嘘つきは恋人の始まり

JUN

文字の大きさ
上 下
32 / 33

文化祭前夜

しおりを挟む
 霙のクラスは、黙々と作業に取り掛かっていた。
 あの後たまたま来た担任に掴みかかりかけのケンカを知られて叱られた事もあるし、霙が泣いてしまった事もあり、空気は重かった。
 マヤは気遣うようにしていたが、霙がわざと軽口を叩くのに、マヤが痛そうな顔をする。
 作業は放課後になってもなかなか終わらず、明日の文化祭に間に合わせる為、ギリギリ許された8時までには終わらせようと、それだけを皆が思っていた。
「ごめんね。何か変な空気になっちゃって」
 霙が言うのに、マヤが怒ったように言う。
「あんたは悪くない」
 霙はへへ、と困ったように笑った。
 マヤの方は、昼間の電話の事を考えていた。
(間違ってうっかりかけたみたいだったらしいけど、今から行くとか何とか言ったって?
 遠距離って、よく破局するもんなあ。大丈夫かなあ。霙がここまでへこたれるのって、初めて見た)
 すると、伸びをして、目を休めるためにと窓から星を眺めていた生徒が言った。
「あれ?誰だ、あれ。よその制服だけど」
「ん、本当だ」
 それに、気分転換したかったクラスメイト達が便乗して窓に殺到した。
 霙とマヤも手を止めた。
「ちょっと、肩凝ったね」
「うん。
 こんな時間かぁ」
「遠くを見よう、霙。目がショボショボする」
「ははは。ジオラマって本当に細かいよね」
 霙とマヤも、窓際に立つ。そして、見た。
「真秀!?何で来たの!?」
 真秀と成宮が、制服姿で校舎の方へ近付いて来ていた。
 その声に、真秀が顔を上げる。
「あ。霙!」
 声を聞き、姿を見たら、我慢ができなかった。
 霙は教室を飛び出した。

 真秀と成宮が霙の通う高校へ足を踏み入れたのは、すっかり暗くなってからだった。
「もう7時過ぎてるぜ、真秀」
「明日は文化祭で、準備のために8時まで残れるそうだ。
 それより、何で付いて来たんだ、成宮」
 真秀に訊かれ、成宮はあっさり、
「え、面白そうだったし、噂の彼女に挨拶しとうこかなって」
と答えた。
(いや、何か1人で行かせたらマズイ気がしたんだよな)
 成宮はそう思いながら、素知らぬ顔で真秀を見た。
「そうか」
 答えはさほど重要では無かったのか、真秀は校舎へ向かって歩き出した。
「どこか知ってるのか?」
「いいや。適当に訊く」
 ここの生徒の如く堂々とした足取りだ。
 灯りのついた教室が多い。
 と、その内の1つで、真秀と成宮に注目する生徒がいた。
「あそこで訊こう」
 言いながら近付いて行くと、聞きたかった声がした。
「真秀!?何で来たの!?」
 窓の1つに、霙がいた。
「あ。霙!」
 霙の顔がくしゃっと歪んで、霙は身を翻した。
 待つまでもなく、霙が校舎から飛び出して来た。
「真秀!」
 飛びついて来る。
 背後で成宮が低く口笛を吹くが、真秀は表情を引き締めた。
「霙、何があった」
 霙がこういう態度をとるのは、考え難かったからだ。昼の電話も気になっている。
「私、だめなのよ。成績も上がらないし、お茶とかお花とかもだめだし、着付けも時間かかるし変だし、全然真秀みたいに上手くできない。真秀は余裕なのに。許婚者として、相応しくないよ」
 真秀はそのまま、背中に回した手をやや強めた。
「霙が頑張っているのは知ってる。浴衣だって上手に着られてたじゃないか。似合ってたよ。お茶もゴールデンウイークには淹れてくれてたじゃないか。花だって、見てきれいだったらいい。
 それよりも、霙はいつも周囲を明るくして、元気づける。それは真似しようとしてもできない、凄い事だろ」
「でも」
「でもじゃない。俺はそういう所、好きだ」
 成宮が隣にいる事は、2人の頭から完全に抜けていた。
「友達思いで、正義感が強くて、弱い者に優しくて、責任感が強い。霙。自信を持てよ」
「真秀……私なんか……」
「霙がいい。霙、俺と、結婚してくれ」
「…………はい」
 そのまま静かに抱き合って、はっとした。背後からも校舎の窓から、生徒達にガン見されていたことを思い出したのだ。
 バッと離れた。
 そして霙は思い出したように、辺りを見回した。
「どこに?」
「何がだ?」
「馬」
 真秀と成宮はきょとんとし、やがて真秀は嘆息して言った。
「俺が日常的に自転車代わりに馬に乗っていると、まさか思っているのか」
 成宮がそれで吹き出した。
「それ、マジで若様だな!」
「さ、流石にそうは思ってないけど、緊急事態は馬かなあと」
 霙は言いながら、
(そんなわけないよね)
と思って、赤くなった。
「バイクで来た。何かこいつも来たけど」
「酷いな。お前が午後の授業を放り出してただならぬ様子で出て行くから、心配したんだろ」
「ああ、それは――そもそもお前は、勝手に霙に電話かけやがって」
「いいじゃん。結局それが良かったみたいだし?」
「結果論だがな」
 言い合う真秀と成宮をポカンと見ていた霙は、
「驚いた。真秀って、友達とはこういう感じなのね。いつも完璧で余裕のある落ち着いた雰囲気だったから」
と呟く。
 それに、真秀は気まずいような顔をし、成宮が笑う。
「完璧?余裕?そんなわけないじゃん。若様って顔しながら、結構霙ちゃんの事ではいっぱいいっぱいだぜ。若様呼ばわりして来る奴らの前と霙ちゃんの前では、いいかっこしてるだけだぜ」
 真秀は何か言いかけ、赤い顔でそっぽを向いた。
「若様って見て来る奴らには、そうしなきゃって思うだろ。それに、霙の前で、かっこ悪い所を見せられるか」
「な。結構普通にかっこ悪くねえ?」
 真秀は怒り、霙は笑い出した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君に会いたい

天野蒼空
恋愛
遠くに行っている「君」とそんな君に会いたい「私」の、リアルな遠距離恋愛を描いた作品。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

アイドルになった僕は五感を失った彼女の光になる

春空 桃花
恋愛
この物語は二人の主人公の心情と、二人に関わる周りの人達の思いを描いています。 アイドルの男の子と、幼なじみの完璧すぎる女の子の物語です。 二人ともお互いを希望の光としていたけれど、その光を失った時、闇の中から自分を救い出してくれる人こそ本当の光だ。 彼女はすべての感覚(五感)を失ってしまう無覚病《むかくびょう》になってしまう。 徐々に失っていく自分の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。 辛くて何も感じない闇の世界から私を見つけ出してくれたのは彼でした……。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...