのまま、背中に回した手をやや強めた。
「霙が頑張っているのは知ってる。浴衣だって上手に着られてたじゃないか。似合ってたよ。お茶もゴールデンウイークには淹れてくれてたじゃないか。花だって、見てきれいだったらいい。
それよりも、霙はいつも周囲を明るくして、元気づける。それは真似しようとしてもできない、凄い事だろ」
「でも」
「でもじゃない。俺はそういう所、好きだ」
成宮が隣にいる事は、2人の頭から完全に抜けていた。
「友達思いで、正義感が強くて、弱い者に優しくて、責任感が強い。霙。自信を持てよ」
「真秀……私なんか……」
「霙がいい。霙、俺と、結婚してくれ」
「…………はい」
そのまま静かに抱き合って、はっとした。背後からも校舎の窓から、生徒達にガン見されていたことを思い出したのだ。
バッと離れた。
そして霙は思い出したように、辺りを見回した。
「どこに?」
「何がだ?」
「馬」
真秀と成宮はきょとんとし、やがて真秀は嘆息して言った。
「俺が日常的に自転車代わりに馬に乗っていると、まさか思っているのか」
成宮がそれで吹き出した。
「それ、マジで若様だな!」
「さ、流石にそうは思ってないけど、緊急事態は馬かなあと」
霙は言いながら、
(そんなわけないよね)
と思って、赤くなった。
「バイクで来た。何かこいつも来たけど」
「酷いな。お前が午後の授業を放り出してただならぬ様子で出て行くから、心配したんだろ」
「ああ、それは――そもそもお前は、勝手に霙に電話かけやがって」
「いいじゃん。結局それが良かったみたいだし?」
「結果論だがな」
言い合う真秀と成宮をポカンと見ていた霙は、
「驚いた。真秀って、友達とはこういう感じなのね。いつも完璧で余裕のある落ち着いた雰囲気だったから」
と呟く。
それに、真秀は気まずいような顔をし、成宮が笑う。
「完璧?余裕?そんなわけないじゃん。若様って顔しながら、結構霙ちゃんの事ではいっぱいいっぱいだぜ。若様呼ばわりして来る奴らの前と霙ちゃんの前では、いいかっこしてるだけだぜ」
真秀は何か言いかけ、赤い顔でそっぽを向いた。
「若様って見て来る奴らには、そうしなきゃって思うだろ。それに、霙の前で、かっこ悪い所を見せられるか」
「な。結構普通にかっこ悪くねえ?」
真秀は怒り、霙は笑い出した。
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